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第46話 ヤーヤーなの!!

「一体これは……」


 アルベルト閣下が治療室に入ろうとすると、


「ヤー‼ ヤーヤーなの‼」


 と、ポーラ第2王女から、今度はウサギさんのぬいぐるみが飛んできた。


 まるで、1歳か2歳くらいの言動をしているポーラ第2王女だが、れっきとした成人女性だ。

その姿は、私が王城に勤めていた頃よりやつれたように見えるが、別に身体が縮んで幼女化した訳ではない。


「ポーラ様、この人たちは貴方の味方ですよ。通してあげてください」


「だぁ♪」


「ティボー‼ 意識が戻ったんだ。良かった……」


 私がゼネバルの森へアルベルト閣下たちを迎えに行く時は、まだティボーの意識は戻っていなかったのだ。


 私がちょっと涙ぐみながらティボーのベッドへ駆け寄ろうとすると、



「がるるるる‼」



「ひえ……」


 ポーラ第2王女が敵対心むき出しで私を睨んできます。


 ティボーの事前の忠告が無ければ、きっと私に飛び掛かって来ていたことでしょう。


 成人女性の、しかも綺麗なドレスを着た王女様が獣のような唸り声をあげるという異様な様に、私も思わず恐怖を覚えてしまい、たじろいでしまった。


「マナ様、御当主様。横になったままで申し訳ありません」


「いや、いいんだ。ケガについてはどうなんだ?」


「すぐにヒーラーの方に処置していただいたので大事には至りませんでした」


「それは何よりでした。それで、王城へ戻る間に、大体の話はアシュリーと騎士団長から聞いたのだけれど、ファングウルフと対峙したんですね」


「はい。ただ、純粋な魔物ではなく、禁術を用いた人間でした。名をフェルナンドというようです」


「うー――‼ うううー――――‼」


 突如、ポーラ第2王女が頭を抑えて苦しみだした。


「ああ、すみません。ポーラ様にとっては辛い記憶でしたね。よしよし」


 ティボーがベッドから手を伸ばして、ポーラ第2王女の頭を優しくなでてあげると、ポーラ第2王女は徐々に落ち着いていった。


「またポーラを刺激してしまうから、この場ではファングウルフの男と呼びましょうか。ファングウルフの男は、ポーラの婚約者で、王国に長年潜伏していた帝国のスパイだったようなのです」


「ファングウルフの男が同じような事をポーラ様にも直接暴露しておりました」


「迂闊でした。貴方がポーラを救出に向かってくれている時に伝えておくべきでしたね」


 マナ様が、自身の不手際に恥じ入ったように俯く。


「いえ。それで、ポーラ様なのですが、おそらく、その暴露に酷くショックを受けて気を失ってしまい、それで目覚めたら……」


「この状態になっていたと……」


 ポーラ第2王女は、ティボーの頭ナデナデから、ティボーの手を頬っぺたにスリスリに移行して、とても幸せそうな顔をしています。


 ちくしょう……


 ちくしょう‼ 


私、それまだティボーにやって貰ってないのに‼


「それで? ショックで幼児退行しちゃったポーラ第2王女がティボーに懐いているのはどういった訳なんでしょうね?」


「さぁ? それは何とも…… たまたま大きなショックを受けた時に近くに私がいたからでしょうか?」


 私はつい仏頂面で聞いてしまいましたが、他人の精神なんて専門家でもよく解らないんだから、ティボーに聞いても詮無き事ですね。

 ちょっと八つ当たりです。


「だが、ポーラ第2王女がこの状態では、王国の運営は……」


 最近は、政務のかなりの部分をポーラ第2王女が担っていたみたいです。

 そして現王は……


「王都で争乱があったのです。どの道隠し通せません。アルバート7世が亡くなったのは、すぐに公表します。此度の内乱に帝国が関わっていたことも」


 気丈な表情でマナ様が、そう宣言する。


「ポーラが政務に堪えない状況であることは想定済みですから、直近でやることは変わっていません。それでは行きましょうアルベルト。ティボーの安否は確認できましたから

ここからは政務で忙しくなります」


 そう言って、マナ様は治療室から出るように、アルベルト閣下を促しますが、


「マナ。もう一つ、済ませておくことがあるだろう」


「…………」


 アルベルト閣下がマナ様を制止する。


「父君と対面しよう」


「……それは後にしませんか? 今、父上の顔を見たら、取り乱してしまいそうで…… この後、仕事が山のように待っているのに影響がでてしまいそうで……」


「肉親が亡くなるのは、誰しも経験することだけれど、同時に耐え難いものだ」


「だから私の立場でそれは……」


「もしもの時は俺が支える。だから顔を見ておこう。そうしないと、君は一生後悔することになる」


「…………」


 アルベルト閣下の誠実さと、あと、これは私の想像でしかないですが、アルベルト閣下は過去に肉親の死に対して、慚愧の念があるのかもしれないですね。


 私もすでに親を亡くしているので、解る部分があります。


 心が読めるマナ様には、きっと私が推察するよりさらに大きな想いを、アルベルト閣下から受け取ったのでしょう。


「……解りました。この後の政務に集中するためにも、父上に会いに行くことにします。アルベルトも一緒に……来てくれますか?」


「もちろんだ」


 そう言って2人は治療室を後にして、アルバート7世の、マナ様の父君のご遺体が安置されている部屋へ向かった。


 王族として人前で泣くことが許されないマナ様にとって、最後の父と娘としての語らいの時間。

これから家族となるアルベルト閣下が隣にいることが、救いになってくれれば良いなと、2人の後ろ姿を見送りながら私は想いました。


「さて、私も色々やらなくてはならない事が目白押しです」


 まずは、城内のトゲトゲを撤去しないとですね。


 昨日の逃走の際に、王城内をトゲトゲで滅茶苦茶にしてしまいましたから、各所から早く元に戻せと苦情が出てるんですよね。

 


「すいませんアシュリー。この状態では、お手伝いすることが出来ません」


 ティボーが申し訳なさそうな声を上げる。


「ティボーはケガしてるんですからゆっくり休んでてくださ…… ぬ⁉」


 ベッドサイドで、まだティボーの手に頬ずりしているメス猫がニヤリと笑った。


 コイツ……


 いや、王族の人をコイツ呼ばわりはマズいですが、コイツをティボーの傍に置いておくのが生理的レベルで嫌すぎます!


 本来なら、私がティボーの枕もとで看病か平癒を祈る役をやりたいのに……‼

 聖女ってそういう役回りでしょ⁉


 現実の私は、徹夜明けなのにトゲトゲの撤去にこれから王城内を走り回らなくてはなりません。

 できるのは私だけだから、私がやるしかないのです。


 けど、相手は王女様だし、精神的に大きなショックを受けて、絶賛、幼児退行状態。

 さすがに、文句をぶつけるのは憚られます。


 しかし、この怒りをそのまま持ち越すのは、この後の作業にも良くないですね。

 徹夜明けで、ただでさえ集中力が落ちているのに。


「あ、そうだ」


 私は、ちょうどいい八つ当たりの相手を思い出し、慣れ親しんだ王城の通路を進んでいった。




◇◇◇◆◇◇◇




 王城の施設整備、防御を管理する王城施設管理科はまさしくカオスの状態であった。


 王城内はトゲトゲがそこらに生え散らかっている。

そして、それはかつて王城の防御として長年設置されていた物とは違い、まるで殺気のような物を発している。


王城内は体調不良者が続出していて、トゲトゲから離れた場所まで避難を余儀なくされていた。


「トゲトゲの撤去はどうなってるんだ! 目途は立っているのか?」


「中庭にいくつもあるクレーターはなんだ‼」


「そもそも何故、城門が破られていないのに侵入者を許した!」


 各所から苦情の嵐が舞い込んできていた。


 そして、それらは全て部署の責任者である、ペテルにぶつけられていた。


 しかし、ペテルはどこか心ここにあらずという感じで、

ひたすらに「すいません」と「すぐにやります」を繰り返すだけで、陳情に来た者たちを呆れさせた。


ペテルが、この緊急事態にあって上の空であったのは、そういった陳情の集中砲火を浴びたストレスでそうなった訳ではない。


 昨日から、ペテルの頭の中を支配していたのは、自分の命についてだった。


(あのトゲトゲは見紛うことはない。自分がクビを言い渡して、おまけに口封じのために暗殺を依頼して仕留め損なった、あの女の物だ)


 緊急事態という事もあり、アシュリーが王城内にいて騎士団が拘束した、いや騎士団を引き連れて朝早くに王城を出て行ったなど、正確か不正確なのか解らない情報に翻弄され、ペテルは状況が上手くつかめていなかった。


 しかし、先ほどマナ第1王女の代行署名の勅令が王城内に発布された。



『アシュリー女史は最重要の客人として遇せよ』と。



 これを見て、ペテルは確信した。


自分の社会的地位は終わったと。

そして、自身の命もトゲトゲにより散りゆくとと。


 その事への恐怖で頭がいっぱいで、ペテルは仕事が手につかなかった。


 執務室で、ペテルがうなだれていると、


「失礼しまーす。ペテルさん」


「うぎ⁉」


 ノックもなく開けられた執務室のドアの開閉音と、その声の主が何の予告もなく現れたことで、ペテルは思わず心臓が跳ね上がり、変な声が漏れた。


「どうも、お久しぶりですー。王城内で作業するので許可証くださーい。私、今はただの部外者なので」


「お、おう。アシュ…… もとい、アシュリー様、大変お久しぶりでございます」


 ペテルは、必死で笑顔を張り付けようとしているが、青い顔面の筋肉はまるでマヒしたように動かずヒクヒク痙攣しているだけであった。


「お久しぶりですー。まさか、こんな形でまた王城に戻ってくるとは思いませんでした」


「はは……そ うですね。許可証はアシュリー様には必要ありませんので、ご自由になさってください」


「えー? 厳しいペテルさんが珍しいですねー」


「いえいえ…… そんな」


 ペテルは、胸元のポケットから取り出したシルクのハンカチで、滝のように流れ出てくる汗を忙しなく拭きながら、チラチラとアシュリーとドアを交互に見やる。

 アシュリーに早く帰って欲しいのが見え見えである。


「そう言えば聞いてくださいよーペテルさん」


「な、なんでしょう?」


 ペテルの意向を知ってか知らずか、アシュリーはどっかりとソファに腰掛ける。

 長話をする気満々といった様子だ。


「私が何でマナ第1王女の救出のために王城に忍び込んだか知りたいですよね? ね?」


「は…… はい」


 上の立場の者が話したそうにしていたら、下の立場の者は最早、相槌を打ちながら話を聞くしか選択肢はない。


「それを説明するには、まず、私がなんで王都を逃げ出さなければならなかったのかについて説明する必要があります」


「あの…… アシュリー様。作業もありますでしょうから、その……」


「話は、私がペテルさんからトゲトゲ職人の仕事をクビになった初日まで遡ります。あの日、疲れて帰った私は謎の暗殺者に殺されかけ……」


「うぐぅ……」


 のっけから、ペテルの胃が痛くなるような話をぶち込まれたが、今のペテルはそれを大人しく聞いていることしかできない。


 みるみる顔に苦悶の色を浮かべるペテルを無視して、アシュリーは事細かに当時の事を長々とペテルに喋りつくした。



「あ、そう言えばこれ。そちらできちんと書類保管しておいてくださいね。やっと渡せました」



 ようやく今までの顛末を話し終え、席を立ったアシュリーは、最後に、王城からトゲトゲをすべて撤去した時にペテルに渡しそびれた、作業完了届をペテルの執務机に置いた。


 胃痛で下腹部を抑えて俯いているペテルを見て、ちょっとだけ溜飲が下がったアシュリーは、トゲトゲ撤去の現場に前向きな気持ちで向かっていったのであった。


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