第6話 スライムにうんざりです
「もうすぐ森の中心くらいかな」
森の中に入って2日目
トゲトゲの槍で森の中を啓開しながら、私は軽快な足取りで歩を進めていた。
昨日は結局、魔物には出くわさなかった。
ドランの町は南に位置するので、太陽の位置と懐中時計で方角さえ間違わなければ、迷うことはない。
そんな楽観的な私の前に、それは唐突に現れた。
(ヌメメン‼)
「わっ‼」
目の前に半透明の流動体が現れた。
全高は2mをゆうに越えている。
いわゆるスライムだ
ったと思う……
突然目の前に現れたから槍を振るったら消えてしまった。
しかし、モンスターに襲われたことは、アシュリーにとって不安でもあり少し安心することでもあった。
何しろ、この森に入って魔物はもちろん、動物の姿が一つも見えなかったのだ。
鳴き声や遠吠えは遠くに聞こえるのだが、姿が見えないと、まるで自分だけがこの次元空間に一人ぼっちなのではと不安だったのだ。
動物というよりも無機物っぽいスライムでも、自分以外にちゃんと生きている物がいたのだと安堵した。
まぁ、さっきトゲトゲで出会い頭に即死させてしまった訳だが。
さて、魔物が出てきたことで、一つの不安が解消できる可能性が出てきた。
食料の確保だ。
正直、何日森にこもることになるのか分からない。
カバンの中の保存食は有限なのだから、節約するに越したことはない。
しかし、今持っているトゲトゲの槍で倒しても、何も残らない。
殺傷力が高すぎるのだ。
「もう一個、武器を作ろうかな」
アシュリーは金属の棒を鞄から取り出し、「花咲け」と唱えた。
今まで使っていた槍は紐で結えて背中に背負い、新しい武器を制作する。
「今度はどうかな」
こしらえた武器は短刀タイプ。
トゲトゲを細長く出来るだけ平たくして、ハンドグリップ部分として縄を巻き付けた即席の品だ。
それを手近にあった樹へ突き立てる。
「うん。よし!!」
二作目の武器は樹をまるごと消失はさせなかった。
ただ、突き立てた箇所をプリンを掬うように大きく抉り取っただけだ。
「よし、じゃあ出発」
槍を再度脇に挟むように構えて、進行方向を薙ぎ払いながら進む。
もう片方の手には短刀を携える。
しばらく進むと……出た!
先程と同種のスライムだ。
今回は、勇気を出して直ぐには攻撃せずに、スライムを観察する。
スライムはかなり動きが緩慢だ。
特に戦闘訓練の類を受けたことのない私でも、対処は問題なさそうだ。
スライムとの彼我の位置を一気に縮めて、短刀を突き立てる。
「よし! 成功!」
今度はスライムの体の半分程度を亡きものにするだけで済んだ。
「とはいえ、流石にスライムに食べられそうな部分は無さそう…… ん? なんだあれ?」
自壊して流動体になって流れていくスライムの中心に、黒い球体が現れる。
「いわゆる魔石ってやつかな?」
スライムは、はっきり言ってザコだったので、この魔石に大した価値はないとは思うが、一応カバンの中に入れておく。
「よし。魔物が出たら狩って、食、食べるぞ~。次は美味しそうなのが出てくるといいな~」
正直、狩った後にどうやって食肉用に加工処理するのかといった知識も経験も無い私が、果たして獲った獲物を処理できるのか?という不安がありますが、そんな不安は獲物を獲った後に考えようと、全力で不安な事項を棚上げし、私は更に森の奥へと進んで行った。
◇◇◇◆◇◇◇
「出ない」
お通じが悪い訳では無い。
魔物は出てくるのだが、一向にスライム以外の魔物が出てこないのだ。
スライムの魔石だけはどんどん貯まっていく。
カバンの中の食料が減っていっているので、魔石を入れるスペースがあったので、結構な数が溜まっている。
「はぁ……またか。ん? 心なしかいつものよりデカイような。まぁ、スライムなんてどれも一緒よね」
目の前に現れたスライムに、少々うんざりしながら私はナイフを構えた。
◇◇◇◆◇◇◇
【キングスライム視点】
凶暴で危険度の高い魔物が数多く生息する、ここゼネバルの森において一番強い魔物は何なのか?
それはスライムであるというのが答えだ。
炎の魔法も氷の魔法といった攻撃魔法は無効
剣や弓矢なども、ほとんど意味を為さない
スライムの体に触れようものなら、瞬時に取り込まれ、生きながら溶解される。
その恐ろしさを知る他の魔物や人間は、スライムの姿を見ただけで、脱兎のごとく逃げ出す。
そのため、スライムは自ら狩りは行わず、他の魔物が仕留めた獲物を横取りして、生きる糧を得ていた。
それを卑怯とも怠惰だと自分を戒めることなどスライムはしない。
頂点にあるものに自分たち以外の者が作った価値やルールなど無価値なのだ。
そして、そのスライムの中で最も永い時を生きたこのキングスライムこそが、まさにゼネバルの森の覇者と言えよう。
今日、キングスライムは大きな死の気配を感じた。
長年生きてきたキングスライムも初めて感じた濃密な死の気配。
これは大層な大物な獲物なのではと、勇んでキングスライムは死の気配が濃い所へ向かう。
しかし、到着してみるとキングスライムは落胆した。
目の前にいたのは脆弱な人種
この人種が獲物を狩ったのか?
しかし何も付近に魔物の亡骸はない
空振りか?
しかし、あの濃密な死の気配はいまだ……
そこまで思考したところで、人種がこちらに近づいてくる。
『こちらに向かってくるだと? こいつは何故、自分の姿を見ても逃げない?』
『面白い人種だな』
と思った瞬間、キングスライムの肉体の半分以上が吹き飛んで消失した。
何が起きたのか理解できずに、ただ自壊して消えゆく中で、最後に見た景色からキングスライムは悟った。
あの濃密な死の気配の発する源を。
人種のもつトゲトゲから発せられる「 死 」そのものを。
自分の感じたことのない濃密な死の気配は、己に死をもたらすものであった。