帰り道
「ありがとうございます。本当に助かりました」
ジンは疲れの色を隠せないまま、それでも感謝の意を示そうと、堅固に深々と頭を下げた。ジンにとっては友達のお父さんでよくしてくれる人ではあるが今、彼の前に居るのは、霜牙隊の頼れる隊長だ。
堅固はジンの様子を見て、優しく笑った。
「いやいや、そんなにかしこまらなくていいさ。それより、今日は災難だったなぁ」
その言葉に、ジンは苦笑を浮かべた。災難どころか、地獄のような一日だったと言いたいところだが、それを口にする元気もない。
「もう行くのかい?」
堅固のその言葉に「はい」と答えた。そしてジンの疲労でくすんだ瞳に堅固の笑顔が映り込む。その笑顔が、やけに温かく感じられた。
「他の皆さんにもお礼を伝えておきました」
ジンが静かに口を開き、疲れを隠せない顔で堅固に報告する。その言葉を聞き、堅固は短く頷いた。
「そうか。それにしても……まさか異常異変がテルト城のボスにまで影響を及ぼしていたとはな」
堅固は腕を組み、眉間に軽くシワを寄せる。深刻さを感じさせるその表情は、隊長としての責任感そのものだ。彼は少し間を置いてから、ジンに視線を向けた。
堅固「この件は、君からも探索協会に報告しておいてくれ。俺たちだけで抱え込むわけにはいかないからな。」
ジン「わかりました。それじゃあ、本当にありがとうございました。」
ジンはもう一度深く頭を下げると、堅固に別れを告げた。霜牙隊の仮拠点で休んだとはいえ、その疲労感は簡単に取れそうになかった。
王の間から運ばれ、たどり着いたのは城外のアルラド古遺跡に広がる住宅街。その一角にある霜牙隊の仮拠点で、ようやく一息つくことができ今に至るが周囲はすっかり闇に包まれ、時計の針は夜の8時半を指している。
ジンはため息をつきながら、近くの建物の地下へと足を向けた。その建物、昼間の光の中では目立たなかったが、明かりを手にしてよく見てみると、家ではなく、もともとは古びた神社だったのだ。もしかすると、こちらと向こうの神社には、昔深いつながりがあったのかもしれない。そう思いながらジンの心にはほんの少しだけ興味と畏敬の念が広がった。
「はぁー……」
自然とこぼれ出るため息は、彼の心と体の疲労を物語っていた。今日は、さすがに疲れた。しかし、目当ての生霊石を手に入れたのだ。それだけでも、今日の苦労は報われたと思える。とはいえ……。
リュックを背負ったまま戦うのは本当に大変だった。体中が重く、鈍い疲労に包まれている。「叔母さんの店で、これより軽くて丈夫なリュックを買わないとな……」と、心の中でそんな決意をするジン。
地下に続く崩れた階段を降りながら、彼は洞窟へと足を踏み入れた。オレンジ色の明かりが導く方向へと、来た時と同じように進んでいく。洞窟内に響くのは、彼の足音だけ。その静けさがジンの記憶を呼び覚まし、今日の激しい出来事を鮮明に思い出させる。
石壁を見つめながら、ジンは自分の足音だけが響く空間を感じた。その中で、今日という一日を振り返り、ふと思い出したことがあった。
そういえば――。 あの巨大な魅木にいたモンスター……異虫ベロに似てたな。
ジンは足を進めながら、ふと記憶を手繰り寄せた。 「大きさも形もほとんど同じだ。でも……色が違う。王の間にいたやつは赤色だったよな。まるで赤いクワガタみたいな色……。外で見たやつは紫色だったけど……」
記憶と現実の食い違いに、ほんの少しだけ引っかかりを覚えた。しかし、その疑問を深く掘り下げるほど余裕はない。今は――まずは報告だ。
「何はともあれ、協会に報告だな……」
ジンはそう心の中で呟きながら、疲労に重く沈む体を引きずるようにして洞窟を進む。彼の周りを包む静寂が、足音だけを響かせていた。
ジンはまだ知らない。この洞窟の先に、彼を待つ新たな運命が待ち受けていることを――。
その頃、アルラドの古遺跡に位置する霜牙隊の仮拠点では、堅固を中心に翔太やカイレルン、オリエやイアニスといった翔太を除くメンバーは副隊長などの中心隊員で討論が繰り広げられていた。今日の異常異変への対応、そして明日からの方針がテーマだ。集まった仲間たちの視線が、次第に堅固の言葉を追いながら真剣な空気で包まれていく。
「それで? 話してくれるか、翔太」
低く響く堅固の声が部屋を引き締めた。
「はい!」 呼ばれた翔太は、力強く返事をした。皆の注目を集める中、数歩前へ進み、持っていたリュックから何かを取り出す。
ゴト…… それは、生霊石だった。静まり返った空間の中、机の上に置かれた石がほのかな光を放つ。
翔太は大きく息を吸い込み、意を決したように声を張り上げた。
「この度、翔太……目標だった生霊石を手に入れることができました!!」
その瞬間、静寂が歓声に変わった。
オリエ「よくやった翔太!」
イアニス「頑張ったな」
オリエが笑顔で拍手を送りイアニスが親しみのある声で労をねぎらった。
「ありがとうございます……//」 満足そうに微笑む翔太だったが、皆の反応に少し照れくさくなり、ぎこちなく頭をかく仕草を見せた。その赤ら顔には、今日という日が彼にとって特別なものであることがはっきりと刻まれていた。
「これにより――翔太を正式に、我々霜牙隊の一員とする」
そう言いながら堅固は翔太の方に視線を向ける。
「よくやった翔太。俺からも賛辞を贈ろう。お疲れ様」
堅固は静かに歩み寄ると、軽く彼の頭をポンポンと叩く。その仕草に、温かさと認められた証が込められている。
その瞬間、再び部屋は歓喜に包まれた。拍手と歓声が飛び交い、誰もが翔太の功績を称える。翔太は緊張から解放されたのか、少し照れくさそうに笑みを浮かべながら一歩下がる。
「ありがとうございます……!」
照れ隠しに頭をかきながら口にしたその言葉は、彼の決意と感謝がにじみ出ていた。
翔太はもとの場所に下がった。堅固は満足げに頷くと、次の話へと進めるべく空気を変えた。
堅固「さて、良い知らせはここまでだな。そろそろダンジョン組の報告を聞かせてくれ」
イアニスが一歩前に出て報告を始めた。
「では、私から報告させてもらいます」
「私たちが翔太と出会えたのは、まさに王の間の中でした。彼の話によると、城内には大量のモンスター、異虫ばかりが徘徊していたそうです。モンスターの数に関しては調査の必要がありますが種類に関しては元々テルト城は異虫モンスターが多く出ることで知られているので問題はないかと」
「問題なのは城の通路、廊下を埋め尽くすほどのモンスターに追われた末、彼らが逃げ込んだ先があのボス部屋……つまり、王の間だったそうです」
堅固が興味深げに眉を上げた。
「それも異虫ばかりか?」
イアニスが頷きながら続けた。
「その点に関してジン君が『これは偶然ではなく、誘い込まれた』と指摘していました。ですが、正直、こんな状況は聞いたことがありません。通常、王の間の異虫ベロは、その部屋の外には干渉しないものですから」
「だが異変であることに間違いはないか」と堅固が重い声で問い掛ける。
「ええ、確かに。その理由がベロにあるのか、それとも別の要因なのかは分かりませんが、前例のない出来事です」
翔太が俯き加減に呟いた。「それにしても……異虫ベロ、本当に強かった。俺、もっと修行しないと……って痛感しました」
その言葉にオリエがにっこりと笑いながら背中をバシバシと叩く。
「安心しな、あたしがしっかり鍛えてあげるから!」
翔太が青ざめる。
「う、お願いします。でも……お手柔らかに……」
カイレルンが冷静に口を挟む。
「異虫ベロはあの巨体でありながら驚異的な素早さを誇ることで知られているからね。それに加えて、雷さえも操れるから、かなり手強いモンスターだ」
「雷……あ!」翔太が突然の閃きに顔を上げる。「あの突進はそのせいだったのか!」
イアニスが微笑む。
イアニス「それは『雷化・神速』という技だよ。体を雷そのものに変えて移動速度を極限まで高めるベロが使う技の一つだ。突進技ではなく、主に移動手段として使われる」
翔太「移動技……!?あんな威力で!?」
翔太は驚きを隠せない様子で空いた口がふさがらないでいた。
オリエが肩を落とし呆れたようにため息をつく。
「まだまだだね、翔太」
イアニスが改めて話をまとめ出した。
イアニス「いずれにしても、大量のモンスター以外に目立った異変は見当たりませんでした。ただ、この現象に実際に遭遇したのは翔太とジン君のみ。慎重に対処する必要がありそうです」
堅固「分かった。次はこっちだな――カイレルン頼む」
「はいはーい!」と カイレルンは明るい声で返事をした。彼は軽い足取りで前に出ると、一つの骨を持ちながら、ダンジョン組と同じように巨大なdazzletreeのそばで起こったことを話した。
イアニス「灰色ローブの集団に大樹の麓にあった大量の白骨……」
カイレルン「これが巨大なdazzletree――人によっては魅木と呼ぶところの麓に埋まっていた骨だ。正直他にも大量、それこそ昔この地に住んでいた人たちすべての骨があると言っていい量だ」
カイレルンが持っていた骨を掲げながら、ゆっくりと説明を続ける。
「そして、この骨だけど――どうやら人間の骨のようだよ」
その一言が落ちた瞬間、部屋の空気が凍りついた。イアニスは目を細め、目の前の光景をじっと見据えていた。
「……それ、探索者か?」
隣に立つカイレルンは眉をひそめ、手にした道具で骨を軽く突きながら答える。
「それは分からないけど……少し調べた感じ、子供の骨っぽいな」
その場が一瞬、重苦しい沈黙に包まれる。だが彼は続けた。
「さっきも話したけど、この場所にはほかにも大量の骨が埋まってた。古いものも、新しいものも……何の骨だったのかすら分からないのも多かった。でも、これだけじゃないんだ」
カイレルンは視線を地面に落とし、声を潜めた。
「未知のモンスターを見たんだ。あれは……異虫ベロに似てたけど、紫色の体とどす黒いオーラを纏ってた。しかも、あの巨大な魅木――普通の魅木だったんだろうけど、麓に埋まってた死体のエネルギーを吸い取ってあそこまで成長したとしか考えられない」
その言葉に、場の全員が息を飲んだ。唯一、冷静な表情を崩さない堅固が、腕を組みながら口を開く。
「つまり……今回の異常は自然に起きたものじゃない。誰かが意図的に仕組んだ可能性が高い、ということか。そして、その犯人についてだが……現時点で最も怪しいのは、やはり灰色のローブだろう」
イアニスは少し首をかしげ、堅固に視線を向ける。
「灰色のローブとなるとリノケロスでしょうか? ……いや、さすがにありえませんね」
堅固は軽く肩をすくめた。
「そうリノケロスじゃない。……白蛾組だ」
その名前が出た瞬間、翔太が驚きの声を上げた。
「白蛾組!? あの日、学校を襲った連中!?」
オリエも険しい顔でうなずく。
「そうだよ。あいつらの噂はどれもろくでもない。捕まった奴だって何も吐かず、結局誰かに口封じされたって話だし……」
翔太は困惑した顔で堅固を見つめる。
「でも何で白蛾組? 聞いた感じだと、リノケロスが特徴として当てはまるけど」
堅固は渋い表情を浮かべながら答えた。
堅固「奴らはリノケロスを真似てた。ローブも、首のマークもな。だが……今リノケロスはアンダロムにいるんだ。この辺で遭遇するはずがない」
「アンダロム……ケロン王国の王都だっけ?」翔太が頭をかしげながら堅固に「何そんなところに?……てかなんで父さんはそんなに詳しいの?」と尋ねた
堅固はしばし黙り込む。そして、肩を落としながら低い声で言った。
「……ダルカンから連絡が来たんだ。写真付きでな。……メンバー全員で旅行中だとさ」
全員が「あぁなるほど」とあきれたように理解を示す面々に話についていけない翔太は思わず目を丸くしながら「ダルカンって……誰?」と皆に聞いた。
オリエが苦笑しながら説明する。
「リノケロスのリーダーだよ。生粋の武人で、戦闘狂の義人だね」
翔太は息を飲んだ。
翔太「戦闘狂!? てか、父さんがそんな奴と仲良かったなんて知らなかった!」
堅固「…いや…あいつとは、戦友みたいなもんだ」
堅固は少しだけ微笑む。その表情には、どこか懐かしさが漂っていた。
長い洞窟の先に、ほんのかすかに月明かりが差し込む。その向こうには、夜の暗闇が広がっていた。疲労に押しつぶされそうな体を引きずりながらも、ジンは一歩一歩前へ進む。
「……あと少しだ」 そう心の中で自分を奮い立たせながら、やがて洞窟の出口にたどり着いた。
外に出た瞬間、冷たい夜風が頬を撫で、全身を達成感が包み込む。視線を上げると、洞窟のすぐ近くにある小さな小屋の明かりが灯っているのが目に入った。ジンはふらつく足取りでその小屋へ向かい、三度ノックをした後、ゆっくりとドアを開けた。
「お疲れ様でした」
中で待っていた宮司・白木が正座のまま出迎える。柔らかな声でねぎらいの言葉をかける白木に対し、ジンは軽く深呼吸をしてから応えた。
「ただいま戻りました」
その言葉とともに、リュックから依頼された生霊石を丁寧に取り出す。半透明の石は、月光のような淡い光を放ちながら白木の手に渡った。
「ありがとうございます」 白木は慎重にそれを両手で受け取ると、ジンに「外へ出ましょう」と促す。
二人は小屋を出て、静寂に包まれた神社の前へと足を進めた。白木は生霊石を地面にそっと置くと、ジンに向けて低い声で言う。
「石に触れてみてください」
何かが起こると察しつつも、ジンはためらいながらその石に手を伸ばした。そして、彼の指先が石に触れた瞬間――。
「……!」 バサバサバサッ!という音とともに、何か大きな影が目の前に現れた。反射的に後ずさるジンの視界に飛び込んできたのは、異形の姿。
その生き物は、身長はゆうに2メートルを超え、細身ながらも異様な存在感を放っている。黒い羽根は片方が欠け、片翼となっており、顔はボロボロの布で覆われている。その額には鋭く、古代の呪いを思わせる一本の角が生えていた。
ジンは息を呑む。そこに立つ異形の者は、ただこちらを見下ろしていた。月明かりがかすかにその輪郭を照らし、空気を震わせるような威圧感が辺りを支配する。
【白蛾組】
近年、軍が目を付け始めた醒者組織の一つで恐怖と混沌をもたらす犯罪者集団。
その源流は黒蝶会にあり、かつて忠実なる幹部であった数人が謀反を起こし、己の野望を胸に結成した組織である。だが、その構成は規律に乏しく、元の黒蝶会とは異なり、まさに「欲望のままに生きる者たち」の集まりと化していた。
ジンや翔太が通っていた華戸市青称高校にヴィクティムを放ち生徒誘拐を目論んだ犯人でもある。
黒蝶会との関係はというと…それは火花散る宿敵のようなものだ。規模、戦力の差は歴然としており、一度の衝突の後、白蛾組は姿をくらませる道を選んだ。
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