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Anomalyの世界旅路:異変に魅せられた探索者  作者: 夏衒
異変に魅せられた少年
25/32

新人探索者

闇深い夜の道を、一台の車が静かに走る。そのエンジン音だけが、静寂を破る唯一の存在だった。 ジンはハンドルを握る手をぎゅっと締め、何度も深呼吸を繰り返す。助手席には誰もいない。だが、後部座席には人でない何かが確かにいるのを感じる。


(……やばい。どうなるんだこれ。)


後部座席では、ふわふわと揺れる白い光――小さな守護者が酒を片手に楽しげに揺れていた。生まれたばかり? というべきか誕生してからまだ半日すら経っていないのに酒を飲んでもいいのだろうか


ジンは眉をひそめながら前方へと目を向ける。ことの発端は、ついさっきまでの神社での出来事にさかのぼる。


探索協会の仲間である白木と共に訪れた神社で、ジンたちは思いもよらぬ存在と対峙することになった。神聖なる祈り様が生み出した"送り人"。それは純白の光に包まれたお祈り様と同じ姿、まるで自由気ままな子供のように楽しげに動き回っていた。


「これは、生霊石を用いて生み出された守護者しゅごしゃです。主には特定の場所を守るために造られた存在、形状は様々。蛇、熊、鳥……時には龍やドラゴンにまで及びます」


白木が慎重に説明する。しかし、次の言葉にジンは思わず息を呑んだ。


「そして今回、祈り様が貴方に授けたのは――自身と同じ送り人。もともと、祈り様とその伴侶はんりょである迎え人様との間に生まれるはずだった存在ですね」


「……え?」


ジンは目を見開き、言葉を失った。まるで悪夢が現実になったかのような衝撃――それは、探索協会華戸支部の応接室でも、同じように波乱を呼び起こしていた。


「ジン! どうなってるんだ!?」


ドアを勢いよく開けた支部長が声を荒げる。 「お、落ち着いてください、支部長……」


だが、件の小さな守護者は悠々とお餅を頬張りながら、まるで他人事のように楽しげに笑っていた――。


「そうだ、大晴、落ち着け」


ジンの隣で冷静さを保つトーレが、動揺する支部長を制する。その目はすでに事の経緯を理解していた。


「スゥー…はぁ、そうだな悪かった。それでこの小さな守護者がお祈り様から召喚された存在か」


二人に制止された大晴は一度深呼吸をしてから落ち着きを取り戻した。


「報告が上がってきたときは驚いたぞ! ……っとそうだ、忘れる前に紹介しておこうここにいるのはうちの探索協会で視察班を率いてるトーレだ。視察班ってのは簡単に言えば協会側が探索者を見定めえるための目みたいなものだ」


紹介されたトーレは「よろしく」と言ってジンの前に手を差し出した。それに答えジンも「よろしくお願いします」と差し出された手を握り握手を交わした。


「それでだ、当たり前だが課題試験の間は視察員が陰で監視して評価を行っている。それに伴い受験者の行動や対応が俺のところに報告されるわけだがお前は相変わらずやらかすな」


頭を抱える大晴にそう言われたジンは心の中で「今回は俺悪くない」と思いながらもその言葉を押し殺して「ごめんなさい」と謝った。


ジンが謝罪の言葉を口にした瞬間――


ゴンッ!!


痛々しい衝撃音が響き渡り、大晴が「イデッ!!」と悲鳴をあげながら頭を押さえた。


「何やってんのよ、このバカチン! この子は何も悪くないでしょうが」


手に持っていたマグカップを大晴の頭に振り下ろした彼女は毅然と言い放った。


突然場の空気を切り裂いたのは、ジンの目の前に立つ女性だった。腰まで流れる漆黒の髪、鋭くもどこか面倒見の良さを感じさせる瞳。堂々とした佇まいから、ただの一般人ではないことはすぐに分かる。



「初めまして、私は探索協会の副支部長、志野咲レミアよ。分からないことがあれば、遠慮せず頼ってくれて構わないわ」


そう言うと、彼女はもう片方の手に持っていたマグカップをジンへ差し出した。


「……ありがとうございます」


恐る恐る受け取ると、それは適度な温かさを帯びていた。熱すぎず、ぬるすぎず。手の中に心地よい温もりが広がる。


「これは?」


ジンが尋ねると、レミアは先ほどまでの厳しい表情とは打って変わり、柔らかな微笑みを浮かべた。


「グラタートルのスープよ」


その言葉に誘われるように、一口飲む。まろやかな旨味が口の中いっぱいに広がり、じんわりと体の芯まで染み渡るような感覚。混乱していた思考が、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。


「少しは落ち着いた?」


レミアが静かに問いかける。


「……はい」


ジンが頷くと、彼女は満足げに微笑み、すぐに本題へと移った。


「それじゃあ、いくつか聞かせてくれる?」


促されるまま、ジンは今日起こった出来事を順番に思い返しながら語り始めた。


その話を聞くレミアと大晴、そしてトーレは、ジンの言葉に耳を傾けつつ、手元の資料にも目を通していた――。


レミアは静かに息を整え、目の前のジンをじっと見つめた。彼の語った出来事を頭の中で整理し、思考を巡らせる。


「なるほど……」 レミアは低く呟くと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


「本来とは異なる異虫ベロ。そして、周囲のどの樹よりも異常なほど巨大な《dazzle tree》……」


「それに、助けてくれた探索者……ハスって名乗ったのか」彼女の言葉に大晴が反応する。


その名を口にした瞬間、大晴の目がわずかに鋭くなる。


「それは恐らく猫姫の嬢ちゃんだろうな。双花月そうかげつのメンバーだ」


ジンが双花月という名前に疑問を浮かべると、トーレが補足する。


「双花月は世界都市ローウェルゴイドを拠点とする巨大ギルドだ。関係が浅かろうが深かろうが、顔見知りになれただけでも大きな収穫だぞ」


その言葉にジンは探索者ハスとの邂逅を思い返す。あの時の彼女の強さと冷静さ——ただの探索者ではないことは、あった時から感じていた。


レミアは手元の資料に視線を落としながら、再び口を開いた。


「テルト城の内部は大きな変化はないけれど……廊下を埋め尽くす異虫の大軍、それも誘導されるかのように王の間へ向かっていた。この点が気になる点ね」


「それは本当に全て異虫モンスターだったのか?」大晴が慎重に問いかける。


「はい、おそらくですが」ジンは考えながら答える。


「ボーンスパイダー、クリアビー、それにアイアンドラゴと百牙兵ひゃくがへい。他にもいたかもしれませんがわかった範囲でいえばこれだけですね」


「そうか、確かに異虫か……だが、聞いたことのない事態だな」大晴が腕を組んで唸る。


「ベロが二人を誘い込んだのか、それともテルト城そのものが二人を導いたのか……どちらにせよ、これは要調査だ」


レミアは資料をめくりながら小さく頷いた。「視察班の報告とも一致するわね。分かったわ、ありがとうジン君」


そう言うと、彼女は深くため息を吐きながら、ゆっくりと視線をある方向へ向けた——。


「最後にこの小さな守護者さんについてだけど……」


部屋の全員がつられるように皆も視線を向けた。その間は沈黙が流れ気まずい空間が出来上がったがそれを意に返していない小さな光の守護者はいつの間にかお餅だけでなく一緒に酒も飲んでいた。


レミアは静かに息を吐き、手元の書類をめくる。


「この守護者に関しては……お祈り様が言っていた通り…というか、白木さんが訳してくれたことに従うほかないわ」


ジンは無言のまま頷く。どうしようもない、と理解してはいても、心の奥にほんの僅かな不安が残る。


「ですよね……」


「まあ、これが白木さんや白暁側からの申し出なら、協会を通して断ることも意見することもできるんだがな……」大晴が腕を組みながら呟いた。




しかし今回の事態は違う。白木さんを通じて、お祈り様から伝えられた言葉は決定事項だった。 この子と共に世界を回ること。 それが、これからのジン旅に新たな指針となる。


『ジンが見せられる範囲ですべてを見せてやってほしい』


お祈り様はそう言いながら、絶対に訪れるべき三つの場所を提示した。


一つ、大海にある始原の炎。 二つ、古代神国レシリア。 三つ、鐘の天空島。



ジンは少し考え込んでから、言葉を発した。


「一つ聞きたいんですけど……こういうことって、珍しいんですか? 変に悪目立ちしたりとか……」


自分の積み上げた実績や、賞賛に値する功績に対する視線ならまだしも、それとは異なる形の注目には少し気がかりだった。 不要な目立ち方は、厄介ごとへと繋がることが多い。 しかし、意外にもこれはそこまで異例なことではないのかもしれない。


そう思った矢先――大晴が即答する。


「まあ目立つな!」


あっさりと言い放ったその一言に、ジンの希望は見事に打ち砕かれた。


「今回行われたのは、守護召喚という召喚術の一種だ。だがな……」


大晴はやや難しい顔をしながら続ける。


「人が行う術と、神が行使する御業(みわざ)は似て非なるモノ。姿こそ同じでも、召喚された存在の潜在能力がどうなるかは、誰にも想像がつかん」


つまり、この召喚がどれほど異質なものなのか、今はまだ誰にも分からない――。


「そしてそんな特殊な生まれを持つ存在は良くも悪くも目につきやすい」


召喚された守護者——その存在は畏怖の対象となり、時に崇拝されることもあれば、力を求める者に狙われることもある。ただし、捕まえられればの話だが。そう思いながら大晴は守護者の方に目を向けた。


「まあ、ともかくだ! 協会に着くなり異常報告と守護者の件で慌ただしく動いていたせいで、正式な合否がまだだったな。ハンコを押してもらった板をくれるか?」


そう言われて思い出したかのようにジンは懐から木の板を取り出した。これは出発前に受け取ったものであり、神社から協会へ戻る際に白木から正式にハンコを押してもらったものだ。ジンはそれを大晴に渡し、大晴はすぐさま女性職員に預けた。


しばらくすると、女性職員が戻ってきて大晴に何かを手渡す。 大晴はそれを確かめた後、満足げに微笑み、机の上にそっと置いた。


「これがジンが探索者であることを証明する探索者カードだ」


静かに机の上に置かれたカードをジンは見つめた。 これで正式に探索者——その肩書きを得たのだ。


「わかりました」


ジンはカードを慎重に手に取り、力強くうなずいた。


「そしてもう一つ——」 大晴は探索者カードの隣に、そっともう一つ何かを置いた。


ジンはそれを見て、目を瞬かせる。 「……これって、あの時のアダストーン?」


「ああ、そうだ」 大晴は微かに頷きながら説明を続けた。


「このアダストーンに内包されていたお前の醒力データはアルファデインにある巨大バンクに保管された。その後少しの改良を加えたモノがこれだ、これを身につけておくことで、旅の途中で討伐したモンスターが自動的に記録されていく」


ジンは驚きの表情を浮かべながら、アダストーンを手に取った。 「それはすごいですね……!」


「……これで、大丈夫だな」 大晴は静かに言いながら、ゆっくりと立ち上がった。そして、力強くジンの前へ右手を差し出す。


「輪凪ジン。君は困難を乗り越え、多くの経験を積んだ。その努力と成果を認め、ここに探索者として正式に認定する」


その言葉に、ジンの胸が熱くなった。 長い旅路の果て——数々の試練を乗り越え、ようやくこの瞬間を迎えたのだ。


「はい!」


ジンは迷いなく答え、立ち上がり、大晴の手を力強く握った。 その握手は、ただの形式的なものではない。そこには信頼と敬意、そしてこれから続く新たな道への決意が込められていた。


ここまで読んでくださりありがとうございます!


次もぜひ読んでください。

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