第41話 救出への疾走
【フェルナンド視点】
トラウマのトゲトゲの気配がする方へ行ってみれば、トゲトゲ聖女の配下の男か何かが、あの忌まわしきトゲトゲを持っていた。
トゲトゲ聖女本人であることを期待したが空振りだ。
だが、新たな問題が噴出した。
まさか、ポーラがまだ生きていたとは……
トゲトゲの男の方はこの際、どうでもいい。
今、優先順位が高いのはポーラの方だ。
この女は使い勝手の良い駒だ。
即位させて裏から王国を乗っ取ったり、最悪の場合は人質として確保すれば、帝国の良き交渉カードとなる。
ひどい吐き気と悪寒を必死に堪えながら、男を遠ざけようとした。
だが、どうやら気付かれたようで、この有様だ。
正直、あのトゲトゲに相対するのが怖い……
このまま追いかけたところで、ろくに攻撃魔法も放てず逃げられてしまうだろう。
「ならば……ここで最後のカードを切るしかないようですね」
床にうずくまっていたフェルナンドは、懐から何かを取り出すと、それにありったけの魔力を込めた。
フェルナンドのうずくまった床に大きな魔方陣が広がり、黒いオーラが立ち上り、フェルナンドの姿はその闇に塗りつぶされるように見えなくなった。
◇◇◇◆◇◇◇
「だー――っ‼ どいてどいてっ‼ どいてくださー-い‼」
とてもうら若き乙女が発するべきセリフではないけれど、仕方がありません。
私は今、ゼネバルの森へ向かうための逃走路を切り開いているところです。
しかし、王城の敷地からゼネバルの森へ向かう途中に、王城にいた衛兵たちに見つかってしまいました。
まぁ、突如としてトゲトゲが王城内に生えて屋根を突き破ったり、天高く伸びる大きなハエとり草が王城の外に生えてきたら、誰しも警戒しますよね。
そんなわけで、私は殺意高目の設定で創成したトゲトゲの槍を振り回しながら、疾走しています。
私のトゲトゲの殺気に当てられて、次々と衛兵と思しき人たちが倒れていきます。
今回の愛の逃避行の主役はアルベルト閣下とマナ第2王女で、私はモブみたいなもんなので、後世に伝える伝記にはこの辺の描写はカットしておいてもらえるとありがたいです。
「アシュリーまずい‼ 塔から弓矢で狙われているぞ‼」
奇声を上げながら棒状の物を振り回していると、周りの人々が次々と倒れているという状況なら、そりゃ弓を射かける気持ちはわかります。
でも、
「姫様に当たったらどうするんですか‼ 空気を読みなさい‼ 乱れ咲け群生‼ 」
塔は辛うじて視認できたので、塔の外壁にトゲトゲの山を築きました。
塔の上に立っていた人影がバタバタと倒れているのを確認したのも束の間、
「もう一回、乱れ咲け群生!」
(ドドドッ!)
ゼネバルの森に到達したので、とりあえず視界に入る部分にトゲトゲで道を築きます。
あとは、奥へ奥へとトゲトゲの道を繋いでいって、森の中ほどまで来たところで後ろを振り返ると、追手が来ていないことを確認します。
ゼネバルの森に入るのは魔物が怖いし、トゲトゲからの殺気も怖い。
二重の意味で怖いという事で、追手の兵もここまでは追ってこれなかったようです。
「はぁ…… ぜぇ……」
さすがに、救出から逃亡まで大技のトゲトゲの連発で疲れました。
あ、そう言えばティボーがご飯を作っている最中に王都が燃えているのが見えて駆けつけたので、ご飯を食べ損なっているんでした。
「大丈夫? アシュリー」
枝木を切り開かずに進んだので、マナ様のドレスは枝木に引っかかったせいか、ところどころがほつれたり、破れていたりします。
それでも、お顔には傷一つないのは、アルベルト閣下が自身のジャケットをマナの頭に被せて守ったおかげですね。
うんうん。アルベルト閣下もようやく白馬の王子様ムーブが解って来たじゃないですか。
「マナ様の前で取り繕っても無意味なんで言いますが、疲れましたし、お腹が空きました」
「色々正直ね、貴方は」
そう言って笑った後に、マナ様は少し顔を陰らせた。
「アシュリーは私と話してて、その…… 怖くないの?」
苦笑しながら尋ねるマナ様を見ると、あ~やっぱり気にするものですよねと、思いました。
「マナ様とお話しする時は、もう心で思ったことをそのまんま口からも伝えれば良いやって思ってるので。そうすれば、案外こっちも楽しいです」
「そ…… そういうものなの?」
「ええ。本音100%をぶつけられる人って、こちらにとっても案外貴重な存在ですよ」
「はぁ……」
「私も最初、アルベルト閣下にマナ様は心が読めるが故に心を閉ざしておいでてって聞いた時は、どんなメンドクセーこじらせ姫様が来るのか心配だな…… あ、でもアルベルト閣下にだけは心許してる姫様っていうのは良きかなって思ってたんですけど」
「アシュリー、何でも本音で言えば良いってもんじゃないぞ」
アルベルト閣下が渋面をしていますが、話は最後まで聞いてください。
「マナ様も本音でぶつかればちゃんと本音でぶつかってきてくれるって解ったので、心配は杞憂でした。だから、マナ様も本音をさらけ出して行けば、きっと他にも応えてくれる人が出来ますから」
「ありがとう……」
私の言葉に、マナ様は胸に手を当てて感じ入ったように感謝の言葉をくれた。
『今、私良い事言いましたよね? だから何卒、ティボーの件は内密に頼みますよ姫様』
マナ様が苦笑したので、ちゃんと届いたようだ。
「そもそもアルベルト閣下との婚約だって、マナ様が受け入れてたってことは、そういう事でしょ?」
「ん? アシュリー、それはどういう意味なんだ?」
アルベルト閣下も興味が引かれたようだ。
マナ様は何故かアワアワしている。
「だから、アルベルト閣下の心の中の好きがダダ洩れ……」
「アシュリー、その辺にしておいて!」
マナ様が真っ赤な顔で私を止めに来ました。
『お腹は空いたままですが、何だか胸がいっぱいになった気がしますね。けど、まだ食べ足りないですね』
「止めないとバラすわよ」
「ひぇ、すいません姫様」
けど、マナ様も緊張が解れてくれたみたいで良かった。
「アシュリー、そろそろ日没だ。それまでにキャンプ地には辿り着いておきたいな」
「そうですね。後は……」
「ん? どうしたアシュリー」
私は無言で、しばし立ち尽くして元来た方向を見やります。
しかし、
「……いえ、先を急ぎましょう」
翻って私は前を向いて歩き出した。
「ねぇアシュリー」
「なんです? マナ様。先を急ぎましょう」
「私相手に、隠し事が出来ると思う?」
「…………」
うーん、そうでした。
隠し事はマナ様の前では出来ないんでした。
「彼がピンチなの?」
「……状況が悪いようですが、具体には何とも」
濁したような表現ですが、これは事実です。
私が受け取ったのは、ティボーの着けているチョーカーのトゲトゲから読み取れる座標位置です。
「なんだか、ティボーの座標位置が激しく動いている感じなんですよね……」
「え? アシュリーあなた……」
「なんです? マナ様」
緊迫した事態に、私も真剣な顔で答えます。
「その力、悪用してないわよね?」
「…………」
『無、無、無。何も考えるな、考えるな私! 私は何も考えない植物!』
「無駄よアシュリー。もう読めちゃったから」
『ああああああああああぁぁあぁあ‼ 』
屋外で仕事している時に、ティボーは今何してるかな? と、何となく…… 何となくですよ?
ティボーの居場所をトレースしたりしていたのがマナ様にバレてしまいました。
頻度はそんなに多くないですよ。
ほんの…… 日に1、2回程度で……
「嘘おっしゃい。休憩のたびに覗いてるから、日に10回以上は覗いてるくせに」
「ああああああああああぁぁあぁあ‼」
頭を抱えてその場にしゃがみこんで奇声を発しながら悶える私に、
「ティボーがピンチなのかアシュリー⁉」
アルベルト閣下は、臣下のティボーの安否が気になるのか、私の奇行を完全スルーして尋ねてきます。
はいはい。
私がダンゴムシになってるのなんて、大事な大事なティボーの安否に比べれば、アルベルト閣下にとっては些末な事ですよね。
「そう考えるのが自然だと思います」
とは言え、緊迫した状況であることは確か。
「行きなさいアシュリー」
「……マナ様?」
「後は、私たちだけでも何とかなります」
「けど、万が一があっては……」
「大丈夫よ。だって……」
そう言って、グイッとマナ様はアルベルト閣下の腕を取って、何事か耳元でささやいた。
「いざとなったらアルベルトが護ってくれますから」
あら、お熱いお二人ですね。
「そ、そうだぞ。マナのことは俺が護ってみせる。こういう場面があった方が、白馬のお、王子様っぽいだろう?」
ちょっと無理してますね、アルベルト閣下。
でも……
マナ様みたいに心が読めなくても、お2人の真意は私にも解ります。
「そうですね。やっぱり2人っきりのお時間もあった方が良いですよね。お邪魔虫は小一時間ほど席を外しております」
「「 アシュリー ‼ 」」
なんです? 小一時間じゃなくて小三時間くらい居ない方が良いですか?
「すいません、ちょっと茶化したくなっちゃいました。ありがとうございます、それでは行かせてもらいます」
そう言って、私はトゲトゲをアルベルト閣下に渡した。
「頼んだぞアシュリー」
「アシュリーも気を付けて」
「はい」
そう言って、私は迷いなく、王城へ向けて疾走した。




