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第9話 お兄様執事

「ここが…… エレナのお家?」


「はい」


 到着したというエレナの家の前で私は唖然としていた。


「これ、貴族様のお屋敷だよね?」


 先ほどの宿のような華美な装飾は無いが、アール・デコ装飾が施された厳かな、一目で歴史ある建物であるということが解る。


「はい。アルベルト・カヴェンディッシュ辺境伯の屋敷です」


「え…… ええと。エレナはこのお屋敷で働いてるのかな?」


 震え声で私は、そうであって欲しいと願いながら尋ねたが、


「うん、そうだよ。屋敷でメイドとして働いてるの」


 ホッ……


エレナは使用人さんだったのか。良かった。


 たまたま会って仲良くなった子が、じつは貴族のお嬢様だなんて、そんなベタな展開無いよね?


「そ、そうなんだ~ こんな貴族様の屋敷に連れてこられて、実はエレナは貴族のお嬢様なのかと思っちゃったよ~」


「あ、でもうちも子爵の爵位はあるよ」


「ご無礼大変失礼いたしましたー‼」


 私は腰を90度以上に曲げて、おでこが膝につかんばかりに、精一杯の全力で謝罪した。


 先程までの同年代の友人知人のような受け答え、不敬では済まされない。


「いいのよ。私もこんな格好なんだから、貴族の娘に見られないのは慣れてるから。」


 イタズラが見事に成功した子供のように、エレナは無邪気な笑顔を見せた。


「エレナ様はその……」


「エレナで」


「いや、貴族のお嬢様と知ってしまったからには流石に」


「エレナでお願いしますわ」


「はい……」


 貴族の令嬢たる威容で言われたら、単なる平騎士の私が抗える訳もない。

 しかし、上下ベージュの作業服の子爵令嬢って、初見で分かるわけないじゃないの。


 貴族様の考えることはわからん……



「さ、上がって上がって」


「お、お邪魔します」


 私はおそるおそる屋敷の門をくぐった。


 とは言っても、私も王城に出入りしているので、最低限の所作は身についている……はず。

 その辺は、師匠である父にトゲトゲ職人の仕事についた直後から、厳しく躾けられた。


 まぁ一番の教えは、極力私たち裏方の人間は、王族や城に出入りする貴族様の目に留まらないように城内をそそくさと移動するということだったが。


「ご当主様は外出中かな…… 兄様〜! ティボーお兄様〜!」


 エレナがエントランスで声を張り上げる。


 貴族の子女らしからぬ、腹式呼吸のきいたよく通る声で家人を呼び出す様に私がビックリしていると、


「エレナ。また、そんな大きな声を出して。御当主様がいたらまたお叱りを……おや、お客様ですか?」


「そうよ。アシュリーっていうの」


「ど、どうも。ご招待にあずかりまして。アシュリー・グライペルと申します」


「はぁ…… わたくしはティボー・バーンズ。カヴェンディッシュ家の執事でございます」


 エレナがいきなり屋敷に連れてきた女に、訝しさと警戒感を滲ませながら、ティボーと名乗った執事が挨拶を返す。


「ティボー兄様。アシュリーは私の命の恩人なんですから、そんな鋭い視線を向けないでください」


「命の恩人?」


「ゼネバルの森で魔物のコノタロスに襲われたのを助けてもらったの」


「魔物⁉ エレナ、森の奥には入ってはいけないといつも言っているじゃないですか‼」


 しかし、エレナもこの屋敷のメイドだって言ってたけど、随分フレンドリーというか砕けた印象だ。

 王城に出入りしていた貴族の令嬢や従卒の雰囲気とは偉い違いだ。


「怒らないでよ、お兄様。いつものキノコの採取場所で遭遇したのよ」


「それはそれで一大事じゃないですか‼ 魔物がそんな街道近くまで現れたなんて‼ すぐに討伐隊の編成について御当主様に至急報を出さなくては‼」


「ティボーお兄様。これこれ」


 エレナが足元を、サラに見せつけるように、やや大袈裟に指で指し示す。


「何です⁉ 今は可及的速やかに…… って、その足の肉は何です?」


 ティボーがエントランスに置かれた肉塊に気付き、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をすると、エレナはまたしても悪戯が成功した子供のような満足気な顔をした。


 この子と行動を共にしたのは精々小一時間程だか、早くもエレナがどういう女の子なのか解ってきた。


「コノタロスの後ろ足ですよ、お兄様」


「……は? まさか討伐したと?」


「アシュリーがね。喜んでお兄様、今夜はご馳走よ」


「って、よく見たらエレナ、身体中擦り傷だらけじゃないですか! 早くお風呂に入りなさい! お風呂の後に手当てしますから」


「はーい。じゃあアシュリーまた後でね」


 パタパタと家の奥へ駆けていくエレナを、屋敷の中で走っちゃ駄目だぞと、まるで母親が手のかかる娘に小言を言うように、駆けていく背中を見送ると、執事のティボーさんはこちらへ振り返り、私の顔をじっと見る。


「とりあえず、コノタロスの足を調理場へ運ぶのを手伝っていただけますか? あと、何があったのか話を聞かせてください」


「は、はい!」


 私は慌ててコノタロスの足の蹄側を持って、ティボーさんが先導する形でついて行く。


 エントランスを抜けると、ティボーさんはピタリと立ち止まる。


 ん? 何だろう?


「あなたもエレナの後にお風呂をどうぞ」


「い、いやそんな悪いです……」


「臭うので」


「はい……」


 そう言えば数日森を歩いていて、水浴びもしていなかったんだった。


 ビシッと執事服を纏ったスラッと隙の無い男性に臭いと言われ打ちひしがれながら、私はトボトボとティボーさんの後をついて行ったのだった。


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