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第7話 辺境領ドラン

 朝


 うららかな朝日が差し込む中、古びた屋敷の正面ドアから一人の作業服の女性と、ビシッと執事服を身にまとった男性が外に出てきた。


「エレナ気をつけて行くんですよ」


「わかっていますわ。お兄様」


 エレナ・バーンズは、森の散策ができる上下ベージュ色の作業服に身を包み、つばの大きな帽子を被っていた。


「格好だけ見ると、我が妹ながら、とてもカヴェンディッシュ家のメイド長には見えないですね」


「私はこういう気楽な格好も好きなので」


 エレナの兄でカヴェンディッシュ家の執事であるティボー・バーンズが笑っていると、背後からもう一人、男性が進み出てきた。


 この屋敷の当主 アルベルト・カヴェンディッシュ辺境伯である。

 年齢は若く、ティボーと同年代


「すまないねエレナ。辺境伯とは名ばかりの貧乏貴族の生活に付き合わせてしまって」


 自嘲気味に話すアルベルトに対して、


「御当主様。私が森に行くのは美味しい山菜やキノコが食べたいからです」


 なんてことないことだと、胸を叩いて溌溂と笑うメイド長のエレナに、悲壮な雰囲気になりかけたアルベルトの表情も和らいだ。


「小さな頃からエレナはお転婆でしたからね」


「あら、お兄様。御当主様の前で昔の話なんてしないでください」


「ハハハ、すみません」


 執事で兄のティボーがエレナをからかい、雰囲気をより和らげる。


「それにゼネバルの森は私の庭ですから心配ご無用です」


「いつも言っているけど、森の奥には決して入ってはいけませんよ。魔物や恐ろしいスライムがいますからね」


「わかっていますわ。お兄様、御当主様、では、行ってまいります」


 軽口を叩きあいながら、ティボーは妹を見送り、妹のエレナの明るさに当主が少しだけ元気になったことを喜んだ。




◇◇◇◆◇◇◇




「おはようエヴァンス。枝豆すごく青々してるね」


「おはようごぜぇます、エレナ様。あと二、三日で食べ頃なんで持って行ってくだせぇ」


「ありがとう。あ、カティ、腰の調子はどう?」


「今日は調子がいいです。気にかけていただきありがとうございます」


 屋敷からゼネバルの森までの道すがら、農耕地帯を通りながら、領民に気さくに話しかけながらエレナは歩を進めていく。


 子爵位をもつ貴族であるエレナには、本来は領民など話しかけることはおろか、面どおりすらかなわないのが普通だ。


 別にこの国、アルバート王国の貴族がフランクに領民に接するという伝統があるわけでは無い。


 ここカヴェンディッシュ領は少々特殊なのだ。


 カヴェンディッシュ家は辺境伯の爵位を王国から賜っている。


 辺境伯は本来国境付近の防衛という重要な任を担う家で、その爵位の序列は王国内で高い方なのだが、カヴェンディッシュ領は、領地の四方のほとんどをゼネバルの森に囲まれている。


 国境は、天然の要害であるゼネバルの森で守られているため、実情はカヴェンディッシュ家は辺境の領地をあてがわれて厄介払いをされているのだ。


 歴史を紐解くと、数代前の王の跡目争いで敗れた際に、カヴェンディッシュの家名を与えられると共に今の辺境の領地を治めるように、実質島流しのような状態で、この領地の歴史が始まった。


 故に爵位は名ばかりで、配下も多くはなく、開発や災害対応やらで直接辺境伯の家の人間が現場に出て指揮を取る場面も多いため、領民との距離が近いのだ。


「さて、前回は東側で採取したから今回は西側にしましょう」


 エレナは採取ポイントに付くと、街道沿いに生えた手近な木の枝にピンクのリボンを巻いておいた。


 ゼネバルの森に入る際の掟


『 街道から見えぬ奥まで森に入るな 』


 自然の恵みをもたらす森だが、同時に自然の厳しさも牙を剥く。


 欲をかけば末路は森の肥やしだ。


「今日はきのこのシチューが食べたいな〜」


 とはいえ、魔物も人間の気配のする街道沿いまで姿を現すのは稀だ。


 魔物もまた、自身のテリトリーを無駄に拡げようとはしない。

 人の領域に自身が入り込むと、人間の数の暴力で駆逐されることを魔物も学んでいた。


 なので、理由なく人が近い街道沿いの森の端にまで魔物が現れることは少ない。


 そう、理由がなければ………



(ガサガサッ‼ バキバキッ‼)



「 ⁉ 」


 明らかに小動物が動いた気配ではない。


 エレナは、キノコ採りのため屈んでいたのを中腰になった。

 状況もわからずに、下手に急激に動いた方がまずい。


 エレナは、息を殺して物音のする茂みに全神経を集中させながら、背中の籠を静かに降ろす。


 そしてさらに、もう一つ背中に籠に隠れて見えないところに背負っていた大型の盾を構えた。

 エレナの家に伝わる先祖伝来の家紋入りの盾だ。


『万が一、ゼネバルの森で不幸にも魔物に出くわしてしまった場合、防御に徹しながら街道まで逃げろ』


 もう一つの、森に入った時の掟を頭の中で反芻するエレナの前に、



(ガサガサッ)



 茂みから、大型の牛の魔物が現れた。

 大きな角をもつコノタロスと呼ばれる魔物だ。


 相手の姿を見て、エレナは少しだけ身体の緊張を弛緩させた。


 獰猛な牙や爪を持つ魔物ではない。


 それに、コノタロスは魔物の中では比較的大人しい部類だ。

 人間がいることに気づけば、すぐに逃げ出すような臆病な性格で



「ブフオオオォぉぉ‼」


「 ⁉ 」


 突如雄叫びのような咆哮をあげ、コノタロスはエレナの方へ突っ込んできた。


 猛然と駆けてくるコノタロスの突進を、エレナは盾で受ける。


 衝突の瞬間に盾と身体を引き、衝突のエネルギーで、エレナはそのまま後方の茂みに吹き飛ばされる。


「いたた……」


 吹き飛ばされる先が茂みであったのは解っていたので、コノタロスと距離を取るためにあえて衝突の瞬間に後方に飛びながら吹き飛ばされたが、茂みがクッションになったとはいえ、枝などで無数の傷を負ってしまった。


 今のは出会い頭で、ついコノタロスが怯えてこちらに攻撃してしまったのだろう。


 今の自分は茂みに埋まって無力化してるし、それでコノタロスは森の方へ帰っていくはず。


 そうエレナはこの後の展開を予想した。


 しかし、コノタロスは尚も興奮し血走った目で、荒く短い息をしながら、今にも再度突進しようと後ろ足の蹄で地面をその場で何度も蹴り上げている。


「手負い……じゃない? じゃあ、何でこんなに怯えて…… ってマズイ‼ マズイ‼ マズイ‼」


 茂みから慌てて抜け出そうとするが、勢い良く茂みに突き刺さっていたせいで、手や足をジタバタさせても全然抜けない。


 コノタロスが走り出すために、地面を強く踏みしめる様子がスローモーションのように見えた。


「あ、これ私、死ぬ……」


 エレナがそう悟った瞬間


「肉ぅぅぅぅぅううう‼」


 甲高い、獣のような、しかしかろうじて人語として解せる言葉が轟いた。


 その声にエレナも驚いたが、より激しい反応を示したのはコノタロスであった。


 雄叫びの方に振り向いたコノタロスは、先程からの興奮した様子から一転、怯えで逆だっていた体毛が撫で落ち、身体が硬直する。


 その硬直したコノタロスの頭部に、投擲されたナイフが飛んできた。


 グニャグニャと変に回転してしまっているナイフは、とても頑強なコノタロスの頭蓋に致命傷を与えるような勢いには見えなかったが、



(ティウンティウン)



 ナイフはコノタロスの頭部どころか、上半身を喪失させた。


 亡き別れとなったコノタロスの下半身は、支えを失い地面なドォッ!!と音を立てて倒れ伏した。


 呆気にとられたエレナの瞳には、


「よっしゃー‼ 肉ゲットォォォ」


 と叫んでいる、槍を担いでガッツポーズをしている、少々小汚い衣服をまとった、自分と同じ年頃の少女が映っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] サラ・バーンズではなくエレナ・バーンズではないでしょうか?
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