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第25話 手もみゴマすりしてみたが

「いや~、アルベルト辺境伯の施政には、このベン・メンフィス、感嘆の言葉しかございません」


 ドランとカローナとの会談は、カローナ側の代表であるベンのおべっかから始まった。


「メギアとの交易路の開拓のおかげで市場はかつての賑わいを取り戻すどころか、すでに全盛期をしのぐ勢い」


「そうだな。少なくとも、カローナとの不平等な取引がなされる前の頃の様相には戻ったのかもな」


 ニコリともせずに言葉を返すアルベルト辺境伯の言葉に、おべっかの言葉を並び立てていたベンは引きつった笑い顔でアハハ…… と苦笑する。


「それで、用とはなんだ? 私は知っての通り、今忙しい身なのだ。用件を手短に伝えよ」


 アルベルトはわざと貴族ったらしい言い回しで、ベンに乱雑な言葉で急かした。


 そのあまりにも今までとは態度が違うアルベルトの物言いに、一瞬ベンは顔を歪ませかけたが、すぐに作り物の笑顔を張り付けた。


「それでは恐れながら申し伝えます。カローナとの交易を再開していただきたいのです」


「認めよう」


「え?」


 今までの仕打ちから、どんな嫌味や無理難題な条件を吹っ掛けられるのかと身構えていたベンは、アルベルトのあっさりとした是の回答に大いに拍子抜けするとともに、一抹の安堵感を覚えた。


「別にカローナと断交をしたわけではない。市場は開かれている。申請して審査の上、許可を得れば問題はない」


「ありがたきお言葉です。それで、すぐにでも穀物の方の取引をしたいのですが、前回の仕入れ値の倍をお出しますので……」


 すぐさま、ベンは懸案事項筆頭の穀物の仕入れについて話題を移した。


 事前にカローナの商団の中で協議し、仕入れ値は上げるのもやむを得ないとの結論を出していた。

 それが、今回の亀裂の修復になるとベンたちは考えていた。


「おいおい。冗談はよしてくれ。前回の仕入れ値はいくらだった? ゲラントよ」


「この値段です」


 ゲラントはすぐさま、用意していた価格表をアルベルトへ渡した。


「ほう……前回の仕入れ値は現在の市場価格の5分の1か。2倍と言っても、市場価格の5分の2。こうして改めて市場価格と比べると、実に良い商売をしてきたものだな、カローナの商会は」


 アルベルトが嫌味ったらしく言い放った言葉に、苦笑すら返す余裕が無いベン。


「も、申し訳ありません。伝える金額を間違えました。3倍、3倍出します」


「穀物は原則自由市場に任せている。無論、収穫量や流通量に応じて、市場に介入したりなどはするが、価格は需要と供給に応じて決まる。そこで適正価格で穀物を仕入れればいい。何の問題がある?」


 アルベルトの言っていることは、領地経営をする上で至極まっとうな言い分である。

 今まで、隷属的な価格決定を行ってきたのがそもそも異常な状況だったのだ。


「そんな急激に仕入れ値が上がってしまっては、カローナは大混乱に陥ってしまいます」


「今までが異常な状況だったのだ。これからは適正価格で購入してもらう。うちは、メギアやメギアを通して他の町とも交易できるからな」


 しかし、いくら異常な状況でも、それが続けばそれが日常となり、当たり前になる。


今までは自分たちで決めた価格で穀物を買い取っていて、それが前提での領地運営をしてきたカローナにとって、自分たちの当たり前が崩壊して、穀物の値段が劇的に上がるのは大打撃だ。


「お願いします。なにとぞ……」

「カローナを特別扱いする時代は終わった。帰ったら領主へそう伝えろ」


 急所を捉えられ、ベンは青白い顔をしながら必死に懐柔の策を考えるが、何も思い浮かばず、無意味な懇願しかできずにいた。


 確かに、穀物の仕入れ価格の大きな変動は商団だけでは決められない。

 カローナへ戻って領主へ報告することを考えると今から胃が痛いが、一先ずここで冷却期間を置くためにも、穀物の仕入れ値の暴騰という課題は棚上げしておいて、ベンはもう一つの懸案事項についての話へ移った。


「話は変わりますが、アルベルト辺境伯。なんでも、メギアとの間に交易のための道路を敷設したと聞きました」


「ああ。素晴らしいだろう?」


「は、はい」


 本音で言えば、この交易路こそが自分たちの状況を一変させてしまった元凶なので、今すぐにでもぶち壊してやりたいとベンたち、カローナの商団の一団は考えていた。


 しかし、商人とはどこまでいっても、どんな状況下でも己の利益を追求するものである。


「それで、お願いなのですが。我らにも交易路を使わせていただきたいのです」


「通行料や税は取るが、往来は基本的に開かれているぞ」


「さようですか」


 メギアの町への交易という新たな市場の開拓。


 これで、なんとかカローナの領主への面目はギリギリ保てるとベンは、ホッと胸をなでおろしていた。


「ただし、ちゃんと通れるかは貴公たち次第だがな」


「はぁ……」


 ベンたちは、アルベルトの言っている事の意味がよく解らなかった。


「論より証拠。交易路への入口へ今から行ってみましょう」

「それは有難い。是非、見せていただきたいです」


 ゲラントの発案により、一行はメギアの町への交易路へ向かう。

 交易路については、今後の交易のためにも情報を得る必要があるのでベンたちも是非見ておきたいと考えていたため、一行は興味深々で向かったのだが……


「何やら……変ではありませんか?」


「こう……肌に刺さるような痛みが走るというか」


「私は胃腸の気分が悪く……」


「頭痛が……」


 カローナの一団の体調が、多少の個人差はあるが何故か急に悪くなっている。


「どうしたのですか皆様方? 交易路の入り口はもうすぐですぞ」


「いえ……ちょっと体調が……」


 そういうベンは、額に脂汗をびっしょりとかいている。


「長旅の疲れが出たのだろう。そういう時は、休むより軽く運動した方が却って回復が早いと聞く。よし、駆け足だ」


 アルベルトは突然、空気の読めない訓練場の教官のように駆け足で進み始める。


「う……」

「ヴおぇ……」


 新兵よろしく走らされたカローナの商団の一団は、こみあげてくるものを必死にこらえながらついて行った。

 が、交易路の入り口に近づくにつれ、より一層吐き気や頭痛、悪心が強まり、とうとうカローナの商団の一団はその場に座り込んでしまった。


「おやおや。どうしたのですか皆さん? 体調が優れないようですね。これでは交易路の見学は無理ですね。今日は、ベースキャンプへ戻られてはどうです?」


「そうさせていただきます……」

「交易路の見学はいつでもいいぞ」


 ベンはよろよろと立ち上がって、ほうほうの体で帰っていった。


 ベンたちが見えなくなるまで、その背中を見送っていたアルベルトとゲラントはの2人、プルプルと肩を震わせていたが、とうとう我慢が決壊し



「「 ワハハハハッ‼‼ 」」


 と大笑いした。


「御当主。ランニングさせるのは流石に……ひ、酷いですぞ」


 涙を流しながら笑うゲラントに、


「いやいや。体調が悪そうにしている彼らを慮っただ……だけだぞ」


 アルベルトも笑いすぎで腹筋を痛めたのか、苦しそうにしているがそれでも笑いが止まらないという様子だった。


「アシュリー殿の設置した、トゲトゲ式入場ゲートの効果は絶大ですな」


「我がカヴェンディッシュ領に害意のある者には、ゲートに隠れて設置されたトゲトゲの殺気にあてられるというのは良いな。すぐに怪しい侵入者を見抜けるし、奴ら、結局ゲートを通ることすら罷りならなかった」


 アシュリーが設置したゲートは一見、ただの交易路の入り口にしか見えないが、実はゲートの天辺にトゲトゲが設置されているのだ。

 そのトゲトゲはアシュリー曰く結構力作らしく、恐ろしい殺気を放っているため、魔物除けはもちろん、ドランに害を成すものに強く殺気を放つ特性を加えたとのことだ。


「しかし、この期に及んで奴らはまだドランに対しては、下に見る意識が働いているのですね」


「長年こびり付いた常識や当たり前は、中々削ぎ落せるものではないさ。特に年寄りにはな」


「願わくば、未来の世代には変わって欲しいものですな。何年かかるのかわかりませんが」


 そんな日が来るのだろうかと遠い目をする2人は、未来に思いを馳せた。

 今を生きる為政者として、イタズラにカローナへのヘイトを増長させることは避けた。この後の両者の関係は、向こうの出方次第という所か。


「念のため、同じ物をアシュリー殿に頼んで、あそこに設置してもらっては?」


「そうだな、アシュリーに頼んでおこう。しかし、これ程痛快だった日が今まで私の人生であっただろうか?」


「私の方が御当主より長く生きておりますが、まさしく人生最良の日です。奴らに目に物を見せてやれる日が来るとは」


「今日もまた宴会だな」


「ティボー殿からまた、酒量は控えめにと怒られますよ」


「楽しい宴での酔いが身体に悪い訳もない。私は父と違って長生きするぞ」


 そう言い合いながら、2人は溌剌とした顔で交易路を後にしたのであった。


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