#1 崩れる平穏/開戦
永久市。
名前の通り、果てしなく栄え続けることが約束された地域。
鉄道が走り、様々な店や施設が建ち並び、多くの人が行き交う。
人々がこの地域を豊かにしているのだ。
そんな永久市に、近づいているモノが居た。
人の形をしているそれは全身真っ黒。
さらに、身体中から黒い煙を吹き出している。
明らかに異質な存在なのだが、人々はそれに気づかず通り過ぎている。
それどころか、何人かがそれにぶつかっている。
いや、ぶつかるというよりは、すり抜けるというべきだろうか。
何故なら人がぶつかった瞬間それは霧散し、それから一瞬で元の形に戻るのだ。
すり抜けた人は寒気でも感じたのか、ブルッと身を震わせながら歩いていく。
黒い煙を出すそれは何も気にすることなく、ただ両手を出し、手探りに進んでいた。
まるで何かを追い求めるかのように。
それはそのまま進み続け、大きな橋に辿り着いた。
アーチ状の鉄骨が、この橋を支えている。
この橋を渡りきれば、永久市に入ることができる。
それは早速橋に足を踏み入れた。
“ジュウッ……”
それの全身から、急に白い煙が上がった。
黒い煙を掻き消す程の白煙が、宙に舞い上がって消えていく。
そしてその度に、それの体が消え始めていた。
苦しむような声を出しつつも、何故かそれは進み続ける。
しかし、橋は長過ぎた。
それは半分も渡りきることがてきず、その場に倒れ込んだ。
黒い両脚からは既に膝下が無くなっており、今も白煙を上げて消滅が進んでいた。
膝下だけではない。
両肘、左肩、右脇腹、前頭部…。
倒れている間にそれの体の部位が消えていき、穴だらけになってしまう。
そして漆黒そのものだったそれの体は眩い光となり、最終的には消えてしまった。
その一部始終を、1人の少女がアーチリブに座って見守っていた。
「……天に昇りましたね」
少女はポツリとそう呟くと、その場から消え去った。
「……永久市は、今日も平和ですね」
少女は森の中の階段を上っていた。
木で型取り、土で段差を作った階段。
それをのんびりと踏みしめる少女の姿は、普通の女子とは違った。
白いワイシャツに山吹色のベスト、茶色いスカートに革靴といった、女学生のような格好。
あまり肌を出したくないのか、黒いインナーに手袋、タイツが見て取れる。
肩より長い髪の毛の色は薄い菫色で、ワイシャツの襟元のリボンには同じ色の丸い宝石が付いていた。
赤やピンク、黄色に輝く右目に、青や紫、翠に輝く左目。
頭には、黒い大小の菱形を交互に並べて作られた冠のようなものを被っていた。
背丈は中学女子と変わらない。
しかし常人離れしたその姿に、黒い冠のような何かによって、彼女はどこか神々しく見えた。
そんな彼女が階段を上り続け、辿り着いたのは小さな神社だった。
ボロボロの鳥居には、『御宝神社』と書かれている。
「姫様〜!」
神社の方から、小さな何かが飛んできた。
少女は両手を広げる
薄い桃色のてるてる坊主のようなそれは、勢いよく少女の胸に飛び込む。
少女は快くそれを受け止めた。
「姫様、おかえりなさいル〜!」
「ただいま、ルル。お留守番ありがとう」
姫様と呼ばれた少女は、自身がルルと呼ぶそのてるてる坊主を抱いて鳥居をくぐる。
石畳でできた道の隙間からは苔や草が生え出ており、油断すれば滑りそうだ。
しかし少女は何の迷いもなくツカツカと歩き進み、それから木造の社殿に座り込んだ。
「街はどうでしたかル〜?」
「本日もまた、賑わっていました。平和で何よりです。良くないものが近づいてもいましたが、天に昇りました。結界も問題無しです」
「流石は姫様だル〜!最強の女神様〜!」
「フフッ。最強は言い過ぎですよ、ルル」
何がそんなに嬉しいのか、ルルは少女の周りをフワフワと飛び回った。
そのはしゃぎ様を見て、少女はクスリと笑った。
ルルの言う通り、少女の正体は女神だ。
名は“ミタカラヒメ”。
江戸時代に建てられたこの御宝神社に宿っており、悪しきものから永久市全体を護っている。
「私にはもう、昔程の力はありませんから」
「それって人間達が姫様のこと忘れてるからル!?姫様のこと忘れるなんて酷いル!無礼だル!」
ルルはほっぺたを膨らませて怒る。
ちなみにルルは、ミタカラヒメの眷属だ。
「そう言わないで、ルル。時代が進むことにより、信仰が薄れていくのは仕方の無いことです」
「ル〜……」
「例え忘れられるようなことがあっても、やることは変わりませんよ。永久市を、悪しきものから護る。それだけです」
「姫様〜…」
「ルル、あなたも、これからも付き合ってくれますか?」
「もちろんル!これからもずっと付いていくル!」
「フフフ。ありがとう、ルル」
ミタカラヒメは満面の笑みを見せた。
「……ッ!!」
何か良くない気配を感じ取ったのだろう。
ミタカラヒメの笑顔が、険しい表情へと変わった。
即座にその場から立ち上がる。
「姫様?どうしたル?」
「結界の……バランスが崩れています……」
「ルゥ!?」
「……松原海岸の方です!」
ミタカラヒメは早口でそう言うと、光の速さで飛び立った。
「ひっ、姫様ぁ!!」
ルルは慌ててミタカラヒメの後を追った。
ミタカラヒメは息を切らしながら、海岸の松林に着地した。
曇天の下、海は満潮。
辺りに不吉な雰囲気が漂っていた。
松林にポツンと建てられた、小さな祠。
その祠の前に、痩せ細った1人の男が立っていた。
髪の毛はボサボサで、服も乱れている。
風呂にも入っていないのだろうか。
悪臭がミタカラヒメの鼻を刺激した。
「これで…これで俺はぁ…!億万長者だぁ!!」
しわくちゃの両手に握られているのは、黒く丸い宝石。
男は充血した両目でその宝石を見つめ、歓喜している。
「あなた……今すぐそれを渡しなさい!」
「なっ、なんだお前ぇ!!!これは…これは俺ンだぞぉおおおおお!!!」
ミタカラヒメが近づくと、男は叫びながら距離を取った。
まるで小動物のように怯えきっている。
先程の喜びようが嘘のようだ。
「お前もぉおおお!!!俺から奪うんだろぉおおお!!!かっ、金持ちみてぇな格好してる癖に!!!そっ、それなのに!!!俺から奪ってくんだろぉぉおおお!!!」
男は宝石を大事そうに抱え、絶叫する。
何かしらの被害妄想に呑まれているようだ。
この状態では、会話は通じないだろう。
「……仕方がありませんね。人間相手に力を使うのはあまり良くないのですが……」
ミタカラヒメは男に向かって右手を翳す。
丁度その時だった。
突如男の頭上に黒い大きな影が現れた。
影は一瞬で男を呑み込むと、すぐに離れた。
男は泡を吹いて倒れており、その隣にボロボロの赤黒いローブを身に纏った何かが立っていた。
背丈はミタカラヒメの2倍以上はあるだろうか。
肌の色は真っ黒で、顔には口しか無く、歯を見せてニヤリと笑っていた。
真っ黒な掌には、先程男が持っていた黒い宝石が乗っていた。
「あなたは何者ですか?その宝石を……オニキスを返しなさい!」
ミタカラヒメは怯むことなく、右掌を差し出した。
それはクツクツと、ミタカラヒメを嘲笑う。
「この現代、日本各地の守神の力は弱まっている。お前もそうだろう?ミタカラヒメ。ここまで来るだけでバテているではないか」
「………」
「俺はムシバミ。お前と同じく神だ。人の悪意から生まれた悪神だがなぁ!」
地獄の底から聞こえてきそうな低い声で、悪神ムシバミは語る。
急に強風が吹き、松の葉がザワザワと揺れた。
ムシバミの言う通り、昔より力は落ちている。
ミタカラヒメ自身も自覚している。
しかし彼女は動じること無く、ムシバミを見続けた。
「ムシバミ……。あなたの目的は何ですか?」
「俺はなぁ、退屈が嫌いなんだよ。だから暇潰しに、お前に代わってこの地を治めてやろうも思ったわけだ。準備に時間掛かったが、上手く入れたぜ」
「そこの男の人を、利用したのですね」
「俺は結界の中に入れないが、人間は入れるからなぁ。コイツにこの宝石を盗るように誘導すれば、簡単に結界のバランスが崩れるってわけだ」
「そうですか…。この地に入るためにそこまでするなんて…。称賛を通り越して呆れました」
そう言いつつ、ミタカラヒメは溜め息を吐く。
自分より大きなムシバミを前にして、未だに落ち着きを保っている。
ムシバミもまた、相変わらずニヤついている。
「この黒い宝石…オニキスだったか?俺と似た力を感じて狙ってみたが、当たりだったなぁ!」
「……」
「さぁミタカラヒメ。あとはお前を倒せば、この街は俺様の物だぁあああああ!!」
咆哮を上げると同時に、ムシバミの真っ黒な両手が巨大化した。
そして自身の背よりも拡大した両拳で、ミタカラヒメを叩き潰した。
……筈だった。
「グホァアアア!!!」
突然ムシバミの背中を、灼熱の痛みが襲った。
「グゥウウウウウ!!!」
両手を元の大きさに戻したムシバミは、その場から距離を取る。
そこに立っていたのは、ミタカラヒメだった。
彼女の右掌がオレンジ色に染まっており、熱気を帯びている。
「確かに、私の力は落ちました。……ですが」
今度はムシバミの足元から蔦が生え出る。
蔦はムシバミの足に絡み付いた。
「あなたを倒す力は残っています」
ミタカラヒメの左手の人差し指から、光線が放たれる。
それがムシバミの腹を貫いた。
「ぐぎゃぁアアアアアア!!!」
その光線は効いた。
ムシバミは地面に倒れ、激しくのたうち回った。
「痛ぇ!!痛ぇ!!痛ぇよぉおおお!!!」
「私が存在する限り、この永久市を悪の手に落とさせはしません」
凛とした姿勢で、ミタカラヒメはムシバミを見下ろす。
「オニキスを渡しなさい。そうすれば、生きてここから出しましょう」
「……ククッ…ククク……」
絶体絶命のピンチ。
そんな状態にも関わらず、ムシバミはゆらりと立ち上がった。
体を貫かれ、痛みが走っている筈だ。
しかし、未だにムシバミの笑みは消えない。
「良いなぁこれ。もしかしたら俺は、こんな展開を期待していたのかもしれない。良いぞ、ミタカラヒメ。お前は俺の、最高の暇潰しだぁアアアアアア!!!」
「それはどうも。……それで、オニキスを渡す気がないと捉えて宜しいのですか?」
「あぁ、そのオニキスだけどなぁ」
ムシバミは右手のオニキスを強く握った。
それからローブ開けると、自身の真っ黒な胸の中にオニキスを押し込んだ。
「ッ!!?」
「取り込んだらどうなるんだろうなぁ!!!」
オニキスがムシバミの胸の中に沈む。
その瞬間、ムシバミを中心に黒い煙が噴き出す。
松林の中を、黒い風が吹き荒れた。
「なんです!?……これ…!?………ぐっ…!!」
ミタカラヒメが苦悶の表情を見せる。
それから片膝を着いた。
黒い霧を吸った瞬間息苦しさを感じ、体が痺れ始めたのだ。
「ククク…クハハハ!!」
気づけば目の前にムシバミが立っていた。
先程とは逆に、今度はミタカラヒメが見下される形となった。
よく見ると、ムシバミに与えた傷が塞がっていた。
「傷が治った!!力が湧いてくる!!凄い!!凄いぞ!!クハハハハハハハ!!!」
「くっ……!」
ミタカラヒメは歯を噛み締める。
その顔色は良くなかった。
(オニキスの闇を司る力が、ムシバミと共鳴してしまったようですね……。こんなことなら…一思いに斃すべきでした…!!)
ミタカラヒメは地面に拳を打ちつけた。
ムシバミに対して情けを掛けてしまった自分に腹が立った。
そのムシバミは、ミタカラヒメを嘲笑う。
「苦しそうだなミタカラヒメ!!この黒霧、お前にとっては毒みたいだなぁ!!」
ムシバミは右手から黒霧を発生させると、ミタカラヒメに浴びせた。
これ以上吸うわけにはいかない。
ミタカラヒメは袖で口元を抑えた。
(……ですがまだ、手はあります)
「無理することないだろぉおオオオオオオ!!!」
ムシバミはミタカラヒメを思いっきり蹴り飛ばした。
「うぐっ…!!集まりなさい!!」
飛ばされながらも、ミタカラヒメは左手を掲げる。
すると空から6つの宝石が飛んできた。
白、赤、黄、紫、緑、青。
形様々の6つの宝石は円を描き、ミタカラヒメの胸の中に入った。
すると宝石と同じ色の光が、ミタカラヒメを中心に放たれた。
その光は衝撃波となり、なんと黒霧を消し飛ばした。
「なんだとぉおオオオオオオ!!!?」
ムシバミは驚愕した。
目の前をミタカラヒメが歩いてくる。
1歩ずつ、踏みしめる度に衝撃波が起こり、ムシバミはそれを諸に受ける。
受ける度に、体に重い痛みが走った。
「ムシバミ、この街に手出しはさせません。あなたはここで、確実に葬ります」
「あンまり調子に、乗るなぁアアアアアアアア!!!」
逆上したムシバミの口から、黒い光線が放たれる。
一瞬で突き通るものではなく、ドロッとした禍々しいもの。
ミタカラヒメはそれを、地面から紫のオーラを纏った鉄格子を召喚し、防いでみせた。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ムシバミが咆哮を上げ、鉄格子を殴って破壊する。
だがその時にはもう、ミタカラヒメは頭上に居た。
体の周りに光の玉を展開する。
そしてその一つ一つから光線が放たれた。
「グゥウウウウウウ!!!」
ムシバミは足を黒煙にして飛んで躱し切り、上空に上がった。
「グッ……!!なんて力だァアアア!!!」
「はぁ……はぁ………」
突然攻撃力が増したミタカラヒメに対し、ムシバミは冷や汗を掻く。
しかし、押しているミタカラヒメの顔色は良くなかった。
呼吸がさらに荒くなっている。
力が落ちている状態での激闘。
さらに黒霧を吸って弱ってもいる。
ムシバミに弱みを見せないよう気丈に振舞ってはいるが、本音を言うならそろそろ限界だ。
(長期戦に…させる訳にはいきません)
「これでどうだァアアアアア!!!」
ムシバミが両手で黒い影の塊を作り出している。
ミタカラヒメにもそれは見えていた。
「潰れ…グホァアアアアア!!!」
影の塊を落とす前に、ムシバミは雷に撃たれた。
「ぐっ…速ぇえ……」
ムシバミはバチバチと電気を帯びながら、松林に落ちた。
「ガッハ!!……ぐおっ!!?」
今度は地面に落ちたムシバミの体が凍りついた。
ムシバミの周りに、冷たい空気が纏わりついている。
眼前のミタカラヒメは息を切らして右掌を翳しており、そこに光が集まっていた。
「はぁ……はぁ………。ムシバミ、終わりです」
「ぐっ……ククク……」
凍てつく痛みを感じつつも、ムシバミは笑って見せた。
「ミタカラヒメ、相当焦ってるようだなぁ。視野が狭くなっていないかぁ?」
「なんですって?………!!」
ミタカラヒメは慌てて後ろを振り返った。
ムシバミによって操られ、祠からオニキスを取り出した男。
その男がいつの間にか海に入っており、波が腹まで来るところまで進んでいた。
「ムシバミ……あなたが!?」
「ほ〜ら、早く助けねぇと溺死だぁ」
「くっ!」
ミタカラヒメは急いで紫色の鎖を召喚した。
鎖は海に向かって勢いよく伸びていき、男の体に巻き付く。
そして男を松林まで引き戻した。
「優しいなぁ。助けると思ったぜ」
「ッ!!?」
耳元でムシバミが囁く。
振り返るよりも先に、ムシバミはミタカラヒメの体を後ろから絞め付けた。
力が強く、振りほどけない。
それどころか、黒い触手が絡みついてくる。
「大人しくしろぉおオオオオオオ!」
さらにムシバミは、黒霧を発生させる。
「うっ…!!…アガッ…!!」
至近距離で毒ガスを吸うようなものだ。
ミタカラヒメの顔が苦しみに染まる。
徐々に抵抗できなくなっていく。
触手が腕や太もも、首にまで伸びてきた。
「ミタカラヒメェエエエ!!お前の負けぇエエエエエエ!!!クハハハハハハハ!!!!」
「うっ……うぅ……」
「お前を残りの宝石ごと取り込んだら、どうなるかなぁ!!?クハハハ!!!」
ムシバミが嘲り笑いながら勝利宣言をする。
ミタカラヒメは体の感覚が無い中、自身の体が徐々にムシバミの中に呑み込まれていくのが解った。
(私としたことが……。悔しいですが、ここまでのようです……)
ミタカラヒメの中に、諦めの感情が芽生え始める。
丁度その時だった。
「姫様ーーー!!!」
「ッ!」
聞き馴染みのある声が、ミタカラヒメの意識を引き戻した。
御宝神社に置いてきた筈のルルが、ここまで飛んできたのだ。
「あぁ!!姫様ぁあああ!!!」
拘束されたミタカラヒメを見て、ルルの顔から血の気が引く。
ムシバミがまた、ニタリと笑った。
「ほぉ?お前の眷属かぁ?お前の目の前で殺してやろうかぁ?それともお前を取り込む様子を見せて絶望させようかぁ?」
ミタカラヒメの絶望を見るか。
ルルの絶望を見るか。
どちらにするか。
ムシバミは悩みながらも楽しそうにしていた。
「お前を取り込んだ後、この街の人間共で遊び尽くしてやる。安心しろよぉ。飽きたらちゃんと出ててってやるからよぉ。まぁ、その時人間共がどうなってんのか解らねぇけどなぁ。クハハハ!!!」
完全勝利を確信しているのだろう。
ムシバミはさらに耳元でミタカラヒメを煽った。
永久市の人間に危害を加えるような発言…。
それを聞いたとき、ミタカラヒメの体がワナワナと震え始めた。
「……………ない」
「あぁ?」
「まだ……終われない!!」
ミタカラヒメの体から、突如6色の光が放たれる。
その衝撃で、ムシバミの体が吹き飛んだ。
「ぐっ…!!」
だが、ミタカラヒメも地面に倒れる。
まさにこれは、最後の抵抗だった。
「姫様!!」
「ルル!!」
ミタカラヒメは胸の中から、6つの宝石を取り出した。
宝石は各々の色に光り、コンパクトへと姿を変えた。
「本当は……こんなことをしたくはなかったのですが…」
ミタカラヒメは6つのコンパクトを、近くまで飛んできたルルに渡す。
「姫様、これは!?」
「6つの、宝石だったものです。……これを、人の子に渡すことで、私の力の一部を使うことができます」
「どうしてこんなの作るル!?」
「ルル…私はもうダメです……。ですが、力を……これ以上、悪神…ムシバミに渡す訳にはいきません」
息を切らしながら話すミタカラヒメの体に、後ろから触手が絡みついた。
ミタカラヒメの体が、後ろに引き摺られていく。
「姫様!!」
「ルル……行きなさい!」
「嫌だル!!一緒に帰るル!!」
「ルル!!」
ルルは泣きながら顔を横に振る。
涙が溜まった目で、触手を伸ばすムシバミを睨みつける。
「悪神めぇええ!!ルルが相手してやル!!」
「クハハ!眷属!お前にこの俺が……」
「ルル!!!」
ミタカラヒメが怒鳴り、ムシバミの声を遮った。
その威圧感に、ルルとムシバミが動きを止めた。
「行きなさいと言っているでしょう!!!?これは命令です!!!」
「でっ…でもぉ……」
「でもじゃありません!!!私がここまでやられる相手に、あなたが勝てるわけないでしょう!!!」
「ルッ……ルゥ…」
「はぁ……はぁ………。……ルル」
ルルが落ち着きを取り戻したところで、ミタカラヒメは優しく語りかける。
「あなたを、信頼しているからこそ、言っているのですよ……」
「姫様ぁ……」
「早く行きなさい。あの悪神を、止めるのです。期待していますよ」
「ル……ルル!!」
ルルは決意に満ちた眼差しを、ミタカラヒメに向けた。
「わかったル!姫様、絶対助けてみせるルーー!!!」
ルルはそう言い残し、6つのコンパクトを抱えて飛び去った。
安心しきったミタカラヒメを、ムシバミが後ろからローブで巻き込む。
「今度こそ終わりだぜぇ?ミタカラヒメぇエエエ!!」
それを振り解く力は、もう残っていなかった。
体がムシバミの中に呑み込まれていく。
(ルル……あとは、任せましたよ)
ミタカラヒメの目が、ゆっくりと閉じられる。
こうして永久市の守神ミタカラヒメは、悪神ムシバミとの戦いに敗れたのだった。
「……宝石がミタカラヒメの力の源ってことらしいなぁ。それでコイツ以外を全部眷属に託したって訳か」
ムシバミはそう言いつつ、手の中からオニキスを出した。
現在ミタカラヒメの宝石は、ルルが6つ、ムシバミが1つ所持している。
「そういやミタカラヒメの奴、あの宝石をコンパクトに変えてたなぁ。それを人間が使えるとかどうとか。……クハハ!!」
少し考えた後、ムシバミは不敵な笑みを浮かべた。
「いいぞミタカラヒメ!今度は人間を使った勝負というわけか!?」
そう言って足を黒煙に変える。
「さて、使えそうな人間を探しに行くか。次のステージに進むとしようじゃねぇかァアアアアア!!!」
ムシバミは高笑いしながら、街の方へと飛び去って行った。