株式会社 アウトシング
朝陽が差し込む病室。その一角、俺──ジンは探索協会の関係者に取り調べを受けていた。取り調べといっても、どちらかといえば穏やかな対応で、罪に問われる心配もないと言われて一安心した。
病院の外では、消防車やパトカー、それに探索協会のエンブレムが描かれた車が集結しており、いかにも事態が大きくなっていることが伺えた。
「それで、まだ高校生だな。」 目の前の男、支部長の金蔵大晴がそう切り出した。その顔に刻まれた二本の傷が怖いが、意外にも柔らかい雰囲気をまとっていた。
「確かに火災報知器の作動による消防への通報と能力感知器による我々への通報、故意では無いにしろ結果だけ見ればやった事は能力による病院放火未遂だ…」
それは今朝5時頃の出来事だった。窓の外の景色をぼんやり眺めていた俺は、ふと"あの瞬間"を思い出した。白い怪物に心臓を貫かれ、意識が遠のく中で手のひらに炎が灯った記憶。
軽い気持ちで手を広げ、火を思い描いた。次の瞬間、10センチほどの炎が燃え盛り、病室の火災報知器が悲鳴を上げた。焦りに焦って消そうとしたが、幸い火は拡大せずに済んだ。
「まぁ目醒めたての醒者にはよくある事だ未成年なら尚更だ。普通なら目醒めた時点で協会に登録しなくちゃならないが君の場合、聞く限りでは目醒めたのが昨日で更に事件に巻き込まれた時だ。今回の事を一言で言うなら"仕方がない"で片付く話だ。もちろん次は気をつけてもらわないと行けないが」
支部長はそう言い切り、事態を大ごとにしないよう配慮してくれた。俺がやらかしたことを大目に見てくれるとは、正直、少しホッとした。
「退院したら探索協会に登録しろよ。」 そう言い残し、支部長は去っていった。
病室の扉を開けると、待ち構えていたのは叔母、祖父母、そして師匠である浮和御章の姿だった。 特に叔母の凜は、怒りと心配が入り混じった表情で俺に飛びついてきた。
「ジン!なんでこんなことを!」 勢いよく抱きしめられ、その力強さに息が詰まるほどだった。
「叔母さん……苦しい…」 その一言に、隣のおばあちゃんが穏やかに声をかけた。
「離してあげなさい、凜」
だが、叔母は首を振りながら言い返す。
「いやよ!私は怒ってるの! 昨日の夜に巻き込まれた事件だけでも心配していたのに、なんで今日はまた事件を起こしてるのよ!?」
「まぁまぁ凜ちゃん、落ち着いて、今日の件も含めてジンはある意味、被害者じゃろう」 師匠の言葉に、叔母も少しばかり冷静を取り戻した様子だった。
その言葉に祖父が豪快に笑う。
「はっはっは!確かに御章の言う通りじゃ。ただし、加害者も自分なんじゃがな!」
家族の温かさと、時折響く笑い声。その場の雰囲気に救われる気持ちだった。
数十分後、師匠が真剣な面持ちで口を開く。
「帰ったら、まずはお前の目醒めた能力を試してみよう」
その言葉に、祖父が眉をひそめた。
「御章よ、大丈夫なのか?まだコントロールできていないようじゃが」
師匠は自信満々に答える。
「任せておけ。コントロールできるまでビシバシ鍛えてやるからな」
俺は思わず声をあげた。
「えぇ!?これ以上しんどくなるの!?」
だが、師匠は容赦なく言い放つ。
「もちろんだ。今まではノーマルモードだったからな。これからは能力の扱いも含めて強化していくぞ。ただし、それも退院してからだな。」
それからは、能力のことを忘れるかのように、家族との他愛もない会話が続いた。心配して集まってくれた人たちの温かさに触れ、少しだけ前を向く気持ちが芽生えた。 だが、心の中では確信していた。 退院後の修行は、これまで以上に厳しいものになるだろうと──。
放火未遂騒ぎから二日。ついに俺──ジンは、病院生活に別れを告げることとなった。体にはどこも異常なしと診断され、昨日の時点で退院は可能だったが、「念のため安静に」とお医者さんに引き留められていたのだ。今日は晴れて退院日。学校復帰は明日からで、今日は家でのんびりする予定だ。
病室を出て外に足を踏み出すと、眩しい朝日が目に飛び込んでくる。その光景を迎えるように、叔母さんが車で迎えに来てくれていた。
「ジン、退院おめでとう!早く乗りな」 そう言いつつも、後部トランクが無言で開き、後ろに荷物を載せろとの無言の圧がすごい。
「迎えありがとうございます~」と軽く言いながら、俺は荷物を詰め込み助手席に乗り込む。
「わかってると思うけど、こぼさないでよ?」
「もちろん、頑張る」
病院の売店で買ったメロンパンと牛乳を手にしながら、俺は車窓の景色をぼんやりと眺めた。
家に到着したのはそれから10分後。久しぶりに見る我が家は、どこか懐かしく感じる。それもそのはず、三日ぶりだ。とりあえず荷物を運び込もうと車から降りると、叔母さんがそのまま車の中で会社に電話をかけ始めた。どうやら忙しいようだ。
「ジン、早く制服に着替えて!」
突然の言葉に驚き、俺は思わず聞き返す。
「え、学校は明日からじゃないの?」
叔母さんは自信たっぷりに答える。
「そんなこと分かってる!今から行くのは私の会社よ。あんたが卒業したら一緒に働く人を紹介するから。」
その言葉に、俺の心は少しだけ高揚した。家でダラダラするつもりだった予定は急遽変更に。だが、やりたいことなら全然アリだ。叔母さんの会社といえば、キャンプ用品が主な事業だが、新興探索隊の人たちもいると聞いている。どんな人たちに会えるんだろう?そんな期待を胸に、俺は急いで制服に着替え車に乗り込んだ。
家を出てから約45分。俺と叔母さんが向かったのは、巨大なビルがそびえ立つ街の一角にある場所だった。これが叔母さんの会社か。正直、俺の予想を遥かに上回る規模感に圧倒される。
エントランスを抜けると、目の前には受付が広がり、叔母さんは俺に「少し待ってて」と言い残して受付嬢に向かう。
「お疲れ様です、社長。お待ちしておりました」
「言ってたの、貰える?」
「こちらになります。」
秘書らしき女性がスッと手渡すと、叔母さんは軽く礼を言い、そのまま俺の方に戻ってきた。そして手に持っていた見学許可証を俺に渡す。
「ほら、これをつけて。」
許可証を首にかけ、エレベーターで5階に向かう。途中、叔母さんは何も言わず腕を組んで真剣な表情をしている。少し緊張感が漂う中、俺たちは研究室の前に到着した。
「ここが目的地よ。」 叔母さんが指差したドアの横には「セラルド・ゲル」という名前が記されている。誰だ?その名前に心の中で疑問を抱きつつ、叔母さんがドアをノックするのを見守る。
「失礼します。」 ドアを開けた瞬間、部屋の中には数々の実験器具と大きなモニター、そして緻密な設計図が並べられていた。いかにも「研究室」といった雰囲気だ。そして、その中心に立っている人影が一際目を引いた──。
「待ってました、社長。それにジン君!こちらへどうぞ!」 そう軽やかに声をかけてきたのは、茶色の長めの髪に丸眼鏡をかけた男性。優男な風貌だ。
部屋の中を一瞥すると、壁には一面に張られた地図や写真、そして机の上には不思議な石や解体された機械が所狭しと並んでいる。ただ、その中でも一部だけ異様に綺麗に整えられたスペースが目を引いた。まるで、そこだけが別世界のように輝いている。
セラルドさんに誘導され、俺はその整えられたスペースに設置された椅子へと座った。
「お待たせ、セラルド。こっちが言っていた私の甥、ジンよ」
叔母さんがそう紹介すると、セラルドさんは穏やかな笑顔を浮かべる。
「初めまして、ジン君。僕はセラルド・ゲル。セラルドでもゲルでも、好きなように呼んでくれて構わないよ。」
少し緊張しながらも俺は自己紹介を返した。
「初めまして、輪凪ジンです。よろしくお願いします、えー…セラルドさん」
「うん、よろしくね」
セラルドさんはふと叔母さんに視線を向けて尋ねた。
「社長は僕のこと、どれくらい話してました?」
「何も話していないから、全部あなたに任せるわ」
あっさりと答えた叔母さんに対し、セラルドさんは少し困った顔をした。
「(話したくなかったんだろうな~。何なら合わせたくなかっただろうし)……わかりました。それじゃあ、そうですねぇ……」
考える素振りを見せた後、セラルドさんは立ち上がり、机の上に並べられた石を数個手に取ると俺の目の前に置いた。よく見れば、それらの中には石だけでなく化石や宝石のようなものも混じっている。
「ジン君、これらは全てAnomalyで取れたものだ。場所は様々だけどね」 その言葉に、俺の心臓は一気に跳ね上がった。
「なんでAnomalyのものがあるんですか!?叔母さんの会社ってAnomaly関係の仕事もしてるの?」
驚きと戸惑いが交じった声を上げる俺に、セラルドさんはため息をつきながら言葉を続けた。
「社長…本当に何も話してないんですね。」
それに対して叔母さんは、どこか冷たい表情で「話す必要がなかったからね。」と言い放った。
(探索者になるなんて危険な道を選んでほしくなかった。) 叔母さんの心の中の無言の思いを察したセラルドさんは、目の前の琥珀を手に取り言葉を紡ぎ始めた。
「ジン君、この琥珀──これは最近手に入れたものだ。」
セラルドさんが手に取ったのは、鮮やかな紫色に輝く宝石だった。その輝きは自然と目を引き、まるで視線を奪うような不思議な力を感じた。
「琥珀というのは、樹脂が長い年月をかけて固まったものだよ」
セラルドさんは紫の宝石を手のひらに転がしながら、ゆっくりと語り始める。
「これを見てどう思う?」
「なんというか…気になります。目が奪われるというか…」 そう答えると、セラルドさんは満足そうに頷いた。
「そう。この琥珀はね、Anomaly【アルラドの古遺跡】に生えるdazzle treeからできたものなんだ。その木は強い幻惑効果を持っていて、樹脂から作られる琥珀にも多少の誘惑効果が宿るんだよ」
セラルドさんは紫色の琥珀をゆっくりと握り込み、視界から隠してしまう。すると、不思議なことに、俺を捉えていたその魅力が薄れ、視線が元に戻ったように感じた。彼はそれを机の上に戻しながら続ける。
「こうして一度視線を切ると効果は消えるんだ。そして、この特性を知っていれば、再び誘惑に引っかかることもない。」
「面白い…」
その話に心から感動し、初めて触れるAnomalyの不思議な世界に思わず笑みがこぼれる。それを見たセラルドさんも満足げに微笑んだ。
「社長、Anomalyストアに移動しましょう」
セラルドさんが叔母にそう提案する。
「分かったわ。私は仕事があるからジンのことは任せるわね」そう言うと、叔母は俺に視線を向けた。
「お昼になったらここに迎えに来るから。それまで楽しんできなさい。それじゃあ、ジン。また後で」
叔母と別れを告げ、セラルドさんに導かれるまま、俺たちは建物の二階にある「Anomalyストア」へ向かうこととなった。。
「ここは一般の人は利用できない店なんだ。探索者専用の商品だからね。」 セラルドさんが軽い口調で説明してくれた。店内はアウトドア用品で埋め尽くされ、その一つ一つがどこか高品質で特別な存在感を放っている。
「気になってたんですけど、なんでAnomalyの…それと探索者用の商品が?」 俺が疑問を口にすると、セラルドさんは頷きながら答えてくれる。
「Anomalyと呼ばれる場所や環境では、そもそも家がないからね。そうなると、野宿するためのアイテムが必然的に必要になる。」
「ああ、確かに…言われてみれば当たり前のことですね。」
なるほど。野宿ともなればキャンプ用品が重要になる。その市場を押さえた大手が利益を出さないわけがない。商売の基本だと妙に納得してしまった。
「でも、Anomalyの近くには探索街があるって聞きましたけど…」 そう尋ねる俺に、セラルドさんは少し笑いながら言う。
「ああ、探索街ね。確かにあそこには宿泊施設もあるけど、基本的に探索が日帰りのはずはない。だから、行きと帰りだけの利用になることが多いんだ」
探索街──それはAnomalyの近くにある街。宿泊施設、鍛冶屋、素材買取店、飲食店などが集まる場所。だが、その限られた用途では、野宿や探索中に必要なアイテムを完全には補えないということだろう。
「これなんか、とても売れているよ。」 そう言ってセラルドさんが指さしたのは、アウトドア用のリュックだった。サイズも豊富で、大きいものからコンパクトなものまで揃っている。
「このリュックですか?」 一見すると普通のリュック。だが、よく見ると素材が革でできているものが多い。その理由が気になり値札を見ると…。
「ご、5万!?たっか!!」 思わず声を上げる俺に、セラルドさんは大笑いした。
「はっはっは!高いよね。でもね、これには理由がある。」 そして、リュックについて語り始める。
「これはラバー系統の異獣から作られたリュックで、伸縮性に優れているんだ。見た目以上に大容量だし、この革はとても丈夫で、ある程度の衝撃や斬撃にも無傷なんだよ。」
「中身もしっかり守るから、市販の包丁程度ならどれだけ切っても傷一つつかない。」
「すごっ!」
驚く俺を見て、セラルドさんはさらに嬉しそうな顔をする。こんな話を聞かされてしまうと、探索者の道具への興味が一層湧いてくる。
その後もセラルドさんは売れている商品を次々と紹介してくれた。どれも興味深く、時間が経つのを忘れるほど楽しいひとときだった。初めて知る世界、初めて触れるアイテムたち。そして、その裏に隠された物語。Anomalyの世界の広さを感じずにはいられなかった──。
朝のニュースが流れるテレビ画面。その中で報じられたのは、華戸市にある青称高校で起きた衝撃的な事件だった。
「昨日、午後4時頃、華戸市の青称高校で醒者による拉致事件が発生しました。被害に遭った男子生徒二名は無事でしたが、そのうち一人は意識不明の重体だそうです。」
画面に映る学校の外観と、警察車両が並ぶ様子。事件の深刻さがひしひしと伝わってくる。
「事件を起こしたのは一人の醒者の男で、警察はこれまでの不可解な未成年の行方不明事件もこの男が関与していると見て捜査を進めています。」
さらに続く報道は、事件の背後に潜む闇を示唆していた。
「なお、この男が使役していたとみられる合成獣が学校内で倒れており、男のほかに非人道的な実験を行っている人物、もしくは大きな組織が関わっている可能性があるとされています。」
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