#2 暗い日常/悪との遭遇
Side:Aruto
僕の名は黒部或斗。
そこら辺に居るような、ごく普通の中学2年生だ。
中学生活はどうだって?
はっきり言ってつまらない。
毎日毎日学校に通って、同じような授業の繰り返し。
教師共が唱えるのは、社会に出ても役に立ちそうもない知識ばかり。
馬鹿馬鹿しいから寝ていたいが、そうすると教師共が五月蝿いから仕方なく聞いているふりをする。
たまにクラスメイトとグループを作らせる教師も居るが、そんなことをする意味が解らない。
僕はクラスメイトと馴れ合うつもりはない。
だって全員馬鹿だから。
奴らの会話なんて、僕からすると全てが稚拙で馬鹿馬鹿しい。
そんな面白くない奴らと話すくらいなら、友達なんて要らない。
馬鹿と仲良くする程、僕も暇じゃない。
僕以外の人間は全員馬鹿。
正直、毎日そう思えて仕方がない。
こんなことを話したもんなら「もっとレベルの高い学校を目指せば良かっただろ」と言う輩が出てくる。
正論だ。
もっと上の中学を受験しておけば良かったと、少し後悔している。
けれど、しょうがないじゃないか。
やる気が出なかったんだから。
名門の試験なんて、全て僕に合わないものばかり。
国語算数理科社会…。
そんなものを解かせて、いったいその生徒の何が解るって言うんだ。
勿論本気を出せばどうってことないんだけど、そんなもので僕を測らないでもらいたい。
くだらない試験に必死になってる奴らも馬鹿だろ。
……とまぁ、こういう理由で僕は今のレベルの低い中学に居座っている。
そんな僕に、最近高尚な趣味ができた。
それは、執筆だ。
解り易く言うと、小説を書くってこと。
休み時間になる度、ノートにシャーペンを走らせている。
今書いている作品は、チート能力を持つ主人公が織り成す、痛快無双ファンタジー。
自分の妄想を、そのまま作品にできるのだ。
執筆とは本当に素晴らしいものだ。
この日の何度目かの休み時間もまた、僕はシャーペンを走らせていた。
「何書いてんの〜!?」
「なっ!?」
書いている途中で、ノートを横から引ったくられた。
奪ったのは、クラスメイトの1人。
チビのくせに、一番やかましい奴だ。
「お〜?どれどれ〜?」
チビが取ったノートを、今度はツンツン頭の奴が奪い取る。
「…ぶふっ!『俺の異世界無双』〜!!?『チート能力を手に入れた俺は異世界で無双する』〜!!!?」
ツンツン頭は小説のタイトルを読み上げて、爆笑しやがった。
「かっ、返せ!!」
僕が取り返そうと動く。
しかし、いつの間にか僕の後ろにデブが居て、羽交い締めにされた。
「おい見ろよ〜!コイツの小説マジ面白ぇぞ〜!!」
ツンツン頭は僕のノートを掲げる。
するとすぐにコイツとつるんでる馬鹿共が集まってきた。
「ちょっ、待ってw痛すぎん!?」
「この“アルト”って奴が主人公!?」
「“アルト様”ってw黒部の下の名前“或斗”だったよなw」
「ギャハハ!自分主人公じゃん!!」
馬鹿共は口々に僕の小説を馬鹿にしてくる。
やめろ。
それはお前ら下民が触っていいものじゃないんだよ。
「返せ!!!」
僕は咆哮を上げる。
しかし、後ろのデブを振りほどけない。
馬鹿力が……。
「返せよ!!!」
「声デカwコイツの声初めて聞いたわw」
「顔ヤバwめっちゃ泣いてね?」
「鼻水出過ぎwww」
必至にノートを取り返そうとする僕を見て、ゴミ共が嘲笑う。
何が面白いんだ。
これだから馬鹿は嫌いなんだ。
嗤われながら暴れていると、背後のデブが急に手を離した。
その勢いで、視点が下を向く。
「ぶっ!!!」
僕は顔を思いっきり床にぶつけた。
鼻の周りに温かく、ベタついた感触が広がる。
「ぶははっ!めちゃくちゃ転んだww」
「顔面強打w」
「鼻血の量やばっwww」
倫理観が欠如した馬鹿共は、こんな僕を見てまた嗤う。
「う”る”せ”ぇ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”エ”___!!!!!」
「ブハハハハ!!!」
「ギャハハハハ!!!」
僕の慟哭に対して、さらに大笑い。
これだから馬鹿は嫌なんだ。
やはり僕以外みんな馬鹿だ。
馬鹿はみんなまとめて滅ぶのが世のためだ。
なのに神はそうしない。
神も無能なんだな。
それからというものの、僕はクラスのゴミ共から嫌がらせを受けるようになった。
机や教材に落書きをされ、靴箱には紙屑が詰め込まれていた。
遠くから僕に聞こえるように悪口を言ったり、嘲笑ったりする。
挙句の果てには僕のことを、『アルト様』と呼んでくる。
勿論尊敬の意味では無く、嘲笑を込めて。
特にツンツン頭やチビやデブは休み時間にも絡んでくるようになって、執筆ができなくなった。
だからあの日ゴミ共に見られたノートも、今となってはもう学校には持っていけない。
あの作品の価値が解らない奴らに、読ませても意味は無い。
ゴミ共が絡んでくるのは、何も教室だけじゃない。
「ぶっ!!」
廊下を歩いていると、すれ違いざまに転ばされた。
見上げるとツンツン頭が居て、僕を嗤っていた。
後ろにはチビとデブが居る。
「すみませ〜〜んアルト様〜〜w足が当たってしまいました〜〜wwでも下を向いて歩いてるアルト様も悪いですよね〜〜〜www」
ツンツン頭のゴミみたいな雑音が叩きつけられる。
チビとデブが釣られて爆笑した。
やめろ。
頭に響く。
そもそも、なんでこんなゴミみたいな奴らに僕の自由を侵害されなきゃいけないんだ。
僕は思いっきり目を見開き、ツンツン頭を睨みつけた。
眼力で奴を殺すくらいの勢いで。
「お?やるか?」
この期に及んで、ツンツン頭はまだ僕を馬鹿にする。
体中の血管が沸騰するような感覚だ。
僕を…。
いや、俺をここまでコケにしたんだ。
お前らもう死んだぞ。
寧ろここまで殺されなかっただけでも、ありがたく思うんだな。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”____!!!!!!!」
俺は咆哮を上げて、ツンツン頭に襲い掛かった。
顔の中心に衝撃が走ったと共に、俺の意識はそこで途切れた。
人はデカい怒りに呑まれると、意識を手放すと云われる。
きっとこれもその類だ。
次に俺が目覚めた時は、きっと奴らは血塗れだ。
目を覚ました僕が見たのは、白い天井だった。
体中、主に背中にフカフカした感触がある。
薄ピンクのカーテンも見える。
なるほど、ここは保健室か。
僕は保健室のベッドで眠っていたのか。
それにしてもどうして……。
「あっ、起きた」
横を見ると、1人の女子が背もたれなしの椅子に座って微笑んでいた。
肩より少し長いくらいの黒髪に、白っぽい肌。
顔も悪くない。
ほぼ人形だ。
それに、不思議といつまでも聞いていたいような、心地良い声だ。
いや、今はそんなことはいい。
「なんで僕はここに…」
鼻と辺りが痛い。
触ると絆創膏が貼られているのが解った。
僕はツンツン頭をボコった筈だ。
なのになんで保健室のベッドで眠ってたんだ。
その疑問を、そこに居る女子が晴らしてくれた。
「えっと……ね…。蜂谷君に…顔を殴られて、それで気を失ってて…。私と友達でここまで運んできたの…。あはは……」
女子は苦笑いで説明した。
クソが。
ボコられたのは僕の方だったってことかよ。
なんで僕が馬鹿共にボコられなきゃならないんだ。
血が燃え上がりそうだ。
「あの…大丈夫?」
拳を震わせていると、女子が心配そうに話しかけてきた。
にしても可愛いな。
何なんだこの子は。
「えぇっ…あぁ、えぇと……。君は…誰だっけ?」
「あぁ、ごめんね!はじめましてだったよね!」
その女子は慌てて自己紹介をした。
「私は姫路由希。2年1組だよ。好きな食べ物はシュークリーム。よろしくね、黒部君」
そう言って姫路さんは笑った。
可愛らしく、ほんわかとした純粋な笑み。
どっかの馬鹿共とは全然美しさが違う。
…いや、ちょっと待て。
どうして僕の名…。
「僕の名前知ってるの!?」
「うん。知ってるよ」
姫路さんはけろっとした感じで応えた。
「僕達って、クラス違うよね…?」
「うん。黒部君は2組だよね」
「まさか、違うクラスの僕のこと、憶えてるなんて…」
「せっかく同じ学校に通ってるんだから、皆とは仲良くしたいんだ。だから、同級生の皆の名前は憶えてるよ。先輩や後輩ちゃん達の名前も、これから憶えていくつもり」
僕達が通う中学は1学年6クラス。
1クラスにつき40人以下の生徒が在籍しているから、単純計算で2年生の人数は僕達含めて240人。
その全員の名前を憶えているというのか。
どんな記憶力しているんだ…。
さらに1年生、3年生まで合わせたら、720人近くにまで上る。
そいつらのことも、これから憶えるなんて…。
「黒部君も、仲良くしてくれると嬉しいな……」
そんなことを言う姫路さんは、どことなく気恥ずかしそうだ。
仲良く…か。
「別に?…仲良くしてやっても…いいよ?」
「本当〜〜!?よかった!ありがとう!」
クリスマスプレゼントを貰った幼児みたいに、姫路さんは喜ぶ。
友達を作るなんて阿呆らしいと思っていたが…。
まぁ、そこまで言うなら、仲良くしてやらんでもないか。
姫路さんとの関係は、この日から始まった。
その日の夜、僕は自室のベランダから夜空を眺めていた。
今日だけでいろいろあった。
良かったのは、姫路さんとの出会い。
彼女はその辺の馬鹿共とは違った。
全てを慈しむような、菩薩のような笑みを持つ。
その上、他人と仲良くなろうと努力する姿勢も評価できるだろう。
そんな彼女を傍に置けると思うと悪くない。
姫路さんと出会えたのは良しとして、問題はその前だ。
ツンツン頭、そういえば蜂谷って奴だったな。
認めたくないが、僕はあいつに殴り掛かって、返り討ちにされた。
きっと明日から、嫌がらせが悪化することだろう。
思わずギリッと歯を噛み締める。
このままでいいのか。
このままあんなゴミ共に好き勝手させていいのか。
いや、ダメだ。
僕は優秀な人間なんだ。
あんな奴らに虐げられていいような人間じゃない。
だが、僕は完全にナメられている。
蜂谷だけでこのザマなのに、奴に着いてるゴミも多い。
このまま明日を迎えても、前以上の嫌がらせを受けるだけだ。
悔しいが、今の僕じゃ奴らを黙らせることができない。
僕は無力だ。
自然と空に手が伸びる。
力が欲しい。
馬鹿共を全員屈服させ、黙らせることができる力が。
「力が欲しいか?」
「欲しい。………はっ?」
声がした方向に視線を向ける。
いつの間にか、僕の隣に赤黒いローブを着た大男が立っていた。
「うぉおおおお!!!?」
僕は驚き、尻待ちを着いた。
いつの間にそこに居たんだよ。
倒れた僕の顔に、大男はズイッと自身の顔を近づけてきた。
「クハハ!良い反応するじゃねぇか。小僧」
地獄の底から聞こえてきそうな声だ。
よく見たら、そいつの肌は真っ黒だった。
それに、顔には口しか無い。
コスプレか。
いや、口の動きがリアル過ぎる。
僕にはコイツがどうしても人間とは思えなかった。
「まぁいい。小僧、お前力が欲しいか?」
大男が再び僕に問うた。
「……力が、欲しいかって?」
「おぅ、そう言ってるぜ」
「……そりゃあ」
力…。
それは僕が何より欲しているものだ。
「欲しいさ。力が欲しい。僕を馬鹿にするゴミ共全員を黙らせることができる力が!この世の中間違ってる!!僕は優秀な人間なんだ!あんなゴミ共に馬鹿にされるなんてこと、あって良い訳ないだろ!!!」
何故だか解らないが、僕は目の前の、得体の知れない大男に思っていることをぶつけていた。
「良いじゃねぇか」
大男の口角が上がる。
「俺の名はムシバミ。先程この永久市の守神を破り、支配下に置いた悪神だ」
「悪…神……?」
「小僧、お前の名は?」
「…黒部…或斗………」
「ほぅ、或斗か。よし、力をくれてやろう」
「ッ!!?」
僕の名を聞いた大男は、右掌を差し出した。
すると黒い掌から、水面に上がってくるかのように、黒くて丸い宝石が浮かび上がってきた。