第2話《契約〈ディール〉》
『……契約をしましょう、若き人の子よ。汝の命を助け、我が力を使う権利を与えるかわりに──私の封印を解き、汝の人生を私に渡しなさい』
声が響いた。
いよいよ幻聴かと思いながらも、この鬱屈な崖底だと不思議と寂寥感に駆られ───
『あなたは誰なんだ』
つい、声を出してしまった。
いや……声などでないはず。"俺の首元は切られている"はずなのに。本当は声など出てないのに、なぜか本能的に発したと感じてしまう。
『なぜ、声が……』
『魔声によるものです。一時的に汝の血を介して私と魔力路を接続しました───とはいえ、長くは持ちません』
女の声は端的にそう説明する。
魔力路はたしか体内の魔力を任意の方向へ操作するための魔導回路と聞いたことがある。
だけどそれは高位の貴族にしか発現しない。なぜ俺に……?
『簡潔に説明しましょう。あなたの体内には私と同じ”竜血”が流れています。遠い昔、あるいは近い年に同族の血が入り混じったのでしょう。もっともそれはごく薄く、本来ならば私直々にそのような”裏切り者”の末裔は誇りのもとに処断すべき───ですが』
『竜?どういうことなんだ、竜は大昔に戦争で絶滅したはず。それで多くの人が死んだって……第一、あなたもドラゴンなのか!?』
しかし俺の返事を無視し、声の主は言葉を続ける。
まるで不変で無機質に。
『あなたの竜血のおかげで封印に綻びが生じました。まさか長い眠りから覚められるとは想定外でしたが、封印を解くにはあなたと契約する必要があります。私がここを出るには依代が必要ですから。左を見なさい』
その言葉のとおりに左を向けば、わずかにぼんやりと蒼い光が直ぐ側の地面を照らしている。どこにも光源はないのに、まるで奇術のようだ。
『血を介してあなたの感情を見ました。愚かな人の欲によってその人生を狂わされ、道半ばで果てかけていたようですね』
『……ッ』
その言葉に、声を出せない。
いや、正確には思考が途切れかけていた。
『私と契約すれば、その体も瞬く間に治されるでしょう。竜魂の力によって、多大な力も与えられます』
『……本当に、契約すれば力が手に入るのか?』
竜はこの国では禁忌だ。
過去に人と戦争を起こし、数百万もの人の命が消えた。
それだけじゃない。
竜がいなくなるまで、人は奴隷のような扱いを受けていたのだという。数多の英雄と勇者が立ち上がるまで、この国──いやこの国のある一帯全ては竜たちの恐怖政治で包まれていた。
魔族と契約するようなもの。
それこそ、たとえ木っ端であろうと騎士の誇りさえも地面に捨てる所業だ。
『……あなたが受け入れないのなら私はまた長い眠りにつくだけです。それもまた選択、止めはしません』
女の声も、いくばくか遠くなったような気がする。
時間がないのは事実なのだろう。
ディディエの歪んだ表情が浮かぶ。
病床で苦しみ汗ばんだ父の最期の言葉が何度も頭の中を駆け巡る。
そうだ。
ここで諦めるくらいなら。
『……契約、する。竜と、契約することを誓う!』
竜だろうと。
俺の"魂"程度、売ってやる……!
『───契約。その勇気と覚悟、そして新たなる盟約者との契約のもと、私の竜名を告げましょう』
"我が名は幻竜姫ヴリオングロード。夢幻を揺蕩い、天を統べし竜の姫なり"
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