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第12話 トゲトゲ職人でした

「なるほど、そんなことがあったのですね」


 コノタロスと出くわした際の状況を執事のティボー卿に一通り説明をすると、ティボー卿はようやく、エレナが私を招いたことや高級肉を持って帰って来たことやらについて、合点がいったようである。


「エレナが話していた話と矛盾もないですね」


「ティボーお兄様ったらアシュリーのこと疑ってたの?」

「それはその……」


 私本人の前で、疑わしいと言うわけにもいかないので言葉に窮すティボーさんに、


「エレナ。素性の解らない相手を疑うのは当然のことだと思うよ」


 と私は助け舟を出す。


「……エレナを呼び捨て?」

「あ、あ、あの。すいません‼ けど、エレナがそう呼べと……」


「二人ともケンカは良くないよ」


「「 誰のせいだと思ってるんです‼ 」」


「前言撤回。やっぱり二人は仲良しだね~」


 森からの道中でも思ったけど、やはりエレナは貴族の令嬢としてかなり変わっているようだ。

 何というか、一般庶民以上に人懐っこいというか。


「しかし、信じがたいですね。触れただけでコノタロスの体の大部分が欠損するほどの威力のナイフとは。そしてそれを扱っているのがエレナと同じ年頃の少女だなんて」


「それは私も思った。ちょっとナイフ見せてアシュリー」


「いいよ」


 私が鞄からナイフを取り出す。


「う~ん。見た目はただの原始的なナイフだけど……」


「刃には触らないでね。半身が消滅しちゃうよ」


「こわっ‼ あれ? けど、さっきは刃の部分も布に巻かれていたじゃない」


「その辺はトゲトゲ職人の腕の見せ所だね。使用者の善悪の選別ができるようにトゲトゲの力を設定することができるんだ。そうしないと、無為な事故が起きたり、作成者のトゲトゲ職人の命がいくつあっても足りないからさ。師匠である父にも修行の初期にキッチリ教え込まれて」


「トゲトゲ職人?」


「あ……」


 しまった。素性は極力隠して放浪者みたいな設定で行くはずだったのに、早くもボロを出してしまった。

 つい、トゲトゲのことになると職人の性で、饒舌になってしまう。


「ごめんエレナ。放浪者っていうのはデマカセで、私は本当は王城で働いていたトゲトゲ職人だったんだ」


 まだ接している時間は短いけど、エレナは信頼のおける人だって私には解っていた。

 なぜなら、私に殺意や害意がある人なら、ナイフに触れた時点で、柄の部分であろうと消滅しているからだ。


 トゲトゲをひたすら作ってきたけれど、トゲトゲが人を見分けるセンサーとして機能するというのは発見だ。


「王都にいたって言ってたけど、王城に勤めてたんだね。むしろ誇らしいんじゃないの?」


「すでにクビになった身の上だもの。それに命を狙われていたから」


「命を狙われているとは穏やかじゃないですね。謀反でも起こしたのですか?」


 鋭い目つきでティボー卿が私を見る。


 こ、怖い……


 そりゃ、王城を追われたなんて厄介事の匂いしかしないもんね。


「違います。私はただ王城のトゲトゲを管理運営してて、けどトゲトゲは全て廃止するからと、撤去作業を終えて晴れて無職になった日に、自宅で寝込みを暗殺者のような輩に襲われたんです」


「それは口封じでしょうね。城の防衛の機密を貴方が漏らすかもしれないから」

「やっぱりそうなんでしょうね…… 私にはそんな気は、これっぽっちもなかったのに」


「失礼ながら、元職人一人の命で王国の防衛上のリスクの芽を摘めるならと考えたのでしょうね。あの王家の考えそうなことです」


「お兄様。口が悪くなっていますよ」


 丁寧な言葉遣いのティボーさんには珍しい吐き捨てるような物言いを、これまた珍しく、いつも注意されてばかりいるエレナが諭した。


「失礼しました。しかし、これでアシュリー卿が信のおける方だと解りました」


 いや、王国から命を狙われてるって、逆に相当怪しい奴だと思うんだけどな。


 辺境伯って王家とはあんまり仲が良くないのかな……


「そう言えばアシュリー。王城勤めなら、マナ第1王女様は知ってるでしょ? 元気にしてらっしゃった?」


「う~ん…… 私は裏方だったから、お目通りが叶ったことはことはないかな」


「そっか…… 御当主様も、マナ様のこと気にしてたから、様子が解れば良かったんだけど」


 エレナが残念そうな顔をする。


 第1王女って、たしか部屋に篭りきりでほとんど姿を現さないんですよね。

 ただでさえ王城内で目に触れないように立ちまわってた私なんて、まず会う機会なんてありませんでした。


「さあ、そろそろ夕飯の時間ですよ。今夜はコノタロスのローストビーフです」


「ホント⁉ コノタロスのローストビーフなんて御馳走だね‼」


「ちゃんと手を洗ってからですよ」


「はーい」


 子供のようにはしゃぐエレナを眺めながら、ティボー卿は安堵したような表情を浮かべている。


 夕飯のメニューをエレナに伝えたのは、少し落ち込んだ妹を元気づけようというティボー卿の気づかいなんだろうな。


「アシュリー卿。あらためて、妹のことを助けていただき、本当にありがとうございます」


 そう言って、ティボーさんは背筋をピンと伸ばした奇麗なお辞儀で、わたしに礼の言葉を述べた。


「そ、そ、そんなお礼なんて‼ 私がしたことははただの結果オーライだったっていうか。頭を上げてくださいよ」


 ワタワタしている私の言葉を受けて、ティボー卿は頭を上げる。


「あの子はどうも危なっかしくて」

「今日会ったばかりですが、それは私も同意です」


「やはり、初めて会う人でもそう思いますか……」


 先ほどまでビシッとした執事然としていたティボー卿の表情が、一瞬だけど崩れたように見えた。


「ティボー卿は妹さんのことが心配なんですね」

「そんなことはないです。さぁ、あなたも食堂へどうぞ。折角の料理が冷めてしまいます」


 尊い兄妹愛を見たという風に眺めていたのに気づかれたのか、ティボー卿はプイッと顔を背けて私を食堂へ促し、サッサと食堂の方へ向かっていった。




◇◇◇◆◇◇◇




「このローストビーフ美味しい〜。王城の晩餐会で食べたのと遜色ないよ」

「私はこんなに美味しいお肉、生まれて初めて食べたよ。このかかっているソースも絶品だね」

「お肉の質が良かったからです」


 照れくさそうにティボー卿が、俺とエレナの皿におかわりをよそってくれる。


「お兄様。これでもまだ、お肉はたくさん残ってますよね?」

「ええ。残りの肉は今は熟成中です」


「アシュリー。良かったらなんだけど、このお肉を領民の皆にも食べさせたいんだけど」

「もちろんいいよ。コノタロスの肉は、宿代がわりみたいなものだから、カヴェンディッシュ家の人が思ったように使ってよ」


「ありがとうアシュリー。じゃあ、御当主様に宴の開催の相談をしなきゃ」


 そういえば、御当主様の許しがなければ、この屋敷に泊まることなんて出来ないのでは?


「御当主様は本日は商会との会合ですが、少しお帰りが遅いですね」



(ガチャ) 



「あ、噂をすれぱ帰ってきたみたい」


 エレナとティボー卿がエントランスへ出迎えに行く。


 大した覚悟もできぬまま、私は辺境伯閣下と対峙するべく、のそのそと二人の後をついて行くのだった。

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