第42話 対峙
(バシャッ!)
「うぶ……!」
「あ、気が付きましたか。ポーラ第2王女」
ティボーは頭から浴びせかけられた水が冷感神経を刺激し、ポーラ第2王女の意識を覚醒させる。
王族に対して、少々荒っぽいキツケの処置だが、マナ以外の王族への帰属意識の薄いフェルナンドにとっては、合理的な手段を取ったまでという見解だ。
「ここは……」
「ここは王城の外の庭園です。有毒なガスを吸ったようですからジッとしていてください」
「フェルナ……ンド……?」
まだ意識が半分混濁したような状態なため、ポーラはうわ言のように想い人の名をつぶやく。
「残念ながら別人です。直に誰かが通りかかるでしょう。では、私は急ぎますのでこれで」
そう言って、颯爽と立ち去ろうとしたところで、
「ギャオオオァァァオオ!」
この世の者とは思えぬ獣の方向が響いた。
と同時に、王城の外壁が大きく崩れる。
崩れた個所から、ゆっくりと巨躯が姿を現す。
「あれはワーウルフ…… より何倍も大きい。ファングウルフ……⁉ 壁画に描かれるような幻の魔物がなぜ王城の中から出てくるのです⁉」
王城の中から出てきた、全高が3メートルはあろうかという体躯に、見る者を思わず魅了するような白い美しい長毛の毛並みを持つファングウルフの姿に、思わずティボーは呻いた。
こんなことは、想定外すぎる。
(これはとても手に負えない)
そう思ったティボーは、すぐに逃げることを決断する。
幸い、今は庭園の中。
草木の茂みに身を隠してやり過ごすが吉と考えて茂みの陰からファングウルフの様子をこっそりと窺うと……
なぜかファングウルフとティボーの目がバッチリと合ってしまった。
そして、魔物の周囲に大きな魔方陣が展開し、そこから漏れ出る電撃がパチパチと空気中を帯電する。
「マズい!」
咄嗟に、ポーラ第2王女を抱えて、ティボーは力いっぱい飛んだ。
(ズガンッ!)
先ほどまでティボーたちがいた箇所の地面が大きく抉れた。
地面がブスブスと焼け焦げて、すえた匂いが鼻に届く。
周囲が帯電していることから、雷撃が落ちたことをティボーは悟った。
飛び出していなければ、今頃バラバラになっていただろう。
「ハハハハッ! 存外悪くないものですね! 魔物の姿も!」
「しゃべった⁉」
ティボーが魔物が人語を流ちょうに喋っていることに驚いていると、ファングウルフはなおも悦に入ったように喋る。
「この神々しい威容…… そして溢れる魔力…… さすがは魔物の王 スライムの魔石ですね。長年取り込んできた魔力の凝縮は伊達ではない。おかげで、禁術であるビースト化の魔法が大きく底上げされました」
どうやら、この魔物は元は人間という事か。
一体誰が……
「その声はフェルナンド‼ フェルナンドなんでしょ⁉」
ヨロヨロとおぼつかない足で、ポーラ第2王女がファングウルフの前に出る。
ファングウルフの方にばかり気を払っていたため、いつのまにか起き上がれるまでに回復していたポーラの様子にティボーは気付かなかったのだ。
「どうしてこんな姿になって…… まさか、あなたは王国を護るために禁術に手を……」
ポーラは大粒の涙を流しながら、ファングウルフに近づいていく。
「私はこんな姿になってしまいました…… もう私の事は忘れてください」
フェルナンドと呼ばれたファングウルフは、悲しげな瞳で顔を伏せる。
「そんな……‼ 王国のために、その身を犠牲にした貴方を放ってなんておけないわ! 貴方は私の自慢の婚約者よ」
どうやら、このファングウルフはポーラ第2王女の婚約者のなれの果てのようだ。
王城の防衛のために、禁術に手を染めたのかと、この時点ではティボーはそう類推した。
「アハハハッ! こんな姿になっても、貴方は私を受け入れてくれるのですか……」
「そうよ! だから……」
「つくづく、貴方は間抜けな人ですね。こんな間抜けが王国の舵取りをしていたなんて、王国民は実に不幸だったでしょうね」
「え……?」
ポーラはフェルナンドの言った事は文章としては理解できても、
「わたしを遠ざけるために、わざと悪辣に振舞っているんでしょ……そうなんでしょ?フェルナンド」
無意識に頭が理解を拒否したのか、フェルナンドの言葉の裏に何か真意があるのではないかとポーラは頭を巡らせる。
「貴方は本当に、仕事は有能なのに、夢見がちな少女を心の内に飼ったままなのですね。実に可愛くて哀れな人だ」
「え…… フェル……」
「私は生まれたその時から帝国の人間です。偉大なる帝国の教育により、私は王国の筆頭魔術師となり、第2王女の婚約者という地位にまんまと就くことができました。これは帝国の偉大さに加え、アルバート王国の間抜けさによるものでもありますが」
「うそ……」
「その地位を利用し、あの忌々しいトゲトゲを王城から撤去するように貴方を誘導した。愛する男の活躍の場を広げられると、貴方は嬉々としてそれに応じた。それが、この腑抜けきった国を護る、唯一で絶対の存在であることに最後まで気付かずに」
「あ…… あ……」
「攻守最大の駒を失った後は、砂上の楼閣である王国には間者や工作スパイ、盗聴や監視の魔道具など、なんでも入り放題やりたい放題でした。この王都での騒乱も、全て入り込んだ帝国の工作員が起こしたものですよ」
「うそ…… うそよ…… そんな」
「貴方は自らの一手で、王国の今まで築き上げた歴史に終止符を打ったのです。良かったですね、ポーラ。貴方は歴史の教科書に名前が残りますよ。無様な選択をした愚かな為政者として、帝国の歴史の教科書にね」
「ああ~~~~‼ うぁ~~~~~~‼」
ポーラは、頭を抱えてその場に再びしゃがみ込み、とてもそのしなやかな体からは想像できないような、雄たけびとも慟哭とも取れぬ声を上げた。
「アルバート王国の王族の主要人物を葬った私は歴史のキーパーソンですが、残念ながら影として生きる身として、歴史の教科書に載る事は叶いません。これは私の自己満足ですが、今度こそ確実にあなたの命を刈り取ってやりましょう」
そう言ってフェルナンドは、絶望して地面にうずくまるポーラの元へ、ファングウルフの美しい身躯を悠然と揺らしながら近づいていく。
「そこまでですよ」
ポーラとフェルナンドの間に、ティボーがトゲトゲの槍を構えて割り込んだ。
「ほう…… よく逃げずにいましたね。ポーラとの会話中にちょっとでも逃げる素振りを見せたら、瞬時に八つ裂きにしてやろうと思っていたのですが」
「ええ、私も不思議ですよ。王族には…… 特にその中心にいたポーラ第2王女は憎む対象ですらあったのに」
「ああ、思い出しました。貴方はドランとかいう流刑地の領内子爵ですね。地位だけは立派な田舎者でお気楽な身分の」
「気楽なという意味ではそうですね。最近の私は毎日が楽しくて仕方がない」
この状況下で、楽しいとのたまったティボーに、フェルナンドは思わずキョトンとした。
「この絶望的な状況で強がりが言える胆力は褒めてあげましょう。ああ、この後に起こることを教えてあげましょうか。まず、貴方達2人を八つ裂きにした後に、王城と王都で暴虐の限りを尽くします。魔力が切れたらゼネバルの森へ退避。魔力が回復したら、また王都を襲う。私の命が無くなるか、完全に魔物となってしまうまでそれを繰り返す。一体、何人の王都の民が犠牲になるでしょうね」
フェルナンドは、魔物になってもなおわかる悪辣な表情を浮かべながら、この後に自分が行う事を嬉々として伝えた。
「それを聞いてしまうと、さすがに見て見ぬふりは出来ませんね」
ティボーは、トゲトゲの槍の穂先をしっかりとフェルナンドへ向けた。
「トゲトゲ聖女でもないお前に何が出来る」
「その通り名、本人は今でもあまり好きじゃないらしいですよ」
ティボーがそう言った直後に、フェルナンドの周りに再び大きな魔方陣が展開され、轟音と共に戦いの火ぶたは落ちた。




