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機械仕掛けのユマニスム  作者: 樫村蓮
case.1 私たちの息子を探してください
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05 不審な電話には気をつけよう

 アリア調停事務所所長のシグルズはコート氏と同じか、それ以上の金持ちであるにも関わらず、事務所の内装のセンスはカイエのアパートといい勝負だ。

 金属製の無骨な事務机はところどころ塗装が剥げ、装飾性の欠片も感じられない照明は室内を明るくするためだけに存在する。唯一、来客用のソファとテーブルはいい物が置いてあるが、そこだけ力を入れているせいでかえって浮いている。大雨の日には天井から雨漏りするので、カイエのアパートの方が上等かもしれない。

 それでもカイエにはコート家の高級な佇まいより、この事務所のほうが落ち着くのだった。


 トラヴィス捜査の作戦会議に向けて、ラッキーの量子頭脳が「人相識別システム」で画像、動画のどちらからでもトラヴィスを見つけられるように大量の画像データを瞬時に分析、記憶していく。


 その間にカイエは、預かったトラヴィスのデバイスを充電して、中を見れないかと試行錯誤していた。デバイスはパスワードでロックされていたが、前に情報屋から買ったネタ「この街の人々がパスワードに設定しがちな単語と数字」を適当に入れたところ解除できた。

 勝手に中を見ることを申し訳ないと思いつつ、捜査のためなので許して欲しいと心の中で謝罪しながらトラヴィスのデバイスの中を覗く。


 しかし、連絡先も内蔵されているはずのアプリケーションも、デバイスとしての機能全てが削除されていた。情報屋に頼めばデータの復元は可能かもしれないが、日が高く登っている今、情報屋に会うのは難しいだろう。彼は夜行性で、昼はどこにいるのか誰も知らない。

 カイエは諦めてデバイスをポケットにしまい、反対側のポケットから先程拾った缶を取りだして事務所のゴミ箱に放ると、椅子に座り直して呟く。


「デバイスから足取りを追うのは無理そうですね」

「トラヴィスくんには友人がいっぱいいるそうですけど、デバイスがここにあるって事は誰とも連絡を取ってないですかね?」

「あるいは取る必要がないのかもしれませんよ。連絡を取れる物が置いてあるなんて、実は家出じゃなくて誘拐かもしれませんね。グリッツさんも知人の誰かを疑ってて、それでわざわざ関係のないウチの事務所に依頼しにきたとか」


 カイエも半分冗談で言ったのだが、そう考えると事務所に入って日が浅い自分に、誘拐なんて犯罪事件が負えるのかと胸中がざわついた。


「誘拐! それじゃ早く見つけて助けてあげなきゃですよ!」


 カイエの不安が伝染したのか、ラッキーは勢いよく立ち上がる。その拍子に、金属製の椅子が騒々しい音を立てて床の上に倒れた。

 誘拐と決まったわけではない。カイエはそう言おうとしたが、俄に鳴った事務所の電話に遮られた。


「はい。アリア調停事務所です」


 ラッキーが椅子を立て直している音に集中力を削がれないように、カイエは電話の受話器を耳に押し当てた。


「ああ。今度は繋がった」


 電話の相手は声を潜めて応える。カイエには聞き覚えのない声だ。


「仕事のご依頼でしょうか? 申しわけありません。所長は出かけておりまして新規の案件の受付はお断りを」「冗談じゃない。このままじゃボクは殺される! そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ!」


 電話の相手は声を潜めたままカイエを怒鳴りつける。

 しかし、カイエの一存で依頼を受けることはできない。先輩であるラッキーだって依頼を受けることはできない。

 依頼を受けるかは所長の判断に委ねられている。勝手に受けようものならどれだけ所長に怒られるか、カイエは考えたくもなかった。とはいえ切羽詰まった様子で「殺される」と訴える相手を無視して電話を切ることも、カイエにはできなかった。


「殺されるって、どういうことですか?」

「盗聴されてるかもしれない。この通話だってすぐに切りたいんだから、いちいち質問するなよ!」


 どうしたものかとカイエは受話器を耳に押しつけたまま黙った。

 ラッキーはどうにかして受話器から音が聞こえないものかと、カイエにまとわりついてみたりしている。


「いいか。ハンス通りで一番大きい交差点、今すぐそこに来い。来なきゃ事務所ごと治安局に突き出してやる。『この事務所は困ってる人のことを見殺しにする事務所だ』ってな!」


カイエの返答を待たずに電話は切れた。受話器を置くやいなや、ラッキーが渋い表情(ロボットに味覚はないが)で首を横に振った。


「仕事の依頼です? 所長が良いって言うとは思えないですよ。今回の事件はレギンに繋がりがありそうってやる気出してるのに。しょうもない依頼を受けて邪魔したら、所長に超怒られますよお」

「とはいえ、殺されそうな人を放っておくワケにもいかないでしょう」

「それって嘘じゃないです? カイエならそういうの分かるでしょ?」

「前に話しませんでしたっけ。電話に限らず、通信越しだと嘘かどうか分からないんですよ」


 肝心なときにとぶつくさ言うロボットを、カイエは無視して考え込む。

 治安局に告げ口されて死なれたら、恐喝者の目論見通り、事務所は取り潰しになるだろう。ただでさえ最近までロクに仕事を受けなかったことで悪名高い事務所だ。


「依頼を受けるかどうかはともかく、さっきの電話のヒトの話を聞くだけ聞いておきましょう。幸い、会いに来いって言ってたので、そこで嘘かどうか分かります。聞き終えたらすぐにトラヴィスさんの捜索に戻りましょう。ところで先輩、人相識別システムの様子はどうですか?」

「バッチリですよ。画像も動画も立体映像もかなり大量のデータをもらいましたからね。なんだったら3DCGレンダリングして、CGで作ったトラヴィスさんを踊らせたり、プリンターでフィギュアを作れたりしますよ」


 そんなものを作ってどうするつもりなのかは知らないが、ラッキーがかなり得意げにしているところを見るに、トラヴィスが視界に入ればすぐにわかるようになったのだろう。


「それじゃ、ハンス通りに向かいましょうか。先輩」

後輩の呼びかけに、また一緒に外出できることを悟ったラッキーが嬉しそうに返事をする。


 カイエはトラヴィスが誘拐されたかどうかについて考えないことにした。例え本当に誘拐されていたとしても、彼がどこに行ったのか探すことに変わりないからだ。




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