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第19話 プレゼン頑張ります

 サーベロ商会を後にして、商店街で買い食いや、食材市場で珍しい食材に目を輝かせるティボーに付き合っていたら、そろそろ夕刻を心配する時刻になっていた。


 色んな食材や辺境領へのみんなへのお土産を買い込んだ私たちが宿に戻ると、デュムラン商会の使いの方が待っていた。お待たせしてしまっていたようで申し訳ない。


「明日の朝食後に、メギアの町領主のローハン・メギアの屋敷まで参上願います」


 そう口頭で私とティボーに伝えた後に、使いの人は屋敷への通行証を渡して、去っていった。


「わたし、これ以上に小綺麗な洋装なんて持ってきていないんですが」


 正確には持ってきていないというか、持っていない。


 今着ている服だって、エレナから借りてきたものだ。

 慌てふためく私に対し、ティボーは冷静だ。


「大丈夫です。まだ夕刻前ですから洋服店で見繕いましょう」


 これもティボーにとっては予想の範疇内という訳なんですね。


「でも、私そんなお金は……」


「大丈夫です。仕事上必要なのですから、経費で落ちます」



『経費で落ちる』



 素敵な響き。


 王城のトゲトゲ職人の時にはコストカットの雨あられで、安全ロープなど本当に必要な消耗品以外買う予算がほぼ無く、トゲトゲ部分も最後の方は廃材利用だった。


「領主様の前で失礼のない恰好ってよく解りません」


「王城で式典などに参加したりはしなかったのですか?ドラン辺境領よりもそういった機会は多そうですが」


「私は黒子でしたから1着も仕立ててませんでした」


 王城ではパーティが連日のように開かれていたが、私のような役割の者は、むしろゲストの目につかないように、そういった時間には王城から出されていたのだ。

 私の仕事は、パーティの翌朝にトゲトゲに投げ入れられたゴミを拾うことだった。


「じゃあ、ドレス…… とまでは行きませんが、少しいい物を奮発しなくてはいけませんね」


「え⁉ そんな悪いですよ」


「気にしないでください。これから貴方がもたらすかもしれない利益と比べたら大したことではないですから」


 そう言って、商店街へ踵を返すティボーの後を私は慌てて追いかけた。




 翌朝


 朝食を終え、そろそろメギアの町の領主様の屋敷へ出発する時間となったが、珍しくアシュリーが来ていなかったことに、ティボーはいぶかしく思った。


 朝食後に身支度をしたら定刻までに降りてくるという話だったのだが……


 ティボーは執事服にも用いている燕尾服を翻しながら、宿の階段を上りアシュリーの部屋の前に立った。


「アシュリー、支度が遅れているのですか?」


「あ、ティボー。あのですね…… ちょっと……」


「どうしました?」


「着方がわかりませんか?」


「それは無いです、ワンピースなので。ただ……あの……ちょっと……」


「ただ、何です?」


「今になって恥ずかしいと言いますか……」


「すでに支度が済んでるならドアを開けますよ」


「ま、ま、ま、待ってください‼ 開けます‼ 自分で開けますから‼」


 ガチャリとドアが開けられると、羞恥によって頬を紅く染め上げたアシュリーが頭を覗かせた。

 昨日買ってもらった藤色のレイヤードのロングスカートに白いブラウスという、セパレートタイプのワンピースいう出で立ちのアシュリーがおずおずと姿を見せる。


「なんだ、綺麗じゃないですか。なんの問題もないですよ」


「うぐ…… 今いっぱいいっぱいなので、そういう不意打ち止めてください」


「そろそろ時間がギリギリですよ。領主様のお招きに遅刻する訳にはいかないので急ぎましょう。エスコートします」


 この人はもう…… こういうとこが…… まったくもうっ!!


 アシュリーは心の中で毒づきながら、容赦なくティボーに手を取られて宿の外へと連れ出された。



「もうすぐ領主様が参ります」


 気付けば領主様の応接間のソファに座っていて、案内をしてくれたメイドさんの言葉に、私はようやく意識を取り戻す。

格好の気恥ずかしさから、領主様の屋敷へ来るまでの記憶かがすっ飛んでいました。道中に白目とか剥いてなかったか心配です。


 そんな事を考えていると、ガチャリとドアが開く音がしたので私とティボーはスクッとソファから立ち上がった。

 応接室のドアから、最初は燕尾服を着た老齢の執事長が現れた。執事さんは開け放されたドアの横に控えると、領主と思しき中年の男性が応接室へ入って来た。後ろには、デュムラン会頭も控えている。


「ローハン閣下。本日はお招きにあずかり誠にありがとうございます。我が主、アルベルトの名代で参りましたティボー・バーンズ子爵と申します。以後お見知りおきを」


「同じくアシュリー・グライペルと申します」


 私は無難に楚々とした端的な挨拶を交わした。スカートを摘まんで挨拶したのって何年ぶりだろう。


「この町の領主のローハン・メギア伯爵だ。今回の会談は商談のようなものだ。楽にしてくれて結構だ」


「ご配慮痛み入ります」


 領主のローハン閣下に促され、対面のソファに着席する。


「して、デュムランから話を受けた時は大層驚いたものだ。まさか、本物のスライムの魔石が、しかもあんな大量にとは」


 どうやら昨日鑑定をして、全て本物であることがわかったようだ。

 ローハン閣下が感嘆の言葉をこぼすと、隣でデュムラン会頭もうんうんと頷いていた。


「ちなみに、あれで全てではないですよ」


「「 誠か⁉ 」」


 ローハン伯爵もデュムラン会頭も、黒ティボーが投下した意味深な言葉に、思わず椅子から中腰になり応接テーブルをはさんで身を乗り出す。


 黒ティボーは予想通りの反応を得られて嬉しいのか、にこやかに話しだす。


「はい。いずれは狩りつくして無くなるものですが、一定の数を供給できると思います」


「「 …… 」」


 ティボーは一見、こちらの手の内のカードを無為に開示しているようだが、内情を伝えて商売相手に誠実さをアピールするとともに、在庫は無限ではないので価値が暴落するものではないことを伝えている。

 これらの事情も織り込んで価格を提示しろよとティボーは言外にメギア側に伝えているのだ。


「正直に言って、どうやってスライムの魔石に値段をつけようかと迷っているところです。なにせ一度も市場に出たことが無いものなので、適正価格というものが誰にもわからないのです」


 デュムラン会頭の言った事は最もな事だが、これは敢えて価格交渉のターンをこちらに譲って、交渉のスタートとなる価格をこちらから引き出そうとしているのだ。

 これは、こちらがどこまでの額を吹っ掛けてくるのかを見て、こちらの思惑を探るものだ。今回は扱う物が物だけに、政治も絡んでくる。スライムの魔石をただ徒に高値で買ってくれるところへ単純に売りさばいて、それが敵国の手に渡っていたでは洒落にならない。


「はい。なので、公開オークションで価格を決めるのが妥当であると思います」


「では、なぜ当家に話を持ってこられたので? 何か理由が?」


疑問形で問いかけているが、ローハン伯爵は半ば自分の内心では心当たりがあり、それを確認する作業としての問いであるようだった。


「今回の物の性質を考えると、かけるべきオークションは王都でのオークション一択となるでしょう。しかし、私どもには王都での伝手がありません」


「物の価値を考えれば、王都のどの一流商会も貴殿の話に飛びつくと思いますがね」


 ティボーの回答にデュムラン会頭が意地悪気に笑った。


「これ、デュムラン」


「お気になさらず。周知の事かと思いますが、我が町ドランは王家との折り合いが良くありません」


「つまり、ドランとしてはメギアを仲買人としたいと」


「はい、そうです。王都側とは直接やり取りしたくはないのです」


「解りませんな…… なぜ余計な利害関係者を間に噛ませるのか、商人としてはいささか理解しかねますな」


 何か裏があるのだろう?という視線を向けるデュムラン会頭の視線を受けて、ティボーは寧ろ待っていましたとばかりに話を切り出す。


「もう一つ、条件をつけさせていただきたいからです」


「ほう……なんでしょう?」


 ローハン伯爵とデュムラン会頭は、ソファに座り直し、ここからが交渉の本番とばかりに腰を据え、ティボーへ話の続きを促す。


「ドランとメギアの正式な交易路の開通です」


「それは無理だ」


 ローハン伯爵はすぐに拒否の回答を返した。


「いくらスライムの魔石が魅力的な商品だからと言っても、さすがに交易路を開拓するのは莫大な時間と金がかかる。カローナの町の先にある大山脈を、メギアの商団が越えるのは現実的ではないな」


「通過するカローナ側にも開発の許可をとる必要がありますな。彼らが素直に応じるか分かりませんし、許可を出す代わりに、こちらが整備した交易路を自分たちにも使わせろと言ってくるのは目に見えてますな」


 デュムランもローハン伯爵への援護射撃を行う。


「つまり、交易路の整備にかかる時間や費用、間にあるカローナの存在、地理的な問題さえクリアできれば交易路をひらく事はやぶさかではないと」


「そうだな。どれも金と時間と労力がかかる、大変な条件だ。特に地理的な問題は神様でないと解決できないが」


「さらに、交易路実現のための調整と開拓についても、ドラン負担だとしたらどうでしょう?」


「ハハハッ。それでしたら喜んで諸手を上げて賛成しますな。なぁデュムランよ」


「そうですな。こちらとしても、ドランという新たな顧客が増えて願ったりかなったりですな」


 ローハン伯爵とデュムラン会頭はまるで架空のおとぎ話について話しているかのような口調だ。


「安心しました。それなら問題なく両町の間に交易路を開けますね」


 胸元に手を当て、胸をなでおろすというリアクションをやや大げさに行うティボーに、ローハン伯爵とデュムラン会頭は、こいつは何を言っているんだ?と驚いている。


「どういう意味かな? ティボー卿」


「あります」


「何がだ?」


「カローナを通らない交易路です。すでに、ほぼ完成しています」


 ここに来て、今日一番の波を起こすティボーの言葉に、百戦錬磨と思しきローハン伯爵とデュムラン会頭も、


「「 ええ⁉ 」」


 と、素の驚きを見せていた。


「詳細については、こちらのアシュリーより説明させていただきます」


 挨拶からは置物と化し、呑気に紅茶を飲んでいた私に仕事が回ってきました。お腹痛いです。


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