探索者登録試験
高校を卒業したあの日から、約一ヶ月。 学生生活に終止符を打ってからというもの、時間が止まってしまったような感覚だった。目的もなく過ごす日々、ただ流れる時間――しかし、今日でそれも終わる。
俺の新しい人生が始まるのだ。 今日は、待ちに待った探索者登録の日。
この日のために俺は師匠に弟子入りし、血の滲むような鍛錬を積んできた。そして昨日――ついに師匠からの認定を受けた。
「今までよくやった。合格だ」
その言葉を聞いたとき、全身が震えた。喜びと達成感、それ以上に湧き上がるのは期待と覚悟だった。
探索者登録には、基本的な身体能力の測定、筆記試験、そして試験官が出す課題がある。身体測定や筆記試験は確実に合格できる自信がある。問題は試験官から出される課題――それだけは、事前に準備することができない。
「だが、それも運だろう」
師匠に鍛えられ、セラルドさんから知識を教わった俺に不安はない。緊張はあるが、それは当然のこと。むしろ、心が高鳴る。
今日は、そのすべてを証明する日だ。
俺はおじいちゃんに車を借り、探索協会へ向かった。ちなみに今日は初めて一人で遠出する運転だ。
駐車場に車を停め、協会の建物を見上げる。どこか荘厳な雰囲気を漂わせるその姿が、今の俺を試しているような気がした。
「……よし、行くか」
深呼吸をして、自動ドアをくぐる。
すると――
「お久しぶりです、ジン君」
明るい声が俺を出迎えた。
ミノさんだ。以前、能力登録の際に対応してくれた女性スタッフだ。彼女は優しく微笑みながら歩み寄ってきた。
「今日は探索者登録の予約を入れていましたね。頑張ってください」
「久しぶりです……準備はしてきましたけど、やっぱり少し緊張しますね」
「ジン君なら大丈夫ですよ。それに支部長も期待してましたよ」
「えっ……支部長が?」
「『あいつには俺も期待してる』って言ってましたし」
その言葉に、俺の胸が高鳴る。俺のことを支部長が評価している――それだけで、背中を押された気がした。
「ほんとですか!?……なら、もう迷うことはないですね。自信はあるんで、やるだけやります!」
ミノさんは微笑んで、コクリと頷く。
「うん!自信があるのはいいことね!」
そうして俺は、探索者への道を歩み始める。
探索者登録の試験まで、あとわずか。
ミノさんの言葉に背中を押され、案内された待機場所へ足を踏み入れる。
そこにはすでに、何人かの受験者が集まっていた。
同年代らしき二人、見た目が中学生くらいの子が一人、そして明らかに年上の者が二人。全員がそれぞれソファに腰をかけ、試験開始の刻を待っている。
空気は張り詰めていた――だが、それぞれの態度は違う。
装備を点検する者、二人で話し合う者、目を閉じて静かに集中する者、何かの本を読んでいる者。
俺は空いているスペースに腰かけ、指定された荷物の点検を始める。
ふと周囲の雰囲気を感じ取ると、年上の二人からは一切の緊張が伝わってこない。まるでこの試験がただの通過点であるかのような余裕を感じる。
対照的に、俺と同じ年代の受験者たちは、大小の差はあれど緊張が隠しきれていない。
――その中で、妙に落ち着いている者が一人いた。
それは、最も年齢が低そうな中学生くらいの子だった。
その静かな瞳には、不安も怯えもない。 まるで、この試験の結果などすでに決まっているかのような余裕――いや、それは自信の証か?
今の時刻は9時4分。試験開始は10時。
筆記試験は50分、休憩10分を挟んで1時間の身体測定。 昼食休憩を終えれば、いよいよ試験官からの課題が提示される。
課題の締め切りは明日の10時30分。
つまり――短時間で終わるような生ぬるい試験ではない、ということだ。
俺は荷物を確認しながら、ゆっくり息を整える。
「……やるしかない」
覚悟はとうに決めている。 俺は探索者になるために、すべてをかけてここまで来たのだから。
時刻――9時50分。
「登録試験開始10分前になりました!」
待機所に響き渡る職員の声。 最初に行うのは筆記試験。荷物はそのまま置き、必要なものだけ持って試験会場へ向かうよう促された。
ジンが待機所に来てからの約50分の間に、次々と受験者が増えていった。
最初はジンを含めて6人だったこの部屋も、今では20人以上の人々が集まっている。
静かに、それぞれが最後の確認をしていた。
誘導に従い、筆記試験の部屋へ向かう。
用意された座席に着き、名前が記された場所へと腰を下ろした。
――時刻9時55分。(試験開始5分前)
部屋の扉が開かれ、2人の試験官が入ってくる。
そのうちの1人は試験用紙が入った大きな封筒を持っていた。
彼らは教壇へと歩を進めると、事前に提出された写真を使い、受験者たちの本人確認を始めた。
1人ずつ視線を向けられ、その厳格な目が俺の顔を見据える。
――時刻9時57分。(試験開始3分前)
封筒が開かれ、試験用紙が配られ始める。
紙の擦れる音すら響き渡るほど、試験直前の空気は張り詰めていた。
そして――
「はじめ!!」
試験官の力強い声が部屋に響き渡る。
その瞬間、全員が試験用紙へと手を伸ばした。
時刻は10時00分。
試験が――始まった。
探索者としての第一歩を踏み出すための筆記試験。
出題される内容は、探索者として生きていく上で当然の知識ばかりだ。 だが、当然だからこそ間違いが許されない。
特に、必ず出題されると言われているのが―― 異獸や狂獣との戦闘時に深手を負った際の対応、そして遭難時の緊急信号の出し方だ。
この二つの知識を持っているかどうかで、生存率は大きく変わる。
探索協会から探索者に支給される信号拳銃。 これは救難信号を発する重要な道具であり、撃ち出す弾丸の色によって意味が異なる。
緑 ― 救難信号。救助要請を発する 青 ― スタンピードの発生。急激な魔獣の移動を警告 赤 ― 未知の脅威。通常の敵では対処不可能な存在
最初に各色3発ずつ与えられ、探索者はこの使い方を熟知していなければならない。 誤ったタイミングで信号を放てば、無駄遣いになり命を失う可能性すらある。
もう一つは安全地帯について。
Anomalyと呼ばれる未知の世界には、探索者にとって重要な空間が存在する。 それが、異獣や狂獣、そして環境の脅威から完全に守られたオアシスのような場所――安全地帯だ。
安全地帯には一時的なものと永続的なものがあり、その見分け方は安全地帯の成り立ちを知ることで理解できる。
もし一時的なものに長く留まりすぎれば、保護が解除された瞬間に死の危険に晒される。 この知識もまた、探索者として生き残る上で必要不可欠だ。
だからこそ――この筆記試験には、正解必須の問題が存在する。
それらを一つでも間違えれば、その時点で不合格。
探索者登録試験は科目合格制となっており、筆記試験を落としても次の身体測定は受験可能だ。 しかし、試験官が出す最終課題には筆記試験と身体測定の両方の合格が必要になる。
どちらか一つでも不合格なら、その瞬間に試験は終了。
昼までで探索者への挑戦は幕を閉じる――。
ジンは試験用紙をめくりながら、改めて思う。
この試験に、不確かな知識は許されない。ペンを握りしめ、最初の問いに目を向けた――。
「そこまで!回答している人も手を止めてください!」
試験官の声が室内に響き渡った。
筆記試験終了――時刻は10時50分。
ジンは深く息を吐き出す。 問題は全て解き終えた。迷いなくペンを走らせた――はずだ。
だが、試験が終わった今となっては、結果を気にしても意味がない。
答案用紙が回収され、受験者たちは次々と部屋を退出していった。
ジンもそれに倣い、待機所へ戻る。
「11時から身体測定を行いますので、時間になったら測定会場へ移動してください」
職員の案内が流れる。
待機所へ戻ったものの、ジンはすぐに移動を開始した。 次の試験会場――広大な訓練場へと向かう。
ここは普段、探索者たちが自由に利用できる場所として開放されている。 今日だけは違う。
ここは――探索者を試すための舞台となる。
時刻は11時。身体測定開始の刻が迫っていた。
更衣室へと案内される受験者たち。
そこで、各々が探索時の装備へと着替える。
これは、安全を考慮したうえでの措置だ。 もし軽装で測定を行い、本番で重装備を着けた際に動きが鈍ってしまえば、命に関わる。
探索者として生きる――それは、単なる適性試験ではない。 命をかけた実戦だ。
そして、身体測定には二つの試練が用意されていた。
一つ目は、地形適応試験。
訓練場内に配置された様々な障害物や地形――これらを突破し、制限時間内にゴールへ到達しなければならない。
二つ目は、模擬戦。
受験者同士が実際に戦い合い、戦闘能力と対応力を試される。
受験者たちがスタート地点に集まる。
試験官が前に進み出て、厳しい目で全員を見渡した。
「それでは今から身体測定を開始します」
「コースには様々な地形や障害物があり、進むのは容易ではありません」
「このコースの制限時間は40分――能力の使用は自由です」
「それでは――開始します!」
プーッ!!
開始の合図とともに、計測タイマーが動き始める。
それと同時に、受験者たちは駆け出した――!
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