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第14話 スライムの魔石の価値

【アルバート王国視点】


「確認したけど侵入者に魔法トラップが発動した痕跡は無かったよポーラ」


「ごめんなさいフェルナンド。余計な仕事をさせてしまって」


 アルバート城の王族の居室スペースにあるバルコニーは、木々や草花が植えられた爽やかな空中庭園。


 ポーラ第2王女と婚約者で王国の筆頭魔術師のフェルナンドの2人は、寝間着にガウンという出で立ちで、バルコニーのテラス席に仲良く横並びに座り、庭園の緑を眺めながら優雅にモーニングコーヒーを飲んでいた。


「まったく。父上は愚姉に昔から甘いのよ。いい歳をして引きこもっている、あんな王族の風上にもおけない娘を」


「出来の悪い子ほど可愛いとも聞くからね。僕らも人の親になったら、父君の気持ちがわかるかもしれないね」


 フェルナンドが、横に座るポーラの肩を抱き寄せると


「あん♪ 子供なんて気が早いわよフェルナンド♪」


 言葉こそ拒むような内容だが、ポーラは嬉しそうな顔で、フェルナンドの肩にしなだれかかっている。


「王城の警備にケチをつけた愚姉に一言言ってやりたいのだけれど、また部屋に引きこもっているのよね」


「気にすることはないさ。王に報告して、この件はおしまいだよ」


「それもそうね。私達には他にも大きな仕事があるのですから」


 そう言いながら、今日もバリバリ働かなくてはと、ポーラは背筋を伸ばして、程よく冷めたコーヒーを飲み干した。


 その頃、マナ第1王女は、自室のベッドで布団を頭から被って、猫のように丸くなっていた。



「どうしよう……昨晩も色んな人が城内に入ってきた……私、どうしたらいいの……」



 マナが自室で呻いているのと時を同じくして、もう一人、城内で頭を抱えて呻いている人物がいた。


 暗い隠し部屋にいる暗部の長だ。

 暗部の長の頭痛の種は、行方不明の暗部の構成員の捜索についてだ。


 部下を総動員するのみならず、自身も王都や周辺都市を捜索したが見つからなかった。


 暗部という非常に秘匿性が高く、また、国家の闇を知る存在は、他国がヨダレを垂らして欲する情報の塊だ。

 暗部の構成員には、対拷問訓練も受けさせているが、何事も絶対というものはない。


 八方を探して見つからないとなると、他国へ既に逃げたと見るのが妥当だろう。


 失態を上に報告しなくてはならないこと、今後の対応について想像すると、暗部の長は苦々しい味が口いっぱいに広がったような錯覚を覚えた。


 なお、暗部の長は、八方手を尽くして探していたと思っているが、街道一本道でしか往来できないドランの町は、最初から逃亡先の捜索対象とはしなかった。


 そして、今自分のいる暗部の詰め所に、認識阻害の効果をもたらす魔道具が据え付けられていることにも、城に侵入者が頻繁に出入りするようになったことにも気付いてはいなかった。




◇◇◇◆◇◇◇




「ごめんください」


 朝食が終わりひと心地ついたであろう時分に、屋敷のエントランスに、御用商人ゲラントの声が響いた。


 アルベルトは今か今かと待ちわびていたので、急いでエントランスに出迎えに向かった。


「おはようございます。ご当主様」

「ゲラント。落ち着いて聞いてくれ」


「ご当主様。ゲラントは落ち着いていますよ。失礼ながら、平静でなさそうなのはご当主様の方かと」

「なに、貴殿もすぐにこうなる」


「カローナの商人が何か言ってきましたか? また不平等な条件を飲めと」

「今は、そんな細事はどうでもいい‼早く来てくれ」


「はぁ……」


 状況が飲み込めないゲラントは、訝しげな顔をしながらアルベルトの後を付いて行った。



「こ、こ、これは‼」


 スライムの魔石を手に取りマジマジと見つめていたゲラントの声と手は震えていた。


「どうだゲラント? 動揺するのも無理はない逸品だろ」

「本物…… なのですよね?」


「ああ。王城で唯一保管されている物を見たことがある。間違いないだろう」

「魔石は魔法の増幅装置。長年魔力を貯め込んでいるスライムの魔石なら国宝級です」


「アシュリー殿。どうやってこれを採ったのですか?」


 興奮冷めやらぬという感じで、ゲラントは同席した私へ身を乗り出すようにして尋ねた。


「手製のナイフを当てたらスライムの身体が弾けて、魔石が残るんですよ」

「スライムが弾ける? スライムは物理攻撃も魔法攻撃も無効化されると聞いたのですが」


「私のナイフは実は即死のトゲトゲトラップをベースに作ってるんですよ。ナイフはかなり力加減を柔らかくして作ったので、魔石が残ったんでしょうね」


「トゲトゲのトラップ?」

「王城の周りをグルッと囲んでいたあれだ」


「今はもう無くなりましたけどね」


 私は、少し寂しげに答えた。


「それで、ゲラント。これは売ったら一体いくらになる?」

「正直、想像もつかないです。ただ一つ言えることは……」


「ああ、わかっている」


「「 カローナの商人に渡したら買い叩かれる!! 」」 


 アルベルトとゲラントは口を揃えて断言した。


「あの……カローナとは?」


 私が疑問を口にすると、


「カローナは、ドランの隣の都市で行商相手よ。こっちの足元を見てきて色々難癖をつけてくる嫌な奴らよ」

「本来ならカローナを通ってドランに来るのですけどね。それを知らないということは、やはりアシュリー卿がゼネバルの森を突っ切ってきたというのは本当なんですね……」


 エレナが口を尖らせて悪口を言ったことを、あの良きお兄ちゃんのティボー卿がたしなめないとは、よっぽどカローナの商人というのはひどい人たちなのだろう。


 というか、あらためて何度もゼネバルの森を踏破してきたことに驚き呆れられるって、よっぽど非常識な事を私はしでかしていたんですね。


「そうなると、別の町に売りに行かないとですよね?」


「うむ。カローナより更に北の町 メギアがいいでしょうな。信のおける商人仲間もおりますから。ただ……」

「ただ、何でしょう?」


「メギアは隣の隣の町とは言え、険しい山脈を越えるルートになります。輸送コストは、スライムの魔石の売価が高額でしょうからペイできるでしょう。しかし、そのために私が長期間ドランを空けることになります。これはよろしくないです」


「そうだな。アドバイザーのゲラントの不在を好機とばかりに、カローナの商人どもが色々と私に言ってくるに違いない」


 難しい顔をするゲラントさんとアルベルトさん。


「あの…… ゼネバルの森を通れば、良いのではないでしょうか?」


「「 は? 」」


 ゲラントさんとアルベルト閣下が呆けたような顔で、こちらを見る。


「ゼネバルの森は特に起伏も激しくない平地でしたし、運ぶのは鞄一つに収まるスライムの魔石です。隊商を組まずとも、少人数なら移動スピードも速いでしょうし」


「いやいや、ゼネバルの森を通過するのはダメですよ。納期に追い詰められた商人が幾度もそのルートに挑んでは、誰も帰ってきませんでした。あれは自殺しに行くようなものです」


「私のトゲトゲがあれば平気です」


ゲラントさんが子供を諭すように語りかける中、私は自信満々に答えた。


「ゲラント。信じがたいが、アシュリーは王都からゼネバルの森を通ってドランに来たというのだ」


「なんと⁉ しかし、森の中心にいると言われるスライムの魔石を採ったということは……」


 当主のアルベルト閣下の言葉を聞いて、理解し難いものを見る目で私を見つめてくるゲラントさんの横で、エレナは得意げに、そしてティボー卿は何故か呆れ顔だった。


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