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第49話 告白

「それでそれで?」


「でね。ゼネバルの森に入ったら、マナ様が枝木で傷つかないように、アルベルト王配殿下が自分の上着を被せてあげてたの」


「キャアアァァ! そういう細かい心配り素敵! 御当主様ったら、やる時はやる~!」


 エレナはクッションに顔を埋めて、足をジタバタさせる。


 私とエレナは、お風呂の後に、私の部屋で絶賛パジャマパーティー中です。

 話題はもちろん、アルベルト王配殿下とマナ様の愛の逃避行についてです。


 本当はお酒も飲みながら話したかったのですが、お風呂に入って戻ると、王城の厨房からくすねていたお酒が木箱ごと無くなっていました。


膝から崩れ落ちました。きっと、マナ様による報復でしょう。


「ねぇねぇ。アシュリーはゼネバルの森に逃走路をトゲトゲで作った後に、お兄様を助けるために2人と別れたんだよね?」


「そうだよ」


「で、翌日の朝まで、2人は2人っきりだったんだよね?


「うんうん。森の中という不安の中でね」


「ひょっとしてさ…… ひょっとするのかな?」


「ううん…… ちょっと私の口からは言えないかな~」


「きゃー! やっぱりそうなんだー!」


 別に私は真実の暴露はしてないですからね。


 ただ、言える範囲で事を伝えることは出来るのです。

 きっと、こうして噂話って尾ひれがついて出回っていくのでしょうね。


「それで、アシュリーはお兄様とはどうなったの?」


「え⁉ わ、わたしとティボーが…… ど、ど、どうって?」


「もう隠さなくていいよ。みんなバレてるから」


「うう……」


 今度は私がクッションに顔を埋める番でした。


「で、どうなの?」


「それはその……」


「他人の色恋の時にはあんなに饒舌だったのに」


 エレナが途端に歯切れの悪くなった私を茶化す。


「けど、今のアシュリーは聖女様っていう特別な爵位と役職に就いてる訳でしょ?」

「うん……」


「前にアシュリーは貴族の位を無くしたことを気にしてたけど、その問題は見事に解消された訳よね」

「うん……」


「じゃあ、何も障害なんてないじゃない」


「確かに……」


 え…… じゃあ、もうこれ行くしかないって感じなの?

 どうするの私⁉


「それにしても、アシュリーが義理の姉になるのか~ 感慨深いな~」


「き…… 気が早すぎじゃない? エレナ」

「貴族の結婚なんてそんな物じゃない?」


 貴族の結婚っていうのもよく解らないんだよね。

 我が家は騎士号だから、外野からそこまでうるさく言われない立ち位置だったし。


「エレナは結婚とか考えてないの?」


「前にカローナ側からの縁談でゴタゴタがあったから、しばらくはその手の話はいいかな。あ、この間、私の縁談相手のメンフィス商会は夜逃げしようとしたから縛り首にしたって、カローナの新領主がヘコヘコ媚びへつらう文書が届いたよ」


「おお…… この1ケ月でドランでも結構どぎつい事があったんだね」


「カローナはトゲトゲでドラン側は封鎖されて、かつてのドラン以上の辺境になっちゃったからね。そりゃ、領主の首のすげ替えも起きるし、民衆は元凶の商会を焼き討ちするよね」


そんな修羅場対応で、エレナにトゲトゲ並みの殺気が発せられるようになったという訳ですか。

納得です。


「そんな事よりも、決断は早い方が良いかもよ。お兄様を取り巻く環境も激変してるから、ちょと面倒な事になるかもしれない…… あくまで私の見立てだけれど」


「そ、そうなの?」


 エレナが少し難しい顔で考え込んでいるのに、少し焦燥感があおられます。


「どちらにせよ時は来たれりよ。がんばってねアシュリー」


「うう…… お酒の力借りないと無理かも……」


「それは禁止。酔った勢いでなんて、言われる方も嫌でしょ?」


 エレナが人差し指でバッテンする。


 そうだよね……


 よし!


 やってやる…… やってやるぞ~‼




◇◇◇◆◇◇◇




「へい、まいどあり~」


「どうも」


 出店の串焼きを両手に持ち、人混みを縫って戻る。


「お待たせティボー」


「ありがとうございますアシュリー。すいません、買ってきてもらって」


「ティボーはまだ病み上がりで本調子じゃないんだから気にしないで」


「王都の散策に誘ってくれてありがとうございます。元気になったら行ってみたいと、以前話していたことを覚えていてくれたんですね」


「お…… 王都のことなら私に任せて」


 ウソです。


本当は王都に住んでた頃は、職場と家の間の往復くらいで、あんまり王都のことに詳しくなんてありません。


 この日のために、王都の観光ガイドを読み込んでおきました。


 服もティボーと選んだ一張羅のワンピースで、ティボーからプレゼントしてもらったリーフスパイクの髪飾りを着けて、気合はこれ以上ないほど入っています。


 え~と、この後は王都の商業エリアをブラつきつつ、人気のカフェでティータイム。

そして高台の公園へ移動して夕焼けを眺める。


 うん。我ながら完璧なデートコースですね。


 あわよくば高台の良い景色に当てられて、ティボーが私の告白にOKしてくれるんじゃないかな? という狡猾な作戦です。


「そう言えば、行ってみたい所があるんですよ」


「え⁉ う……うん、どこかな?」


 まずい。


 昨夜必死で考えたデートコースの予定が早くも瓦解の危機です。

 というか、予習なしの場所なんて、王都に詳しくない私に解るでしょうか?


 しかし、ここはティボーを楽しませてこそ。

 冷や汗をかきながら、私はティボーの行きたい所を尋ねました。


「ええ。行きたいのは……」


 その後に告げられた場所は、私が全く予想していない場所でした。




◇◇◇◆◇◇◇




「ほ、本当に…… こんな所に来たかったんですか? ティボー」


「はい」


 今、私とティボーは、私の生家であるグライペル家の前に立っている。


 ティボーがリクエストしてきた、行ってみたい場所とは、まさかの私の生まれ育った家だったのだ。


「何も面白いものなんてありませんよ?」


「アシュリーが無事に護れた家ですからね。見ておきたかったんです」


「…………」


 私が騎士号を剥奪されて、この家は接収されるはずでした。


 しかし、その後ちょうど色々王国がバタバタしていたおかげで、手は付けられておらず無事でした。


 聖女の仕事の合間を見て庭で生え放題だった草を刈って、家の中を掃除しておいて本当に良かったです。



「小さな家だし、日当たりの良い立地でもないです」


「でも、アシュリーにとって大事な場所なのでしょう?」


「……はい」


「なら、私にとっても大事な場所ですから」


 え…… それって……

 私の実家に来てくれたって事は……


 そういう意味なのですか⁉ ティボー‼


 ここで、前夜に必死で考えたデートコースと告白大作戦の計画表は、私の頭の中から完全に吹っ飛びます。




「あの…… ティボー。良ければ、ここで私と2人で暮らしませんか?」



 ティボーの言葉に、完全に私は我を失ったという感じです。


 もはや私の中には、「勢い」という2文字しかありません。



「ここは小さな家ですが、1人で暮らすには広いんです。元は3人家族で住んでいたので、2人で暮らすなら、ちょうど良いかなって……」



「…………」



 う…… いくら何でも早まりすぎたでしょうか?


 けど、ちょっとばかり作戦通りとは行きませんでしたが、このことを伝えるのが最終目標だった訳ですし。


 さっきからティボーが難しい顔で考え込んでいます。


 え…… どうなんですか、ティボーの答えは?


 エレナも背中を押してくれたんだから、大丈夫だと私は信じていますよ。








「ごめんなさいアシュリー。それは出来ません」









 終わった……


 結果を焦った結果がこれです……


 これで私は、王城でまたトゲトゲ聖女としてこき使われて、この家と職場を往復するだけの人生で一生を終えるんだ……


 この家で一人ぼっちで、朽ち果てて……


 

あれ?


目の前が霞みます。


 目から涙が溢れて来てる……


 おかしいな……


この家を出るまでは、一人で生きていくことなんて当たり前だったのに、今では酷く寂しいです。



「アシュリー、涙を拭いてください」



 ティボーはハンカチを渡してきました。


 私はそれで目元を抑えますが、涙は一向に止まる気配はありません。


 それにしても、こんな時でもティボーは冷静ですね。

 取り乱したりしないって事は、これも貴方の想定内ってことなんですか?


 自分が断ったら、アシュリーは泣くだろうなって……


 いきなり、実家で一緒に暮らさない?

なんて言う女、重すぎますもんね……



「アシュリー。先日、マナ様から正式に打診されたのですが、私は辺境伯の爵位を賜り、アルベルト様より引き継ぐ形でドランの当主となります」


「そ…… そうなんですね。おめでとうございますティボー」


 私はティボーのハンカチに顔を埋めたままで、祝福の言葉をおざなりに送りました。


 それが今の私にできる精一杯です。

 今、ティボーの顔をまともに直視なんて出来る訳がありません。


「ありがとうございます。御当主様が王配殿下となられたために空いた席にスライドする形ですが、精一杯務めます」


 つまり、ドランの当主となるからには、もう私とは……


 私とはお別れという事なんですねティボー……



「それでアシュリーに相談なのですが」


「な…… 何ですか? ドランのトゲトゲの防衛設備の整備や街道の整備は、王城を通して依頼してもらえれば、以後も私がやりますよ」



 仕事という体なら、ティボーとまた関われるかもしれない。


 けど、私は果たして、ティボーのお嫁さんに笑顔で接することが出来るだろうか?

 ティボーの子供と笑顔で遊んであげることが出来るのだろうか?


 まだ見ぬ、けれどそう遠くはないであろう未来予想図を考えるだけで、私の気持ちはどん底を更に掘削して沈んでいくかのような沈鬱なものでした。



「いえ、それもお願いしたいのですが」


「まだ何かあるんですか⁉」



 思わず私は苛立った声を上げてしまいました。


 失恋でハートブレイク真っ最中の乙女に対して、まだこれ以上の要望があるというのですか?


 いいでしょう!


 こうなったら地の底の底まで墜ちていってやりましょう。





「はい。アシュリー、私と結婚してドランに来てください」





「……………………はへぇ⁉」




 私は、思わず変な声が出てしまい、顔を覆っていたハンカチから顔を上げた



「私は貴方が欲しいのです」


 さっきまで失恋したと思って、この世の不幸を全て背負って海底に沈むような気持だったのに、一転、天にも昇るような気分です。


 はい、人間はこんな心の乱降下に耐えられる訳がありません。


 そんな状態なので、脳は正しく機能せず、思ったことがそのまま言葉として出ちゃう激重女アシュリーが完成しました。



「それは、私がトゲトゲ聖女だからですか?」


「いいえ。私はアシュリーが欲しいのです」


「なんで……最初、ごめんなさいなんて言ったんです?」


「ドランに住むので、アシュリーの生家には住めませんので、ごめんなさいという意味です。けど、王都へ仕事で来る時には宿ではなく、この家を使いましょう」


「ばかぁああ‼ 私……わたしぃぃぃ‼」


 紛らわしいこと言わないでよとか、私からのプロポーズは断られたと思って人生最悪のどん底を味わったんだとか、苦情の言葉を並べ立てたかったけれど、止めどなく流れる涙と嗚咽で、もう次の言葉は続かなかった。


 こうして、私とティボーの一世一代の告白は、両者成功?に終わった。


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