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第32話 聖女になっても夜遊びは止められません

 最近のドランは活気がある。


 昼間に多くの人や物が行き交い、お金が、商品が人々の間を行き来する。


 そうなれば当然、夜も活況の様相を呈するのは自然のことだ。


 これまでは寂れた、老人が社交のために訪れるようなお店しかなかったのが、今では若い労働者たちが集う活気のある酒場がいくつも新規にオープンしていた。


「あ。あそこ新規開店したんだ。う~ん、どのお店にしようかな~♪」


 私は今日も頭から外套を被って、夜の町をブラブラする。

 そこかしこから、活気のある声が聞こえる。


 夜の帳がすっかり下りて、ランプの電球色で黄色がかった街並みは、昼間とはまた違った町の顔を見せてくれる。


 王都にも、こういう夜の町はここ以上に賑わっていたけど、王都は女一人が出歩くには結構危険なエリアとかもあって、当時の私はあまり近づかなかった。


 その点、ドランは程よい規模感だし、何よりみんな良い人たちばかりだ。


「お、また来たのかアーちゃん」


「アーちゃん、今日も道を作る作業大変だったもんな」


「そりゃ、夜は飲まなきゃやってられんよな」


「「「 わっはっはっは 」」」


 迷った末に、私は結局いつもの馴染みの酒場の暖簾をくぐっていた。


「マーさん、ターさんこんばんは。みなさんもお疲れ様です」


 本名は知らないが、見知った間柄という常連さんと挨拶をかわして、私はカウンターのお一人様席についた。


 私はこういうお店では基本カウンター席に座って、一人の時間を楽しんで、時たま興味がそそられる話題の時には、店主や他のお客さんとの会話に交じったりという感じで過ごす。


 こういうお店に通い出した当初は、こっちのテーブルで一緒に飲もうと声を掛けてくる団体さんも多かったが、最近は私のことを解ってくれてる常連さんが増えたおかげか、私に声をかけようとする一見さんのお客さんを、他の常連さんがやんわりと止めてくれるなどしてくれている。


 ありがたい限りです。


「聖女様になっても、変わらずここに通ってくれて嬉しいわ~」


「女将さん。聖女様って呼ぶのは止めてください…… ここでは私はただのアーちゃんなので」


 女将さんから手しぼりを受け取りながら、私は口をへの字に曲げた。


 『アーちゃん』呼びは、飲み屋さんでの私のあだ名みたいな物だ。


 あ、アーちゃんは別に私がそう呼べと周りに押し付けてるわけじゃないですよ。

 そんな痛い子じゃないです。


 こういうのって、何か常連のおじさんがそう呼び出したのが、いつの間にか周りにも広がっちゃってるんですよね。


「けど、夜な夜なこっそり飲みに来てた女の子が聖女様になるんだから、分からないもんだね。ドランは最近は上り調子の町だから、立身出世していく人も少なくないけど、中々ここまでの出世をした例はないわよね~」


「私が一番驚いてますよ。なんですか聖女って。あれこそ、あだ名みたいなものだったのに」


 私はぶすくれ顔で、女将さんの出してくれたエールをあおる。


「くはぁ~~~」


ここのお店のエールの冷やし加減は、やっぱり私の好みにドぴったしですね。


「私みたいに元からドランに住んでる者にとっちゃ、アーちゃんは聖女様々さ。ドランがこんなに発展したから、私も長年の夢だった、このお店をオープンすることができたんだしね」


「じゃあ、女将さんの美味しい料理が食べられるお店が出来たのが、私の一番の功績ですね」


「嬉しいこと言ってくれるね、こんな地味な郷土料理に。ほら、これサービスだよ」


「わ~い♪」


 根菜を薄くスライスしてカリカリに揚げた物に、甘辛いソースがかかった小鉢のおつまみに舌鼓を打つ。


 甘くなった口の中をエールで洗い流すと、またおつまみにと、永久機関の完成だ。


「女将さん、エールもう1杯お願いします」


「アーちゃん、こっちも一切れ食べるか?」


 女将さんから2杯目のエールを受け取ると、テーブル席で飲んでいた常連のターさんがローストビーフの皿を寄越してくる。


「ありがとうございます。じゃ、いただいちゃいます」


「こっちのチーズのも一片どうだ?」


「いただいちゃいます」


 私の取り皿は、あっという間に常連からの一切れや一口のおつまみでいっぱいになった。さながら豪華なオードブルセットだ。


「ん~、おいひぃ。このローストビーフ」


「女将のローストビーフも美味いけど、やっぱり、まだ町が栄える前に町の宴会で振舞われたコノタロスの熟成肉が最高に美味かったよな」


「また捕ってきてくれよアーちゃん」


あれは遭遇できたのがラッキーでしたからね。というか、聖女の私に狩りを頼むってどうなんでしょう?


「あんたら、文句言うならこの皿いらないね」


「そりゃないぜ女将‼ ゴメンごめん‼」


 まだ半分くらい残っているローストビーフの皿を女将が下げようとすると、マーさんとターさんが慌てて、女将に謝るのを、私は笑って見ながらエールをあおる。


「相変わらず大人気ね」


 謝罪があったので容赦してあげた女将さんがカウンターに戻ってきて、私の皿を見て笑う。


「前から思っていたのですが、私、飲み物代くらいしかいつもお店にお金落してない気が……これってマナー違反では」


「いいのよ。アーちゃんがお店に来たら、他の常連さんがこぞって、アーちゃんにあげる用に高いメニュー頼んでくれるから、がっぽり儲けさせてもらってるから」


「なんだよ女将、俺たちは金づるかよ~」


「この一口分あげる形式ならアーちゃんも受け取ってくれるだろ。毎回、俺たちが飲み代奢るじゃ、アーちゃん良い子だから恐縮して、あまり店に来なくなっちまうだろ。これなら、アーちゃんも飲み代が安く済んで得、他の常連もアーちゃんの笑顔が見れて得、私は儲かって得。三方一両得ってなもんさね」


「そりゃそうだな、ならいいか~! ガハハッ!」


 マーさんの抗議の声を、女将さんが実に論理的な反論でやり込める。


 ん~、論理的ですよね? そろそろお酒が回って来たのか、あまり頭が回りません。


 このフワフワした感じが好きなんですよね。


「お、アーちゃん、そろそろ、お眠の時間かね」


「この子、お酒は好きだけど、強くないから大体2杯でこうなっちゃうのよね」


「となると、そろそろ、お迎えのお出ましかね」


 女将さんとターさんが何やら話しているのが遠くに聞こえている気がしますが、フワフワして視界が……ぼやけて……



(ガラッ)



「いらっしゃい。いつもながらタイミングきっちりですね」


「今日もいつものお店だったので、探す手間が省けましたからね」


「最初に子爵がこんなお店に来た時は、何事かとみんなギョッとしてましたが、最近じゃ見慣れた光景になっちゃいましたね」


「まったく……自分がお酒に弱いことをそろそろ自覚して欲しいんですがね」


 なんだろう…… ティボーの声が聞こえた気がする……


 けど、このお店は私の秘密の場所だから、ティボーが居るはずない……むにゃ……


「それでも、この子がお店に通うのは止めないんですね」


「聖女になったからとアシュリーを縛るつもりはありませんからね。それに、この子はうんと甘やかすと決めましたから」


 えへへ……


 嬉しいな……


「ほら、帰りますよアシュリー」


 ティボーの言葉が聞こえた気がした後に、身体が持ち上がったような気持ちの良い浮遊感を感じながら、私の意識は夢の中に落ちていった。


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