王の称号を持つ甲虫は雷すらも自由自在
虫が出す羽音は人にとって大きな不快感を与え耳元で聞かされるそれはただただ不快な雑音でしかない。そして異虫、狂虫と呼ばれる虫型のモンスターは羽音を不快感ではなく恐怖を感じさせる。
異獣、狂獣、異霊、狂霊、異魚、狂魚、等々多くいるモンスターの中でもトップクラスの人的被害を出しているのが異虫、狂虫と呼ばれる虫型のモンスターだ。
モンスターには凶悪で狂暴、人に敵意を持ち害を与える存在が多くいるがその中でも危険性が高いもしくは討伐が困難とされるモンスターには協会、学会、国がその危険度を広く周知させるために異名や二つ名を与える。
その中でも虫型モンスターの代表的なモノとして「”the holy one”」や「死神」などと呼ばれるモンスターが存在する。
不幸な出来事だ。
あまりにもそれは突然であまりにも偶然と呼ぶには出来すぎている。
アルラドの古遺跡、今は廃れ荒廃したテルト城王の間に鎮座する
分類:異虫 甲雷王虫 ベロ 二つ名「”the holy one”」
翔太「ここは王の間か!? 運が悪いぜ、こんなところに流れ着くなんて」
翔太はバツが悪そうにそうつぶやきながら、剣を抜いて構えた。部屋の中には異虫ベロの羽音が響き渡っていた。ジンが冷静な声で返した。
ジン「それは違うぞ、翔太」
翔太は眉をひそめて振り向いた。
翔太「あ? どういうことだ?」
ジンは険しい表情で続けた。
ジン「ここに辿り着いたのは偶然じゃない。俺たちはまんまとここまで連れてこられたんだよ。あの虫の大軍を使って」
翔太の顔色が変わった。
翔太「おいおい……マジかよ。そんなの聞いたことがないぞ!? 異虫ベロは確かにここの頂点だが、奴はこの王の間の外には干渉しないはずだ」
ジンは静かに首を振った。
ジン「何かあったんだろう。今は気を引き締めるための言葉じゃなく、文字通りこのAnomalyでは何が起こっても不思議じゃない」
翔太は剣を握りしめ、緊張感がさらに増した。
テルト城は城全体がダンジョンとなっている。ダンジョンには多くの形態があるがそれでもボス部屋と呼ばれるそのダンジョンのボスが座する場所がある。その部屋には入った瞬間から扉は閉まり基本的にはボスを倒す以外では開くことはない。
つまり二人はここで異虫ベロを倒すことでしか基本的には出ることはできない。
二人の緊張感はもはやピークに達し緊張のせいで体が硬直してしまっている。二人には攻撃を仕掛けるという余裕がまったくなく受け身状態で異虫ベロの動きにただ注視することしかできなかった。
二人は心の中で何度も「(動け! 動け!)」と繰り返し叫び、受動的で後手に回っているこの状況を脱しようとしていた。
静寂が辺りを支配していた時、異虫ベロは、ハサミのような二本の顎を不気味に振動させながら、その中心に眩いエネルギーを凝縮していく。顎の端から漏れる青白い光にジンの身体が震えた。
「まずい……!」 恐怖が全身を支配しそうになる中、ジンの心は叫んだ。しかし、その叫びが緊張の枷を断ち切った。
ジン「”火想・剣”!!」
ジンはとっさに叫びながら、三本の火の剣を飛ばし技の相殺もしくは発動のキャンセルを狙った。その剣は空を切り裂き、異虫ベロに向かって放たれる。その炎が空間を熱で歪ませる一方、異虫ベロの目が不気味に光った。
「シャァァァァ!!!」
異虫ベロがその巨大な顎を広げ、咆哮とともにエネルギーを解き放った。そのビームの威力は火の剣をかき消し、一直線に二人を飲み込もうとする。
翔太「避けろ!!……」
ドォォォン!! 翔太が叫ぶも、その声はビームの轟音に掻き消された。
砂煙と爆音が辺りを覆い、視界が完全に奪われる。ジンも翔太も次の一手を考える余裕などない。
さらに、不気味な音が王の間に響き渡る――バリバリバリ!! 果てが見えない天井から無数の雷が降り注ぎ、砂煙を切り裂くように光の閃きを生み出した。
煙が晴れた瞬間、二人は驚愕の光景を目の当たりにする。
「翔太……羽音が増えてるぞ……?」
翔太は周囲を見渡す。
「嘘だろ……どれだけいるんだ……?!」
聞こえる羽音の数が急速に増え、やがて目に映る異虫ベロの数は一体、二体……いや、十二匹。
「小さくなってる……とはいえ……」
翔太は苦笑する。そう、小さくなったと言えども、それでも元が成熟したヒグマほどの巨体。動きが素早い上に、その迫力は十分すぎる。
「これ、どうするんだジン!?」
翔太が叫ぶ。異虫ベロたちは音もなく動き始めていた。
「もう考える暇はない!翔太、お前に合わせる! 行くぞ!」
ジンは鋭い視線で次々に襲いかかる異虫ベロを見据える。
異虫ベロの咆哮と共に、死闘の場は混沌に包まれていた。巨大で重厚な体躯を持つ異虫ベロたちは、その圧倒的な重量を活かして押し寄せるだけでなく、鋭い爪や毒液のような特殊攻撃を容赦なく仕掛けてくる。
「ジン! 援護頼む!」
翔太は俊敏さを活かして異虫ベロの視線を引きつけながらも、一対一の状況を保つために必死で動き回る。その動きがあまりに迅速で、敵のヒット&アウェイ戦術を無意識のうちに誘発していた。
しかし、時間が経つごとに翔太の体力は確実に削られていく。それはやがて、わずかな反応の遅れという形で表れる。
「くそっ、このペースじゃもう持たない……! ジン!!」
翔太の叫びに応えるように、ジンの目が一瞬光を帯びる。
「“火想・剣”!!」
ジンの指先から放たれた三本の炎の剣が翔太を囲む異虫ベロたちへ無差別に向かう。その瞬間、ジンは素早く言葉を放つ。
「交代だ、翔太!」
翔太がその場を飛び退き、代わりにジンが異虫ベロたちの猛攻を引き受ける。
だが――翔太のようにうまく誘導できなかったジンは、敵の攻撃を完全にさばき切ることができず、短剣型の“火想”で何とかカバーしながら応戦するしかなかった。
「視界を遮るんだ……あの時みたいに……」 ジンは小さくつぶやき、覚えのある場面を頭に浮かべる。しかし、その間に放たれた“火想”は次第に小さな火花を出すだけに留まった。醒力の限界だ。
「(やばっ……!)」
ジンが息を呑んだその瞬間、異虫ベロたちは一斉にその鋭い爪をジンに向けて振り下ろした。
「“地裂波”!!」
轟音と共に地面が振動し、巨大な岩棘がジンと異虫ベロたちの間に突如として現れた。そのうち一本は一匹の異虫ベロを貫き、その他の敵も怯んだように動きを止める。
「(今しかない……!)」
ジンは牙を食いしばり、目を見開く。
「“炎火簾”!!」
見よう見まねで編み出した巨大な火のカーテン――その赤炎の壁が異虫ベロたちとの距離を遮断した。強大な炎の壁の向こうで異虫ベロたちの唸り声が響く。
翔太は煙の中から駆け寄る。「おい、大丈夫か!? 交代してくれて助かった……」 ジンは崩れ落ちそうな膝を何とか支えながら、息も絶え絶えに答えた。
「……ふぅ、なんとか……」
ジンの視線は、なおも火のカーテンの向こうに据えられている。緊張は解けず、まだ戦いは終わっていない。
「ここからどうする? このままいけばジリ貧、さすがに耐えられないぞ」
ジンは汗を滲ませながら、苦しい表情で翔太に問いかけた。
「あぁ…だが正直ここからどうすればいいかわかんねぇ」
翔太は悔しそうに吐き出す。
その時――「キシャァァァァァ!」 火のカーテン越しに異虫ベロの咆哮が轟いた。あの忌まわしい声が、再び部屋の静寂を切り裂いた。
ジンと翔太は瞬時に構えを取る。ジンの手には燃え上がる“火想・剣”。翔太は振動エネルギーを手に込め、いつでも“地裂波”を放てる状態だ。
突如――ドォォン!! 爆音と共に、一匹の異虫ベロが火のカーテンを突き破ってきた。炎に包まれることなど恐れもしない。突進してくるその姿に、二人の顔色がわずかに青ざめる。
「“火想・剣”!」 「“地裂波”!」 二人は咄嗟に攻撃を放つ。しかし、火の剣は軽々と躱され、翔太の岩棘も発生する頃には異虫ベロの速度が遥かに上回っていた。
「速い!」 翔太が叫ぶ間もなく、異虫ベロの巨大な顎が雷光を纏い、目の前へ迫り来る。これを受ければ、ただでは済まない――。
「(くそっ……ここで諦めるわけには……!)」
ジンは己の剣を強く握り直した。
二人は言葉を交わさなくとも、互いの覚悟を察した。「受け止める」、それしかなかった。
突進の直前、ジンと翔太はそれぞれの武器にエネルギーを最大限込めた。そして――振り下ろす!
ガキン!! と大音響が鳴り響く。しかし二人の剣は虚空を切り、衝突の感触はない。
目を見開いた二人の前には……背の高い男女が立ちはだかっていた。それぞれの盾が、異虫ベロの顎をがっちりと受け止めている。
「はぁぁッ!!」 鋭い気合いの声と共に、女性が異虫ベロを吹き飛ばした。その巨体は火のカーテンを越え、部屋の壁に叩きつけられる。
「あなたは……霜牙隊に!」
ジンがその姿に驚くと、翔太が涙を滲ませながら叫んだ。
「イアニスさん! オリエさん!」
その女性――オリエは微笑みながら言葉を投げた。「お待たせ、二人とも。ここまでよく耐えたね」
霜牙隊のメンバーが次々と駆け寄り、限界に達していたジンと翔太を抱える。その瞬間、緊張の糸がぷつりと切れた。ジンの全力で維持していた“炎火簾”も消え、異虫ベロが再び姿を現した。しかし今度は――数は一匹に戻っている。
「すぐにここを離れるぞ!」
イアニスの声に応じ、霜牙隊は出口を目指して全力で走り出した。
だが異虫ベロはそれを見逃すはずもなく、鋭い爪、雷のビームが次々と迫る。それをすべて、オリエとイアニスが盾で防ぎ切る。
出口に近づき外にいる隊員に扉を開けさせた。
「急げ!」
ベロを止めるオリエが振り返りざまに叫ぶ。
最後の出口を通り抜ける直前、異虫ベロは全身を激しく帯電させた。
そこに天井から落ちた大きな落雷がその身体を包み込んだ。雷を纏ったその神々しさは息をのむほどの迫力があり足は止めなかったが周りがスローになったかのように異虫ベロに釘付けになった。そして異虫ベロは最後の突進を繰り出す。
その時、全員が我に返り「急げえええ!」 とオリエが叫ぶ。その声と共に扉が閉じられた。
ドゴン!! 扉を突き破らんばかりの突進音が響く。
「ふぅ……危なかった」イアニスが冷静に息を吐く。 「何とか間に合ったな」オリエは疲れた笑みを浮かべた。
ジンと翔太の二人は隊員に抱えられたまま安全なテルト城の外に運んでもらうこととなった。
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