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第13話 若き辺境伯領主の苦悩

 カヴェンディッシュ家の若き当主であるアルベルトは、ようやく宿屋に逗留する商人たちとの不愉快な会食を終えて、家路についた。


 商人たちは、地元で取れた野菜のスープには手を付けず、自分たちで持ってきた干し肉を噛りつつ、酒ばかりをあおっていた。


「相変わらずドランには何もないですな」


「ここに来ると毎回痩せてしまって困るわい」


「まあまあ。我らカローナの商人が外商に来なければドランは更に貧相な暮らしになるのですから、人助けもまた商人の道ですよ。そうですよねぇ?当主殿」


「ハハハッ……はい」


 とても、物を売る立場の商人が、領主へ向けるような口のきき方ではない。


 しかし、若いアルベルトが商人に特別なめられているというわけでもない。

 この関係は長年続いているのだ。


 ここドランは、一本の街道のみで他の都市と繋がっている。カローナの都市は、隣の町になる。


 その唯一の街道を通りカローナの商人たちは物を売りにくるわけだが、正直に言って、ドランはボッタクリ価格で物資を購入している。


 領地が広いと言っても、大部分は農地はおろか山菜採取にすら命の危険があるゼネバルの森であるドランの町。


 もしカローナのご機嫌を損ない、物資の販売が止められてしまうと、あっという間にドランの町は干上がる。

 更に隣の街との交易は、移動距離が長すぎるからと断られ続けている。


 そのため、領主自らが出向き、カローナの商人をもてなすご機嫌取りが必要なのだ。

 街に唯一ある宿屋が豪奢なのも、こういった理由からだった。


 領民との気のおけない関係からくる砕けた応対ではなく、どちらが上の立場なのか解らせるための、カローナの商人の態度。

 そういった違いは、アルベルトも幼い頃から肌で感じていた。


「ご当主様。今回もよく耐え忍びました」


「ああ、ねぎらいありがとうゲラント殿。君にはいつも無茶ぶりばかりしていて悪いな」

「なんのなんの。このゲラント・ウッズ。カヴェンディッシュ家の助けとなることが家訓ですからな」


 中年で恰幅の良いゲラントが豪快に笑い飛ばす。


「こんなに領主としての仕事がストレスフルとは思っていませんでした」

「アルベルト殿は良くやっておられます。先代ご当主様が急に亡くなられた中」


「急逝した父の気持ちがわかるよ。そりゃ、家での酒量が増えて早死して当然だ」


 父の頃から世話になっているカヴェンディッシュ家の御用商会の会頭で、旧くから馴染み深いゲラントは、当主という立場上、早々人に愚痴を言えない立場であるアルベルトの数少ない本音で話せる相手であった。


「それではカローナ商人との商談の事前打ち合わせのため、明日屋敷へ伺いますので」

「ああ、よろしく頼む。ではまた明日な」


 ゲラントが家路に向かう背中を眺めると、アルベルトは屋敷の門をくぐった。


 先程の会食では、手持ちの料理をパクつくカローナ商人に合わせる形で、目の前に並べられた料理をほとんど口にしなかったので、腹が減っている。


 そう言えば、エレナが日中、森に山菜を取りに行くと言っていたな。

 キノコのシチューなど残っていれば良いがと思いながら、アルベルトは玄関のドアを開ける。


「お帰りなさいませ」

「うん、ただいまティボー。小腹が空いていてね、何か食べる物はあるかい?」


「それでしたら……」


「ご当主様‼ 朗報ですよ‼」


「エレナ、御当主様の前で騒がしいですよ」

「構わないよティボー。どうしたんだいエレナ? 珍しいキノコでも採れたのかい?」


 ドタバタとエントランスへ来た妹のエレナをたしなめつつ、ティボーはアルベルトが羽織っていた外套を受け取る。


「コノタロスのローストビーフがあるんです」


「なに⁉ コノタロスなんて高級な肉をどうやって……は‼ まさかエレナ、森で無茶を」


「違います。アシュリーがコノタロスを狩ってきたんです」


「アシュリー?」


 そこでようやく、アルベルトはエレナの後ろにいる見慣れぬ女性に気付いた。


「ど、どうもお初にお目にかかります閣下。アシュリー・グライペルと申します」


「アシュリーは私の命の恩人なんです」


 おずおずと挨拶をする少女の後ろで、得意気な顔をして訳の分からない紹介をする従妹であるメイド長を見て、アルベルトはますます混乱するのであった。




◇◇◇◆◇◇◇




「なるほど。そういう経緯だったのか。アシュリー卿、エレナを助けてくれて礼を言う。いくらでもこの屋敷に泊まっていってくれ」


「いえ、そんな……」


 アルベルト閣下が遅めの夕食を食べるのに付き合いつつ事の経緯を説明すると、私にわざわざ礼の言葉をくれた。御当主様からのお言葉なんて恐れ多い。


「おまけに領民との宴にも肉を提供してくれるとは」


「宿代の代わりなので、本当に気にしないでください」


「それにしても、このローストビーフは美味しいな。ソースも絶品だ」


 当主のアルベルト閣下がローストビーフを食べながら思わず漏らした言葉を聞いて、片付けをしながらチラチラと、アルベルト閣下の反応をうかがっていたティボー卿と目が合う。


 料理を褒められて嬉しかったのか、一瞬だけ破顔していたティボーさんは、その様子を私に見られているのに気付き、慌てて元のキリッとした顔つきに戻った。


「しかし、にわかには信じがたいな。王都からゼネバルの森を抜けてドランまで来たとは」


「そんなに恐ろしい森ではなかったですよ。暗殺者に殺されかけた時の方が、よっぽど怖かったです」


「アシュリー可哀想」


「王国の暗部から狙われて生き残ったのもすごい話だが…… ゼネバルの森では本当に魔物には出くわさなかったのか?」


「はい。コノタロスと、後はスライムだけです」


「スライム…… だと?」


「はい。唯一スライムだけは私の前に何体も現れたんです。ちょうど森の中心辺りで。あ、これスライムの魔石です」


「…………」


 なんだろう?

 アルベルト閣下とティボー卿が固まってしまった。


 スライムみたいなザコにしか出くわさなかった私の望外の幸運に驚いているのだろうか?


 あ、それともスライムの魔石くらいしか収穫が無いのに期待外れだと思われたか?


「あ、あの。数はそれなりに取れたんですよ」


 少々焦りながら、私はカバンの口を逆さまにして、ガチャガチャとスライムの魔石をテーブルの上に放り出した。


「へぇー、深い黒色で綺麗な魔石ね」


「いっぱいあるし、エレナも1つどうぞ」


「ありが…… 痛っ‼ 何するのお兄様⁉」


 エレナがスライムの魔石を取ろうと伸ばした手を、ティボーさんがピシャリと叩いたのだ。


「御当主さま。これは……」


「ああ。アシュリー卿。明日、うちの御用商人が屋敷に来る。これをその商人に是非見せたいのだが、良いか?」


 アルベルト閣下が私の肩をグワシッと掴んで、至近距離から迫られた。


 私はその迫力に思わず、是の返答をするしかなかった。


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