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第1話《封印の姫君》

「……」

 宵闇に覆われた暗い崖の底。

淡く光る水晶蜥蜴クリスタルサラマンダーやヌメヌメと鈍く光るナメクジの這う、苔に覆われ湿った【そこ】に彼はいた。



 首からはどくどくと脈動と共に鮮血が垂れ流れ目は虚ろに上を向き、汗ばんで固まった黒髪と対比するように血を失った肌は青白く色を失っている。


(ディディエ……君はなんで)

 深夜に目が覚めると突如彼らに囲まれ、崖に落とされたグスターヴはただひたすらに死を待つばかりの時の中で思考を巡らせた。 そして、義兄弟がこのような蛮行に及んだ理由を考え始める。


 グスターヴの家は郷士……貴族の中でも最下位に位置する凖貴族と呼ばれる地位にあった。 枠組みで言えば騎士の範疇と言えよう。

 

 だが領地は家とその周辺の原野程度なもので、それほど広いものでもない。


 財産は地位と領地を除けば羊飼いであったグスターヴの祖父が近くにある川底に大量の砂金を見つけ、宮廷に献上した功績で国王から郷士に任命されたときに建てた家と、古びた甲冑と武具のみ。


(本来、郷士は世襲じゃない。だけれど、この国では実質的に郷士は半ば世襲になっている……俺もそうやって、父から地位を受け継いだ)

 

 ぼやける意識の中でグスターヴはそう心中でつぶやく。

だが、そこに蛮行の理由があることに気づいた。


 郷士とはつまり、勲爵くんしゃくである。

村の名士などとして国の中で功績を上げ、それを認められたら王国より地位をたまわる。

 

(ディディエが行いたかったのは、俺に罪を被せ自身が郷士の地位を得ること。そして郷士に任命されるには功績を上げることが必須)


 他領、それも世襲貴族の中でも中位に位置する伯爵家の領民。それをグスターヴ自身が殺すとなるととんでもない大罪となる。


(ディディエは元々没落して爵位を売った男爵家の生まれ……王国にも名簿はあるはず)


 そこで養子となった元男爵家の遺児が、大罪を犯した郷士を直々に誅殺したとなれば───。



(彼は伯爵家から代わりに許しを受け、成し遂げた功績と元々の血筋のお陰で郷士になるだろう。そこで得られるのは自然と俺の持っていたもの……伯爵家に吸収されたとしても、彼は確実に要職につける)



 グスターヴの心に悔しさが募る。

なぜ、彼の蛮行に気づけなかったのか。なぜ、自らはやすやすと騙されてしまったのか。



 だが、なにより。

なにより、グスターヴにとって許せない点があった。



 それは父の死因。

グスターヴの父の死は流行り病によるものだった。


(だけれど、父は突如として亡くなった。良く物を食べて元気だった父が、突然食も取らなくなった。あのときは疑わなかった、だけど……)


 不思議と、辻褄が合ってしまう。

合わせたくないと思いつつも、死に追いやられかけたグスターヴの脳は思ったよりも冷静に、そのパズルを組み立ててしまった。


(……こんなところで、俺は死ぬのか?)

 目がどんどんとうつろになり、手足の感覚を失っていく。既に首から流れる血の感覚すらもない。まるで全身が生暖かい水に包まれているかのような感覚さえ感じる。



(でもどうせ生きたところで、残酷なことになるだけだ。俺は落ちこぼれで、ディディエには勝てない。才能でも、何もかも───)


 徐々に弱気になっていくグスターヴ。

そして諦めかけ死を受け入れかけた彼に、とある言葉が浮かんだ。


『グスタ、お前は立派な郷士になれ。俺にも、爺ちゃんにも負けないような、立派な男になるんだ。どんな試練があろうとも絶対に諦めるな。信じてるぞ』


 今のグスターヴと同じく、死に瀕した父の言葉。

どこからともなく湧き出たその言葉が、グスターヴの心に喝を入れた。


(……父さんは、俺に託してくれた。"落ちこぼれじゃない"と、信じてくれた) 


 力を失いかけた血まみれた手が最後の力を振り絞り、筋肉が筋張る。ガタガタと生まれたばかりの子馬のように震えながら、うつ伏せのグスターヴは前に這いずるように進む。



 進んだところで、治るわけではない。

彼は死ぬ可能性のほうが高い。だがそれでも、グスターヴは進む。



 そして首からどくどくと流れ落ちる鮮血。

その血が、進むグスターヴの振動と風に揺られ……ほんの一滴だけ左の地面へとこぼれ落ちる。


 その偶然が、グスターヴの運命を変えたのだろうか。

あるいは運命の悪戯か。


 地面に埋まり幾年も眠り続け誰からも忘れ去られた石板に浅く地中へ染み込んだ血が触れた。


 そして無我夢中に進み、悔しさと勇気を抱いたグスターヴの耳───あるいは脳へと静かに凛と可憐な女の声が響いた。


『……契約をしましょう、若き人の子よ。汝の命を助け、我が力を使う権利を与えるかわりに──私の封印を解き、汝の人生を私に渡しなさい』

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