第43話 夜空の下で2人きり
「アシュリーたち無事に帰ってくるかしら……」
ふと、そう呟いたマナ第1王女は、つい口に出してしまった後ろ向きな言葉に、慌てて口をつぐむ。
「マナは今日初めて会ったのに、随分とアシュリーのことが気に入ったんだね」
そう笑いながら、アルベルトは焚火へ小枝をいくつか放り込む。
少し下火になっていた焚火の炎が、また大きくなる。
「私は物心がついた頃から、トゲトゲに囲まれていますしね。アシュリーといると、どこか落ち着くのかも」
「周囲の絵面は酷いけどね」
アルベルトが苦笑して辺りへグルッと視線を回す。
アルベルトとマナは、無事に合流ポイントである天幕が張られていたテントベースへ辿り着くことができていた。
道中もテントベースも、アシュリーのトゲトゲに囲まれているので、安全だ。
「あら、そんな事言うと、後でアシュリーが戻って来た時に告げ口しちゃいますよ」
「ハハハッ。それは怖いな」
「最初は、貴方が聖女に任命したとか言い出した時は、この女、どうしてやろうかしらと思いましたけどね」
「それは誤解だって……」
「ふふっ、今は解りますよ。アシュリーの私への説明の導入が下手だっただけです」
先ほどの感動の再会時の思わぬ修羅場を思い出して、アルベルトはアセアセするが、聖女の話題を蒸し返したのは、マナのちょっとしたイタズラ心によるものであるようだった。
「アシュリーはティボーに惚れているからな。その心配はないよ」
「あら、アルベルトも気付いていたのね」
「別に私が聡いからな訳じゃないぞ。周囲のほとんどは気付いている」
「本当ですか?」
「好意を隠せていると思っているのはアシュリーだけで、アシュリーがティボーに向けている好意に気付いていないのは、ティボー本人だけだ」
「それは何というか…… じれったいですね」
「全くだ。アシュリーの奴は、他人の色恋に首を突っ込む前に自分の色恋の方を何とかしろと言ってやりたくなったよ」
「それをアシュリーに言うと、あの子、恥ずかしさでどこかへ行っちゃうかもしれませんよ」
「それは困るな。アシュリーはドランの大事なトゲトゲ聖女様だからな」
アルベルトは笑いながら、焚火で沸かしたポットのお湯をカップに注いでお茶を淹れて、マナに渡す。
「アシュリーは聖女と呼ばれるのはあまり好きではないけど、最近は諦めつつあるみたいですね」
「聖女になっても夜な夜な飲み屋に繰り出すのを止めなかったから、最初から聖女の自覚なんて無かったみたいだがな」
「あら、それは面白いわね。今度、アシュリーに案内してもらおうかしら」
「おい……」
「冗談ですよ。あ、このアルベルトが淹れてくれたお茶美味しいです」
「外で飲むと何でも美味しく感じるからな」
「いいえ、あなたが淹れてくれたからですよ」
そう言って、マナは素知らぬ顔でいるつもりが、急に恥ずかしくなったので、まだ少し熱いカップを傾けて顔を隠した。
マナの言葉を聞いたアルベルトは恥ずかしがりつつも、急に緊張に顔を強張らせる。
「最近は発展著しいが、ドランはまだまだ発展途上だ。屋敷の使用人も最低限で、王城と比べると自身で行わなくてはならないことも多くなる」
「お茶を自分で淹れるとかですか?」
「ふふっ、それもその一つだな。ティボーとエレナ……ああ、エレナというのはティボーの妹でメイド長なのだが、2人の手が空いていない時は、自分でお茶を淹れるようにしていた」
「ふふっ。それでお茶を淹れるのが妙に美味いわけですね」
クスクスッと愉快そうな笑顔を浮かべるマナの前で、アルベルトは一層緊張で身体を固くする。
「あの……それで。今後、苦労を掛けると思うのだが……」
「はい」
「私のお嫁さんになってくれ」
「はい。喜んで」
マナの淀みのない透き通るような、結婚の申し出を受託する声に、アルベルトは思わず天を仰ぎ見た。
感動で涙が溢れそうになるのだなという、自分の人生で初めて訪れた事象に、アルベルトは困惑したが、気分はとても晴れやかだった。
「ふふっ。今のプロポーズ、アシュリーに後で伝えたら、私も見たかったのにって地団駄を踏んで悔しがりそうですね」
「そうだな。早く2人にも成婚について伝えたいな」
「信じて待ちましょうか……」
「ああ」
2人は、心中の不安をかき消すように軽口を叩きあいながら、焚火をジッと見つめた。
◇◇◇◆◇◇◇
王都の中の混乱は徐々に沈静化しつつあった。
各所で上がっていた火は鎮火し、残る混乱は王城の城門前にいた群衆であった。
群衆のシュプレヒコールは、内容が堂々巡りをしていて、どこか茶番じみてきた。
その群衆の様子に、城門を挟んでにらみ合う王城の衛兵たちも、違和感のようなものを肌感で感じ取っていた。
まるでシナリオをなぞるようで、また、今は何かの合図を待っているかのようだと。
(ズドドッ!)
王城内から、何事か地鳴りと土煙が上がった。
その轟音に、城門近くにいて衛兵も群衆も王城の方へ視線を向ける。
土煙が王城の方から上がっているのは解るが、城門の位置からでは状況がよく解らない。
衛兵たちはこれに連動して、目の前の群衆が王城に雪崩れ込もうとするのではないかとにわかに緊張のレベルを上げた。
だが、目の前にいる群衆は戸惑った様子で右往左往している。
群衆のリーダーと思しき人物を囲んで、何やら密談をしている様子である。
突入の合図を待っていたのではないのか?と、衛兵側が訝しく思っていると、
(ズガンッ!)
と、今度は雷鳴と轟音が鳴り響いた。
その凄まじい稲光と轟音は、今度は城門からでもはっきりと見えた。
「冗談じゃねぇ!」
突如、群衆から声が上がった。
「事前の話じゃ、王城内でクーデターが成ったら王城の敷地内に雪崩れ込んで歓喜する演
技をすりゃいいだけのはずだろ!」
「あんな大規模な魔法が飛び交ってるなんて聞いてないわ!」
「俺たちに丸腰で戦場に突っ込めっていうのかよ⁉」
群衆たちが、泡を食ったように群衆のリーダーと思しき男に詰め寄っている。
「私も向こうの状況については連絡が取れないんだ。計画が変更されたという旨の連絡も指示も来ていない」
「これじゃ俺たちも巻き添えくらうだろ! ここにいるだけでも危険だ!」
「そうよ逃げましょう、逃げましょう! そこまでのお手当なんて貰ってないわ!」」
「俺たちは最低限の仕事はした。むこうの計画の変更の責任は俺たちには関係無いんだから知らねぇ」
そう言って、群衆は蜘蛛の子を散らしたように次々と解散しだした。
群衆のリーダーと思しき男も最初の内こそ周りを必死に引き留めていたが、気が付くと辺りが閑散としてしまい、自分だけがポツンと残されていることに気付き、そそくさとどこかへ行ってしまった。
一触即発を覚悟していた城門を守護する衛兵たちは、いったい何だったのかと狐につままれたように、あっけにとられていた。




