第20話 プレゼン頑張りました
仕事とは、報酬があってこそ成り立つものです。使命感とかやりがいという物を人質にとる契約関係はいずれ瓦解することを、私は身をもって知っています。
しかし、逆に言うと相応の報酬を貰っているなら、そこにはこちらも期待に応える責任や義務が発生する。
私の場合は、今着ているワンピースに対しての責任がある。
私は仕事の関係で企画書は書くことは多かったのですが、お偉いさんへのプレゼンテーションというのは仕事柄、まったく機会がなかったので正直逃げ出したい気持ちです。
けど、ここで踏ん張らないと、この素敵なワンピースは苦い思い出とセットになってしまう。
せっかく良い服なんだから、これからも気持ちよく着たい。
私は私のために頑張るのです。
「では、わたくしアシュリーよりご説明いたします。座っての説明、ご容赦ください」
私が冒頭定型文を述べるが、観衆の二人は食い入るように私の方へ注目する。
たった二人だがお偉いさんの前なので、発せられる圧が凄い。
「ドランからこちらのメギアの町へ伺う旅程にあたり、ゼネバルの森を啓開しました。ちょうど荷馬車が通れる、みなし道路の幅員です。メギアの領地へ繋がる100m手前まではすでに局所的な埋め戻しや土留め工以外は粗方、整地まで完成し……」
「待て待て待て待て‼」
ちょっ‼ せっかく昨晩作った台本があるんですから、途中で質問とか挟まないで‼ 覚えてきたセリフが飛ぶ‼
「ゼネバルの森に道を切り開いただと⁉ そんな無謀な‼ 命がいくつあっても足りないぞ」
「え、ええと……」
「輸送路の安全策については今からご説明いたしますので、ご傾聴いただけると幸いです」
「ああ、すまない。説明中に話の腰を折るようなことをしてしまい申し訳ない。続けてくれたまえ」
思わず口を挟んでしまったローハン伯爵をティボーがたしなめて助け舟を出してくれたが、ちょっと事前の練習と順番が違ってくる。
私は頭の中のメモ帳の順番を必死で組みかえながら説明を再開する。
「たしかにゼネバルの森をただ切り開くだけでは安全な交易路とは言えません。しかし、このトゲトゲがあれば可能です」
そう言って、私はテーブルの上に円錐状の小さなトゲトゲを置いた。
「トゲ…… トゲ?」
「これが魔物を遠ざけます。あ‼ 触ると消滅しちゃうので絶対に触らないでくださいね」
「消滅…… このトゲがですか?」
「いえ、あなた自身が」
「「 ………… 」」
何とも言えない無言の時が流れる。
ローハン伯爵もデュムラン会頭も理解が追いついていないというか、まるで可哀想な子を見るような目で、テーブルの上のトゲトゲと私を交互に見やる。
「ともかく現地を見ていただきましょう」
そう言って、ティボーが外へ連れ出してくれました。ありがとうティボー。
私は、屋敷の玄関で預けていた槍タイプのトゲトゲを屋敷のメイドさんから受け取って、ゼネバルの森の前に立った。
なお、鎌タイプのトゲトゲはどう布で覆ってみても、フォルムがあれだったために、メギアの町に入る時に元に戻していたのです。
綺麗なワンピースで槍をかまえたアンバランスな出で立ちの私の後ろで、『自分たちは一体何に付き合わされているんだ』という顔をローハン伯爵とデュムラン会頭がしている事に、全力で気付かないふりをする。
とにかく早く済ませてしまおう。
「よいしょ」
張り切った掛け声などは上げずに、私はスイッと槍を振るう。
しかし、そんな私の気の抜けた掛け声所作とは裏腹に、目の前で起こった事象変化は劇的です。
「「 んな⁉ 」」
先ほどは、あれな子を見るような目で見ていた二人が目を剥く。
「御覧のとおりです。このトゲトゲには物質を苦も無く消滅させる力が宿っています」
実演をしている私に代わって、ティボーが説明を加えてくれる。
「なんと‼ 草木はおろか樹木まで無くなるとは」
「ローハン様。どうやら木の根まで喪失しているようです」
驚く二人に、私もようやく精神的プレッシャーから幾分か解放され、少々攻めてみることにした。
「デュムラン会頭もやってみますか?」
「私でもできるのですか?」
「はい」
デュムラン会頭が恐る恐る槍のトゲトゲを持って振るうと、何の抵抗も手応えもなく草木が消失していくことに、あらためて信じられないという顔をする。
「確認なのですが、これは誰でも使えるのですか? それこそ、魔力を持たぬ者でも」
「はい。専門的なメンテナンスは必要ですが、基本的にただの道具なので」
デュムラン会頭は口元に手をあて、難しい顔で考え込み始めた。どうやら、このトゲトゲの有用性とその活用方法に頭を巡らせているようだ。
「それでは、森の奥へ参りましょう。すでに出来上がっている輸送路の箇所までご案内いたします」
「え⁉ 道が拓けただけでは、魔物の危険が……」
「先にアシュリーが申し上げた通り、このトゲトゲには魔物除けの効果があります」
「でも……」
長年刷り込まれてきた、ゼネバルの森の恐ろしさはそう簡単に拭い去れるものではない。
ローハン伯爵たちが森に踏み入るのを躊躇しているので、ここは私が一肌脱ぐように威勢よく、
「大丈夫ですよ、お二人とも。魔物が来てもこうですから」
ちょうど近くにあった大岩を、私はアハハ!と笑いながら槍のトゲトゲでプスッと一突きする。
大岩は綺麗に消えてしまいました。
「移動も削岩も困難とされた大岩が一瞬で……」
「い、行ってみましょうか…… ローハン様」
意を決して二人は、ゼネバルの森へ足を踏み入れた。私はあえて問題ないことを強調するために、ズンズンと無警戒に森を進んでいく。草木の啓開はあえて行わないで進むのは、まだ輸送路を完全につなぐ許可を、ローハン閣下から貰えていないからだ。
「ここがドランとメギアを繋ぐ輸送路です」
歩いて数分で、輸送路の現在の終点に到着した。
「たしかに、すでに出来上がっている……」
「なるほど、トゲトゲが輸送路を護っているのか……」
「急傾斜地は避けていますので、細かい箇所の土留めの施工や、根や岩が取り除かれた後の埋め戻しさえ行えば、荷馬車が通れるようになります。それが終われば、後はメギア側に繋がる部分を開通させれば輸送路として機能します」
「ドランとメギアの町までの時間はどれくらいかかりますか?」
「私たちは道を切り開きながら徒歩で2日間かかりませんでしたから、荷馬車なら1日かからないんじゃないでしょうか?」
ローハン伯爵とデュムラン会頭の質問に答えながら、現地確認は終了した。
「それでは、条件面において検討の上、明日には回答の書簡をお預けします」
「迅速な対応痛み入ります。よろしくお願いいたします」
ゼネバルの森の現地確認から戻り、再度ローハン伯爵邸へ戻って来た後に、大まかな条件面についての打ち合わせが行われた。
スライムの魔石の売買の仲立ちに立ってもらうことと、交易路の開通とその後の交易の開始と、大方の条件内容はこちらの提案のままで行けそうだった。
ティボーが話し込んでいる横で、私は自分の仕事を終えたので、先ほどよりは気分よく紅茶の味を楽しめた。
「お疲れさまでしたアシュリー」
「疲れました……」
トゲトゲの槍を抱えての宿への帰路の足どりは、ゼネバルの森を切り開いて進んだ時よりもずっと重かったが、なんとか仕事をやり終えた充足感と解放感もあったので、悪くない疲労感です。
「私も疲れましたよ」
そう言って、いつもカッキリとしたティボーには珍しく、ネクタイをやや荒々しく緩めだした。
その様子を何となく直視できなかった私は、慌てて目をそらす。
「ティボーがほとんど喋ってくれたので助かりました
「アシュリーも前夜は練習を頑張ってたじゃないですか」
「結局、ティボーがペースを握りっぱなしでしたね」
「事が自分の思い描いたように進むというのは、こんなにも気持ちの良いものだと知れて楽しかったです」
「生き生きしてましたもんね」
予想外のことが起こると、アワアワしたり、ご当主様のアルベルト閣下ラブな所を除けば、基本優秀な人なんだよな、この人。
「はい。頑張ったのでご褒美です。どうぞ」
「え? 何ですかこれ?」
ティボーから唐突に渡された紙袋の中から物を取り出すと……
中身はリーフスパイクの髪飾りだった。黄金色の金属製のカチューシャは、傾いた日差しを反射してキラリと光った。
「これも、経費で落ちるんですか?」
「いえ、これは私からの個人的なプレゼントです」
「へ?」
「これをいただいたお返しです」
そう言って、ティボーが首の襟元を指で引き下げて見せてくれたのは、私の作った御守りのチョーカーだった。
「そ…… そうですか。ありがとう……ございます」
大分素っ気ない返答になってしまったが、プレゼントを貰った嬉しさと、ティボーに首元を見せつけられたことにドキドキして余裕がなかったのだ。
「これで、明日書簡を預かったらミッションコンプリートですね。ドランへ帰りましょう」
「帰りは、来た道を帰ればいいから楽ですね」
「ええ、そうで…… あ……」
「どうしましたティボー?」
突然往来で立ち止まって固まったティボーの顔を見ると、先ほどまでの一仕事終えてネクタイを緩めたカッコよさを、道端に落っことしてきたように、タラリと汗を流している。
「アシュリー……私たちが切り開いた道は荷馬車がちょうど通れる程度の道幅でしたよね?」
「……? はい、そうですね」
「ということは、逆側から荷馬車が来たらすれちがいは……」
「あ……」
「あ~! なんでこんな基本的なことに気付かなかったんでしょう!!」
頭をかかえるティボー。
たしかに超基本的なことなのに、なんでみんな気付かなかったんだろう?
「ふふっ……」
「アシュリー、今は笑う所じゃないですよ」
「ごめんなさい。けど、おかしくって」
現地も見たしローハン伯爵たちとの打ち合わせでも話題に出なかった。
要するに、余裕たっぷりの態度で交渉に臨んだティボーも、百戦錬磨と思ったローハン伯爵もデュムラン会頭も実は、動揺したり緊張したり興奮していたんだな。
自分と同じだったんだと思ったら、なんだか途端に親近感がわいたのだ。
「どうしましょうか…… 待避所を一定間隔ごとに設けて、すれ違いできるようにしたり…… その場合標識も必要で……」
自分の予測外のことが発生してテンパっているティボーに、
「そんなの作るの面倒なので、復路用にもう一本、輸送路を作りましょう」
「ええ⁉」
「ティボーも手伝ってくださいね。帰ったらコノタロスの熟成肉、食べさせてください」
強引な抜本解決策を提示して、フンスッ‼ と私は気合が入った。
やっぱり私には、プレゼンとかより現場仕事が性に合っているようだ。




