第35話 乙女の夢
女の子には夢がある。
いつか白馬に乗った王子様が私を迎えに来るって。
トゲトゲ職人なんて地味な仕事をしてた私ですけど、子供の頃は人並みに女の子してましたし、その手の絵本を読んだりしてキュンキュンしたのを思い出します。
既に少女とは言えない歳になってしまいましたが、それでも子供の頃の好きだったものは、変わらず好きのままなんです。
「何が言いたいかというと、敵対している家の王子様が、不遇な扱いを受けている王女様を救い出すのって、私の大好物っていうわけです」
「俺は王子様じゃないけどな」
「細かいことはいいんですよ」
仏頂面で歩くアルベルト閣下に、私はとうとうと持論を語る。
「アシュリー、お前は自分の好きなおとぎ話をしたいがために、俺を連れ出したのか?」
「ちがいますよー」
「なら、なんで引き受けるための条件に、俺も王城まで一緒に来ることなんて条件を付けたんだ」
「えー? だって、女の子は白馬の王子様が来るのを待ち望んでるのに、代理の者が来ましたじゃ、マナ第1王女もがっかりですよ」
「うむぅ……」
「御当主様。アシュリーは、ただ単に間近でラブロマンスを見たいだけだと思います」
「ティボー! し~っ!」
草木を鎌形のトゲトゲで啓開しながら前を進んでいたティボーが、アルベルト閣下にご注進してくるのを、私は慌てて遮ろうとする。
今の私たちがいるのは、ゼネバルの森のど真ん中。
私とティボー、そしてアルベルト閣下の3人で王都へ一直線に繋がる道を切り開きながら進んでいるところだ。
そう、なんとアルベルト閣下も一緒なのです。
「はい、そろそろ交代の時間ですよティボー。アルベルト閣下に鎌を渡してください」
「アシュリー、お願いですから御当主様は免除という訳には……」
「駄目ですよティボー。これからお姫様を助けに行く王子様が楽をしちゃ」
「いや、だから俺は王子様じゃ……」
「これはアルベルト閣下の名誉の問題です。これから王城へお姫様を奪いにいく訳ですよね? ならば道中も頑張らないとですよ。ここ、ゆくゆく伝記になった時に重要ですよ。道中は体力温存のために、部下の後ろをついて歩いていきました。これじゃカッコよくないです!」
「なるほど…… 一理ありますね」
「ティボー⁉」
「御当主様。ここは一世一代の晴れ舞台ですので、頑張ってみましょう」
御当主様の名誉に関わると言ったのが効いたのか、珍しくティボーが私の軍門に下りましたよ。
これで2対1
アルベルト閣下も観念したのか、満足気な顔の私を恨めしそうに見ながら、鎌を受け取り先陣を切っていきました。
うんうん、それでこそ主人公ですよ。
私の解釈とバッチリ一致です。
◇◇◇◆◇◇◇
「あわわわわ!」
「エレナさん。気を確かに持って!」
ドランの辺境伯領主邸では、メイド長のエレナが大パニックで、それを御用商人のゲラントが必死になだめていた。
「これが慌てずにいられますか⁉ ゲラントさん! 御当主様とお兄様とアシュリーまでが書置き一つで領を空けるってどういう事なんですか⁉」
「どういう訳なのかは皆目見当がつきませんな。書置きにはその辺りの事情の記載はなく、とにかく1週間ほど領を空けるから頼むとしか……」
「何のために、どこへ行くのか何も書いてません‼ お兄様は家宝の盾を勝手に持ち出しているし!」
エレナはその場で地団駄を力いっぱい踏む。
「それよりも、今をどうするかが問題です。正直、仕事や残課題が山積みですな」
ゲラントはアルベルト辺境伯の執務机を指さす。
机上は、すでに決裁の書類が溢れかえりつつあった。
「うぐ……」
「我らで何とかするしかありませんな。1週間後には帰ってくるという言葉を信じて、やれるだけのことはやっておきましょう」
「あの3人、帰ってきたら覚えてなさいよ~‼」
執務室に、エレナの悲痛な叫び声が響き渡った。
◇◇◇◆◇◇◇
さて、道中は割と順調でスライムを含めて、魔物に襲われることなく、王都まであと少しという所まで来ました。
最近、スライムの数も減ってきたのか、森の中ほどでも遭遇しませんね。
スライムたちって、放っておいてもトゲトゲに引き寄せられて、自滅しちゃうんですよね。
私とドランの大切な収入源ですが、魔石を拾いに行くのは正直かなりかったるいです。
「やっと着いたか」
「御当主様。これでも一直線に進んだので、通常ルートの何倍も速いんですよ」
「肩と腕が筋肉痛で痛い……」
「今の閣下の情けない発言は、伝記には載せられませんね」
前回、ドランとメギアの間の交易路を啓開しながら進んだ私とティボーがサポートをしつつ、なんとか3人で辿り着けました。
しかし、今回は着いてからが本番です。
疲れ切った状態で王都に突撃するのは得策ではないという事で、今日は早めに休める所を見つけて、休んでいるところです。
「そう言えば、マナ第1王女ってどんな人なんですか?」
「どうと言われてもな……」
ティボーが早めの夕飯の準備をしている間、手持ち無沙汰に焚火を眺めていたアルベルト閣下に私は、話を振りました。
アルベルト閣下は恥ずかしそうに私の話をはぐらかします。
が、逃がしませんよ。
「初めて会った時、どう思いました?」
「それは…… 可愛い人だなと思ったさ」
「キャーッ! はじめて会ったのは王城でだったんですか?」
疲れからか、それともしつこく聞いてくる私に根負けしたのか、アルベルト閣下は割と素直に話してくれます。
「そうだな、王城の庭園だった。正直、私は最初気乗りしなかった縁談だったのだがな。私もマナも立場上、断れないし。しかし、いざ話してみたら……」
「気が合ったんですね」
私がニヤニヤとしながら前のめりになっているのをウザったい目で見やり、アルベルト閣下は焚火の日へ視線を移す。
「そうだな。少なくとも、私はそう思った。向こうは知らないがな」
「大事に思ってるんですね、マナ第1王女のこと」
2人とも家の関係で引き合わされた所から始まったから、自分は好きなんだけど、相手はどう思ってるんだろう? 不安だな…… 自分の好意が相手の重荷になっていないだろうか…… と、相手を思いやる2人だからこそ思い悩んでるって感じですね。
いいジレジレですね。そして早く、くっつけてやりたいですね。
「私、ますますやる気が出てきました」
「お、おう。そうか」
人の恋路のためなら、暗殺者の1人や2人怖くないです。
「ティボーの作ってくれた夕飯を食べたら、侵入ルートの確認をしておきましょう」
「王城の中を知り尽くしているアシュリーが居て心強いよ」
王城を離れてまだ1年は経っていないので、大きくは王城の施設に変更は無いはず。
王族の方々の居住スペースは把握しているので、私のトゲトゲを使ったならではの最短ルートで侵入するのが一番成功確率が高いでしょう。
「侵入は明日の晩がいいでしょうね。明日は昼過ぎに王都に入って、夜半になるのを待って王城に突入するとしましょう」
「なんだか今さらながらドキドキしてきたな」
「人事を尽くしたので、後はちょっぴりの幸運に期待しましょう。そのためにも、今日はよく食べてぐっすり眠りましょう」
そう言いながら、私はある異変に気付きます。
「ん? 閣下、なんだか焦げ臭いニオイがしませんか?」
「そうだな」
「ティボーの料理の失敗…… な訳ないし」
ティボーは絶賛、野菜を細かくサイコロ上に刻んでいるところで、火は使っていません。
今日は時間があるから、久しぶりに凝った料理が作れると、気合が入っているのです。
「あっちに黒煙が見えるな」
「あれって王都のある方角じゃ……」
まだ日没前のため、目を凝らさなくとも見えました。
黒煙はモクモクと、そして何筋も上がっています。
そして空がオレンジ色に光っています。
「…………」
「…………」
私と閣下は顔を見合わせます。
「すぐに出発だ!」
「はい! ティボーも急いで」
「え? え? どうしたのです2人共」
料理に集中していたティボー1人だけが状況を把握できずに呆けた顔をしています。
「「 王都が燃えてる!! 」」
私とアルベルト閣下の言葉に、ティボーも慌てて焚火の始末をして、設置した天幕もそのままに、最低限の荷物だけを持って駆けだした。
頭の中には、マナ第1王女の手紙の言葉がグルグルと巡っていた。




