第47話 トゲトゲ聖女公式化決定
「ふぅ、こんな物ですかね」
アルバート王国と帝国を結ぶ道への、トゲトゲの設置がようやく終わりました。
「お疲れ様です、トゲトゲ聖女様」
「タオルをどうぞ、トゲトゲ聖女様」
「お飲み物はいかがですか? トゲトゲ聖女様」
うぐ…… 王城に滞在して早1か月。
完全に私の呼び名がトゲトゲ聖女様で定着してしまいました。
「トゲトゲ聖女様、あちらに殿下が」
ああん? この状況に陥った元凶の1人がノコノコこんな所まで来やがったようです。
「お疲れさんアシュリー。おっと失礼、聖女様」
「そう呼ばれるの好きじゃないっていつも言ってますよねアルベルト閣……王配殿下」
「まだマナは正式には女王に即位していないから、俺は王配じゃないぞ。王配は女王の配偶者という意味だからな。国王代理婿殿が正式な呼び名だな」
「面倒なので王配殿下で」
「な? 皆、結局呼びやすい呼称で呼ぶんだから、もう諦めろトゲトゲ聖女様」
うむぅ…… ちょっと納得してしまった私がいます。
結局、言葉の響きって重要ですから、例えそれが本質を指すものでなくても、そう呼びたい、その方がしっくりくるからという理由で定着してしまいます。
「私は聖女様ってがらではないのですが。まったく…… まさか、国のトップが面白がって王国で正式に聖女の特別爵位を制定して、任命してくるなんて」
「王城どころか、今度は王都、果ては王国を防衛施設建造を一手に担う重要なポストだからな。重要な仕事をする者には、相応の待遇と爵位を用意しないと」
「いくら立派な爵位をもらっても、私のユニフォームは結局これですけどね」
そう言って、私はいつもの作業服姿でクルッと、その場で半回転して見せる。
「聖女様が着るシスター服っぽいのと、頭に被るベールも作製中でもうすぐ完成だそうだぞ。ちなみにデザインはマナ完全監修だそうだ」
「激務なのに何やってるんですかあの人…… 私、絶対着ないですからね!」
マナ様もアルベルト王配殿下も、私がトゲトゲ聖女様って呼ばれてるの嫌だって知ってた癖に。
あの日、天幕の中で2人で何して遊んでたか暴露してやりましょうか……
「それよりも、そろそろ一度、ドランに帰りませんか?」
「そうしたいのは山々だが、中々状況がな……」
アルベルト王配殿下も今だけはドラン領主の顔になる。
ドランの領主の任を正式に解かれた訳ではないので、今もアルベルト王配殿下は辺境伯の爵位も持ったままだ。
「エレナに宛てて、今の状況について説明した手紙は書いたんですよね?」
「ああ。だが、向こうに手紙が届くのは1か月以上かかるだろうからな。メギアとドランの街道で、山脈越えはしなくても良くなったので、これでも以前よりは早くなったんだがな」
「フーン、じゃあまだ手紙はドランに届いていないはずですよね?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、前方の森からこっちに真っすぐ向かってくるエレナは、私の幻覚か何かでしょうか?」
「……え?」
私が指さした方から、ズンズン! と、効果音が聞こえてきそうな、怒気のオーラを振りまくエレナが、真っすぐこちらに近づいてきます。
「アルベルト閣下。私、どうやら働きすぎのようです。至急、今から休暇を申請いたします」
「奇遇だな。俺も最近疲れが抜けなくてな。今から休暇を取ろうと考えていた所だ」
2人とも目頭を押さえて再度見て見ましたが、完全にエレナだと視認できる程の距離に来ていました。
その顔は、般若のように怒りで歪んでいます。
「いや、どうするんですか? エレナ滅茶苦茶怒ってません? 何しでかしたんですかアルベルト王配殿下」
「別にそんなエレナを怒らせることは…… 書置き一つで領地を1か月程空けただけだぞ」
「どう考えても理由それですね」
「言っておくが、最初にマナの救出作戦に俺も同行するよう、そそのかしたのはお前だぞアシュリー」
「イタズラが先生に見つかりそうだから、友達に罪をなすりつけようとするガキですか⁉ あなた、ロイヤルファミリーなんだから、王族オーラ使ってエレナの怒りを鎮めてくださいよ!」
「無理だ無理。エレナは滅多に怒る子じゃないんだが、いざ怒ると凄い怖いんだ。以前、領の運営が上手くいってなかった頃、私が酒に溺れかけたのを、正座させられて説教されたのはトラウマなんだ。あれはまさしく鬼そのものだった」
「最初から諦めないでくださいよ! 私も出るか解らないけど、聖女オーラ使ってみますから」
「そうだな…… 今の俺は王配殿下の立場だ。ここは、その立場を笠に着てでも……」
「2人ともそこを動くなー-‼」
「「 はいぃ‼ 」」
エレナ(鬼)の一喝に、ロイヤルファミリーと聖女は成すすべなく、その場に正座させられることになった。
◇◇◇◆◇◇◇
「領主が書置き一つ残して雲隠れだなんて、何を考えていたんですか? それでドランの運営が何とかなると思ったんですか?」
「エレナとゲラントがいれば何とかなるかなと……」
「せめて代理の者には、事情を伝えるべきではないですか?」
「はい…… けど、そもそも、そそのかしたのはアシュリーで……」
「領の最高責任者は、御当主様、貴方なんです! それを下の者のせいにするなんて言語道断です!」
「はい……」
エレナにガチ目に説教をされて、アルベルト王配殿下は、正座しながらみるみるダンゴムシが丸まるように小さくなっていきます。
「アシュリーもアシュリーよ。私にも黙って行っちゃうだなんて…… 私ちょと悲しかったのよ」
「ごめん……」
今度は私がダンゴムシになるターンです。
言えば反対されると思ったから、言えなかったのよね。
後、いけに……もとい! 領を護ってくれる役割の人も必要だし、愛の逃避行についてはアルベルト王配殿下が書き置いているだろうから、私から伝えるのは野暮かと思って書かなかったのです。
「まったく…… 事情は、メギアの町経由で伝わって来た情報で概略は把握していますから、今回ばかりは目をつむりますが、以後、こんなことは一切やめてくださいね。わかりましたか? 2人とも」
「「 はい……ごめんなさい 」」
ようやくエレナの説教が終わりました。
ずっと土の上で正座していたので、足がすっかり痺れてしまいました。
「それで、エレナはどうやって王都まで来たの?」
「ゼネバルの森の王都方面に、アシュリーのトゲトゲで切り開いたと思われる道が見つかったから、そこを通って来たのよ」
「エレナ単独で来たの⁉ 危ないよ」
「トゲトゲの槍が魔物除けになったし平気よ。まぁ、1回寝込みをスライムに襲われかけたけどね」
「あぶな!」
「これ戦利品ね」
そう言って、エレナは肩掛けカバンからスライムの魔石を出して見せた。
道はすでに切り開かれた後とは言え、ドランから王都までは1日で踏破するのは無理だ。
という事は、トゲトゲ槍一本だけ抱えて、エレナはゼネバルの森の中で一人で寝てたってこと⁉
エレナも大概、肝が据わっている。
へっぴり腰の騎士団長に見習わせたいですね。
「さて、もう一人の罪人はどこにいるのです?」
エレナは血走った目で辺りをキョロキョロと見回した。
そうか、手紙は行き違いになっているから、ティボーのことをエレナは知らないんですね。
「ティボーなら負傷して、王城の治療室にいます」
「え? お兄様はケガをされたんですか?」
「ああ、心配しないで。もう大分治ったから」
「じゃあ、説教しても構いませんね」
「あ……」
ごめん、ティボー。
面会謝絶状態とかウソついておいてあげれば良かったね。
けど、そんなウソをエレナについたら私が更に大説教食らっちゃうから、諦めて説教を受けてね。
そう心の中で懺悔をしながら、私とアルベルト王配殿下は、エレナと共にトボトボと王城へ向かった。




