#10 嘲り/怒り
Side.Yuki
ルルちゃんから受け取ったコンパクトで変身した私は、両拳を握って構えていた。
目の前に居るのは、黒部君とその眷属さん達…。
「姫路さん、大人しく従ってくれるなら、痛い目見ずに済むけど?」
黒部君は私をじっとりと睨みながら言う。
「ッ……!」
今の黒部君は、学校で話していた時とまるで別人だ。
気づけば私の体は、震えていた。
恐い。
恐い…けど……。
だけど私は、黒部君を止めないといけないんだ。
黒部君がやろうとしていることは、絶対に間違ってるから。
そして、ルルちゃんを守らなきゃ。
「やれやれ。やっぱり馬鹿なんだなきみは。それじゃあ体に教えないとね。やっちまえ」
そう言うや否や、釘の人が私に両手を向けてきた。
その両手からたくさんの釘が出てきて、私目掛けて飛んできた。
「ヒッ___!!」
私は避けるために、左に跳んだ。
「えっ?」
私的には、ちょっと跳んだだけ。
ただそれだけの筈だった。
だけど私の体は、予想以上の勢いで跳んだ。
「きゃぁああああああああ!!!」
私は悲鳴を上げながら、頭から壁に激突する。
それだけに留まらず、私は壁を突き破ってしまった。
「ケホッ…。うぅ、痛っ……」
土埃に咳き込みながら、ぶつけた頭を擦る。
跳んだ勢いで、隣の部屋まで来ちゃったみたい。
「由希〜〜〜〜!!」
壁に空いた穴から、ルルちゃんが飛んできた。
「大丈ル!?」
「うっ、うん。大丈夫…。思ったよりも跳んじゃって……」
「変身したことで、身体能力がアップしてるル!慣れないかもしれないけど、頑張るル!」
身体能力がアップ…。
姿が変わっただけじゃなかったんだ。
だからあんなに勢いよく跳んじゃったんだ……。
そして多分、体も丈夫になってる。
頭で壁を突き破って、「痛い」で済む訳がないし…。
“ドゴッ!!!”
あれこれ考えていると、激しい音が響いた。
砕けた壁の破片が、私が居る部屋に飛び散る。
「きゃぁあ!!」
「ななな!何事だル!!?」
私とルルちゃんが焦っている間も、容赦なく壁が壊されていく。
そして大量の砂埃が晴れた時、黒部君達の姿が見えた。
完全に壁が壊されて、2つの部屋が1つになってしまっていた。
「絶対に逃さないんだゾ」
そう言うカブトムシの人の拳から、煙が上がっていた。
壁を壊したのは、この人みたいだ。
この人だけ格が違うのかも。
息を呑んでいると、バットの人が飛び出してきた。
一気に距離を詰めてきて、金属バットを振り下ろしてくる。
私は反射的に右腕を出した。
“バコン!!”
防御のために出した右腕に、バットが当たる。
私は後ろによろめいた。
「痛ッ…!!」
鈍い痛みが伝わってきた。
私はビリビリと痺れる右腕を抑える。
だけど、休んでる時間は無かった。
いつの間にか、剃刀の人が背後に回っていた。
“ズバッ!!”
その人は私の背中を、容赦なく切った。
「う”あ“っ!!」
焼けるような痛みで、私は思わず片膝を着く。
それでも眷属さん達は休ませてくれない。
バットで頭を叩かれて、剃刀で肩を切られて、そしてまたバットで脇腹を打たれる。
私はその猛攻を、丸くなって耐えるしかなかった。
皮膚が切れて、肌の上を血が流れるのが解る。
綺麗な衣装も、どんどんボロボロになっていく。
痛い。でも…。
やっぱり体が丈夫になってるんだ。
こんなの、いつもの私だったらとっくに死んでる。
「あぁ…!由希ぃ……!」
ルルちゃんが悲しそうな顔で見つめてくる。
そんな顔、させちゃダメだ。
やられっぱなしじゃいられない。
反撃しないと。
「うぁああああああ!!」
私は当てずっぽうで、右拳を振った。
だけど、その腕は空を切るだけだった。
“ビュッ!!”
剃刀が、私の右手を切る。
そして金属バットが、頬を打った。
「あぐっ_____!!」
その勢いで、私は床を転がる。
一瞬だけ、目の前が真っ白になった。
いくら体が丈夫だからって、バットで何度も顔や頭を殴られたら……。
これ以上は、貰えない。
今すぐ立たなきゃ。
私は呼吸を整えながら、体を起こした。
その時…。
“シュルシュルシュル……”
茶色い縄が飛んできて、私の首に巻きついてきた。
「あっ…がっ……!」
苦しい…。
首が圧迫されて、上手く息ができない。
縄を外そうとすると、逆に巻きつく力が強くなる。
私は瞬時に、縄の先を見た。
私の首に縄を巻きつけたのは、顔がロープの束になっている眷属さんだった。
ロープの人は、素早く私の後ろに来る。
余った縄を、私の両肩から胸、それからお腹へと、慣れた手つきで巻きつけていった。
そしてある程度巻きつけると、縄を強く引っ張って、私の体を絞め上げた。
「あ”ぁ“!!……うっ……かはっ…!!」
痛い…。
硬い縄が、皮膚に食い込んでいく。
苦しい…。
息を……。
息を吸わなきゃ……。
吸いたいのに、上手く吸えない。
首と胸が、圧迫されてるから…。
「姫路さん、もう降参しなよ」
黒部君が、目の前に歩いてきた。
私は必死に意識を繋ぐ。
ここで気を失ったら、私もルルちゃんも、どんな目に遭うか解らない。
私の必死な顔をよく見るためなのか、黒部君が顔を近づけてきた。
「姫路さんって、こんな顔もできるのか〜。てっきり笑顔しか作れないかと思ってたよ」
そう言いながら、黒部君は私の顔をジーッと見つめてくる。
声色は、どこか呑気な感じ…。
私は痛くて苦しくて堪らないのに…。
「あれ?顔恐いよ?もしかして怒ってる?」
黒部君が煽るようにそう言ってくる。
私は今、そんなに恐い顔をしているの…?
確かに私は、必死になっているとは思うけど…。
それに対して、黒部君は嘲り笑っていた。
「姫路さん、もう諦めなよ。痛くて苦しいでしょ?僕の言う通りにした方が楽になれるんだからさ。僕的には、姫路さんは仲間にしてやってもいいと思うんだよね〜。きみは馬鹿共とは違うんだからさ。ていうか、あんな馬鹿共のために頑張る必要なんてないんだよ。結果苦しんでるのはきみじゃないか。身の丈に合わないことはするモンじゃないよ」
何を言っているのか、正確には聞き取れなかった。
だけど、なんだか馬鹿にされているようだった。
この、卑しい目…。
黒部君をいじめていた蜂谷君達のものと、変わらなかった。
蜂谷君達を赦せないのは解る。
だけどやっぱり、黒部君のやろうとしていることは、蜂谷君達と変わらないんだと思った。
そんな黒部君に、私はさっきからやられたい放題…。
お腹の底から、一気に怒りが込み上げてきた。
「うっ…ぐぅ……!あぁあああああああああ!!!」
私は思いっ切り叫んだ。
そして頭を、後ろに立っているロープの人にぶつけた。
ロープの人が、後ろによろめく。
同時に縄を離した。
私は床を強く踏み込む。
その勢いを利用して、ロープの人のお腹目掛けて体当たりした。
ロープの人は勢いよく飛んでいって、元居た部屋の壁に激突。
よろよろと壁を滑るように、床に崩れた。
それと同時に、ロープの人の体から黒い煙が上がっていく。
そして黒い煙が消えた時には、ロープの人の姿は無くなっていた。
私に巻きつけられた縄も消えていた。
倒したってことなのかな…。
私を散々苦しめた眷属さん…。
こんなにあっさり倒せるなんて……。
私は黒部君の方を向き直った。
「ッ…!!やってくれたな!ポイント貯めるのも楽じゃないのに!!」
黒部君は、焦りと苛立ちが混ざったような顔をしていた。
ポイントって、何のことだろう…。
「姫路さん、きみは悪い子だ。もっとお仕置きが必要みたいだね。やっちまえ!」
黒部君の命令で、バットの人が飛び掛かってきた。
金属バットを、私の頭目掛けて振り下ろしてくる。
“ボコッ!!”
私はそれを、両腕をクロスさせて受け止めた。
顔やお腹を殴られた時よりは、痛くない。
「うぅ〜……りゃっ!」
私は力いっぱい両腕を開いた。
その勢いで金属バットが飛んで、天井に当たって、床に落ちた。
バットの人が、慌てふためく。
だけどこの時、私の意識は別にあった。
後ろから静かな足音が聞こえてきた。
剃刀の人だ。
また背中を切りに来てる。
私は瞬時にバットの人の片腕を掴んだ。
それから柔道の一本背負い要領で、バットの人を力いっぱい投げた。
“バキッベキベキ…!!”
予想通り、剃刀の人が来ていた。
バットの人の下敷きになって、床にめり込んだ。
2人は、もう動かなかった。
黒い煙を上げて、ロープの人と同じように消えていった。
ここまでやっても、休息はなかった。
一瞬の寒気がして、私は顔の前に右腕を出す。
その腕に、1本の釘が突き刺さった。
「い”っ…たぁ……!!」
鋭い痛み…。
刺さったところから、血が湧き出てくる。
釘の人がまだ残ってた…。
もう1本打とうと、右手を向けてくる。
私は床を蹴って、一気に距離を詰める。
そして左の拳で、思いっ切り殴り飛ばす。
釘の人が飛んでいった先に、蜘蛛足のアンテナがあった。
釘の人がアンテナにぶつかって、その勢いのまま2人は壁に衝突した。
土埃と一緒に、黒い煙が上がっているのが見えた。
あのアンテナも、眷属さんだったみたい。
ロープの人、バットの人、剃刀の人、釘の人、アンテナ…。
たくさん倒した…。
あとは…。
考えを巡らせていると、私に大きな影が覆い被さった。
「ッ___!!」
危険を感じて、私は急いでその場から跳び退いた。
次の瞬間、私が居たところに大きな拳が振り下ろされた。
“ドガァアアアアアアアアン!!!”
物凄い音が鳴り響いた。
風圧で私まで吹き飛ばされそうになる。
その拳は、床に穴を空けていた。
「チョロチョロ逃げるな。大人しくするんだゾ」
これをやったのは、やっぱりカブトムシの人。
この人は、私が倒した眷属さん達とは違う。
力が桁違いに強い。
あのパンチは、絶対に食らっちゃダメだ…。
体が自然と震え始める。
私はこの人に、勝てるのだろうか…。