表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/50

第5話 小さな亀裂

「暗殺対象がいなかっただと?」


「はい」


 アルバート城の地下3階の一室。


 アルバート城の地下は2階までのはずだが、隠し扉を開けると、秘密の地下3階への階段が現れる。


 アルバート王国の影の力

 暗殺特殊部隊 通称 『暗部』


 この場所を知っているのは、王城でも限られた人間だけだ。


「暗殺の任を受けた二人は行方知れずで、暗殺対象も所在不明か」


 暗部の長は顎に手を当てて考え込む。


「二人は暗殺対象に殺られたのでしょうか……」

「対象はただの小娘だろ? ありえん。それに、部屋からは争った形跡は見当たらなかったのだろう?」


「はい。薬品も使って、暗殺対象の部屋を調べましたが、血痕の反応は一切出ませんでした」


「ふむ…… 暗殺に向かったら、既にもぬけの殻だったので、二人は捜索に出たか……」


 暗部の長はそう言いながら、心の中でその説をすぐさま自分で否定していた。

 捜索をするにしても、二人のうち片方がこちらにその旨の報告をしに返ってくるのが自然だ。


 となると考えられるのは……


 長にとっての最悪な事態、暗部構成員の脱走だ。


「ペテル殿を呼び出せ」


 部下にそう命じると、部下はすぐさま部屋を出た。


 部下がいなくなると、暗部の長は執務机の椅子で眉間に手を当てて、天井を見上げ、黙考に沈んだ。


 しばらくすると、ドアがノックされる。


 入室の是の返答をすると部下がドアを開き、目隠しをされたペテルを入室させた。

 長が目で合図すると、部下はペテルの目隠しを外すと、部屋の外へ出ていった。


「手荒な招待で悪いねペテル殿。ルールなものでね」


「いえ……」


 ペテルは引き攣った顔で、暗部の長と対峙した。


「貴殿を呼んだのは他でもない。依頼のあった、王城の元職員の暗殺依頼についてだ」


「はい。完了したのですか?」


「いや。どうやら対象は、既に部屋を引き払っていたようでな。今、部下を捜索にやっているところだ」


 長は、微妙に真実でも虚偽でもない灰色の回答をすることを選択した。


 部下を捜索にやっているのは本当だ。

 ただ、目的はどちらかというと、脱走疑いのある部下の捜索だが。


「ということは、まだ暗殺は完了していないと……」


「そうなる。申し訳ないが、今しばらく時間がかかると、ポーラ様に伝えておいてくれ」


「……わかりました」


 ペテルは内心、なんでそちらの失態の報告を、自分が姫にしなくてはならないのかと不服であったが、暗部の長の迫力に負けて了承の返答をする。


「すまんね。事が済んだらすぐに連絡するから」


「お気になさらず。お待ちしてます」


 ペテルは、暗部の長から一応謝罪めいた言葉も得られ、今後、暗部を頼る場面で今回の事が貸しになるかと思い直し、前向きな返答をした。


「ではお気をつけて」


 そう長が言うと、ペテルはいつのまにか背後にいた暗部の部下にまた目隠しの布をかけられた。


 ペテルはその後、肩を抱かれた状態で歩かされた。そして、何の合図もなく目隠しを取られると、気づけば王城の中庭広場の噴水前に立っていた。

 すぐに背後を振り返るが誰もいない。


 薄暗い地下室から、色鮮やかな庭園に来て、ペテルは先ほどまでの暗部の長と会話をかわしたのが、夢うつつの出来事やキツネにつままれたような類のものでったのではと思わずにはいられなかった。


「あら、ペテル。ちょうど良かったわ」


 声をかけられた方を振り向くと、ポーラ第2王女が優雅に庭園でお茶会をしているところであった。


「こ、これはポーラ第2王女‼」


 完全な不意打ちを食らったペテルは弾かれたワイヤー人形のように、勢いよくポーラへ向けてお辞儀をする。


「例の件は無事に完了したのよね?」


「あ、あ、れ、例の件ですよね。は、はい滞りなく‼」


「そう。御苦労でした。下がっていいわよ」


 そう言うとペテルへの用は済んだとばかりに、ポーラは他のご婦人同士との会話に戻っていく。


「あ……あ……」


 不意打ちでポーラの前に立ったペテルは心の準備が出来ていなかったため、ついペテルは、耳当たりの良い言葉をとっさに口にしてしまった。


 しかし、今から訂正して正しく報告しようにも、ご婦人と歓談しているのを中断させてポーラへ再度声をかけるのは憚られた。


 しょうがない。次回の機会に訂正して報告しよう。


 ペテルはそう自分に言い訳してその場を後にした。




 【100年先】


 後世の歴史家の間では、この時が王国の歴史の転換点であったと判じられている。

 王国がこの後に辿る現実の歴史が大きく変わっていたかもしれない、最も実現性の高いと思われる転換点。


 暗部の長とペテルがこの時、自己保身の選択肢を選ばず、つつみ隠さずに正確な報告をしていれば。

 すぐにアシュリーに追加の追手がかかっていれば。

 ポーラ第2王女が、もう少し部下が話しやすい王族であったなら。


 歴史のキーパーソンであるアシュリーをもし亡き者にできていれば、その後の歴史は全く変わっていただろう。


 歴史が動く際のきっかけは、とても小さな亀裂から始まる。


 その教訓を教育するための逸話として、この日にペテルが書いた日ごろの愚痴を書きなぐっている日記は、後世に永く語り継がれることとなる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ