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第40話 スパイとしての矜持

「ぐはぁ……はぁ……」


 フェルナンドは、息も絶え絶えといった様子でマナ第1王女の部屋から出てきた。


「完全に油断していましたね…… まさか、あの忌まわしきトゲトゲが、この大事なタイミングで出てくるとは」


 完全に不意打ちだったため、心の防御魔法が間に合わず、フェルナンドはあのトゲトゲの発する殺意に当てられてしまった。


「さて、どうしたものか…… マナ第1王女の方は今から追いかけても間に合いませんね。アルファとシグマに任せるしかありませんが…… トゲトゲ聖女がマナ第1王女についていると考えたら、奴らも役には立たないでしょうね」


 殺意を持つものほど、あのトゲトゲはより凶暴なオーラを放つ。


 きっと、追跡すらままならず倒れ込んでいるのがオチだろう。


「となると、私は本国から切り捨てられますね……」


 冷静な判断で、自分を評すと笑えてくる……

 全て上手くいっていると思ったのに、たった一手のミスで……


 不確定要素だが、王都から遠ざかっているのなら、それで良いと手を緩めたのが間違いだった。


 帝国のスパイとしての教育が叩きこまれているフェルナンドには、この後に、自分がすべきことは解っていた。


 速やかな自害


「しかし、折角なら帝国のために少しでもアルバート王国の力を削いでおきたいですね」


 それならば、あの禁術で……


 そこまで考えたところで、フェルナンドはあることに気付いた。


 先ほどまでは、トゲトゲの殺気をモロに受けた後の幻痛かと思っていたが、それが移動していることに気付いたのだ。


 思い切って、フェルナンドは心の防御魔法を一瞬だけ解除する。


「ぐ……‼」


 凄まじい悪心が襲った。しかし、おかげで掴めた。

 間違いない…… あの忌まわしいトゲトゲの気配が移動している。


「どうせなら、帝国への脅威を取り除きながら盛大に逝きましょうか」


 私怨を交えながら、フェルナンドは、それでも長年の宿敵を討てることに前向きな気持ちになって、トゲトゲの気配の向かう先へ向かった。




◇◇◇◆◇◇◇




 暗い…… 暗い……


何も見えない……


 隠し通路にまさか有毒なガスが溜まっているなんて……


 かろうじて意識がぼんやりあるけれど、身体がピクリとも動かせない……


 ドブの水に横たわっているので、酷い悪臭と同時にドンドンと体温が奪われていく


(ゴポポッ……ポ……)


 先を進んでいたお父様が昏倒したと思わしき場所から、わずかに残った息が声にならない声として水泡を作っていたが、それも直に聞こえなくなってしまった……


 こんな暗い闇のドブの水に塗れながら私は死ぬの……


 助けてフェルナンド……


私を守るって言ったじゃない……




(ガチャリッ!)



 暗闇に、ほの暗いけれども確かに光が差した……


 助けが……


「む…… 何やらガスが発生していますね」


 ああ……


行かないで……


助け……て……


「そうだ、これを振るえば…… やはり!」


 ブンッ! ブンッ! と、何かが空を切る音が何回か聞こえる。


「アシュリーのトゲトゲはやはり凄いですね。大気中の毒ガスにも有効とは。王国に仇なすものと認識されれば何でもありですね」


 誰……


「む! 倒れている人が2人…… 平民の服を着ていますが、アルバート7世とポーラ第2王女ですか」


 助けて……


「正直、貴方たちに対しての感情は複雑なんですがね…… ドラン領を長年蔑ろにして、挙げ句、自身の姫君を厄介払いのようにこちらへ寄越したり」


 そん…… な……


「しかし、一番貴方たちを恨んでいてもおかしくないマナ様とアシュリーが貴方たちを救い出すことに率先して進言したのです。2人に感謝してください」


 そう言うと、身体が宙に浮いて光の方へ向かう……


 ああ…… 助かる…… 助かるんだ……


 そう安堵すると同時に、ポーラ第2王女は意識を失った。




◇◇◇◆◇◇◇




(ガッチャン)


「ふぅ……」


 隠し通路の扉を閉じて、ティボーは地下からの階段を上り、地上階フロアの物置のようなスペースに2人を運び上げた。


 ポーラ第2王女は命に別状は無さそうだが、アルバート7世については手遅れのようであった。


「救出は終わりましたが、この後はどうしましょうか…… もうちょっと目立つところに2人を運んで……」


「うぐ……」


 うめき声がした方向に、ティボーは反射的にトゲトゲの槍を向ける。


「ああ…… 衛兵の者か? お勤めご苦労」


 ティボーの目の前には、王城の要職に就く貴族といった装いの男が立っていた。


(緊急時の混乱状態もあってか、私をただの城の守備兵と勘違いしている? これは好都合ですね)


 ティボーはトゲトゲの槍を下ろす。


「非常時につき所属報告と敬礼は省略に願います。先ほど、倒れている王と第2王女を発見、救助いたしました。指示を!」


 ティボーは正体がバレないように、名乗りや敬礼等のボロが出そうな所作をもっともな理由で省略して、相手へ会話のボールを投げ返した。


 報告内容の重大性からして、細事については咎められないであろうとの目論見がティボーにはあった。


 しかし、


「…………」


 貴族の男は、横たわっている2人を見てしばらくフリーズして、言葉を一言も発せず絶句していた。


(もしかして真偽を疑っている? 王と第2王女の装いが逃亡のためなのか庶民の平服ですからね。しかし、王城の高級官吏ですから、王や第2王女の顔を知らないとは思えないのですが……)


 なんとも言えぬ沈黙の時間が流れたかと思うと、上級貴族の男がようやく口を開いた。


「た…… 確かに、アルバート7世とポーラ第2王女だな」


 引き攣った顔で、上級貴族はかすれた声で返答した。

 見ると、滴るほどの汗が額に浮かんでいて、呼吸も荒い。


(声が上ずってしまうのは、如何に王城の王城勤めの上級貴族でも動揺するのはおかしくはない場面ではある…… か?)


ティボーは目の前の男に若干の違和感を覚えるも、王都が燃えていて、更に王城内で王と第2王女が倒れているという緊急事態を前に、平静でいる方がむしろ不自然かと思い直した。


「この場は私が引き継ぐ。お前は下がって良し」


「はっ!」


 他の者に王と第2王女の身を委ねて立ち去るのは、ティボーにとっても好都合な物であった。


 これにて任務完了。ティボーとしても、マナの要望に沿って、やれるだけの事はやったと言えるだろう。

 今のティボーは単身で王城に潜入している状態だ。正体がバレては、この情勢下だ。とても穏やかには済まない。


(後は、目の前にいる上級貴族の指示通りに何食わぬ顔で退室して、そのまま王城を出てアシュリーや御当主様たちと合流すれば……)


 理屈からも、危険な敵地から早く退避したいという本能からも、ここを離れるという一択しかないはずの場面だ。


 なのに、ティボーはなぜか、その場を動く気になれなかった。



(何かが引っかかる……)



 変なことが気になって、長考に沈んでしまうのは自分の悪い癖だと、ティボーも自覚している。

 先日アシュリーにも、


「どうでもいいことにだけ気付きすぎです。もっと肝心なところに気付いてください」と言われた。


(なら、アシュリーの言う通り、この違和感も肝心な部分ではないのか?)


 そう思ったティボーは、考えるのを止めて退室するために部屋の出口である扉へ歩き出す。


 上級貴族にしては随分と出来た人なのか、衛兵と思っている自分に対してわざわざ部屋の端によけて、扉までの道筋を開けてくれている。


 ティボーは、そのまま扉から出ようとして……


 立ち止まった。


「ど……どうしたのだ? 早く」


「随分苦しそうなご様子ですが、大丈夫ですか?」


 ゆっくりと顔を向けて、ティボーは汗をかいた高級貴族の男に尋ねた。


「大丈夫だ…… 大丈夫だから早く……」


「お二人を運ぶのは手間でしょうから、私もお手伝いを……」


「いから早く出ていけ!」


「…………」


 ただの衛兵が、上級貴族に言葉を荒げられて命令されたら、そそくさと指示通りに退散するのが正しい選択であり、自然だ。


 自然だが、


 ティボーは歩を進めた。ただし元来た道を戻るという意味で。


「お……!」


 「おい!」と上級貴族の男は言いたかったのだろう。


 だが、ティボーが槍の先である穂先を男へ向けると、男は胸を押さえてその場にうずくまった。



「どうやら、あなたに託すのは止めた方が良いようですね」



 ティボーに渡す際にアシュリーがトゲトゲに込めた殺意の対象は、ティボーと王国に仇なすもの。


 この男がトゲトゲを向けただけで苦しんだという事は、そういう事だろう。


 そう言って、ティボーはポーラ第2王女を抱き上げた。

 2人を抱えて行くのは無理なので、救命確率の高そうなポーラ第2王女だけだ。


「まったく……気付かないふりをしていれば、こんなピンチに巻き込まれなくて済んだのに。帰ったら、アシュリーに叱られてしまいますね」


 ティボーはそうボヤキながら、王城の外へ向かって歩き出した。


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