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第44話 ばか! ばか!

 白き稲妻がまるで、幾匹もの白蛇がのたうち回るように空間を走る。


 群がる稲妻の中心にいる、神々しささえ感じる白い長毛のファングウルフが顎をしゃくるだけで、幾重にも対象へ打ち込まれる。


 ファングウルフは、王者の戦い方と言わんばかりに、敢えて全力は出さずに悠然と相手に近づきながら、徐々に手数を増やしていく。


「田舎子爵。防戦一方とは言え中々やるではないか」


 圧倒的な上位の立場であるが故の余裕で、ファングウルフたるフェルナンドが、ティボーに話しかける。


「あなたこそ中々やりますね」


 ティボーは、雷撃を辛うじてトゲトゲで弾きながら、彼我の距離を詰められまいと疾走する。


「減らず口を叩く。どう考えても私の魔力が尽きるよりも、お前の足が疲労で動かなくなるのが先だな」


 雷撃の手は決して緩ませず、会話ができる余裕を見せつけるフェルナンドに対し、ティボーの方は応答こそしたが、フェルナンドの言う通り少々やせ我慢であることは否めなかった。


 結果として、会話という余計な動作で心肺の酸素を無駄に消費した形になる。


 対して、フェルナンドは一つも呼吸を荒らげてはいないし、魔力が底をつくような様子もない。


(私の足が止まったが最後ですね。しかし、時間は稼ぎたい。見極めが難しいですね)


 この絶望的な状況でも、ティボーはまだ我を忘れてはいなかった。


 考えれば、最近は想定外の事が起きても早々には動じない自分がいることに気付いた。


(これもアシュリーと深く関わるようになってからですかね)


 疾走し、トゲトゲで雷撃を弾くという激しい攻防のただ中で呼吸も上がり苦しい状況なのに、ティボーはつい笑みを浮かべてしまう。


「ふん。絶望的な状況に気でもおかしくなったか?」


 言葉とは裏腹に、この状況下で笑みを浮かべるティボーに薄気味悪さを覚えたのか、フェルナンドの雷撃の手がわずかに緩む。


「ここだ!」


 ティボーは、激しくビートを刻む心臓も、今すぐにもつぶれてしまうのではないかという心肺のことも一瞬忘れ、トゲトゲを前面に構えたまま、一直線にフェルナンドへ疾走する。


 彼我の位置が縮まれば縮まるほど、相手の雷撃の手数は減る。

 多少の被弾のリスクは織り込み済みの、一点突破の突撃形態だ。


「隙をついての一撃のつもりか? お前の武器でそこを警戒せずに私が安全マージンをとっていないとでも思ったか! 誘いこまれたのはお前の方だ!」


 そう言うと、フェルナンドは後方に飛んで彼我の距離を詰めさせずに、追撃の雷撃を連続で放つ。


 今までで一番の密度を誇る、雷撃の白蛇の群れがティボーへ殺到する。


「勝負あったな」


 いくつもの雷撃により上がった土煙を見つめながらフェルナンドが勝ち誇ったように止まる。


 彼奴は槍の名手という訳ではない。

 ばらまいた雷撃の連撃を、突撃しながら捌き切れる訳がない。


 そうフェルナンドは思っていたが、


「しっ!」


 土埃から人影が、灰の中の息を全て吐き出しながら、一直線に突貫してきた。


「な⁉」


 ティボーが無傷である事は想定外であり、そのスピードにフェルナンドは驚く。


 よく見ると、ティボーは盾を掲げていた。


 雷撃があたる瞬間に背負っていた盾で攻撃を防いで見せたのだろう。

 立派な紋章が象られた盾は、所々にひび割れが発生して、今にも壊れてしまいそうだ。


 フェルナンドの油断が招いたことによって詰められた彼我の距離は、まだトゲトゲの槍が届く程では無かった。


 だが、フェルナンドには長年に渡って沁みついていた、トゲトゲへの根源的な恐怖があった。

 それは、例えファングウルフの姿になったとて、変わらなかった。

 故に、フェルナンドは禁術で魔物化した後も、心の防護魔法をかけていた。

 しかし、トゲトゲの発する殺気のプレッシャーはそれでも消えなかった。



「ペール・アイアス!」



 青白く光る楕円のレンズ障壁が幾重にもフェルナンドの前に展開される。


 その数8重。


 ティボーの飛び出しにより一瞬硬直したことによる時間差により、退避が間に合わないことへの恐れから、フェルナンドは自身の最硬の防御魔法で防ぐことを選択した。


 ティボーは自身の身体への防御を完全に無視して、トゲトゲの槍を石突で持ち前方に大きく突き出す。

穂先が1枚目の障壁に触れると、



(カシャ! カシャーーン‼)



 ガラスが割れるように、障壁が一挙に3枚も砕け散る。


 しかし、勢いを殺されたトゲトゲの槍はそこで停滞する。

 それでもトゲトゲは、その内包された力から、1枚、また1枚と突き進んでいき、3枚の障壁を破って見せる。


 残りの障壁は2枚。


「おおぉぉぉぉお‼」


 フェルナンドは、ありったけの魔力を障壁の強化へ注ぎ込む。


「はああぁぁぁぁあああ‼」


 ティボーは石突に全体重をかけるようにありったけの力を籠める。


(パリーンッ!)


 残る障壁は1枚。



「「あああああぁぁぁぁあああああ‼」」



 2人の獣が上げた咆哮が王城の庭園にこだました。



(ピシッピシッ……パリンッ!)



最後の1枚の障壁に小さなヒビが入り、それが徐々に大きくなりゆっくりと割れる。


 フェルナンドは慌てて大きく後方に飛びさする。



(カラン! カランッ‼)



 トゲトゲの槍が音を立てて、ティボーの手から滑り落ちる。



 掛け値なしの満身を掛けたトゲトゲの槍の一撃により、ティボーの右肩の関節は外れ、ダラリと腕が地に墜ちようとするように垂れ下がる。

 手のひらは両手とも大きく皮がめくれてしまっている。



「「 ………… 」」



 何とも言えぬ静寂が2人の間に流れる。



「私の勝ちのようですね。あなたはもう戦う力が無いでしょう」



 勝鬨を上げるフェルナンドに対し、



「あなたも魔力のほぼ全てを、先ほどの防御魔法に使ってしまったのではないですか?」



 ティボーも相手が重要な手札を失っていることを咎める。


「たしかに魔力は枯れた。だが、ファングウルフとなったわたしにはこれがある」


 そう言って、力を誇示するように、フェルナンドはその鋭い爪を掲げて見せた。


「無理ですね。あなたには」


「……なんだと?」


「あなたは今の今まで、一切の攻撃を魔法で行ってきた」


「…………」


「怖いのでしょう? 正真正銘の獣に堕ちるのが」


「……まれ……」


ファングの名が泣いていますよ」


「だまれ‼」


 フェルナンドは、先ほど誇らしげに見せた鋭い爪ではなく、ただの体当たりをティボーに食らわせた。


 その行動が、ティボーの指摘が図星であったことを如実に物語っていた。


 ティボーは咄嗟に左腕で盾を割り込ませるが、そのまま勢いよく吹き飛ばされ、庭園の端にある樹木の幹に叩きつけられる。


 盾は完全に砕け散り、トゲトゲの槍からは何メートルもの距離が出来てしまった。


 何より、ティボーには再び立ち上がりトゲトゲの槍に走り寄って持ち上げる力を失ってしまっていた。


「ハッ…… ハッ……」


 樹木の幹に背中を預け、ティボーは荒く短く息を吐き、なんとか呼吸を整えようとする。


 その際、横目に綺麗なバラの花がいくつも咲いているのが見えた。


(ああ…… そういえば、おそらくここが御当主様とマナ様が最初に出会った王城の庭園なのですね)


 命のやり取りの極限の状況の中、ティボーは詮無き事が頭に浮かんだ。


(あれから御当主様はマナ様と出会った時の話を幾度も私に嬉しそうに語ってくれました…… そんな思い出の場所を最後にこの目で見れて良かったです)


 そんな事を考えながら、現実に目を向ける。


「トゲトゲの無いお前はただの人間でしかない。とうとう詰みだな」


 フェルナンドはゆっくりとティボーの前に進み、立った。


「このまま放っておいても、私はいずれ死にます。私1人を殺したところで王国への打撃という意味ではほぼ無意味です。それよりも、さっさとゼネバルの森へ引っ込んだらどうです?」


「今さら命乞いか?」

「いいえ、実利的な提案をしたまでですよ」


「お前はこの手で息の根を止める。これは必要なことだ」


 フェルナンドは前足を天に掲げた。

 鋭い爪がとっぷりと暮れた月明りでわずかに反射して怪しく光る


「それは、あなたが獣として今後生きる決意表明のためでしょう?」


「……最期まで、お前はやりにくい相手だったよ」


 そう言って、フェルナンドの鋭い爪が、ティボーの首元へ振り落とされる。



「ああ…… 最期…… そうですね」



 ティボーは刹那とも言える、その瞬間に呟いた。



「あなたは…… 最期の最期で間違いましたね」









『咲け 一輪』








 ティボーの首元にあったチョーカーが光り輝き、まばゆい光を放ったのと同時に、周囲のバラたちから一斉にトゲトゲが殺到してきた。


 バラから突如現出した無数のトゲトゲは、まるでティボーを包み込むように幾重にも展開されていた。

 そして当然、ティボーの眼前にいたフェルナンドの身体を、トゲトゲは幾本も貫いていた。


 ティボーの眼前にいるフェルナンドの最期の顔は、恐怖や驚愕の顔ではなく、何かを決意したかのような表情を浮かべているようにティボーには感じられた。



「アシュリーに感謝してくださいよ…… あなたは最期まで獣ではなく、人として逝けたのですから」



 ティボーは光の粒子として分解され、消えゆくフェルナンドに手向けの言葉をかけた。


 フェルナンドであった光の粒子は、すぐにトゲトゲの牢の中の暗闇に塗りつぶされるように、儚く消えた。




◇◇◇◆◇◇◇




「ティボーー‼」


 トゲトゲの牢の向こうから、アシュリーの切羽詰まったような声が耳に届き、ティボーは手放しかけた意識を、かろうじて繋ぎ止めた。


「ア…… シュリー」


「花散れ!」


 トゲトゲで出来たドーム状の牢の一面が、消えてなくなる。


「ティボー! ティボー!」


「はい…… 生きて…… ますよ…… アシュリー」


 フェルナンドから体当たりを受けて肋骨にヒビが入ったのか、呼吸するだけでも意識を手放したくなるほどの痛みが走るが、アシュリーのためにティボーは弱弱しいが声に出して答えた。


 アシュリーは直ぐに、ティボーの両脇を抱えてゆっくりとトゲトゲの牢から引きずり出した。


「ティボー聞こえる? 何があったの⁉ こんな酷くケガして……」


 月明りしかない夜で目が利きにくい下でも、ティボーの状態が酷いことはアシュリーにもよく解った。


「ええ…… ちょっと…… 魔物のファングウルフと戦っただけですよ」


「ばか! ばか! 気を付けてって……無茶しないでって言ったのに!」


 胸をポカポカと殴りつけたい衝動に駆られて拳を握ったアシュリーは、目の前にいるのがケガ人である事を思い出して、握った拳を解いた。

 代わりに、大粒の涙が瞳からこぼれ落ち、地面に横たわっているティボーの顔に落ちる。


「怖かった……」


「はい……」


「ティボーに死の危機が迫ってるって、ティボーにあげたスライムの魔石のチョーカーが教えてくれたから」


「ああ…… そういう訳だったんですね」


「正直、賭けだった…… 咄嗟にティボーのチョーカーの座標の周りを囲うようにトゲトゲを展開したけど、もしティボーにトゲトゲが当たっちゃったらって……」


 本当に賭けだった。アシュリーにティボーの置かれた状況までは解らないため、これが最善手なのか迷いがアシュリーにはあったのだ。


「そこは私は……心配していないですよ」


 そう言って、ティボーはまだ残っていたトゲトゲのドームに触れる。


「ちょ! ちょ‼ 私がトゲトゲの設定をミスってたらどうするの!」


「大事なものを間違える貴方ではないですから」


「……ふへぇ⁉」


 思いがけないティボーの言葉に、アシュリーは気が動転する。


「え……ええっと、ちょっと整理させて!」


 アシュリーは、なぜかその場に正座する。


「ティボーは私のトゲトゲの創成技術について信頼していると」


「はい……」


「それでそれで、その信頼とは何かということを更に掘り下げると、私が大事なものを守るためにのトゲトゲの創成時に設定ミスするはずがないと?」


「は……い」


「この場合の、私が大事なものだと定義づけているのは何か?ってことですよ」


「…………」


「あれあれ? 質問の意味がよく解りませんか? じゃあ、もうちょっと解りやすい問いにしましょう。この場合、私が大事だと思った人は誰でしょう?」


「…………」


 アシュリーはティボーの返答をワクワクしながら待った。


 ひょっとして…… ひょっとして……


 ティボーも、とうとう私からの好意に気付いてくれたのではないかと。


「…………」



「あれ? ティボー?」



 いつまでも答えないティボーを見て、アシュリーはティボーが大ケガを負っていたことを今さらながら思い出した。


「え? ひょっとしてこれマズい状態です⁉ ヒ、ヒーラーさーん‼ どこかに通りすがりのヒーラー様はいませんかー⁉」


 静寂の戻った王城に、アシュリーの焦った声がこだました。


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