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第37話 マナ第1王女

 久しぶりの王都。


 半年以上の期間が開けば、王都のような都会ではお店なんかも結構変わっていたりします。


 が、今はのんびりと久しぶりの王都散策をしているヒマや余裕なんて一切ありません。


 それは、私が暗殺されかかったお尋ね者だからではありません。

 先ほどまでは、私もその点を心配していましたが、今はそんな心配は杞憂でしかありません。


 なにせ、王都の至る所から黒煙が上がっていて、夜中ですが多くの人が逃げまどっていて、周りの誰も余裕なんてないからです。


「何が原因でこんなことに? これは反乱なのだろうか?」


「アシュリー、何かわかりますか? 前より反王家の機運が高まっているとか?」


「わかりません。ただ…… 何だか戸惑っている人が多いような印象ですね」


 私たちは外套を被って王都のメインストリートをひた走っていますが、


 これが大規模な反乱やデモが発生しているのであれば、もっと町が殺気だっていたり快哉が上がっていたりしそうなものですが、町の人たちは右往左往するばかりで、中には天を仰いで祈りを奉げているなんて人もいます。


「となると、内乱やクーデターの類ではないと?」


「それは直ぐには判断しかねますね。しかし御当主様、それを今分析するのは詮無きことです」


「そうですよアルベルト閣下。閣下の目的は一つでしょう」


「そ、そうだな」


 つい為政者の性分のせいかアルベルト閣下は気になるようだが、この状況はむしろ今の私たちにとっては好都合です。


「私が先導します。2人ともついてきてください」


 そう言って、外套をひるがえして先を急ぐよう2人を促す。


 と、ちょうど視線の先に私の家があった方角が見えた。

 王都の郊外だったから、今の所火の手は上がっていないように見えた。


 一瞬、もう一度この目で我が家を見たいという衝動に駆られた。

 もう、私の家ではなくなってしまったけれど、自分が生まれ育った家を、もう一度目に焼き付けたい。


 けど、そんな余裕は今は一切無い。


 第1王女様をさらった後なんて一目散に逃げなくてはならないだろうから、もっとそんな余裕は無いだろう。


 名残惜しいけど、仕方がないですよね……


「アシュリーどうしました?」


「いえ、何も…… 急ぎましょう」


 私は、自分の生家の方角へ背を向けて王城へ向けて速足で歩き出した。




◇◇◇◆◇◇◇




「なんなんだろう…… 何かがおかしい」


 第1王女のマナは、自分の部屋の中で独り言ちた。


 こんな非常時にも関わらず、相変わらず独りのままだ。


 精神を集中させて城下の人たちの心を読む。


 成長するにつれて強くなるばかりのこの能力だが、この時ばかりは役に立った。



『なんなんだこの騒ぎは』


『王城の城門前でデモしてる奴ら見たことない奴らだな』


『いくら最近災害やトラブル続きだからって文句言っても仕方がないだろ』


 まずは、デモをしている人たちを遠巻きに見ている人たちの心の声が届く。


 この心の声を聞いて、マナ第1王女は少しだけ安堵する。


 となると、彼らはなんなのだろう?と、マナがデモをしている人たちに意識を向けると、


『はぁ~、かったりぃ。非番なのに動員たるいわ~』


『今回は日当出るからまだマシだけどよ~』


『ええと、次は私がソロで怒鳴る番よね。セリフはっと……』



「何これ……」


 マナは届いた心の声に、思わず訝しんだ。

 王城の城門前でデモをしているのは、何やら動員がかかって集められた人たちのようだ。


 何のために集められたの?

 じゃあ、各所から上がっている火の手は誰が……?


 更に他の心の声を拾おうと、マナが神経を集中させると……


『…………けて…………た…………』


「…………?」



 微かに声が聞こえた気がしたが、弱弱しくて上手く聞き取れなかった。


 けど、聞き覚えのある声だ。

 どこか遮蔽物の多い所にでもいるのか、届きにくい。


 なぜか気になったマナは、声のした方へ意識を向ける。


「王城の地下から?」


 と、そこまで追えたところで、マナはあることに気付いた。


 が、


「やぁ、マナ第1王女」


「う……」


 フェルナンドがマナの部屋にノックもせずに入って来たことで、マナは中断を余儀なくされた。


 妹の婚約者であるこの男が、心も読めない得体のしれないこの男を、マナはずっと不気味に思っていたため、その姿を見とがめて思わず不快な声を上げてしまった。


「ああ、すまないね。先ほどまで臭い地下にいてね。この緊急時だから、ご容赦いただきたい。何分、忙しくてね」


 マナの不快気な顔を、自身の服に沁みついてしまった悪臭故と勘違いしたフェルナンドはにこやかに、しかしトゲのある言葉を残す。


「あなたはポーラに付いていてあげなさい」


「ああ、それなら大丈夫だよ。ポーラは一足先に国王陛下と旅立たれた。次は君の番だ」


「そう……けど私はここを動く気はないわ」


 そう言いながら、マナはサイドテーブルに置かれた紙を折る。


「王族の皆様には念のため避難していただく。これは決定事項ですよ」


「もし万が一、王城が陥落することになったら責任をとる王族が必要でしょう? その時に」


 窓のわずかに開く隙間から、紙飛行機を飛ばす。


 お世辞にも上手な折り方ではなかった紙飛行機は、風を受けることなくキリモミ回転しながら地面に墜ちていく。


「王族が全員逃げてしまっていましたじゃ、格好がつかないでしょう?」


「……御立派なお覚悟ですね」


「こういう時くらいは役に立たないとね。最も、そんな事にはならないでしょうけど」


「臣下を信頼しておいでなのですね」


「ふふっ、違うわ」


 クスッと笑ったマナに、フェルナンドは怪訝そうな顔を向けた。


「貴方が動員をかけた帝国の職員さん、休日出勤でやる気はないみたいですからね」


「…………」


 表情が消えたフェルナンドは、能面のような感情が滑り落ちたかのような冷たい目をマナに向ける。


「沈黙という事は認めるのかしら?」


「やはり、君相手では隠しきれないな」


「あら、認めるのね。鎌をかけただけなのだけれど」


「……これは一本取られたね」


 腰に手を当てて立ちつくしながら、フェルナンドは、しばし床を見つめた。


「あなたが首謀者だったのね」


「……それは、今の騒ぎについての、という意味かな?」


 フェルナンドは顔を上げると、取り繕うのを止めたのか、口角を上げて冷笑を浮かべる。


「いいえ、もっと前からでしょ。あなたが帝国で生まれて、アルバート王国のモルコフ家の乳母と結託してすりかえられた時から」


「……本当に、その能力は厄介だな」


「工作員のことを指摘した時に、わずかに揺らいだ貴方の心の防御隔壁魔法をようやく突破出来たわ」


「……他人の心を盗み見るとは感心しないな」


「日頃から心を読ませないようにしている奴を信頼できるわけもないわ。ボーラにはそれとなく伝えてたんだけど、残念ながら声は届かなかった」


「その妹君が、今どうなっているか知りたいかい?」


「…………別に」


「随分と薄情な人だね。まぁ、今の僕は機嫌が良いから教えてあげよう。君の妹君と父上は、今頃ドブの水をすすりながら、こと切れていることだろうよ」


 フェルナンドはマナを動揺させようと、わざと悪辣な言葉を投げつけた。


「うるさい‼ 弁明なら後で直接聞く‼」


 マナは、ゆっくりと、しかし妙に迫力のある声で答えた。


「ほう…… 僕を捕らえて尋問でもする気なのかな? 思ったより気が強いじゃないか。これでも取り乱したりしないなんて。もしポーラだったなら、今頃、その長い髪を振り乱してヒステリックに叫んでいた事だろう」


「……愛してるって言ってたわよね?」


 マナの問いかけにフェルナンドはキョトンとした顔をしたかと思うと、すぐに顔を歪めながら大笑いした。


「アハハッ‼ 恋も愛も知らずに、ただ政治の駒でしかない婚姻関係しか結べない貴族の……ましてや自身は王族の世界において、ずいぶん可愛らしい思想を姫様はお持ちなのですね」


「うるさい‼ これは、あなたの口から直接聞きたいわ」


「笑わせてもらったお礼に教えてさしあげましょう。え~と、ポーラについてですか? 可愛い人でしたよ。自分がスペアでしかないことを最後まで認められなかった、哀れで可愛い人でした」


「やはり、あなたはどんな手段を使ってでも遠ざけておくべき人間ってことなのね……」


「そろそろ、刻限が迫ってきました。この王城において、あなたは私にとって2大障害の一つでしたからね。今日、それが取り除かれるかと思うと、至福の瞬間です」


 フェルナンドの問答をそろそろ打ち切るという雰囲気を感じ取ったマナは、いつの間にか自分が部屋の隅にジリジリと追いやられていることに気付いた。


「厄介なのはトゲトゲね」


「ええ、そうですよ。あのトゲトゲには本当に参りました。心の防御魔法が無ければ、とっくの昔に私は発狂して、あのトゲトゲの餌食になっていたでしょう」


 感慨深げに過去を思い返すフェルナンドの記憶がマナにも読めた。

 物心がついた頃から帝国のスパイとして帝国の教育をこっそりと施され、王国では何食わぬ顔で貴族としてふるまう二重生活。


 ただでさえ至難の面従腹背生活に、さらにプレッシャーを与えてくる王城のトゲトゲ。

 少年であったフェルナンドは、心の防壁魔法を会得するまで、その多大なストレスに晒されていたのだ。


「なるほど。アルバート王国が有史以来、間者やクーデターの類に無縁であったのもうなづけます。あのトゲトゲは王国を護ってくれていたのですね」


 徐々にマナとフェルナンドの距離が詰められて、マナの背中はとうとう柱についてしまった。


「さらにトゲトゲが強化される案があると聞いて私は発狂するのをこらえるのに必死でした。何度、あのトゲトゲ聖女を殺してやろうと思ったかしれない」


「それが一番楽な抜本的解決方法なのに、トゲトゲ聖女を殺めなかったってことは、出来なかったってことね。あなたの手にも余る女だったってことね」


 クスクスッとマナは小馬鹿にしたような笑い声を上げた。


 もう少し……もう少しだけ引き延ばす。

 マナは心の中でそう呟いた。


「過去の話だ。あれは王城をクビにして暗殺者をけしかけた」


「そう。じゃあ、それがあなたの敗着の原因でしょうね」


「……なに?」


「あなたはトゲトゲ聖女が怖かったんでしょう? だから、一番確実な自分の手で殺めることをせずに他人任せにした」


「……おしゃべりは終わりだ。妹が待っているぞ。向こうで仲良くまた姉妹喧嘩でもするんだな」


 そう言って、フェルナンドは魔法ロッドを構えた。



(ガシャーン‼)



マナが窓ガラスに拳を叩きつけて割った。

 窓の外に窓ガラスの破片が散らばり落ちる。


 しかし、装飾の施された格子がはめられた窓は、ほんの少しの範囲しか割れず、とても人が脱出できるようなほどのスペースは確保できていない。


 それに、ここは王城の最上階に近い王族の居住スペースなので、飛び降りて逃げるというのも現実的ではない。


 この喧騒では、窓ガラスが割れただけでは、すぐに城内の者が駆けつけるということもない。


「無駄なあがきだな。この部屋は認識疎外の魔法がかかっているから、従者は来ないぞ」


「いいえ、貴方が下らない私のおしゃべりに付き合ってくれたから間に合ったわ。ありがとう」


「へらず口を!」


 フェルナンドが練りあがった火球をマナへ向けて放つと……




(ズズズンッ‼)




 轟音と共に、突然フェルナンドの視界の目の前に黒い柱が何本か下から突如せり上がってきて、マナの姿を隠した。


 放った火球もその黒い壁に弾かれて霧消してしまう。


「ぐっ……」


 フェルナンドの声は苦悶に満ちていた。


 マナへの火球を弾かれたから故ではない。


 目の前の黒い柱たちに、フェルナンドはしばらく忘れていた、あの強烈なプレッシャーを感じていたからであった。


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