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第24話 寝坊のできる穏やかなドランでの生活

「ほら、アシュリー。もう朝食の時間ですよ」


 寝室の遮光性の高いカーテンが遮っていた日光が、私の瞼の奥へ突き刺さる。


「うみゅ…… 私まだ寝てたいですティボ~ 昨夜も遅かったから……」


「食べて寝てばかりでは、その内、コノタロスのように肥えてしまいますよ。そうなったら私が食べてしまいますよ」


 それはご勘弁願いたい。肥えるのも熟成肉にされるのも御免です。


 私は、腕に力を入れて重たい……物理的な意味の重さではなく気分的な重さですよ?

 体をベッドから引き離した。


「おはようございます。アシュリー」

「おはようございますティボ…… ふあぁあ。今日の朝食は何ですか?」

「あなた、先ほど私が脅したのに、全然堪えていませんね」


 欠伸交じりの私の声に、ティボーがあきれた声で私の部屋の窓を開け放ち、換気をしてくれる。

 心地よい風が部屋に入ってくる。今日もいい天気だ。


「最終的にティボーが引き取ってくれるなら、それもいいかなって思ってますから。というか、今さらですが乙女の寝室に躊躇なく入ってくるって、ティボーも案外大胆さんですよね」


「エレナに任せると、あなたがエレナを誘惑して一緒に寝てしまうからでしょう」


「えへへ」


「まったく……あれから、よりエレナがあなたに懐いてしまいましたからね」


「兄として心配ですか?」


「あんなのが義理の弟にならなくて済んだのはあなたのおかげですから、感謝していますよ」


「じゃあ、お礼にあと5分……」


「早く起きなさい」


 そう言って、ティボーはスタスタと私の部屋を後にした。いけず……


 と、ティボーが去ったのと入れ替わるように、ドタドタと騒がしい音がこちらへ飛び込んできた。


「アシュリー! おっはよ~!」


 部屋へ飛び込んできた勢いそのままに、騒音の主のエレナが私のベッドにダイブしてくる。


「おはよう。朝から元気だねぇエレナ」


 抱き着いてきてい、私の胸元でスリスリ、猫のように額を擦り付けてくるエレナの頭を、プリムがずれないように気をつけながら撫でる。


「また、お兄様に先を越されちゃった。私のお仕事というか使命をいつも横取りして」


「そんな大袈裟な……」


「ううん大袈裟じゃない。世界がこんなにも輝いて見えるのは、アシュリーのおかげだからね。アシュリーは、不遇な結婚を強いられかけた私を救い出してくれたナイト様なんだもん」


 たかが、寝坊助な私を起こすことに使命感とか大ごとすぎる。

明日からは、ちゃんと言われなくても起きるようにしよう。


「私は女の子だから、あんまりナイト様とか言われてもピンとこないな~。一応、騎士号は持ってるから間違いじゃないんだろうけど」


「アシュリーが男の子だったら、私、絶対そのナイト様と結婚してただろうな~」


 冗談交じりのガールズトークに花を咲かせたことで、ようやく頭が働きだしたのでベッドから起き上がり、エレナに身支度を手伝われながら、私は階下のダイニングへ降りて行った。

 よく考えたら、子爵令嬢に着替えを手伝ってもらう平の騎士っておかしいのでは? と思いつつ、仲の良い友人としてだからいいの! とのエレナに押し切られる形で私は諦めて、されるがままにされた。



◇◇◇◆◇◇◇



「おはようアシュリー」


「おはようございますアルベルト閣下。すいません、居候が一番起きるのが遅くて……」


「はははっ。いっそこのまま永住してくれても、こちらは一向に構わないんだがな」


 アルベルト閣下は豪放な笑い声を上げた。最近は仕事が忙しいのに、前よりも血色がよくなった感じだ。


「あら、お客さんが。おはようございますゲラントさん。今日はずいぶんと朝早いですね」


 御用商人のゲラントさんが、ダイニングテーブルについて、アルベルト閣下と朝食を食べていた。


「おはようアシュリー殿。これから、御当主へお客さんが来るので同席するためだよ。おかげで、ティボーの絶品の朝食をご相伴にあずかっているところさ」


「ティボーの料理の進化はとどまることを知りませんよね」


「メギアの町から様々な食材が入って来たおかげです」


 私とゲラントさんの誉め言葉に、ティボーは照れくさそうにしながら、炊事場へ戻ってしまった。


「さて、アシュリー。今日これから良くない客が来る。みすみす君の姿を見せて情報を与えるのも癪だから、屋敷の部屋にこもっているか、どこか市場とは関係のない場所に行ってくれていると助かる」


「わかりました。じゃあ、南下する新規ルートの啓開を進めてきます」


 私はポーチドエッグを食べながら、アルベルト閣下の言葉に、現場に出ることを伝える。

 決して、ティボーに太るぞと忠告を受けたからではない。ないったらない。

 それに、身体を動かす労働の方が、トゲトゲ職人だった私にはやっぱり性に合っている。


「すまないな、こちらの都合で」


「いえいいえ。表舞台に立つのを嫌がっているのはむしろ私の都合ですから」


 いずれはバレてしまうことなんだろうけど、私がトゲトゲで色々やっていることはオープンにすべきではない。


 なにせ私は、暗殺者を差し向けられて逃亡中の身。

まつりごとはよく解らないし、矢面に立ってもらえてありがたい限りだ。


「あ、そう言えば。入場ゲートの防犯設備の設置が昨日完了しましたよ。完了検査も終わってます」


 最近は毎日忙しい面々なので、中々完了報告の連絡を入れるために捕まえるのが難しい。私はここぞとばかりに、朝食の場だけれど、仕事の進捗について報告を入れておいた。


「ほぉ……あれが完成したのか」


「例の、アシュリー殿が提案した防犯機能が組み込まれた入り口ゲートですな」


「はい。王城でも導入を企画提案したんですが、その直後に王城をクビになってしまったので」


 あの時は、色々急転直下だった。


 クビと即日のトゲトゲトラップの撤去でそれどころではなかったけど、本当に急に撤去が決まったんですよね。


 それにしても、本当に全撤去は急な話で、本来なら王城の防犯に関わることなんだから協議なりなんなりがあってしかるべきで、そうすると流石に王城内の内情に疎い私でも情報が入ってくるはずなんだけど、そういった兆候が一切なかった。


 まぁ、トップダウンで物事が急に動くっていう事もよくあることだから、下々の者はそれに振り回されるしかないんですよね。


「王家側にはこの点は感謝しないとな。アシュリーを放逐してくれたおかげで、今、カヴェンディッシュ領の積年の課題が次々に解決している」


「まったくもってその通りですな。それで、御当主様。この入り口ゲート、今日の会談でご披露するのはどうですか?」


 ゲラントが良いイタズラを思いついたという顔で、アルベルト閣下に提案する。


「ふふ…… ゲラント。お主も悪よのう」


 言葉とは裏腹に、どうやらアルベルト閣下もそのイタズラに大変乗り気なようだ。


「カローナとの会談はあと一時間後くらいですかね」


 ティボーが時計を見ながら皆に時間を伝える。

 そろそろ、皆が忙しく動き回る時間だ。


「はい。じゃあ、身支度したら私は出発しますね」


「ああ頼むよ」


 私は朝食を終えると、またもや着替えを手伝うと言って聞かないエレナに着せ替え人形にされる。


 まぁ着替えたのは作業服なんだけどね。エレナも手伝ってくれるってことだから、2人仲良く作業服で屋敷を後にした。


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