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第36話 王都炎上

 時は遡って、アルバート城


 王城は…… 否、王都はまるで蜂の巣をつついたよりも酷い状況であった。


 突然、王都の各所で火が上がった際には、単なる失火や、最近立て続けに起きている天災やトラブルの一種であろうと考えられた。


 しかし、突如武装した民兵と思しき者たちが、王城の城門を破ろうと押し寄せていることで、王城側の緊迫度は一挙に増した。


「何だあれは⁉ 何が起こっているのだ‼」


 うろたえた王城の主であるアルバート7世は、臣下に対して余裕のない声色でがなるように問いかけた。


「王都から複数の火の手。出火の原因は、現在のところ不明」


「王都では商家が襲われ略奪が発生している模様」


「民兵たちは、剣や槍などの武器で武装」


「民兵たちは、これまでの天変地異は王家に責がありと、王城の門前で大声で唱和している模様」


「王都外の他領へつながる道も封鎖されているとの情報あり。現在確認中」


 色々な情報が、多方面から、確度もマチマチで、バラバラに届けられる。


 本来、こういう非常時にこそ情報は冷静に精査し、情報確度の高い物を取捨選択するという事が必要だが、王城のすぐ目の前に武装した民兵が来ているという、のっぴきならない状況である。


 一先ず上へ判断を仰いでもらおうと、情報はその確度も検証されぬまま、最高意志決定者のもとまで渡ってしまう。


「民衆の謀反が起こったか……」


 各所から入って来た情報、王城から見える範囲で起こっている事


 これらから、アルバート7世は、これは民衆の武力蜂起、それもかなり大きな内乱であると結論付けた。


「左様かと」


 臣下も、アルバート7世の出した結論に異を唱えることはしなかった。


 状況証拠からして、そう結論付けるのが最も妥当であると臣下も考えていたからだ。


「意見具申よろしいでしょうか? 陛下」


「申してみよ。フェルナンド」


「は!」


 ポーラ第2王女の婚約者で、災害等でトラブル続きの王都にて、ポーラ第2王女を補佐して国難に立ち向かっているフェルナンドは、最近とみに王城内での発言力を高めていた。


「申し上げます。最悪の場合、武力を以って鎮圧をすべきかと」


「そうは申すが、いきなり民に白刃を向けるというのは……」


 民を守るための武力を、民へ向けるという事には、やはり抵抗があるというアルバート7世に対し、


「陛下。失礼ながら、事態は前例のないスピードで、かなり悪いレベルまで来ているかと思われます。このまま、手をこまねいていますと、王都全てが燃えることとなりましょう。そうしては、取り返しのつかぬこととなります」


 フェルナンドは強い言葉でアルバート7世を諭す。


「ううむ……」


「事態は、王族の皆様が王城を脱出して一時避難をしていただく必要もあると考えます」


「それ程に事態はひっ迫しているか……⁉」


「あくまで念のための避難でございます。民の反乱も、災害や事故が重なったことによる、いわば不運が重なったが故のこと。時が経てば落ち着きましょうが、それはいつになるのか…… それこそ神のみぞ知ること。故に、初動の今に徹底して、反乱の芽を叩くことが必要なのです」


 『念のために』、『早急に』というのは、積極的でプラスの印象を与える言葉だ。


 そして、自身の身の安全をより確実なものにするために備えるというのは、立場のある者として、周りから後押しされるならばむしろ積極的に選びたい選択肢である。


「陛下…… いえ、お父様。ここは、フェルナンドの言う通りに、私たちは避難しおくべきではないでしょうか?」


 ポーラ第2王女も、婚約者であるフェルナンドの意見を支持し、後押しする。


「わかった。王族は万が一のことを考え王城より避難する。武装蜂起した民兵には、現場の判断で適切な武力の行使を許可する」


「はっ!」


 少々、保身に走ったような内容の命令をアルバート7世がくだすと、フェルナンド以下、臣下たちは慌ただしく動き始めた。


「フェルナンド……」


 ポーラ第2王女が不安そうな顔で、婚約者の顔を見つめながら手を握る。


「心配しないでポーラ。君は僕が守る」


「ありがとう、フェルナンド」


「すぐにこの事態は治まるさ。僕に任せてくれ。避難時の警護には暗部の者をつけるし、僕も避難先まで同行するからさ」


「え……ええ」


「避難の準備が整ったら連絡するよ。それまで良い子で待っててくれ」


 このような非常事態にもかかわらず、普段通りの余裕と自信に満ちたフェルナンドの顔を見て、ポーラ第2王女は少し安心して、この人を婚約者として選んだ自分の選択は間違っていなかったのだと、思いを新たにした。




◇◇◇◆◇◇◇




「こちらです。急ぐ必要はありません。ゆっくりと」


 フェルナンドが先導する形で、ポーラ第2王女とアルバート7世は王城の隠し地下通路の入口へ辿り着いた。

 地下通路の入り口は、壁にある隠しダイヤル仕掛けの番号を入れることで開く。

 ダイヤルの番号は王族しか知らない。


「護衛も無しとは不安だな……」


「王族以外に誰にも知られぬためです。ご安心を陛下」


「して、なぜマナは一緒ではないのだ?」


「万々が一のことを考えて、分散させての避難となりますので、マナ第1王女は後から参ります」


「そうか……よし、では参ろうか。う……それにしても酷い臭いだな……」


 隠し通路は、普段はその扉が閉じられていて整備も何もされていないため空気が酷く淀んでいるためか、扉が閉まっている状態でも、悪臭が漂っている。


「しばしの辛抱です。さぁ早く」


 早く避難するようフェルナンドが促すと、ポーラ第2王女が足を止めて、フェルナンドの上着の裾を掴む。


「どうしたんだいポーラ?」


 安心感を与えるために、フェルナンドはニッコリと優しく微笑みながら、愛する婚約者の顔を見つめる。


「なんだか、とても悲しい気持ちになって……」


「悲しい?」


「こんなことになって…… 私…… 頑張って来たのに…… 命を削るような思いで政務に励んできたのに……」


 不安と後悔と無力感から、ポーラ第2王女は目から涙が溢れてしまう。克己心の強い彼女には珍しい事であった。


「君が必死に頑張って来たのは僕が一番よく知っているよ」


「けど、その結果がこんなのなんてあんまりだわ! 私はあんなに頑張ったのに、今の私はこんなドブのような道を通って逃げ出すだなんて……」


 ポーラ第2王女は、今までの緊急事態による興奮状態からある程度解放される目途が立ったことで、かえって自分を客観視する余裕が生まれたために、酷く惨めな気持ちになり気分が激しく落ち込んでしまったようだ。


「ポーラ。君は悪くないさ」


「フェルナンド、あなたも一緒に……」


「それは出来ないんだ。王族だけが知る道を僕が知ってしまう訳にはいかない。私はしばし、廊下へ出ていますので、その間に扉を開けて避難してください。扉は後でこちらで閉めておきます。決してダイヤルの開錠の番号は見ずに、適当な番号に切り替えておきます」


「しばし王城を頼むぞ、フェルナンドよ」


「は!陛下」


「フェルナンド、愛しているわ」


「ああ、僕もさ。愛している。また後で」


 フェルナンドとポーラ第2王女は固く抱きしめ合った後に名残惜しそうに、その身を離す。


 そして、先の言葉通りフェルナンドは一度隠し通路のある部屋から出ていったので、それを見て、アルバート7世がダイヤルの番号を合わせ扉を開けた。


 隠し扉を開けると、より一層激しい臭気が漂い、2人はウッ! と顔を顰めたが、意を決して隠し通路へ入っていった。


 しばらく時間が経ち、フェルナンドが隠し通路のある部屋に入ると、先の約束通り、開錠するナンバーダイヤル仕掛けの番号は見ないようにしながら扉を閉め、適当な番号にダイヤル番号を回した。


「君は悪くないよポーラ」


 フェルナンドはフッと口元を緩めて笑った。


「君はただ、間抜けだっただけさ」


 そうフェルナンドが独り言ちると、後ろから気配がした。


 フェルナンドが振り返ると、そこには黒ずくめの服装に、目元だけが開いたフルフェイスマスクを被った、怪しげな2人が立っていた。


「ミズ シグマ、ミスター アルファか」


「「 は‼ ご報告に上がりました」」


「事は済んだということだな」


「は! この国の暗部構成員は先ほど全て始末いたしました!」


 ミズ シグマと呼ばれている小柄な体躯の女性が代表して報告をする。


「奴らの手応えはどうだった?」


「奴らはこの期に及んでも、暗部の詰所に認識疎外の魔道具が設置されていることに気付かず、非常事態にもかかわらず詰所でのんびりしているところを爆薬を放り込んで一網打尽にいたしましたので手応えなんて何もありませんでした」


「ハハハッ! それは愉快だな。この事は歴史書にしっかり記しておかねばな。奴らの間抜けな最後を後世に語り継がねば」


「フェルナンド様。この後も予定通りに?」


「ああ。計画通りに進める。お前たちも首尾通りに進めよ。行って良し」


「「 ハッ‼ 帝国に栄光あれ‼」


「帝国に栄光あれ」


 右手を上げて敬礼を交わすと、フェルナンドの前から2人の影は闇に溶けて消えた。


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