#8 優しい少女達/喋るてるてる坊主
Side:Yuki
“ジリリリリリリリ_____!!”
朝7時ピッタリに、目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。
毛布を被った私は、手探りでそれを探す。
そして目覚まし時計に触れると、てっぺんのボタンを押して音を止めた。
眠い目を擦りながらベッドから出て、カーテンを開ける。
天気は曇り。
あとから雨が降り出しそうだし、折りたたみ傘は持って行った方がいいかもしれない。
私は自室を出て、洗面所で顔を洗う。
それから階段を下りた。
「おはよう由希。朝ごはんできてるわよ」
リビングに来ると、ママが私を出迎えてくれた。
テーブルには、トーストとジャム、サラダと牛乳が乗っている。
「マ〜マ……おはよおぉ…」
「あら、まだお眠?早く食べちゃいなさい。遅刻するわよ」
私は寝ぼけながら、いただきますをする。
トーストにイチゴジャムを塗って、口に入れた。
噛んでるうちに、だんだん目が覚めてくるんだ。
そして食べ終わった頃には、お目々パッチリ。
その後は髪の毛を櫛で梳かして、制服に着替えて、鞄を持って、玄関に下りる。
「由希、気をつけて行ってくるのよ」
「うん。行ってきます」
私は靴を履いて、外に出る。
それが私、姫路由希の1日の始まり。
「おはよう、由希」
近くの公園前まで来ると、1人の女の子がこっちに手を振っていた。
「おはようマユちゃん。今日も早いね」
「早起きだからね」
マユちゃんこと、村崎麻由美ちゃん。
今通ってる中学校に入った時に出会った。
趣味とか好みとかが似てて、話していると楽しい。
そのまま意気投合して、今では一緒に登校するくらいの仲になった。
成績優秀で、スタイルが良くて、美人で…。
憧れるところも多い。
「マユちゃん、朝ご飯何だった?」
「トーストとコーヒー」
「マユちゃん家もトーストだったんだ!何か塗った?」
「ピーナッツバターをね。それだけだと甘すぎるから、コーヒーと合うのよ」
「コーヒー飲むマユちゃん、想像してみるとお洒落だな〜」
「由希は何か塗ったの?」
「イチゴジャム!一面べったり塗って食べるのが好きなの!それとサラダ食べてきた」
「ちゃんと栄養のバランスが考えられてるのね。由希のお母さんに感心するわ」
こんな感じで、お喋りしながら登校する。
そうやって歩いてる時だった。
「調子乗ってんなよお前!!」
男の子の怒鳴り声が聞こえてきた。
前を見ると、2人の男子生徒が揉めているのが見える。
そこに居たのは、蜂谷君と小池君、大久保君、そして黒部君。
蜂谷君が黒部君の胸ぐらを掴んでいた。
小池君と大久保君は、気不味そうに顔を見合わせている。
揉めてるのは、蜂谷君と黒部君の2人だ。
「何キレてるの?やっぱ馬鹿な奴って冷静に話し合いもできないんだな」
「ンだとコラァ!!!」
蜂谷君が黒部君を殴ろうとする。
「蜂谷君!」
私は反射的に声を上げていた。
蜂谷君が手を止める。
そして私の方を見た。
「……チッ」
蜂谷君は舌打ちをすると、黒部君を離して学校の方へと歩いていった。
そんな蜂谷君の背中に対して、黒部君は中指を立てていた。
「ほら、お前らも行けよ」
「えっ…あぁ…」
「うっ、うん……」
小池君と大久保君も、黒部君に促されて走っていった。
よく見たら、2人とも怪我をしていた。
傷に障らないといいんだけど…。
「おはよう姫路さん。今日もいい朝だね」
小池君達の心配をしていると、黒部君が話しかけてきた。
良い天気…なのかな……。
曇ってるけど…。
「あっ…あはは……。黒部君、元気そうだね」
「そうなんだよね。すこぶる気分が良い」
そう言う黒部君の顔は、自信に満ち溢れていた。
「僕はもう、あいつらなんて怖くない。敵じゃないんだ。レベルの低さが解っちゃったし。それに…僕には目標ができたし」
「目標……?」
「フフフ。そのうち解かるさ。それじゃあね」
黒部君はそう言って、学校の方に歩いていった。
その姿を見て、私とマユちゃんはポカンとしていた。
「……何なの?あいつ」
「……何か、あったのかな?」
「いろいろとおかしくない?特に黒部。変わり過ぎじゃない?あんな性格だった?何か……調子に乗ってるっていうか……」
マユちゃんの言う通り、黒部君は変わった。
大人しい雰囲気だったのに、なんだか、自信満々って感じになっていた。
そして蜂谷君と話す時、蔑むような目をしていた。
強い言葉を使って、中指まで立てていた。
今まで蜂谷君からは酷いことを言われっぱなしだったのに…。
そういえば、小池君と大久保の様子も変だった。
この2人は蜂谷君と一緒になって、黒部君をいじめていた。
なのにさっきは何も言わず、大人しくしていた。
怪我をしていたのも気になる。
それに、黒部君に対して怯えているようだった。
蜂谷君は…いつも通りだったかな。
もしかして、黒部君と小池君、大久保君の間に、何かあったのかな。
黒部君の目標って、何なのだろう。
曇り空も相まって、なんだか不穏に感じた。
校門前に立つ体育の先生に挨拶をして、私とマユちゃんは校門をくぐる。
朝のホームルームが始まる20分前。
私達は余裕を持って昇降口に入った。
「今日の体育楽しみだね」
「テニスよね。由希、ペア組みましょう」
「うん、いいよ」
今日のことを話しながら、靴を上履きに履き替える。
そうしていると、視界の端にその子は映った。
「あっ……」
私は慌ててその子に視線を送る。
今まさに廊下を通り過ぎようとしていた。
「穂香ちゃん、おはよう!」
私はその子に、穂香ちゃんに挨拶をした。
何か言わなきゃって思って、咄嗟に出たのがそれだった。
「……」
穂香ちゃんは、一瞬だけ私を見た。
けれど、視線を下に向けてすぐに行ってしまった。
「穂香ちゃん…」
穂香ちゃんを見かける度に声をかけているけれど、いつも無視されちゃう……。
胸が少し、痛くなった。
「真辺さん、相変わらず感じ悪いわね」
私が落ち込んでいるのを気にしてなのか、そう言ったマユちゃんの声には苛立ちが籠もっていた。
マユちゃんは、穂香ちゃんのことを良く思っていない。
「由希、あんな子もう放っておきなさい。良い噂聞かないし、あの子と関わってたら由希の評判まで下がるわよ」
「そんなこと言わないで。穂香ちゃんは良い子だよ」
「どうしてあんな子庇うのよ」
「友達、だから……」
「友達…?」
「うん……」
真辺穂香ちゃん。
私はあの子と、小学生の頃に出会った。
当時の私は人見知りで、なかなか他の子達と遊べずにいた。
そんな私を救ってくれたのが、穂香ちゃんなんだ。
私が1人で居た時、穂香ちゃんが手を引っ張って、皆のところに連れていってくれた。
私のことを何かと気にかけてくれて、喋るのがゆっくりだった私の話も、ゆっくり聞いてくれた。
穂香ちゃんのおかげで、私は人と上手く話せるようになった。
とても面倒見が良くて、優しくて、赤毛の髪が素敵で、身も心も綺麗な女の子。
それが穂香ちゃんなんだ。
けれどある時、穂香ちゃんは私を避けるようになった。
私は積極的に話しかけにいったけど、結果は同じ。
「もう、話しかけないで」
何度か話しかけたら、穂香ちゃんにそう言われたのを覚えてる。
それから他の子との交流があったり、クラスが別になったりもして、私達は疎遠になってしまった。
だけど私は、穂香ちゃんを見る度に話しかけにいっている。
「もう、話しかけないで」。
あの時そう言った穂香ちゃんの顔が、辛そうだったから。
多分、穂香ちゃんには何か事情があるのだと思う。
そういうの、何でも1人で抱え込んじゃうんだ。
穂香ちゃんは、優しいから。
だからせめて、私だけは味方でいなきゃいけない。
私には、いつでも話しかけていい。
そう思ってもらえるように、私は穂香ちゃんに声をかけ続けるんだ。
「……まぁ、いろいろあるっていうことにしておきましょうか」
「うん。……ありがとう」
「お礼を言われることなんてないわよ。ほら、行きましょう」
「うん」
私達は教室へ向かう。
穂香ちゃんとは、また楽しく話せたらいいな…。
放課後になると、私はできるだけすぐに家に帰る。
ママのお手伝いをするためだ。
「いつもありがとうね由希。今日はちょっと多くて……」
「大丈夫だよ!それじゃあ、行ってきます!」
私はお花が入った籠を抱えて外に出た。
それから自転車に乗って、走り出す。
私のママは、お花屋さんだ。
お店の名前は『花姫』。
店内には綺麗で可愛いお花がたくさん並んでいて、ママはそのお世話をほぼ1人でやっている。
ちなみに私は、幼稚園の頃からママのお仕事を手伝っている。
今私が行っているのは、お花の配達。
料亭とか、居酒屋さんとか…。
インテリアとして、うちのお花を注文してくれるお店屋さんが多い。
特に、ママが作るフラワーギフトは人気なのだ。
自転車で焦らずゆっくり走っているうちに、まずは1店目。
私はバーのドアを軽く叩く。
「こんにちは〜、『花姫』です!お花をお届けに参りました〜!」
明るい声でそう言うと、ドアが開く。
中からバーのママさんが出てきた。
「あら〜由希ちゃん、いつもありがとうね〜」
「いえいえ〜。こちらこそ、いつもご注文ありがとうございます〜」
ママさんと軽く世間話をした後、お花を渡してお代を受け取る。
そうしてまた、別のお客さんの元に向かう。
あの頃の、人見知りのままだったら、私はお花を渡してすぐに行ってしまっていただろう。
今ではお客さんと接するのが、楽しくて仕方がない。
ここまでできるようになったのも、穂香ちゃんのおかげだと思う。
料亭に行って、居酒屋さんに行って、それから歯医者さんと、不動産屋さん、書道教室…。
お花を届けているうちに、辺りはもう薄暗くなっていた。
最後に向かうのは、串カツ屋さん。
自転車のライトを点けて、安全運転で向かう。
丁度角を曲がったところだった。
“ゴン!”
「痛っ……!」
「ル”ル”ッ____!!」
何か小さくて柔らかい物が、頭にぶつかった。
びっくりしながらも、咄嗟に急ブレーキを掛ける。
「何…?何が飛んできたの……?」
私は周囲をキョロキョロと見渡した。
そうして見つけたのが、薄ピンクのてるてる坊主みたいなお人形。
私はそれを、拾い上げた。
「何これ……えっ!?」
そのお人形を見て、驚愕した。
両目が渦巻きみたいに回っていて、頭がぐらぐら揺れている。
耳を澄ませると、小さな女の子の呻き声みたいなのが聞こえてきた。
普通のお人形じゃない。
このてるてる坊主、もしかして生きてるの。
「どっ、どうしよう…、この子…。って、いけない!…串カツ屋さん行かなきゃ!」
私はとりあえず、てるてる坊主を上着のポケットに入れた。
それから串カツ屋さんに急いだ。
串カツ屋さんには、無事にお花を届けられた。
あとはもう、帰るだけ。
ママももう、お店を閉めている時間だ。
早く帰らなきゃ。
「あっ、そうだ……」
私はポケットから、あのてるてる坊主を取り出した。
「ル〜……ル~………」
てるてる坊主は、目を瞑って寝息を立てていた。
呼吸と共に、胸の部分が膨らんで縮んでを繰り返してる。
やっぱり、生きてるんだ。
生きてるお人形なんて、アニメの中でしか見たことない。
まさか、実在するなんて……。
そういえばこの子、どこに住んでるんだろう。
お家に返してあげなきゃ、可哀想だよね。
「おっ、お〜い…。てるてる坊主ちゃ〜ん…?」
私は優しく、頭を叩いてみる。
「ル〜……ルッ?」
てるてる坊主は、ゆっくりと目を開けた。
丸いお目々をパチクリさせている。
「ルッ…ルルルッ!!?寝ちゃってたル!!!」
てるてる坊主は焦った様子で、私の周りを飛び回る。
ていうか、普通に喋れるんだ…。
「こうしてる場合じゃないル!早くパトロールに___」
“ゴン!”
「ル”ッ_____!!?」
飛び回っているうちに、てるてる坊主は私の自転車にぶつかった。
そして落ち葉みたいに、地面に落ちる。
「あぁ……!大丈夫!?」
私はてるてる坊主を抱えあげた。
「びっくりするのは解るけど、一旦落ち着こう。……ね?」
「あっ、ありがとう…。きみ、優しいル」
てるてる坊主は、私の手からゆっくり飛び上がった。
「きみ、お名前は何ていうル?」
「私は姫路由希。由希でいいよ。あなたは?」
「ルルはルルだル!」
「ルルちゃんっていうの?」
「そうだル!」
ルルちゃんか。
可愛い名前だなぁ…。
「ルルちゃんは、どこから来たの?よかったら、お家まで送るよ?」
「ル〜……。お家みたいなところはあるけど、今は帰れないル。パトロールすルから……」
「パトロール…?」
「そうだル。……ルッ!?」
突然ルルちゃんの頭結び目みたいなところが、ピョコピョコと動いた。
可愛いけど、ルルちゃんにとっては非常事態みたい。
「悪い気配がするル」
「悪い…気配……?」
「あそこだル!」
ルルちゃんが丸いお手々で、その場所を示す。
私はそこに目線を向けた。
そこは老朽化のため、取り壊しが決まっている廃ビルだった。
「あれ…?」
私は廃ビルに入ろうとしている、3つの人影に気がついた。
よく見たら、その3人は知ってる子だった。
「蜂谷君?……それに、小池君と大久保君」
何故か3人は、廃ビルの中に入っていく。
あそこは立入禁止なのに…。
「きっとあそこに、怪人が居るル〜!」
どうしようかと思って見ていたら、ルルちゃんまで廃ビルの方へと飛んでいってしまった。
「あっ、ちょっと!ルルちゃん!」
老朽化で崩れやすいのに…。
このままじゃ、ルルちゃんと蜂谷君達が危ない。
私は道の端に自転車を停めて、ルルちゃんを追いかけた。
これが、地獄の入り口とは知らずに。