第48話 トゲトゲ聖女様 減給だって
「お兄様は御当主様の事を何でもハイハイ聞きすぎです」
「はい。それはそうですね」
「忠義というのを履き違えてはいけません。時に主を諫めるのも臣下としては大事な事です」
「少なくとも今回の場合は、私は誤った選択をしたとは微塵も思っていません」
「お兄様が無茶をして悲しむ人もいるんですよ」
「私はドランを護るためなら、この身を惜しむつもりはありません。これは貴族に生まれた者の義務です」
おお……
さすがはティボーはお兄さんですね。
私とアルベルト王配殿下が成すすべなく頭を垂れるしかなかった鬼に、一歩も引きません。
「もう一度言います。お兄様に何かがあったら悲しむ子がいるんです。その事をお兄様はもう少し考えてあげてください」
エレナ、なんでそこ2回言うんですか?
そして、私の方にチラチラ視線を向けるのは止めてください。
「けど、状況は分かりました。結果的に、マナ様どころか王国の危機を救ったのですね」
「そ、そうなんだよ!エレナ。だから結果オーラ」
「これから殿下になられるのに、結果オーライで済ませるのではなく、きちんと反省して次の機会への教訓としてください、御当主様」
「はい……」
アルベルト王配殿下はまた小さくなった。
「アハハッ! 随分、気風の良い娘さんですね」
「マナ……」
マナ様が笑いながら、ティボーの部屋に入ってくるのを、格好が悪い所を見られたと、アルベルト殿下は更にしょげてしまう。
ちなみに、ティボーのケガはほぼ癒えたので、現在は治療室ではなく普通の客人用の部屋に移っています。
しかし、ティボーの部屋に女王陛下が何の用でしょう?
「マナ女王陛下、お初にお目にかかります。王国より子爵の位を賜るバーンズ家のエレナと申します」
エレナは、その場にひざまずいて臣下の礼をつくす。
「楽にしてください。夫のアルベルトが、貴方に随分と苦労をかけたみたいね。妻として謝罪いたします」
「いいえ。これはあくまで御当主様の辺境伯としての立場でのお話です。女王陛下が気に病む話ではありせん」
ええ……
なんという事でしょう……
エレナの仕事力が何十倍にも跳ね上がっています。
男子三日会わざればとよく言いますが、たった1か月の領主代行の間に、いったいエレナに何があったというのでしょうか?
「苦労したみたいですねエレナ。なんだか他人事には思えません」
「エレナ様……」
なんだか、マナ様とエレナ様の2人は通じ合っているようです。
予期せず重責を背負わされたシンパシーでしょうか?
うんうん。私も聖女という重責を担う者として、2人の気持ちは解ります。
「現場仕事が終わったら、毎日のようにティボーの部屋にすっ飛んでいく貴方と一緒にされるのは甚だ遺憾ですねアシュリー」
「心読まないでくださいよマナ様! ほら! ティボーは食事の介助も必要だったしあのメスガ…… もとい、ポーラ第2王女との覇権争いが大変だったんですから!」
「ティボーも、もう自分で食事するには不自由ないほど回復しているし、ポーラは他領へ出して静養させているから、ここにはいないでしょう」
メスガ…… ポーラ第2王女がティボーに執着していたので、いっそティボーに嫁がせてはなんてふざけた話が臣下の間で出ていましたが、マナ様が断固拒否して、静養との名目で離れた領地へ連れて行かれました。
別れ際のポーラ様、めちゃくちゃ泣いてたのを見てちょっぴり同情したけど、私の暗殺の指令を下した人でもあるので、やっぱりり嫌いですね。
「おかげで、ようやくティボーと2人っきりの時間が持てて嬉しくて通い詰めてしまってました」
これは嘘じゃないですよ。
乙女的にやっぱり2人きりの時間は何より嬉しいです。
それに加えて……
「たまっていた事務仕事を病み上がりのティボーに押し付けていたのもバレてますからね」
「うっ‼ あ、あれは…… ティボーが寝ているだけではヒマでしょうがありませんって言うから……‼」
「最近のアシュリーは、現場仕事から帰ってきたら、毎日のように書類と酒瓶を抱えて私の部屋に来てますよ」
「ティボー! しー――っ‼」
「アシュリー。貴方、仕事を人にやっておいて貰って、横でお酒を飲んでいるんですか? 随分と良きアフター5を過ごしているのね」
ニッコリとマナ様が笑っているが、その目は虫を見るかのような目でした。
「いや、あの…… ほら、聖女になったので流石に王都のお店で飲んだり出来ないので、せめてもと……」
ちなみに、お酒は王城の厨房から、大胆にも木箱一箱分くすねてきた物です。
どうかバレませんように……
「職務怠慢に物品横領ね。減給処分は免れないわね」
ぎゃあぁぁぁぁ‼
そうでした。心が読めるマナ様の前では汚職や黙秘など不可能でした。
「そ、そんなー‼ 何とか言ってくださいよアルベルト王配殿下あぁぁ‼」
「就任して1ケ月で懲戒処分を受けるなんて、破天荒な聖女様だな」
腹抱えて笑ってないで助けてくださいよ殿下あぁぁぁ‼
「私は構わないですよ。私が退屈しないように、アシュリーが毎日色々と楽しい話を聞かせてくれますからね」
ティボーが苦笑しながら私を甘やかす言葉をくれます。
思わず胸の奥がトクンと波打ちます。
「まぁ、お酒はもう少し控えてもらえると良いですかね。酔っぱらって、何度も私のベッドにもぐりこんできますからね」
え…… 全然記憶にないんだけど……
酔っぱらった私ってば、すでにティボーとのベッドでの同衾を経験済みなんですか?
さっきとは違う理由で動悸がします。
「アシュリーは私と離れている間に、いつの間にか大人の階段を……」
「ち、ちが……‼」
エレナが、ようやく先ほどまでの厳しい仕事モードを解除して、元の少女っぽい反応をしてくれました。
それは嬉しいのですが、私の貞操観念への疑惑を追及する場面でそのモードに移行しなくてもいいじゃないですか。
「え~? ホント~? ほら、相手がお兄様なら、妹の私にも関係ある話だし」
エレナが好奇の目を向けてきます。
「マナ様、私がウソを言ってないって解りますよね? 私のこの曇り無き心の内を見て、私とティボーが、そういうあれじゃないって証言してくださいよ!」
「当方、そのようなサービスは行っておりません」
「お役所対応め!」
話題がベースキャンプでの自分たちのあれに飛び火することを恐れて、この件に関して知らぬ存ぜぬを決め込むつもりですね。
そうは問屋が卸しませんよ。
「そんなことよりエレナ。アルベルト王配殿下がマナ女王陛下のお婿さんになるのよ」
「大ニュースだったから、その情報については辺境のドランにも流れてきたわよ」
「でも、詳細は知らないでしょ? アルベルト王配殿下とマナ様がどういう愛の逃避行をしたのか知りたくな~い?」
「それは是非聞きたいわね」
エレナが身を乗り出す。
よし! 話題逸らしに成功です。
「じゃあ私の部屋で話そ」
「ちょ、ちょっと待てアシュリー! お前、解ってるよな?」
「何ですかアルベルト王配殿下? パワハラですか?」
「女子会に殿方の参加は駄目ですよ御当主様」
慌てたようにアルベルト王配殿下は、私とエレナがキャイキャイしている前に詰め寄る。
マナ様は頬を染めてそっぽを向いている。
「あ、マナ様も参加します?」
ふふふ…… あの夜の事情聴取がまだですからね。
「私は遠慮します。それに、こちらに来た用事を済ませていませんから」
澄ました顔をしていますが、いつか絶対聞き出しますからね、マナ様。
「そういえば何故、女王陛下は、兄の部屋にいらしたのですか?」
「ティボーに話があって来たのよ」
「女王陛下が直々に私にお話ですか?」
ティボーは少し困惑の表情を浮かべた。
「マナ、という事は例の件についてか?」
「ええアルベルト。アシュリー、エレナ。そういう訳で、大事な話がありますから」
「解りました。マナ様も仕事が終わったら女子会に来てくださいね」
「おもちゃにされるので行きません」
当然ながら、こちらの意図は丸わかりですね。
それにしても、女王陛下がティボーに何の用なんでしょう?
気になりますが、まずは興味深々のエレナとおしゃべりが先ですね。
お互い色々あったので、積もる話だらけです。
私とエレナは少々後ろ髪を引かれつつも、ティボーの部屋を後にした。




