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第34話 辺境伯の決断

 目まぐるしく発展しているドランの領主であるアルベルト辺境伯のもとには、毎日とんでもない量の書状が届く。


 今までは他所に見向きもされなかった町であったドランが、今や多くの領から注目を浴びているからだ。


 先日発表した、海への輸送路の開通についても反響は大きかった。


 観光資源としてはもちろん、海産物の収穫、それらを加工する工場

 それに伴う、海辺の町を新たに造るという都市計画。


 このドランの快進撃は、今後、数十年先まで続く。


 そう展望した大口の投資元がこぞって、ドランに大規模な投資を始めているのだ。


 それを目ざとい小口の投資元が見つけて、こちらが宣伝などしなくても、我先にと更なる投資が呼び込まれる。


 今のドランには、過剰とも言われる資金が集まってきている。


 そうすると、多くの有象無象がこちらへ、ご機嫌伺いと、どうにか利権に食い込んでいけないかと、魑魅魍魎が舞い込んでくる。


 普段は手紙の仕分けは、執事のティボーに任せているのだが、あいにく今は風邪でダウン中だ。

ティボーの妹のエレナに頼もうかとも思ったが、ドランにとっては今や最重要人物となったアシュリーも同じく風邪で寝込んでいるため、2人の看病の方を優先するよう命じたのだ。


おかげで、郵送されてきた書状の仕分けからアルベルト自らが行わなければならぬ羽目になった訳だが。


 書状の数は膨大で、仕分けをするだけで一苦労だ。一応、中を検めなければならないので、時に辟易とするような内容の物も多い。


 特に、王都側からの書状は脅しすかすような内容が多い。


 今までは、のらりくらりとかわしてきたが、それも一体いつまでもつやら……


 そんな事を考えながら書状を見ていくと、一つの書状で手が止まった。


 その便箋と封蝋は、王家の物。


 そして、発送元はアルベルトにとって大事な、婚約者の名が記されていた。




◇◇◇◆◇◇◇




「大事な話ってなんでしょうかねティボー?」


「病み上がりの私たちが、全快した途端に呼び出されたという事ですからね。御当主様からのお小言の一つや二つ受ける覚悟はしておいてください」


「アルベルト閣下が私たちを説教するというなら、お魚を何とかして届けようと奮闘した私たちの忠臣っぷりを説くまでです」


「ありがとうございますアシュリー」


 2人仲良く風邪をひいて、仲良く今日回復した私とティボーは、伝言を受けてアルベルト閣下の執務室へ向かっていた。


 回復したしょっぱなにアルベルト閣下の呼び出し。私は既に臨戦態勢です。

 ティボーはアルベルト閣下ラブなので、こういう時の反論は私が担わないと。


 数日寝て過ごして、気力体力とも十分です。

 身体の調子も戻りましたし、今晩はまた夜の町へ繰り出しましょうかね。


 美味い一杯を飲むためには、仕事をしませんと。


「入ります」


 勇み足でアルベルト閣下の執務室に入ると、アルベルト閣下が執務机で神妙な面持ちでいた。


 なんだか、最初期に会った頃のアルベルト閣下の頃の表情ですね。

 先が見えないことに苦悩しているというか。


 最近は、忙しくても充実していそうな顔をしていると、ティボーが喜んでいました。

 主人の顔色の機微に敏感すぎでしょ、まったく……


「アシュリーにティボー、病み上がりに悪いな。身体はもう万全なのか? 無理はしていないな?」


「はい」


「もったいなきお言葉です」


 予想外に、こちらの体調を慮る第一声にティボーは感激しているが、私は逆に嫌な予感もしていました。


 なんだか厄介ごとの臭いがしますよ。


「これを読んでみてくれるか」


 アルベルト閣下は、一つの立派な便箋に入った手紙をこちらへ渡してきた。


「これは、マナ第1王女からの手紙ですね」


「マナ第1王女って、たしかアルベルト閣下の婚約者ですよね? 婚約者さんとの手紙を私たちに見せるなんて、婚約者から嫌われちゃいますよ?」


 私は、ここぞとばかりに婚約者とアルベルト閣下の仲を弄ってやろうと画策しましたが、


「ああ。大丈夫だ。読んでくれ」


 深刻なアルベルト閣下のまとう重苦しい空気に、どうやらそんな感じではないようだと私は思い直した。


 なお、ティボーはとっくに御当主様であるアルベルト閣下の小さな表情の変化や雰囲気を読み取っていて、真剣な顔です。


 茶化そうとふざけてて御免なさい。ちゃんと読みます。


 そうして手紙の文面に目を通していく。王族の方の手紙ですから、さぞ畏まった時候の挨拶やらから始まるのかと思っていましたが、手紙の内容は至極シンプルな物でした。


「王城が……燃える?」


「なんとも物騒な話ですね」


 手紙には、近々、帝国がアルバート城に攻め入ることが計画されているようだという旨の内容だった。


「王女様が、アルベルト閣下をからかうための御冗談という線はないんですか?」


 さすがの楽観的な私も、声が震える。

 ただの婚約者同士の痴話喧嘩であってほしいし、今のところ王国が戦争をしているなんて話が入ってきたことは無いから、マナ第1王女の想像の内容なのではと疑いたくもあった。


「マナは、こういう冗談を言わない子だ。それに、マナには特殊な力があるからな。それによって一早く事態について掴んだとしても、不思議はない」


 神妙な顔のアルベルト閣下の顔から、いよいよ冗談や王女様の可愛い虚言という訳ではないのだという事が、私にも解ってきました。


「その特殊な力で、あの子は王族内でもツマハジキにされているようでね。だから、私なんぞに嫁がされる婚約を結ばれたわけだが……」


 アルベルト閣下が眉間にしわを寄せる。


 すでに遠縁だけれど、王家の親戚筋の血筋だからちょうど良いという事で、半ば厄介払いのような扱いでの婚約決定だったというのは、以前ティボーから聞いたことがある。


 当時はかなり、王家側から強引に事を進められたとも。


「けど、マナ第1王女はアルベルト閣下のこと信頼しているんですね」


「……そうか? 会った事も数回程度で、後は手紙のやり取りだけなんだが」


「信頼してるからこそ、マナ第1王女はアルベルト閣下に真っ先に助けを求めたんじゃないですか?」


「……ふぅむ」


 アルベルト閣下は考え込むような素振りで口元に手をやる。


 閣下がニヤケかけた口元を手で隠していたのを、私は見逃しませんでしたよ。


 これは、アルベルト閣下への良い攻撃材料が見つかりましたねと、ほくそ笑んでいたらティボーに真面目に聞けと目で制されます。目が怖いですティボー。


「それで御当主様。いかがいたしましょう?」


「うん。だが、正直今も迷っている…… お前たちに負担をかけることになる」


 ティボーが主君の命令を待つ忠犬がごとく居直るが、アルベルトはまだ迷っているようだ。


「この身は主君のための剣。御存分に振るえば良いのです」


「もったいぶらずに、とりあえず言うだけ言ってみてくださいよ閣下。無理だったら無理って言いますから」


 主君とそれに忠実な執事が、より信頼と忠誠心を高め合う展開が予想できたため、あわてて寸劇を終了させるよう、横やりを入れて阻止です。お邪魔虫作戦発動です。


「ああ。特にアシュリーには本当に悪いと思うんだが、王都へ行って欲しいんだ」


 私はそもそも命を狙われて王都を追われた身だから、あまり王都に近づきたくない。


 メギアと王都の間の交易路の開拓工事の委託についても、その点がかなりネックになっているのだ。


 それを当然、アルベルト閣下もご存知でしょうに、それでもなお私に行ってくれというのは……


「王都へ行って何をするんですか? 情報収集……とかじゃないですよね?」


「ああ」


「じゃあ何をするんです? 勿体ぶらないでくださいよ」


「御当主様、私はあなた様の剣「はいはい。ティボーの忠義心の高まりがさっきから天井知らずで、そろそろウザったいので早く言っちゃってください閣下」


 さっきからティボーは剣剣うるさいですね。

 今度、私がトゲトゲで剣を作ってあげるから我慢しなさい。


「ああ済まん、じゃあ言うぞ」


 閣下もどこまで引っ張るのよ、もう。




「マナ第1王女を王城から奪取して欲しい」




…………え?




…………え?


何それ……


 それって……





「すっごい素敵‼」




 私は思わずキュンキュンして叫んでしまった。


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