土の竜は砦
ジンが修行を始めて以来、実戦で手にしてきた武器。 それは去年の9月に、お爺ちゃんから受け取った父の形見――ショートソードだった。
探索者にとって、武器は命を預ける相棒のようなもの。駆け出しの者たちは、探索協会や武器会社で既製品を購入することが多い。だが、経験を積み、中級者・上級者へと成長していくと、やがて己の戦闘スタイルに合わせたオーダーメイドの武器を求めるようになる。
探索協会や各武器会社の店舗に並ぶ武器は、大きく分けて三種類。
鉄製――最も一般的な武器。 鍛造された鉄で作られたシンプルな刃。手軽に扱え、初心者でも手に入れやすいが、そのぶん耐久性や強度の面では限界がある。
希鉱製――Anomalyから採れる希少な金属や鉱石で作られた武器。 高い強度と特殊な性質を持つものが多く、探索者の間でも重宝される。しかし、希少性ゆえに価格は高騰し、手にする者は限られる。
合金製――鉄などの元存鉱石と希鉱石を融合させた武器。 両者の特性を兼ね備え、強度・価格のバランスが取れた品。鉄製よりも頑丈で、希鉱製ほどの高額ではないため、探索者たちにとっては選択肢のひとつとなる。
ジンの手にあるのは、決して高価ではない。 しかし、それは父の意思を受け継いでいる。
試験は第二関門へと移る。 森のフィールドへと踏み込んだジンは、静かに気配を探った。
このステージではランダムに配置された仮想モンスターが徘徊しており、受験者はその脅威と対峙しながら進まねばならない。
そして――
現れたのは、異獣フォレストウルフ(仮想)。
かつて、師匠と共に挑んだ"双幻森林"の戦い。その記憶が蘇る。
ジンは迷いなく武器を抜いた。
「おっ!あれは……山狼牙!見た感じオリジナルっぽいけど」
モニターを見ながらトーレが声を上げる。
「確かに、ここら辺の鍛冶屋では見ない形だな。骨角武器自体が珍しい」
大晴もじっと映像を見つめる。
ジンの手にある剣は、かつての鉄製ショートソードではない。
動物の骨、角、牙――それらを素材として作られた武器、骨角武器。
この山狼牙は、師匠が作ってくれた特別な剣だった。 素材は、かつて双幻森林で狩ったフォレストウルフ。卒業パーティーの直前、師匠が持ってきてくれたその素材を元に、新たな武器を鍛え上げたのだ。
その珍しさに、映像を見ている者たちの視線が自然と集まる。
だが――まだ誰も知らない。
この剣の真価は、ただの希少性ではない。
ジンは息を整え、構えを固める。
牙を持つ者が試される時―― 。
状況は、あの時とほぼ同じだった。 双幻森林での戦いと、今この瞬間の試験――違うのはただ一つ。
ジンの武器。
かつては圧倒されていた。だが今は違う。むしろ、余裕すら感じている。
「行くぞ、フォレストウルフ!俺はお前を倒して先へ進む!」
互いに睨み合う、探索者と異獣。 前回と同じ状況の中で、野生の本能と冷静な理性が交錯する。
――だが、今回は違う。
同時に飛び出した。
距離が縮まるにつれて、フォレストウルフは加速する。 最初の一撃を打ち込む――そう思った瞬間、両者の攻撃がぶつかり合った。
刹那、光が砕け散る。
「……十分な身のこなしだ。これなら問題なくやっていけるだろう」
フォレストウルフはジンの剣が刻んだ箇所から光の破片となり、消えていった。
「フォレストウルフの攻撃パターンは牙と爪が主だ。場所によっては醒力を使うこともあるが……今のは牙攻撃だったな」
モニターを見つめながら、大晴が分析する。
「ジンはフォレストウルフが飛んだ瞬間に体を半身にして躱し、がら空きの横側へと一振り――見事な攻撃だった」
ルウは感心しながらモニターに目を向ける。
「簡単に倒してしまいましたね」
ミノも驚きを隠せない様子だった。
「でも、どうしてあんなにスムーズだったんですか?いくら若いフォレストウルフとはいえ、もう少し手こずってもおかしくないのに」
トーレが腕を組みながら答える。
「彼よりも早く森に入った受験者の中にも、同世代の子はいた。でも、ここまで鮮やかに倒した者はいなかったな……おそらくだが、ジンは一度フォレストウルフと戦ったことがあるんじゃないか?」
ルウが頷いた。
「フォレストウルフは、生息域が広く、オンを餌にする異獣です。だから攻撃パターンが読みやすいんですよ」
「どういうこと?」
ミノが首を傾げると、ルウは説明を続ける。
「オンは高さ約2メートルの低空飛行をする異鳥です。それを狩るフォレストウルフは、牙や爪を使う際に飛び掛かる習性があるんですよ」
「――なるほど、そういうことか」
ミノもようやく理解した様子だった。
フォレストウルフにとって戦闘とは、狩りそのもの。 狂暴な本能ゆえに人や他の生き物を襲うが、最も狙うのはオン。
その狩りの習性は、他の獲物に対しても変わらず本能的に発揮される。
つまり、一度戦い方を知り体験すれば、醒力を持たない若いフォレストウルフは容易に倒せる――。
ただし、今回ジンが一撃で仕留められたのは、フォレストウルフが彼を"脅威"と認識しなかったからでもある。
もし野生の本能が危機を察知していたならば――この戦闘は、異なる展開を迎えていたかもしれない。
試験は続く。
狩る者と狩られる者――その境界は、いつだって曖昧なのだ。
「まずは一匹」
フォレストウルフを倒したジンは、すぐに周囲を見渡した。
このエリアは、かつて師匠と共に戦った"双幻森林"に似せて作られている。 それならば――もう一匹、いや、二匹目のフォレストウルフが潜んでいる可能性が高い。
(……この感じはいないかな?)
じっと耳を澄ませる。音は――ない。 気配も感じられない。
(似てはいるけど、まったく同じってわけじゃなさそう……)
それに、この森のフィールドは進行方向が狂いやすい。だが、慎重に木々を観察すれば、微かに刻まれた印が見つかる。それを頼りに進めば、迷わず突破できるはずだ。
ジンはすぐに足を動かし、次の試練へ向かう。
その道中――
蜘蛛型のモンスター、鳥型の異獣。 次々と現れる敵を打ち倒しながら、ジンは進み続けた。
気づけば森を抜け、経過時間は14分。
だが――ここからが、本当の勝負だった。第二の関門が、ジンの行く手を阻む。
森を抜けた先――そこはまるで世界が変わったかのような景色だった。 鬱蒼とした木々は消え、眼前に広がるのは無機質な岩場。
そして、その中心に鎮座する――アースドラゴン。
異竜。土竜。
その名の通り、地を支配し、操る力を持つ存在。 簡単には攻撃が通らぬ頑丈な皮膚。 そして、地形を自在に変える能力。
協会の定める高等級ランク――ジンたちでは到底歯が立たない相手。 そもそも、目の前に立つことすら自殺行為だ。
すでに数人の受験者たちが対峙していた。 その中心に立つのは、受験者の中で最も実力があるであろうフリーガ。
だが――激しい戦闘にも関わらず、アースドラゴンがダメージを負っている様子はない。
「一度全員離れろ!!倒す必要はない!」
フリーガの鋭い声が響く。
(登録試験の第二関門でアースドラゴンだと!?)
ジンは愕然とする。 確かに、この支部長は獣使い(テイマー)として名を馳せたと聞く。
だが――まさか竜を仲間にしていたとは…… これは仮想ではない、本物のアースドラゴンだ!
フリーガは一匹狼の傭兵として実績を積んできた男だった。 戦場には滅多に赴かないが、指名依頼を受け、多くの依頼人から信頼を得る人物。
そんな彼が傭兵を辞め、探索者になる道を選んだ――その理由は、誰も知らない。
この場で、最も経験を積んできた者。 そのフリーガが、自然とリーダーとして対アースドラゴンの指揮を執っていた。
掛け声に従い、数人の受験者がアースドラゴンから離れる。
彼の武器は中盾とロングソード――攻守ともに優れたバランス型。 格上の敵とも長時間戦える装備。
傭兵では珍しい選択だ。
「鬱陶しいわねぇ!もう、"ストーン・レイ"!」
不意に、受験者の一人――イスカが魔法を放つ。 輝く岩の閃光が、アースドラゴンへと向かって飛んでいく――
「ガゥァァァ!!!!」
怒りの咆哮が響き渡った。
瞬間、飛びかかる岩が止まる。 そして――逆に勢いを増し、イスカの方へ跳ね返っていった。
「って!?キャー!!返ってきた!!」
アースドラゴンに岩や土の魔法勝負を挑むのは、勇気を奮い立たせたとしても賢明ではない。
「いくら何でもやばいだろ、あれ!?やばすぎて笑いそうなんだけど!?」
ジンは岩陰に身を潜めながら、慎重にアースドラゴンを観察していた。
この試験の合格条件は、コースを突破しゴールへ辿り着くこと。 つまり、必ずしも戦う必要はない。
だが―― 唯一の進路は、アースドラゴンが守る場所を通るしかない。
考え込んでいたその時、不意に誰かが近づいてきた。
「なぁ、アンタ」
岩陰に滑り込むようにして現れたのは、年下と思われる受験者だった。
ジンはその顔を見て、すぐに気づく。
「君は……確か、先に待機室にいた」
少女は軽く笑い、肩をすくめる。
「アタシは彩。アンタ名前は?」
「俺はジンだよ」
「なら、ジン……さん」
彩は口元に小さく笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「アタシと協力しないか?」
試験は続く。
だが、この異竜を前に――受験者たちは試されている。ただの試練ではない。この戦場に、真の探索者は生まれるのか――。
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