第18話 黒ティボー
「あれがゲラントさんが紹介状を書いてくれた商店ですか」
「そのようですね」
私たちは2日目の夕刻前にメギアの町に無事に到着し、その日は早々に宿に入って休んだ。
そして翌朝、身支度を旅程のための物から、交渉のための洋装へと変え、紹介状を片手に目的のお店の前へ立った。
このメギアの町でもどうやらかなり大きめな商店のようで、朝から行商人と思しき人たちが出入りしている。
「紹介状があるから門前払いはされませんよね?」
「買い取りを依頼する物が物なので大丈夫だと思います」
私とティボーは意を決して、商店のドアを開いた。
「いらっしゃいませー。受付は順番にお通ししますので、カウンターの表にご記名の上、お待ちください
商店の受付のお姉さんが気忙しそうに動きながら、声を張り上げているので、私とティボーは指示のとおりに表に記名して、大人しく待合スペースの椅子に座って待った。
「活気がありますね。ドランとは違います」
「王都の商会もこんな感じで忙しそうでしたね。私もあまり中に入ったことはなかったですが」
王城勤めだったが、業務上でも適当な消耗品を買うくらいしか王都のお店に行っていないので、結局は王都に暮らす庶子と行っている店は大して変わりません。
大貴族様や王族に近いところでお仕事をしている人は、絢爛豪華なお店にもお付のような形で随伴していたりして、そういった自慢話を廊下で聞かされたこともありましたが、トゲトゲトラップ職人の私には当然、そんな場所は縁遠いものでした。
「やはりドランは衰退しているんですね……と今までの私なら気落ちするところですが、今は希望の光がありますからへこたれませんよ」
ティボーはここ数日興奮しっぱなしだが、私のトゲトゲに色々と過剰に期待しすぎではないでしょうか?
駄目だった時の反動を考えると、何だか胃の下腹部の方がズーンと重くなる気分です。
「お待たせしました。順番でお待ちのティボー様。受付までお越しください」
名前を呼ばれたので、私たちは椅子から立ち上がり、手を挙げているお姉さんのいる受付カウンターへ向かった。
「本日はどういった御用向きでしょうか?」
受付のお姉さんがニッコリとほほ笑む。
忙しいのに笑顔を絶やさないのは、このお店の従業員教育が行き渡っているのか、それともこのお姉さんが優秀だからなのか、あるいは両方なのだろうなと、初の商談が始まる緊張を和らげるために、私は詮無きことを考えていた。
「紹介状があります。こちらに用件は書かれています。あまり衆目のある所では話たくないので」
そうティボーは微笑みながら、ゲラントさんの紹介状を受付のお姉さんに渡した。
「紹介状ですね、拝見いたします。ああ、ドランの商会の方からの紹介状ですね。用件は……」
さきほどまでアルカイックスマイルを浮かべながら対面していた受付のお姉さんが、「は?」と小さな声を出した。口はポカンと空き、目は大きく見開かれ、長いまつげをより強調している。
ともすれば間抜け顔となるが、美人さんは驚いた顔も絵になるな~。
「少々おまちください」
受付のお姉さんは紹介状を握りしめ、小走りで受付の裏に引っ込んでいった。
「大丈夫でしょうか?」
「ここまでは予想通りの流れですよアシュリー、多分この後は奥に呼ばれると思います」
受付のお姉さんの様子に不安になって話しかけたが、ティボーは余裕の表情だ。昨晩はメギアの宿屋でランプを灯して夜遅くまで今日の商談の準備をしていたようだ。
なお、私は旅の疲れで、自分の部屋のベッドに倒れ込んで、そのまま朝までぐっすりだった。
「お待たせしました。どうぞ、奥の部屋でお話を伺わせていただきます」
先ほどよりいささか固さの見える受付のお姉さんに手招きされ、受付の奥へ通される。
ティボーの言っていた通りになりました。すごい……
私は内心驚きながらティボーの方を見るが、ティボーの方は素知らぬ顔というよりも、これからが本番だという風に闘志をみなぎらせているようです。
「どうも初めまして、ティボー卿、アシュリー卿。サーベロ商会の会頭のデュムランと申します。メギア領の御用商人です。以後お見知り頂きますよう、よろしくおい願いいたします。」
奥の会議スペースと思しき部屋に入ると、ローテーブルとソファが置かれた応接室の入り口で、精悍な体と顔つきの中年男性が挨拶をする。
ティボーも私も、まぁ私は本当の末席ですが貴族なので、相手は恭しい態度だ。
デュムランと名乗る男性は会頭と名乗ったが、それってこのお店で一番偉い人ってことですよね?
そして、メギア領の御用商人ってことは、この町で一番信用の厚い商店ってことか。
そんな事を考えていると、応接セットへの着席を促され、私とティボーは応接用のソファへ座る。
こちらが着席するとすぐに、先ほどの受付のお姉さんが紅茶を出してくれた。緊張で喉が渇いていたので、すぐに口をつけると……
これ美味しい奴‼‼
これ相当良い茶葉なのでは⁉
そしてティーカップもソーサーも軽くて凄く良いものでは⁉
私は別種の緊張が重なって、紅茶のカップをソーサーへ置くときに思わず手が震えてしまい、カタカタと音を鳴らしてしまった。
「不躾な願いで大変恐縮なのですが、まずは現物をお見せいただいてもよろしいでしょうか?」
恭しく慎重に言葉を選びつつも、抑えられない好奇の目が隠せないといった目で、デュムラン会頭はこちらへ願い出た。
「ああ、スライムの魔石のことですよね。これです」
私は、ガチャリと音を立てながら応接セットのローテーブルにスライムの魔石が入った小袋を置いた。
ティボーは、またそんな粗雑に……という顔で私の方を見てきますが、一応はまだ私の所有物なので注意はしてきません。
なお、今回小袋に入れて来たのは、全体の5分の1程度だ。
「こ……この袋にあるもの全てがそうなのですか?」
「はい。全て、スライムの魔石になります」
私の代わりに、ティボーがデュムラン会頭の問いに答える。
デュムラン会頭の後ろに控える受付のお姉さんも口元に手を当てて驚いている。
「か……鑑定が必要なので1日お預けいただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「あと、もし本物であるとなると、一介の御用商人の私めの身にあまる一品です。場合によっては、メギアの領主殿との面会が必要かと思われます」
「そうでしょうね。近くに宿をとっていますので、その辺りの調整が決まりましたら連絡をお願いいたします」
「はっ‼ 夕刻までにはご連絡いたします」
「くれぐれも内密にお願いしますね」
にっこりと笑ったティボーは、その美貌も合わさって妙な迫力があった。
「結局、お話自体はすぐに終わっちゃいましたね」
サーベロ商会を後にした私たちは、そのままの流れで商店街をブラついていた。
もっと喧々諤々の値段交渉が繰り広げられることを予想していた私は、なんだか拍子抜けした気分だった。
え? 商会へ入るまで緊張してソーサーをカタカタ鳴らしてた奴は誰かって?
知らないですね、何の話です?
「ここまでは予想通りです。価格については向こうもあの場で決めれない事は解っていましたから。むしろ、すぐに価格を提示しない方が、誠実であると言えます。ゲラント殿が紹介してくださっただけあって、信用のおける商人ですよ、デュムラン会頭は」
なんだかよく解らないけど、事はティボーの予想通りに運んでいるようだ。
「けど、どうして昼食は断ったんです?」
こちらが商会を後にする際に、せっかくなら昼食をともにしながらお話をというデュムラン会頭の申し出を、ティボーは丁重に断っていたのだ。
「彼らにはできるだけ時間をかけて、スライムの魔石の鑑定や価格決めに時間を使ってもらいたかったですし、価格を提示するにあたって、こちらの状況に関する情報はあまり彼らに与えたくなかったのですよ。最初期の価格はその後にも響きますからね」
う~ん黒い。黒ティボーだ。
「ゼネバルの森で寝ていた時には、カワイイ寝言を言っていたのに、私なんだか寂しいです」
「え⁉ 寝言? な……何のことですかアシュリー。ウソですよね?」
途端にティボーがうろたえる。
どうやらティボーは、予想外の方向から攻撃を受けると滅法弱いタイプのようだ。
「辺境領に帰ったら寝言の内容を妹のエレナに伝えるのが楽しみだな~」
「ちょ……‼ ちょっと、私は寝言で何を言っていたんですかアシュリー‼」
「さぁ何でしょうね~?」
私はおどけながら、キリッとしたティボーよりも、やっぱり素の表情のティボーの方が私は好きだなと思いながら、お昼に食べるお店の物色を始めた。




