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第8話 やった‼ お肉だ‼

 森に入って初めて、オロオロする牛のような魔物を見つけた私は、スライム以外の初めて肉になりそうな魔物に遭遇してテンションがマックスにまで上がっていた。


 こう見えて王都でしか暮らしたことのない都会っ子の私は、魔物の狩猟なんてやったことも見たこともないが、そんな事は今は関係ない!


 鞄の中の食料がそろそろ尽きそうなのだ。


 己の生命がかかっているのだから、四の五の言っていられない。


 自然の掟だから仕方がない。許してくれ牛‼


 デカイ図体の牛は何故か私の方を見て怯えながら、しかし逃げる方向に迷いながら逃げていく。


 お陰で槍で草木を啓開しながら進む私でも何とか追跡できていた。


 しかし、途中で牛の姿を見失ってしまう。


「肉が……」


 私は意気消沈し、その場に思わずしゃがみこんでしまった。




「ブフオオオォぉぉ‼」


「 ‼‼ 」



 天は私を見捨ててはいなかった。


 私は、槍で草木を啓開するのも忘れて森を走った。


 少し開けた所に出ると、先程の牛がいた‼


 しかし、牛もこちらに気がついた。



「肉ぅぅぅぅぅううう‼‼」



 また逃しては、かなわない。


 私は一か八か、手に握ったナイフを牛に向かって投擲した。


 刃物の投擲なんて、騎士の定期武芸訓練でもやったことがないが、私が投げたナイフはフラフラと回りながら牛の魔物へ向かっていく。


 牛はまるで蛇に睨まれたカエルのように、投げられたナイフをただ呆然と眺める。



(ティウン)



 牛は下半身だけを残して、その場に肉として倒れ伏した。



「よっしゃー‼ 肉ゲットォォォ」



 これで……これでようやく生命の危機から脱せられ


「って、え⁉ 人⁉」


 私はようやく、牛の傍らの茂みに埋まっている女の子を見つけた。


「だ、大丈夫ですか⁉」


 茂みから女の子の手を握って引っ張り出す。


「え、ええ。大丈夫…… あなたは……?」


「私はアシュリー。あなたは?」


「私はエレナと申します。先程は助けていただきありがとうございました」


 エレナはペコリと頭を下げた。


「エレナ。森の中なのに、貴女がここにいるってことは、町が近くにあるの?」


「ええ。ドランの町があります」


「ってことは…… ようやく森を抜けられたんだ‼ あ〜~長かったな……」


 私は安堵感からか、思わずその場にへたり込む様に座り込んでしまった。


「森を抜ける? あなたは一体……」


「あ、そう言えば、この牛の肉どうしようかな」


 地に倒れ伏している下半身部分の牛の肉を見やる。


 先程は夢中だったから平気だったけど、冷静になってみると、私に肉を解体、加工する技術なんてない。


「コノタロスの肉は超高級品ですよ。助けてくれたお礼に私が運びやすいように解体してあげます」


 エレナが、地面に落ちていたナイフを手に持って牛へ向かう。


「あ、待って‼ そのナイフは」


「え、なに?」



(ティウン)



 エレナがコノタロスとかいう牛に刃を当てた瞬間、牛の下半身の半分以上が消え去って、その場には牛の右足のももの肉と、呆然とした顔をしたエレナが残されていた。




◇◇◇◆◇◇◇




「確かに運びやすくはなったね」


「本当〜にごめんなさい‼」


 私とエレナは、コノタロスの足の肉の前後を二人で持ちながら街道を歩いていた。


 エレナは意気消沈という様子だ。


「気にしなくていいよ。重さ的にも足一本が二人で運べる限界だし」


「でも、コノタロスの足の肉なんて贅沢品を無駄に……」


「この牛のお肉ってそんなに美味しいの?」


「そうらしいよ。そもそもコノタロスはゼネバルの森にしか生息していなくて、命がけの狩りを冒険者に依頼しないといけないから」


「へぇー。でも、さっきみたいに街道のすぐ近くの森なら、そこまで危険って訳じゃなさそうだけど」


 あの後、すぐに街道に出られたので拍子抜けしてしまった。


 命をつなぐ肉だと野性児ばりに大騒ぎしていた先程の自分を思い返して、ちょっと恥ずかしくなった。


「あんな森のごく浅い所に魔物が来るのは稀なの。魔物は人間の領分である街道沿いになんて普段はわざわざ近づいてこないから。普段は森の中ほどにいるの」


「でも、森の中に何日もいたけど、とんと魔物に会わなかったんだよね」


「何日も森に⁉ アシュリーは有名な冒険者なの⁉ 何だか凄いナイフを使っていたし」


 純粋な子供のようなキラキラした目でエレナは、期待したような目で俺を見つめてくる。


「私は、その……」


 ここで、私は自分の素性をどこまで話すべきなのか迷った。


 初対面で王城から命を狙われてるなんて事を話すのは当然却下だ。


「まぁ、当て所もなくさすらってる感じ…… かな」


「へぇ~、気ままに旅をするなんて憧れるな〜」


 いや、王城のトゲトゲ職人をクビになって、あてどもなく逃げてるだけなので、今の私は純然たる無職でしかないのですが……。


 エレナは憧れの宿った目で私を見てくる。

 何だか純粋な田舎の子を騙したみたいで、ちょっと心苦しい。


「アシュリーは色んな町へ行ったんですか?」


「いや、私は王都の方でずっと活動していたんだ。旅は最近始めたの」


 ボロが出そうなので、真実を織り交ぜつつ答えた。


「王都って凄そうだね」


「けど、このドランも大きな町なんだよね? たしか辺境伯が統治されてて」


「うん。そう……だったのよ、昔は。けど、今はこんな有様」


 農地エリアを抜けて、町を見下ろす高台に出た。


 絶景が見れる展望エリアなんだろうが、ここから見える町の様子は、どこか寂しげだった。


 一見すると大きな建物が建っているが、よく見るとそれらの建物はすでに打ち捨てられた廃墟だ。

 

 闊歩する住民の数も、きれいに都市区画された町の規模にそぐわない程しかいない。


「以前は、地場の商家が栄えていたんだけど、軒並み潰れてしまって」


「そうなんだ……」


「けど、私はこの町が好き。けど、いつか私は王都みたいな都会で働いてみたいの」


 エレナはそう笑顔を私に返すと、またコノタロスの足を持った。


「そう言えばエレナ。この町に宿はあるの?」


「1軒あるんだけど、今は大きな商団の一行が貸し切ってるの。あの建物よ」


「随分豪奢な建物だね」


 宿は、寂れた街には少々不釣り合いなほどに、新しくて華美に飾り立てられた建物であった。


「商団の方々に失礼があってはいけないから……」


 エレナはここで、今日一番の暗い表情を見せた。


 町が寂れてしまったことを話すときよりも辛そうなのは、何か理由があるのだろうか?

 しかし、宿が埋まっているとなると困ったな。


「しょうがない。どこかで野宿出来るように野営道具を買わないと」


「アシュリーが良ければなんだけど、我が家に泊まるのはどう?」


「え⁉ 泊めてくれるの?」


 いいの⁉

 こんな素性も知れないような人間を自宅に招くなんて、ちょっと防犯意識は大丈夫なんだろうか。


「私の命の恩人ですからね。兄に否やは言わせません。部屋は余ってますから」


 あ、お兄さんがいるのね。

 じゃあ防犯的には安心だ。


「そうさせて貰えると正直助かるわ。宿代がわりにコノタロスの肉も提供するから」


 どの道、食肉解体の心得が私には無いのだし、折角なら無駄なくお肉を味わいたい。


 まぁ、コノタロスの身体の大半は、私のトゲトゲで吹っ飛んでしまったので、食材という意味では大半が無駄になってしまったわけですが。


「やった‼ コノタロスのお肉料理なんて楽しみ‼ こうしちゃいられない。早く行きましょう」


 嬉しさのあまり、エレナが町へ入っていく道を半ば駆け出すように走り出したため、コノタロスの足の蹄側を持つ私は、危うく転んでしまうところだった。


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