#15 気丈/危惧
Side:Yuki
「……んっ」
次の日の朝。
ベッドに横たわっていた私は、体を起こした。
とりあえず、目覚まし時計を確認してみる。
時刻は5時57分。
普段より、1時間以上も早く起きてしまった。
「…うぅっ……」
頭がズキズキと痛む。体も重い。
額に手を当ててみる。
熱は無さそうだ。
私はもう一度ベッドに横になった。
瞼が重い筈なのに、全然眠気を感じない。
実は、昨日の夜からそうだった。
23時にベッドに入ったけど、その1時間後くらいに急に目が覚めた。
その後、目を閉じて、覚めて、また閉じて、目覚めての繰り返し。
一向に眠れなかった。
昨日は1日中家に居たから、体が疲れていないのかもしれない。
でも、眠れないのは辛い。
結局、私の目は今も開いたままだ。
「ルルゥ……」
枕元では、ルルちゃんが気持ち良さそうに寝息を立てている。
この小さい体で悪い神様に勝つために、一生懸命頑張ってるんだ。
「……私も、頑張らなきゃね」
私はそう呟きながら、ルルちゃんの頭を優しく撫でた。
登校時間になった。
制服に着替えた私は、鞄を持って玄関に降りる。
靴を履いていると、後ろからママが歩いてきた。
「由希、本当に大丈夫?辛かったら、今日も休んでもいいのよ?」
「大丈夫だよ。昨日いっぱい休めたから」
私は明るく振る舞ってみせる。
朝ごはんはちゃんと食べられたけど、相変わらず体が怠い。
目もしょぼしょぼする。
だけど、ずっと休んではいられない。
勉強に付いていけなくなっちゃうし、ママや友達を心配させたくない。
体が怠いのは、寝転んでた時間が長かったからだと思う。
普段通り学校生活を送っていたら、きっと調子が良くなる筈。
大丈夫。
いつも通り、生活できる。
「ママ、いってきます」
「由希…。気をつけるのよ」
ママは心配そうに、小さく手を振った。
家を出ると、私はいつもの場所へと急ぐ。
近くの公園前。
そこでマユちゃんが待っていた。
「マ〜ユちゃん!おはよ!」
「由希!」
私は明るく挨拶する。
マユちゃんは驚いたような顔で駆け寄ってきた。
「体調は!?もう大丈夫なの!?」
「大丈夫大丈夫〜!1日休んだから元気100倍だよ!」
クルクル回って決めポーズを取ってみる。
そんな私に対して、マユちゃんは眉をひそめた。
「……それにしては顔色悪いけど?」
「えっ…えぇ〜?そうかな〜?」
「寝不足なんでしょ?隈が出てるわ」
「うぐっ……」
元気に振る舞ってた筈なのに、見抜かれちゃった。
マユちゃん、相変わらず鋭いな…。
心の中で感心していると、マユちゃんに両肩を掴まれた。
「無理して元気に振る舞わなくたっていいの。由希が元気ないことくらい解ってるんだから」
「マユちゃん……」
「私達のこと心配させたくないのは解るけど、そうやって無理し続けてたら、いつか倒れるわよ」
「でも、いつまでも休んでる訳にはいかないから…」
「やりたくなかったらやらなくていい。きつかったら元気になるまで休めばいい。それでいいじゃない。それともサボってると思われるのが嫌?別に大丈夫よ。由希が休んだって、責める奴なんて居ない。居たとしても、私が許さないから」
マユちゃんは私の目を見ながらそう言ってくれた。
私のために、ここまで言ってくれるなんて…。
嬉しいな…。
マユちゃんと、友達になれてよかった。
「マユちゃん、心配してくれてありがとう。だけど、大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん。ちょっとだけど元気になったから。しんどくなったら保健室行くよ」
「その時は私が付き添うから。ちゃんと言うのよ」
「解った」
私が困っている時、マユちゃんは真っ先に手を差し出してくれる。
本当に嬉しい。
だけど、マユちゃんの迷惑になるようなことはしたくない。
今日1日は、激しい運動は控えよう。
私達はまた、世間話をしながら歩き始めた。
マユちゃんとは、本当に話が合う。
好みも一緒。
自然と会話が弾む。
私達がお喋りを楽しんでいると、前方の曲がり角から1人の男の子が出てきた。
「ッ_____!?」
その時私は言葉を詰まらせた。
突然出てきた男の子。
それは、黒部君だった。
「おはよう。姫路さん」
黒部君がニヤリと笑って、私に挨拶をする。
いつもだったら、「おはよう」と返す。
なのに私は、挨拶を返すことができなかった。
黒部君を見た瞬間からだった。
突然息苦しくなって、自然と体が震え始めた。
心臓の鼓動も早くなってる。
なんで。
私の体、どうしちゃったの。
そうやって戸惑っていると、黒部君がこっちに近づいてきた。
「ヒッ…!」
私は短く悲鳴を上げて、一歩後退った。
すると、明らからに様子がおかしい私の前に、マユちゃんが立ち塞がる。
「どいてくれない?姫路さんと話したいんだけど」
「は?無理だけど。由希、明らかに恐がってるじゃん」
余裕そうな黒部君に対して、マユちゃんの声には怒気が籠もっていた。
マユちゃんは今、どんな顔をしてるんだろう…。
ちょっとだけ、2人の間が静かになる。
「……はぁ。まぁいいや」
先に沈黙を破ったのは、黒部君だった。
「はぁ…。まぁいいや。お前、マユだっけ?」
「気安く呼ばないで。私の名前は村崎麻由美」
「あっそう。それじゃあね、村崎さん。喧嘩売る相手は選んだ方がいいよ」
黒部君は脅迫じみたことを言って、踵を返した。
「……あっ、そうだ。姫路さん」
そのまま行くと思った瞬間、黒部君が振り返った。
名前を呼ばれた途端、私の肩が意思に反してビクリと跳ねた。
「一昨日は、楽しかったね」
「ッ!!?」
黒部君は不気味に笑ってそう言った。
そして、学校に向かって歩き始めた。
「あっ………」
私はその場に崩れ落ちる。
「由希!」
両膝がアスファルトに着く直前で、マユちゃんに抱き止められる。
「大丈夫!?」
「えっ…あっ……!うん、大丈夫。ごめんね、ボーっとしてた」
「……黒部と、何かあったんでしょ?」
……やっぱり、そこをツッコまれるよね
「うっ…ううん。なんでもないよ」
「だけどあいつ……」
「大丈夫大丈夫!本当になんでもないから!黒部君とは何もないよ。本当に」
「由希…」
「さっ、さぁ!学校行こ!遅刻しちゃうよ!」
私は強引に体を起こして、歩き始めた。
「ちょっと、由希!」
マユちゃんが私の後を追う。
一昨日のことは、言えない。
おそらく今のやり取りで、マユちゃんは黒部君に目を付けられた。
これ以上は巻き込めない。
あんな危ないことに、巻き込む訳にはいかない。
「……解るんだから。あなたに何かあったっていうのは」
マユちゃんが、小さな声で呟く。
私は、敢えて聞こえないふりをした。
これは私の問題なんだから。
私自身で、なんとかしなきゃ。




