#16 置いてけぼり/恐怖
Side:Yuki
学校までは、あっという間だった。
校門をくぐって、昇降口に入る。
「……」
「………」
私達は無言で靴を脱ぐ。
結局あれ以降、マユちゃんとの間に会話は無かった。
私自身、何を話したらいいのか解らなかったから。
マユちゃんは何か言いたげだったけど、これ以上詮索してくることはなかった。
申し訳ないけど、それはそれでありがたかった。
上履きに履き替え、教室に行こうとする。
その時だった。
「えっ…?」
「……」
つい間の抜けた声が漏れてしまう。
何故なら私の目の前に、穂香ちゃんが立っていたからだ。
「あっ、えっと……。穂香ちゃん、おはよう!」
少し動揺しながらも、いつも通り挨拶をする。
それを聞いた穂香ちゃんは、踵を返す。
そして教室とは反対方向へと歩き出した。
やっぱり、変わらないな。
実はちょっとだけ、構って貰えるものだと期待していた。
今日もこのまま行ってしまうのだと思った。
だけど、ちょっとだけ
「…」
ほんの一瞬だけだったけど…。
穂香ちゃんが、私の方を振り返ったんだ。
「ッ…!!」
いつもだったら穂香ちゃんは、私から目を逸らす。
だけど、まさに今。
目を、合わせてくれたんだ。
なんとなく解った。
穂香ちゃんは、付いてきてって言ってるんだ。
「ごめんマユちゃん。先に教室行ってて」
「……真辺さんに付いて行くわけ?いいの?今まで無視されまくってたのに」
「いいの。気にしないで。穂香ちゃんと話せるの、凄く嬉しいから。それじゃあ、また後でね」
私はそう言って、穂香ちゃんの後を追った。
「由希…。あなたは本当に……!」
後ろからマユちゃんが、小さくそう呟く。
この時の私には、その声は聞こえていなかった。
誰も居ない理科室で、穂香ちゃんは立ち止まった。
振り返って、私のことを見据える。
私は鞄を机に置いて、穂香ちゃんの前に立った。
「…あっはは。こうして2人きりになるの、久しぶりだね。穂香ちゃん」
「……そうだね。由希」
最後に話したのはいつだろう。
何年前だっけ。
昔はよく一緒に話したのに、久しぶり過ぎて心臓がバクバク鳴っている。
穂香ちゃんは、昔より声が低くなったような気がする。
……というより、声色が暗いような…。
「えっと…。私と、話したいことが、あるん…だよね?」
「そう。……今更どの面下げてって感じだけど」
穂香ちゃんは、俯きながらそう返した。
どの面下げて…なんて……。
そんなの気にしてないのに…。
「…由希も受け取ったんだね。コンパクト…。ルルから」
穂香ちゃんが顔を上げて、そう言った。
コンパクト…。
ルルちゃんのことも知ってる。
じゃあやっぱりあの夜、私を助けてくれたのは…。
「うん。……あの時の赤髪の女の子、やっぱり穂香ちゃんだだったんだね。助けてくれてありがとう」
私は素直に感謝を伝えた。
それに対して穂香ちゃんが見せたのは、苛立ちだった。
ギリッと歯を噛み締めている。
すると穂香ちゃんの鋭い視線が、私の鞄に向けられた。
「ルル。居るんでしょ?」
「えっ…?」
穂香ちゃんが、不意にそう告げる。
私も思わず鞄を見た。
その瞬間、鞄がボコッて音を立てて揺れるのが見えた。
私は鞄を開けてみる。
「ルルルルル_____!!!」
するとなんと、ルルちゃんが勢いよく飛び出してきた。
「ルルちゃん!?付いてきてたの!?」
「ルッ!?…ルル…。由希が心配で、付いてきちゃったル」
ルルちゃんはそう言って、バツが悪そうに笑った。
私のことが心配で、付いてきたって。
あはは…。ダメだな、私。
心配してもらってばっかりだ。
そんなことを思っていると、穂香ちゃんがルルちゃんの体を乱暴に鷲掴みにした。
「ル”ク”エ”___!!」
不意を突かれたルルちゃんが、苦しそうに呻く。
穂香ちゃんは強引に、ルルちゃんを自分の顔に合わせる。
「なんで由希にコンパクトを渡したの?」
そう問い詰める穂香ちゃんの表情は、鬼のように恐ろしかった。
その目はナイフみたいで、血走っている。
穂香ちゃんが、怒ってる。
「なんで由希を巻き込んだ?」
穂香ちゃんの手に、力が入る。
「ほっ…穂香……!離して、ほしいル…!!」
ルルちゃんが苦しそうに声を漏らす。
このままじゃマズい。
「穂香ちゃんやめて!」
私は穂香ちゃんの手を掴んだ。
「ルルちゃんは悪くないの!全部、私が決めたことだから!」
そう必死に訴えた。
急に割って入ったからなのか、穂香ちゃんは呆気に取られていた。
「ルッ…ルルル!」
穂香ちゃんの手が緩んだ隙に、ルルちゃんが思いっ切り飛び上がる。
脱出できたのはいいけれど、その勢いのまま天井に激突した。
「ルルちゃん!?」
「……!?」
ルルちゃんは目を回しながら、木の葉みたいにヒラヒラと落ちてくる。
だけど途中で体勢を立て直した。
いつもみたいにフワフワと浮遊して、私の横に付いた。
「……由希はルルを庇ってくれたけど、本当はルルが悪いんだル」
ルルちゃんが穂香ちゃんに、申し訳無さそうに語り始める。
「あの夜由希はルルを守るために、生身で戦ってくれたル。だけど、それじゃあとても敵わなくて…。このままじゃ、由希が死んじゃうって思ったから…」
「……だから、コンパクトを渡した?」
穂香ちゃんが言葉を紡ぐ。
ルルちゃんはコクリと頷いた。
「変身したら、体が丈夫になるル。それに、由希にだったらコンパクトを…ムーンストーンを預けられると思ったル。だけど怪人が思ったよりも強くて…。寧ろ由希を傷つけてしまったル」
「ルルちゃん……」
ルルちゃんの両目から、ポロポロと涙が落ちていく。
私を傷つけたのは、ルルちゃんじゃないのに。
「由希、穂香…。……ごめんなさい」
ルルちゃんは泣きながら、頭を下げる。
「本当は、きみ達を巻き込むつもりじゃなかったル。だけどもう、永久の街を護るにはこうするしかなくて……。お願いするル!これからもどうか、手を貸して欲しいル!」
そう言ってルルちゃんは、もう一度頭を下げた。
今にも床に突き刺さりそうな勢いで。
頭を下げている間にも、涙が零れ落ちていた。
「……ルルちゃん、顔を上げて」
私はルルちゃんのお手々に、自分の手を添える。
こうしてお願いされるのは2度目だ。
だけど、何度だって応えるよ。
「私も黒部君を止めたい。だから、一緒に頑張ろう」
そう言って、笑ってみせた。
「由希ぃ……」
ルルちゃんの目は、まだ潤んでいる。
私は、ルルちゃんには笑っていてほしいし、ミタカラヒメも助けたい。
皆が笑顔じゃなきゃ、私は嫌だ。
「……由希、そうは言うけど…」
ルルちゃんを元気付けようとする私に、穂香ちゃんが声をかける。
「ちゃんと戦えるの?」
「へっ…?」
その問いは、予想していなかった。
「だっ…大丈夫だよ。あの時は勝てなかったけど、初めてだったっていうのもあるし…。ちゃんと戦えるよ?」
「……確かに、あのカブトムシは初めて戦るにはきつい相手だったと思う。由希はまだ経験が浅いだけで、これからいくらでも強くなれるかもしれない」
「うん。だから____!」
「私が心配してるのは、精神面」
穂香ちゃんは、探るように私を見つめる。
その視線のせいなのか、急に体が強張る。
「あの夜由希の体を見たけど、相当酷い状態だった。拷問でも受けたんじゃないかってくらい…。本当だったら、死んでるくらいの……」
「ッ……!!」
「これから先もあれくらいの…。いや、あれ以上の地獄が待ってるかもしれない。……それを受ける覚悟はあるの?」
「……」
穂香ちゃんが話し始めてから、私の体はおかしかった。
体が小刻みに震え、嫌な汗が背中を伝う。
今朝黒部君と会った時と、同じだった。
穂香ちゃんが、ふと時計を見る。
あと10分くらいで、ホームルームが始まろとしていた。
「怖いなら、無理して戦う必要なんてない。私達だけで、充分だから」
穂香ちゃんはそれだけ言い残して、理科室から出て行った。
残された私は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「由希……?」
ルルちゃんの声も、何故か歪んで聞こえた。
今日黒部君に会ってから、なんだかおかしい。
ここ最近だって、あの夜のことが悪夢となって現れる。
……あの日の夜。
殴られて、切られて、縛り上げられて、腕を折られて、高所から落とされて…。
これからも、あれが続くの?
下手したら、あれ以上の…?
「ハァ…ハァ………」
あの夜のことを思い出せば出すほど、心臓の鼓動が激しくなっていく。
息苦しくもなってきた。
……穂香ちゃんに言われて、ようやく自覚した。
私は、黒部君のことが怖いんだ。




