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#13 悪夢/ここまでのこと

Side.Yuki


 変身した私は必死に逃げていた。

 後ろから、バットの人と剃刀の人、ロープの人、釘の人、それからダイカクが追いかけてくる。

 どこを見ても、真っ黒の景色。

 私はボロボロになりながらも、その真っ黒の世界を走っていた。

 捕まってしまえば、待っているのは地獄のような苦しみ。

 足をふらつかせて、息を切らしながらも、私は走り続けた。

 その時、ロープの人が縄を投げる。

 それが私の右足に絡まった。

「きゃっ!!」

 私はバランスを崩し、転んでしまった。

 すぐにダイカク達に追いつかれる。

 剃刀の人と釘の人に無理矢理立たされて、羽交い締めにされた。

 目の前に、バットの人が立つ。

 そして私の体を、容赦なくバットで殴り始めた。

「がッ…!!いやっ…!!あがっ……!!やめっ…てっ!!!」

 皮膚を潰されて、骨を砕かれ、血が飛び散って…。

 殴られるの度に、全身を鈍くて激しい痛みが走り抜けた。

(痛い…!痛いよ……!!もう嫌だ…!!もうやめて…!!)

 悲鳴を上げる元気も、少しずつ削がれていく。

 代わりに心の中で、私は赦しを乞いていた。

「無様だね〜姫路さん」

 暗い世界の奥から、黒部君が現れた。

 ニヤニヤと厭らしく笑いながら、私の首を片手で掴んだ。

「かはっ………!!」

「ははは!痛いだろ!?苦しいだろ!?こうなったのも、全部姫路さんの自業自得なんだよ!」

「私…の……?」

「そう!一緒に来れば良かったのに…。僕の優しさをきみは無碍にしたんだ!だからその報いを受けるべきなんだよ」

 黒部君がそう言いながら、乱暴に手を離す。

 するとバットの人と入れ替わりで、ダイカクが私の前に立った。

 体が震え始める。

 私は知っている。

 ダイカクがどれ程の力を持っているのか、知ってしまっているんだ。

「ダイカク、解らせてやってよ」

「合点だゾ」

 黒部君に命令されたダイカクが構える。

 そして私の顔目掛けて、大きな拳を放った___。




「いやぁああああああああああああああ___!!!!」

 私は絶叫と共に目を覚ました。

 心臓が早鐘を打ち、体中を大粒の汗が伝っているのが解る。

 喉の渇きを感じながら、周りを見回した。

 どう見ても私の部屋だ。

 そして私はベッドの上。

 さっきまでの真っ黒な世界も、黒部君達も居ない。

 あの出来事は、夢だったみたいだ。

 私が安堵していると、部屋のドアが優しく叩かれた。

「由希、起きてるの?入って大丈夫?」

 聞こえてきたのはママの声。

 凄く心配そうな声をしている。

「大丈夫だよ!」

 私はできるだけ、元気良く返事をした。

 本当はそんな気分じゃないけど、心配かける訳にはいかないから。

 私の声を聞くと、ゆっくりとドアが開かれた。

 ママが入ってきた。

 やっぱり心配そうな顔をしている。

「由希、大丈夫?凄く叫んでたみたいだけど…」

「大丈夫大丈夫〜。ちょっと怖い夢見ちゃって。全然平気だよ」

「そう……。ごめんね、由希。疲れてるのよね。ママがたくさん手伝わせてちゃったから」

「いや、全然疲れてないよ!お花届けるの楽しいもん!」

「それだけじゃないわ。聞いてるわよ。由希が最近勉強や委員会で頑張り過ぎてるって、穂香ちゃんから」

「えっ……?」

 正直身に覚えが無かった。

 勉強も委員会も、そんなに頑張ってる訳じゃない。

 それに、穂香ちゃんって…。

「穂香ちゃんに会ったの?」

「えぇ。あなた、昨日の夜公園のベンチで寝てたそうよ。穂香ちゃんがそれを見つけたみたいで…。なかなか起きないから、おんぶしてここまで連れてきてくれたのよ」

「そう、だったんだ…?」

「穂香ちゃん、久しぶりに会ったけど大きくなったわね〜。あんなに大人びて」

 小学生の時、穂香ちゃんを何回か家に招いたことがある。

 あの頃の穂香ちゃんを思い出しているのか、ママは懐かしそうに笑っていた。

「……あぁ、そうだったわ。由希、今日はもう休みなさい。学校には連絡してあるから」

「えっ…?いや、大丈夫だよ?」

「無理しない方がいいわ。疲れって、気づかないうちに蓄積されるものなのよ。休める時にちゃんと休まないと」

「……解った」

 ママからしたら、私は夜の公園のベンチで1人、座って寝ていたことになっている。

 私がママの立場なら、凄く心配するかも。

 ここは甘えよう。

 いろいろと整理したいことがあったから、丁度良かったかもしれない。

 私が首を縦に振ると、ママは少し安心したような笑みを浮かべた。

「朝ごはんできてるわよ。…って、その前に、シャワーの方がいいわね」

 さっきの悪夢のせいか、私は汗だくだった。

 濡れた服がベタついて、気持ち悪い。

 そういえば、昨日からお風呂に入ってないんだっけ…。

「先にスッキリしちゃいなさい。お着替え持っていくから」

「うん…。ありがとう」

 私はゆっくり立ち上がり、お風呂場へ向かった。




 シャワーを浴びて、朝食を終えた私は、自室に戻ってきた。

「あっ、由希〜!お帰ル!」

「えっ…?」

 何故か部屋に、ルルちゃんが居た。

 私の姿を見るなり、フワフワと飛んでくる。

「ルルちゃん、どうしてここに?っていうか、どこに居たの?」

「由希が心配だったから、一緒に居ることにしたル。由希の毛布にくるまって寝てたル」

「そう、だったんだ……」

 私とママが話してた時、ルルちゃんもそこに居たんだ。

 …っていうか、私と一緒に寝てたんだ…。

 お布団と毛布、汗臭くなかったかな…。

 なんていうか、ちょっと恥ずかしいかも…。

 いやでも、昨日のことを整理するなら、ルルちゃんが居てくれた方がいいよね。

 私は途中で気を失っちゃったし。

「ルルちゃん…、あの後どうなったのか、教えてくれないかな?」

「もちルン。由希にはいろいろ説明しないといけないル」

 ルルちゃんはポンと胸を叩いて応えた。

 あの後…。

 私がダイカクとの戦いで気を失った後のこと…。

 ルルちゃんのお話を要約すると、変身した穂香ちゃんが私の代わりにダイカクと戦って、勝ったのだという。

 黒部君は隙を見て逃走。

 穂香ちゃんは、倒れた私をおんぶして家まで送ってくれたそうだ。

 そして今に至るという…。

 私が公園で寝ていた等の話は、多分穂香ちゃんの作り話だ。

 変身して戦って大怪我をしたなんて話、信じてもらえないと思うし…。

 そういえば、黒部君の眷属達にやられた筈なのに、体はどこも痛くない。

 お風呂場の鏡で見たけど、私の身体には傷一つ付いていなかった。

 右腕も折れていた筈なのに、今は問題なく動かせる。

「あの、ルルちゃん。私、大怪我してたと思うんだけど…」

「ルル?大丈夫だル!今の肉体と、変身した時の肉体は別だル!だから変身中に大怪我しても、変身を解除したら怪我も消えるル!」

「そっ…そう……なんだ…?」

 変わっていたのは衣装だけだと思ってたけど、まさか肉体ごとだったなんて…。

 私の体が、よく似た別物に変わる…。

 そう言われると、なんか怖いかも。

「神に作られた体と装備。姫様からの授かりものだル!ただその原動力は、気持ちの強さだル!気持ちを強く持てないと、すぐに変身が解けちゃうから注意するル!」

 ルルちゃんがそう言いながら、布団の中に潜り込む。

 そして、コンパクトを持って出てきた。

 私を変身させた、あのコンパクトを…。

「これはもう、由希の物だル!大事に持っとくル!」

「うっ…うん」

 ルルちゃんが可愛い両手でコンパクトを差し出す。

 私は押され気味にそれを受け取った。

 白い円形のコンパクト…。

 私は何かに誘われるように、蓋を開けてみる。

 やはりというか、中では白い宝石が、神秘的な光を放っていた。

 そう、この宝石に触れれば…。

 私は指先で宝石を触った。

 その瞬間、白い光に包まれる。

 そして光が晴れると、私はあの女児向けアニメの魔法少女みたいな姿に変わっていた。

 部屋に置いてある姿見の前に立ってみる。

 昨夜この姿でダイカク達と戦って、ズタボロにされたんだっけ…。

 その時の怪我は、今はもう無かった。

 それにしても、変身前と後で、ここまで変わるんだ……。

 顔までしっかりメイクされていて、目も空色になっていた。

 私とは思えない程、可愛い…。

 そう思ってしまうのは、恥ずかしいけれど…。

「由希、やっぱり可愛いル!綺麗だル!」

「うっ…あんまり言わないで。……ところで、変身を解くにはどうすればいいの?」

「戻りたいと思いながら、もう1度宝石を触ればいいル!」

「えぇ…?」

 そんなのでいいんだ…。

 私は言われた通り、コンパクトの中で光る宝石に触れる。

 すると、私の体が白い光に包まれる。

 …と思ったら、一瞬で光が霧みたいに晴れた。

 私は元の格好に戻っていた。

 なんだか、不思議な感覚だ…。

 まるで宝石が、私の想いに応えてくれてるみたいな…。

「そのコンパクトの宝石、ムーンストーンって言うル!由希と相性バッチリみたいだル!」

「ムーンストーン…。綺麗だけど、不思議だよね。私を変身させたりできて……」

「姫様のお力だル!」

「姫様?」

「そうだル!」

 ルルちゃんはふわって飛び上がると、多分腰だと思われるところに両手を当てて、胸を張った。

「ミタカラヒメ様こと姫様は、ルルのご主人様だル!」

「ミタカラ…ヒメ……?」

「そうだル!姫様はここ永久とこしえの町の女神様だル!ムーンストーンを含めた7つの宝石を使って、この町を守ってたル!」

「女神様!?」

 永久の町って、永久市のことかな。

 そしてその神様の名前がミタカラヒメ…。

 神様って…。

 なんか、もの凄く現実離れしているような…。

 いやでも、今更だよね…。

 ……そう言えば、ムーンストーンってミタカラヒメの物なんだよね。

 宝石を使って町を守ってる筈じゃ…。

「ルルちゃん。ミタカラヒメは今、どうしてるの?」

「……ルゥ。…それが……」

 その質問をした途端、ルルちゃんは俯いてしまった。

 何か、良くないことがあったのかな。

「姫様は、悪い奴に捕まってしまったル」

「悪い奴…?」

「全部話すル。ルルの、ここまでのこと」

 ルルちゃんは顔を上げると、今までのことを話し始めた。

「ルルは姫様と、町を守りながら楽しく過ごしてたル。だけどあの日、ムシバミっていう悪神が、町を荒らすために攻めてきたル」

「悪神…。悪い神様ってこと?」

「そうだル。姫様は町を守るために、ムシバミと戦ったル。でも、負けちゃったル」

「ッ……!!」

「だけど姫様はムシバミに捕まる直前、6つの宝石をコンパクトにしてルルに託したル。コンパクトを人の子に渡すことで、姫様の力の一部を使うことができるル」

「それが、変身?」

「そういうことル。それからルルは、宝石と相性が良さそうな人の子を見つけてコンパクトを渡していったル。ガーネットを穂香に、タンザナイトを海に、エメラルドを翠に、ペリドットを檸檬に。そしてムーンストーンを由希に。…あと1つ、アメジストだけ残ってるけど、これから合う子を捜すル!」

「そうだったんだ……」

 穂香ちゃんも、コンパクトを受け取ったんだ。

 海、翠、檸檬…。

 この3人も、コンパクトを受け取った子達なのだろう。

 そしてあと1人、変身する子が増えるっていうことなんだ…。

 ……あれ、ちょっと待って。

 ミタカラヒメの宝石は7つ。

 ルルちゃんに託されたコンパクトは6つ。

 数が合わない。

「ルルちゃん。宝石が1つ、足りないんじゃないかな?」

「ルゥ…。…そうなんだル。残りの1つ、オニキスは、ムシバミに取られちゃったル」

「そっか…」

「ルッ…。でも…そのオニキスは今、黒部が持ってるル!」

「えっ……!?」

 ここで意外な名前が出てきた。

「黒部君が…?」

「黒部の眷属から、ちょっとだけオニキスの力を感じたル。多分黒部は、ムシバミからオニキスを貰って悪いことをしてるル」

「…ムシバミは、どうしてそんなこと……」

「楽しいからだと思うル!あいつ、姫様を苦しませて笑ってるような奴だったル!」

 ルルちゃんは怒りながらそう言った。

 ミタカラヒメは、ルルちゃんにとって大切な人なんだ…。

 それを笑って傷つけたムシバミ…。

 さらにムシバミは、黒部君を誑かして悪いことをさせてるんだ。

「由希、改めてお願いするル!ルルと一緒に、戦ってほしいル!」

「うん……。私にできることがあったら、何でも言って」

 私は迷わず首を縦に振った。

 ……そう、迷いは無い筈なんだ。

 ムシバミを倒したいっていう気持ちも、黒部君とミタカラヒメを救いたいっていう想いも、本物の筈。

 それなのに私の体は、何故か震えていた。

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