第45話 あっ……(察し)
「あ~~~ねっむい」
うららかな朝、新緑の森の中を歩く乙女には似つかわしくないセリフですが、どうか許してください。
実際、昨夜から私は寝ていないんです。
カローナの進軍を食い止めた時の前線基地ですらスヤスヤ一人寝ていた私がですよ?
すごいと思いませんか?
私、誰に話しかけてるんでしょうね?
これが徹夜明けの高揚感って奴でしょうね。
昨夜の王都での大騒動と、それが鎮まった後の混乱も酷いものでした。
なにせ、当代の王であるアルバート7世の逝去、主要な王族であるポーラ第2王女も今は教えられませんが、非常にヤバイ状態です。
臣下の人たちも大いに混乱していました。
その中で、マナ第1王女の誘拐騒動もあったり。
いえ、あれは誘拐ではなく愛の逃避行だったのですが、客観的には誘拐ですよね、はい。
しかも、誘拐の手引きをしていたのは、よく見れば騎士号をついこの間剥奪された王城の元トゲトゲ職人の無職の女であったと。
はい。
結果どうなるか解りますよね?
そういう訳で、今、私は背後から抜き身の槍を突きつけられながら、ゼネバルの森を歩いています。
マナ様のいる場所を知っている、案内には私が居ないと無理だと言わなければ、今頃私は王城の地下牢にぶち込まれていたことでしょう。
昨夜は逃げ出さないように監視され、朝日が昇ったと同時に、王城を騎士団の人たちと出立したという訳です。
「おい…… 早く行け」
おっかなびっくりで、私の後ろを騎士団の人たちがついて来ます。
「怖いなら、私一人で迎えに行きますって言ったのに」
「少しでも逃げる素振りを見せてみろ。身体に風穴があく…… おい、そんな早歩きで進むな!」
威勢のいい脅し文句を投げつけてくる人は、たしか騎士団長さんだったかな。
へっぴり腰じゃなければ恰好がついたんですがね。
まったく…… 騎士団の人たちが付いて来るから、王城から侵入する時と逃亡する時に作ったトゲトゲの道が使えないんですよね。
逃亡のために、トゲトゲには王城の警備の人も殺気の対象にする設定が施されていたので、騎士団の人たちが殺気に当てられないように、別ルートでトゲトゲの座標を追いながら目的地へ向かう羽目になったという訳です。
そこまでの距離ではなかったですが、徹夜明けで腰の引けた騎士団を連れて森を行軍とか本当、勘弁してほしいです。
「そろそろ目的地ですね」
「うぐ……」
「気分が……」
もうすぐ目的地という事で騎士団の人たちを振り返ると、皆さんすこぶる体調が悪い様子です。
ああ…… ベースキャンプの近くですから、侵入、逃走ルートとは別に魔物除けに置いたトゲトゲの殺気に当てられたんですね。
屈強な男たちが、その場で膝をついて苦しんでいるのは放っておいて、目的地であるベースキャンプへは私だけで向かいます。
ベースキャンプには火が消えた焚火の跡がありました。
炭になった薪の量を見ると、アルベルト閣下とマナ様は昨日、無事に辿り着いてここで夜を明かしたという事が解り、一先ずホッとしました。
さて、2人を起こして連れ帰らないとと思って声をかけようとしたところで、私はある事に気付いてしまいました。
ベースキャンプには、元々、アルベルト閣下、ティボー、私と3基の1人用天幕が張られていました。
そして、私とティボーの2基の天幕は、入り口が開いたままで、中には誰もいません。
そしてそして、アルベルト閣下の1人用の天幕は、外から一瞥しただけで、妙に膨らんでいることが解ります。
そう…… まるで1人用の天幕に無理やり2人で入っているかのような膨ら……
「あっ……」
私は全てを察しました。
「あ~~~! アルベルト閣下とマナ様どこかな~~‼」
私はわざと棒読みで大きな声を張り上げる。
(ビクッ!)
と、膨らんだ天幕が動いた。
「ここにはいないのかな~~? ちょっとあっちの方を探しに行って来ようかな~~! 10分くらいしたら、またここに戻って来よ~~うっと!」
そう言って、私はわざと草木をガサガサと大袈裟に揺らしながら、くたばっている騎士団さん達の方に向かった。
こっそり振り返ってみると、アルベルト閣下の天幕は内部で大騒動なせいか、激しく波打っています。
まったく、世話の焼ける2人です。
◇◇◇◆◇◇◇
「うおっほん」
先ほどの大きな独り言の通りに、10分後にベースキャンプに戻ると、何故か天幕の外でアルベルト閣下とマナ様が所在なさげに立っていました。
2人とも顔が赤いのと、マナ様とアルベルト閣下のお召し物が若干乱れているのは、見て見ぬふりをしましょう。
「マナ様! 御無事で⁉」
トゲトゲの殺気に負けず、何とか気合で付いて来た騎士団長がマナ様に駆け寄る。
「ええ。ここにいるアルベルト辺境伯とアシュリー女史、そしてティボー子爵に助けられたのです。以後、彼らを王国の大事な客人として扱うように」
「しょ…… 承知しました! それでは私は帰投の準備をします!」
さっきまでの私に対する態度がマズイものだったと思い気まずかったのか、はたまたトゲトゲのプレッシャーから一刻も早く立ち去りたかったのかは解りませんが、騎士団長はすぐに離れていった。
まぁ、私を監視する必要も無くなったのだから、それで良いんでしょうけど。
「アシュリー、ティボーは無事なのか?」
「はい。結構ひどいケガでしたが命に別状はありませんでした」
「そうか」
「良かったです」
アルベルト閣下とマナ様は心底安堵したという様子で、大きく息を吐いた。
「ただ、ちょっと面倒なことになっていて…… それもあって直ぐにお迎えに来たわけです」
「昨日は大騒動でしたものね。解りました。すぐに戻りましょう」
キリリとした顔で、颯爽とドレスをひるがえしてマナ王女は騎士団たちが待っている方へ向かって歩き出した。
マナ様の、王族として引き締まった顔を見て、私は
『マナ様。後学のため、昨晩のこと、今度教えてくださいね』
と心の中で呟くと、
「ぶっふぉ!」
とマナ王女はその場で咳き込んで、アルベルト閣下に心配されていた。
◇◇◇◆◇◇◇
「まずはティボーを見舞いましょう」
アルバート城に帰投して直ぐに、マナ様はアルベルト閣下に提案します。
「しかし、マナ。可及的速やかに対応しなければならない案件が山のようにあるんじゃないか?」
「だからこそです。この難局は私だけでは無理なので、アルベルトにも当然手伝ってもらわなくてはなりません。ティボーへの心配が頭の片隅にある状態で、それらを行う事はできません。不安材料は先に払拭した方が、結果として効率が良いのです。臣下の者で、まだ家族の安否が確認できていない者は、そちらを優先して貰って構わないです」
マナ様は、アルベルト閣下の事をよく御存知だ。
こういう緊急時に、立場のある人は私情を殺さないとと思いがちだが、一人の人間として、肉親同然の存在の安否について、どうしても頭をよぎり続けるのは当然だ。
実利的であることを周りにアピールしながら、アルベルト閣下の意を汲んでくれている。
ほんと、良いお嫁さんだ。
「それでですね。出がけに言っていた、面倒な事というのがですね。ちょっと、ティボーも関係あってですね……」
ティボーの寝ている治療室へ足早に向かいながら、私はアルベルト閣下とマナ様に歯切れ悪く伝える。
「ティボーの容態はそんなに悪いのか?」
心配そうな顔をするアルベルト閣下だが、
「あ、いえ。ティボーのケガや後遺症がといった類の話ではなくてですね。ううん…… 私からは何とも説明がしづらいので、見ていただいた方が早いと思います。そして、特にマナ様。気をしっかり持ってください」
私の言葉に、マナ様が不安そうな顔をする。
すいません、中途半端なことだけ伝えて。
でも、私も当時の状況を見ていないので、正確には伝えられる自信が無いのです。
そうこうしている間に、ティボーのいる治療室についた。
アルベルト閣下が、先頭に立ってガチャリとドアを開けると、
「やっ‼」
「うぶっ‼」
治療室のドアを開けると同時に、アルベルト閣下の顔面に何かが投げつけられた。
驚いて、思わずアルベルト閣下は声を上げたが、顔への被害は無かった。
なにせ、投げつけられたのは、クマさんのぬいぐるみだったからだ。
開いた治療室のドアの向こうには、ティボーの眠るベッドがあった。
そして、その部屋のベッド横のスペースには、所狭しとぬいぐるみが何体も溢れんばかりに置かれて、ファンシーな空間を醸し出していた。
そして、そのファンシー空間の中心に、ポーラ第2王女が、大きなクマさんのぬいぐるみを抱えて、憮然とした表情で座っていたのであった。
予想外の光景に、マナ様もアルベルト閣下も、思わず呆気に取られた顔で、その様子を眺めていた。




