第3話《死の幻夢〈アシュリン〉》
「しっかし、ガキ一匹始末するだけで1000Gとは儲けもんだなァ」
フクロウの鳴く星空の下。1人が100枚の銀貨がなみなみと入った麻袋を手に、ひげむくじゃらのごろつきたちは焚き火を囲み談笑していた。
彼らの服はどれも煤や古くなった汗でくすんだボロボロの布服で、ところどころ中途半端に破れている箇所が見える。
「イアン。分前は俺たち4人で250Gずつだよな?」
「おうともよ、ヴァイツ。しかし銀貨25枚といえば、ソコソコの娼館でナンバーワンの女を一晩は抱ける金額だぜ。そこらのガキがよく出せたもんだ」
ごろつきの1人はそう言うと、がさごそと少し腐った干し肉を焚き火であぶり出す。
「後はここで見張るだけで明日には追加で400G。スラムで強請るより楽勝な仕事でヤンス」
訛りの強い方言を喋りながら、スキンヘッドのごろつきはナタを手入れしながら歯抜けの下卑た笑みを浮かべる。
「がちゅ、もちゅ、くちゃっ、くちゃっ……おい、アイーフ!小川で水汲んでこい!」
「ビクッ!は、はい、リーダー!へへっ、汲ませてきてもらいやす」
干し肉を食っていてリーダー格のごろつきは少し喉が渇いたのだろう。
枝を拾っていた痩せ型の手下へと怒鳴り声で命令すれば、わざとらしく驚いた手下はそのまま森の奥へと歩き出した。
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「クソッ!あのスラム育ちのゴミが……オレをコケにしやがって!」
コツンッ!と蹴られた小石が杉の木肌へと当たる。
先程の手下はいらいらしたような目つきをしながら、そのまま林道を通って崖近くの小川のほうへと向かっているようだ。
「銀貨25枚で女を抱く?バカらしい、そんなことしてるからいつまでたってもこんなド底辺なんだろうが!オレはあんなやつらとは違う。今に見てろ、オレはこの仕事で手に入れた銀貨を使って成り上が……あれ?」
ふと手下が気づけばそこは先程の林道ではなく、小さく開けた草地が広がっていた。
そしてその中心にはどことなく神秘的な剣が刺さっている。 金色の刃に細かな彫刻……金貨100枚は下らないそれが突如男の前に現れたのだ。
「な、なんだあの剣……す、すげぇ」
手下は思わず見惚れてしまう。
そしてゆらゆらと松明に寄せられる虫のようにそれに少しずつ、誘われるように近づき始める。
「こ、これがありゃオレは大富豪……いや、爵位取ったってお釣りが来る。貧乏貴族から爵位買って、貴族の嫁さんもらって……へへ、こりゃいい。そうだ、オレは今まで我慢してきたんだ。これくらい報われても……」
手下はそう言うと、剣を抜こうとして───。
"浮遊感"と共に、地面をすり抜けていく。
「へ?」
手下が瞬きをして、間抜けな声を出したとき。
そこはすでに、地面に細く亀裂の入った崖の中だった。
「な、なんで?ウソだ、こんなこと、ウソだ、ウソ……ぐぎゃ」
自らの最期を知らせる早口言葉と潰れたカエルのような断末魔と共に、運悪く頭から落ちた手下は崖下で息絶えた。
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「……これが、竜の力なのか?」
近くの林。
そこには血まみれの服はそのまま。しかし黒い髪と瞳から明らかな灰髪と金眼へと変貌したグスターヴが遠目に手下の最期を見て、小さくつぶやく。
『左様です。 あれは『死の幻夢』。 もっとも、我が力の中では最も弱く非力なものですが───長年の封印で弱体化した私と未熟なあなたの力量ではこれが限界でしょう』
「まるで魔法みたいだ……それに、本当に契約したら喉の傷も治ってる」
さすり、と傷跡一つない首元を触りながらグスターヴは思わず感動しているようで。
『魔法? はぁ……人が生み出した如き粗末な奇術と竜の力では比べるまでもない話です。この程度で喜ぶのは結構ですが、慢心しないように』
「だ、だけれどこの力があればディディエにだって……」
『初めてにしてはたしかに上出来でした……が、今のままでは不十分です。幸い周囲に他の魔力反応がありますので、素早く片付けて一人残らず食らうとしましょう』
「……食らう?」
グスターヴがその一言に反応し、反射的に返す。
それに対して幻竜姫はいともたやすく次の言葉を放った。
『えぇ、無論です。でなければ今以上の魔力を得られぬでしょう? それに、他に使えるもう一つの力が存在します。それを試す為でもあり──無論、拒否権はありません。貴方の人生は既に私のものなのですから』