第27話 失った事に今さら気付いた
「ん……」
ガタンッと馬車が揺れた衝撃で首がガクッ! となり意識が覚醒した。
「気持ちよさそうに寝てましたねアシュリー」
「お、おはようございます。ティボー」
「はい、おはようございます。今朝は朝早い出発でしたから、おねむでも仕方がないですね」
馬車の向かいの席に座ったティボーがクスッと笑う。
不覚……つい気持ちよくて寝てしまった。寝顔をティボーに晒すのは今さらだけど、ヨダレとか寝言とか大丈夫だっただろうか。
「小石にでも荷馬車が乗り上げたのかな?撤去してこようかな」
「そのための仕事に従事する人も今度雇う予定だと御当主様が仰っていたので大丈夫ですよアシュリー」
ティボーに制止されて、照れ隠しに、外にでも出ようかと思った私の目論見は外れた。
「さらに道が綺麗になるんですね。私たちが最初に道を切り開いた時のことを思うと感慨深いな」
「全部アシュリーのおかげですよ」
「私は道を示しただけですよ」
「そのセリフだけ聞くと、ますます救世主じみてますよ」
私たちは今、メギアの町へ向かう馬車に乗っています。
ドランとメギアとの交易路が開かれて数か月。
ドランは劇的な変貌を遂げていた。
人が行き交い、それに伴って新たな仕事が生まれる。
「今回はスライムの魔石の売却のお金を受け取りにいくだけですから、楽ですね」
「別にお金を受け取りに行くだけなら私だけで、ティボーは一緒じゃなくても良かったのに……」
ティボーは最近すごく忙しそうにしているから、私の随伴のためにほぼ1日を使わせてしまうのは忍びなかった。
「駄目です。あなたにもしもの事があってはいけませんから」
「う、うん……」
まぁ、トゲトゲは私にしか作ったり整備できないんだから、それで大事にしてもらってるって意味だよね……うん。
誤解しないようにね私。
「そ、そんなに私が心配なら、お金の受け取りはティボーだけで行ってもらうのもアリなのではないですか?」
本当はこうやってティボーと2人で馬車で一緒に揺られているのも好きなんだけど。
「え? それはダメでしょう。私がもし、大金に目がくらんでお金を持ち逃げしてしまったらどうするんです? アシュリー、あなたは少々簡単に人を信じすぎですよ」
はい、チョロくてすいません。
けど、ティボーが裏切って逃亡するなんて億が一無さそうなんだけどな。
私はともかく、アルベルト閣下を裏切るイメージなんて、普段のティボーを見ていると想像がつかない。
「お金ならドンドン増えてますし、1回分のスライムの魔石の売却金が飛んだとしても大して痛手ではないんですけどね。何しろ、投資先が大変有望ですから」
「ドランに出資していただき、誠にありがとうございます。アシュリー様」
「フハハハッ。儲けさせてもらっているのはこっちのほうじゃよ」
スライムの魔石を売った金額はやはりとんでもない金額だった。
しかし、そのお金を有効に使う方法なんて私には、全然思いつかなかったので、私はドランの色々な事業に出資しているのだ。
ドランは正にブルーオーシャン。
今まで地政学上、解決不可能と思われていた問題が、ゼネバルの交易路の開通によって一挙に解決した。
それにより人や物やお金が一挙にドランに流れて来ていて、止まることを知らない。
いち早く投資を始めていた私の財産も、雪だるま式に大きくなっていっているのだ。
ちなみに、お金に余裕が出来たのでドランに家を買って、カヴェンディッシュ辺境伯邸での居候状態を解消しようかと話したら、それは全力で皆に止められた。
まぁ、これでも一応追われている身だし、防犯上はその方が良いかと私も思い直し、そのまま御厄介になっている。
けど、屋敷では上げ膳据え膳で、ティボーやエレナが私を甘やかすから、どんどん自分がダメな人間になっている気がしている。
「メギアの町まではまだかかります。お休みになっていてもいいですよ」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
暗くなる前にドランとメギアを往復したいとの事情で、朝が早い出発だったので、まだ寝たりなかった私は、ティボーの言葉に甘えて目を閉じた。
◇◇◇◆◇◇◇
私がティボーに肩を揺らされると、メギアにあるサーヴェロ商会の前だった。
初めて訪れた時にも、人の出入りが激しかったけど、今はそれ以上に多くの人が行き交っている。
受付待ちの列も、以前の倍以上では済まない。
「これはこれはアシュリー様、ティボー様。よくぞお越しいただきました。ささ、奥の部屋へどうぞ」
今回は事前に約束をしているので、受付待ちをしないで済んだ。
というか、先んじて商会の会頭のデュムランさんが入り口で私たちを待ち構えていたのだ。特別扱いされてしまっていて少々しんどい。
「やぁアシュリー」
「あれ?ローハン伯爵。今日はいらっしゃるご予定でしたか?」
デュムランさんにサーベロ商会の奥の応接室に案内されると、そこにはメギアの町の領主のローハン伯爵が座っていた。
「うむ、ちょっと用があってな」
ローハン伯爵は少し困ったような顔をしている。
とにもかくにも、私たちが応接室のソファに着席すると、いつものように紅茶が出てくる。
合わせて、今回のスライムの魔石の売り上げの分のお金が入った大きな袋を受け取る。
「ローハン伯爵。先にご提案いただいた、メギアの町と王都との交易路の開拓工事の委託についてのお話でしたら、現在、カヴェンディッシュ家で検討中でございます。回答についてはいましばらくお待ちいただきますようお願いいたします」
ティボーが、にこやかに機先を制する。
この話は、私も事前に聞かされていた。
実は先月メギア側から、王都とメギアの町を結ぶ交易路を作ってもらえないかとの打診を受けたのだ。
無論、工事に関しての費用は全てメギア側持ちだし、ドラン側には多額の報酬を支払うという委任契約内容だ。
ただ、ドランにとっては王家のいる王都とはあまり深く関わりたくないというお家事情があり、メギアもその点は解ってくれているため、慎重に検討していこうという話になっていたのだ。
「ああ、いやその話ではないのだ。王家絡みの話ではあるのだが…… アシュリーのことについてなんだ」
「え! 私ですか?」
袋の中のお金をチャリチャリ数えて受け取り済みの署名をしている時に、急に私の方に用事という意外な言葉に驚いた。
「ああ。実は先日、こういった告示文が王家名で出されてな」
そう言って、ローハン伯爵が一枚の紙を机の上に出して見せた。
『アシュリー・グライペルの騎士号を告示日付けにて剥奪とする。剥奪の事由は、王都での待機命令を無視し行方知れずなため。なお、領地も王家へ返還とする』
私はその告示文を見て、頭が真っ白になった。
◇◇◇◆◇◇◇
気付いたら私は馬車に乗って揺られていた。
ガラガラと車輪が回る音だけが、馬車の中に響いている。
あの告示文を見せられた後の記憶が曖昧だ。
私はちゃんとローハン伯爵とデュムラン会頭に、きちんと別れ際に挨拶をしたのだろうか? 何か失礼なことはしていないか不安になる。
「アシュリー、気分は落ち着きましたか」
「あ……ティボー」
心配そうに私の顔を覗き込むティボーの顔が見えて、少しだけ安堵する。
「ショック…… でしたよね」
「いえ、そんな…… いえ、そうですね」
私は強がりを言いかけたが、ティボーの前ではよそうと思って正直に答えた。
馬車の中で、元気のない様を見せてしまっているのだから、今さら取り繕っても遅いと思ったから。
「アシュリーが暗殺されていようがいまいが、最終的には王都側はこうするつもりだったんでしょうね」
まるで自分の事のように拳を握り、悔しがるティボー。
「騎士号は、別にどうでもいいんです。元々、あれは王城で仕事をする上で割り当てられていた記号にすぎないですから。けど……」
けど…… けど……
「ティボー、私帰る家が無くなっちゃった……」
言葉にしたら、自然と大粒の涙が出てきてしまい、止めることが出来なかった。
思った以上に、自分の内から悲しい気持ちが溢れてくることに私自身が驚いていた。
「お父様とお母様と暮らした家が……」
「はい……」
ティボーは嗚咽をもらす私の手を握った。
「小さな庭だけど、お父様とトゲトゲの練習をして…… それを見て笑っていたお母様との思い出が……」
泣き顔を見られたくなくて俯く私に、ティボーは黙って胸を貸してくれる。
「イヤだよ…… お家が無くなるのイヤだよ…… 」
「はい……」
「会いたい…… お父様とお母様に会いたいよ……」
「はい……」
子供のように泣きじゃくる私に、安直な慰めの言葉はかけずに、ただ私の話を聞いてくれるティボーの胸の内が、今はただただ心地良かった。




