相次ぐ失踪事件②
「お前講座受けてたっけ?」
智彦に言われ太悟はいや、と缶コーヒーを飲みながら言う。
大学構内のベンチに座りながら智彦は課題を開いている。
その隣で太悟は無理矢理コーヒーを体に入れて、眠気を覚まそうとしている。
「遅くまで彼女とイチャついてたのか? あ、彼女いないんだっけ」
ヒヒヒッと嫌味を言う智彦を一瞥することもなく、太悟はベンチに座り目の前の木々に目をやっている。
「講座がないのに何で土曜に学校来てんだ?」
思うような反応がないので面白くないというような顔をして、課題に目を落として智彦は疑問をぶつける。
「ちょっと野暮用でな」
ズズッと太悟は座った目をしてコーヒーを啜る。
「ジジイかよ」
ハハッと智彦は笑う。
「そういやいつもツルんでるやつはどうしたんだ?」
唐突に太悟に聞かれ、智彦は頭をポリッと掻いて言う。
「最近来てない。ズル休みかな。メッセージも返ってこないし」
それを聞いて、太悟は座った目をさらに鋭くする。
「お前殺し屋みたいな目してるぞ」
智彦は少し腰を引く。太悟は構わず智彦に質問した。
「何日前から見てない? メッセージが途絶えたのはいつからだ?」
「な、何だよ。マジな顔して。三日前……かな。どっちも」
智彦は少し狼狽えて答える。いつもと違う太悟の雰囲気に戸惑っているようだ。
「その前に何か言ってなかったか?」
「……何か?」
「何でもいい。どんな些細なことでも。もしかすると事件に巻き込まれているかもしれない」
「じ、事件!?」
智彦は“事件”という響きに驚き、思い出すように考える。それからスマホを開き、メッセージの履歴を見る。
「関係ないと思うけど……4日前のやり取りで、『新任の講師が色っぽい』って書いてる。そんな会話しかしてないからな、普段」
「新任の講師? って誰だ?」
「“糸川 香凜”っていう28歳の美人講師だよ。髪下ろしてメガネかけてる」
「知らないな」
「マジか!! 男どもの間では結構な噂だぞ。厳しいがアメとムチの使い分けが絶妙ですでに虜になってるヤツが結構な数いるらしいぞ。俺は彼女命だけどな」
太悟はにおうな、と思う。
力のある妖魔は魅力的な姿をしていることが多い。
(思い過ごしだったらいいが、念の為接触してみるか)
太悟は立ち上がると、コーヒー缶をゴミ箱に捨てた。
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アパートに戻った後、結羅は鮭フレークでおにぎりを作り、一人遅い朝食を食べた。
(明日は太悟兄ちゃんの誕生日なんだよね。ちょうど日曜日だからお祝い出来ると思ってたけど……失踪事件はすぐには解決しないよね……誕生日会どうしよう)
リビングのクローゼットの一番上には、以前買った誕生日プレゼントが入っている。
このまま家にずっといるのは気が引けるので、どこかへ出かけたいと結羅は思う。
(妖魔って、休日関係あるのかな)
ふと支狼のことを考える。月曜には太悟に会わせなければならない。その前に約束を果たし、言い訳をしておかなくてはと思い立つ。
ショルダーバッグを肩からかけて、白いスニーカーを履き結羅は家を出た。
電車に乗って、高校の最寄り駅に着く。
前に支狼と会った公園には何組かの家族がいて、小さい子どもが遊具で遊んでいる。
(ここに支狼を呼び出すわけにはいかないな)
結羅は諦めて公園を出た。ブラブラその辺りを散歩する。
(人気のないところなら現れやすいかな)
そう思い結羅は北山高校の向こう側にある小さな裏山を目指す。時々小さな声で「支狼〜」と呼んでみるが、現れる気配はない。
高校の近くまで来た時、後ろから
「結羅!?」
と呼ばれる。
振り返ると沙苗が立っていた。私服の沙苗は何だか大人っぽく見える。
「何してんの?」
沙苗が嬉しそうに近づいてくる。
「沙苗! そっか、沙苗ん家この辺りだったよね!」
結羅は休日に沙苗に会えて喜ぶが、支狼に会いに行く途中なのであまり話せないな、と思う。
「もしかしてデート?」
ニヒヒッと沙苗は笑う。
「ち、違うよ! ちょっと裏山で知り合いと待ちあわせ」
待ちあわせはしていないがそれらしいように言う。
「裏山で〜? また変わったところで。誰と待ちあわせなの?」
「えーっと、友達みたいな感じ」
なーんか怪しいなぁ、という顔で沙苗は結羅を見る。
「あたしに紹介してよ。結羅の彼氏! 結羅に相応しいか見極めてあげる」
沙苗は持ち前の強引さで、結羅を裏山まで引っ張っていく。
「だから彼氏じゃないって!」
(し、支狼! 今日は現れないで〜!)
結羅はそう願いながら沙苗と二人、裏山の方へ向かう。
裏山の辺りはさすがに人気がなく、二人はポツンと木々の間に寂しげに立っている自動販売機の前に立つ。
「コーヒーいる?」
沙苗は自分の分のカフェオレをいつの間にか買っている。
「う、ううんいい」
結羅は気が気でなかった。もし支狼が現れたら、一体どんな言い訳をしようと頭を抱える。
(いや、でも沙苗がいるから警戒して現れないかも!)
そんな結羅の期待とは裏腹に、木々の間から聞き覚えのある声がする。
「てめぇ、何故昨日呼び出さなかった……俺がどれだけ待ったと思ってんだ……」
低い唸り声のような声を聞き、結羅はドキッとする。
(支狼……よね。す、すでに怒ってる……?)
「しかも変なやつを連れて来やがって! 俺をナメんな!!」
そう言いながら支狼は木の間から姿を現す。ちゃんと靴を履いている。しかし格好はいつもとあまり変わらない。ピンポイントでここに現れるとは、実はついてきていたのか。
「コレ、結羅の彼氏?」
沙苗はさすがに少し驚いたようで、支狼を指さして言う。
「ああ!? 誰だてめぇは! 失せろ!」
沙苗は相変わらずの失礼な言葉遣いを聞いて当然ながらカチーンときたらしく、激しい口調で言い返す。
「『てめぇ』だと!? 何様だ!? お前なんか結羅の彼氏とは絶対に認めないからな!!」
沙苗が大声を出しているところを初めて見た結羅は、驚いて固まる。そのため『彼氏』を訂正し忘れてしまった。
「『彼氏』だぁ!? なんで俺がコイツの彼氏なんだよ! ふざけんな!!」
結羅はこの場を何とか収めなければ、と思うが、どうするのが一番良いのか分からない。
「し、支狼! 早く行かないと特大パフェ売り切れちゃうわよ!」
思いついたことをとりあえず言ってみる。
すると支狼はピタッと動きを止めて横目でジロリと結羅を見る。
「…………さっさと行くぞ!!」
そしていち早く駅の方へ向けて歩き出す。一応人間に化けているのか、尻尾と手の爪は出ていない。
「結羅。別れた方がいい」
沙苗はまだ勘違いしていて、歩きながら何度もそう言った。
あれから支狼に借りが出来て、そのお礼のためにパフェを奢ることになったことを沙苗に説明した。もちろん借りの内容は話していないが。そして彼氏というのもキッパリと否定した。
「それならそうと早く言えばいいのに。こーんなヤツが彼氏なんて、おかしいと思った」
彼氏とは一度も言っていないと結羅は思うが、気前よく弟の服を貸してくれるというので、何も言わないことにした。支狼の格好はさすがに酷く、カフェに行っても目立ってしまうだろうと思っていたのでとても有り難い。
支狼はその服装ではカフェには行けないと言われ、体をプルプルさせていろいろなことに耐えている。
(そんなにパフェが食べたかったのか)
結羅は支狼が健気な生き物のように見えてくる。
今は誰もいないらしい沙苗の実家にお邪魔して、弟の部屋を漁る沙苗を廊下で待っている。
「これでどう?」
ドアからぴょこっと顔を出してから、沙苗がTシャツとズボンをよこす。
支狼に着替えるように言うとその場で脱ぎだしたので、慌てて沙苗を外に出し代わりに支狼を弟の部屋に閉じ込めた。
少しして支狼が着替えたというのでドアを開ける。何だかだらしない着方だったので、沙苗がカッコよく整える。キャップも貸してもらい、三人で沙苗の家を出る。
「カフェではお行儀よくしてね」
上機嫌の支狼に、結羅は水を差すように言うが当の本人は聞いているのかいないのか、ずんずんと先を歩いていく。
なぜか沙苗も付いてくる。今日は暇らしい。服を貸してくれたし別にいいのだが、支狼が余計なことを言わないかが少し心配だ。
カフェに着くと、すでに何組か並んでいた。お昼時なので当然か、と思う。
ここは特別人気店というわけじゃないのだが、駅前の立地の良い場所にあるだけあって、客入りは良いようだ。
支狼はショーウィンドウのサンプルを見てここが良いと言ったに違いない、と結羅は思う。そのくらいこの店のサンプルは種類が多く、特にデザートがとても美味しそうだった。
支狼の狙っている特大パフェのサンプルもあった。本当に特大だと驚いた。値段もなかなかだ。
(でも支狼と仲良くなっておけば、これからも妖魔の情報を聞けるかもしれない)
そう目論んで、結羅は今日は支狼のご機嫌を取ろうと考えている。そして太悟と会わせる件も了承を取れれば完璧だ。
太悟も支狼が役に立つと分かれば理解してくれるはずだ。実際悪いやつには思えない。
結羅は狙いどおりに事を運びたいが、沙苗の存在が吉と出るか凶と出るか、と思う。
数分間列に並んで、支狼は少しイライラしてきているようだ。
結羅はその様子を見て何か話をしようと話題を探す。
「支狼、その服装似合ってるね。そうやって見ると結構イケメンだよね」
とりあえず褒めてみる。
「そうか? 窮屈だけどな。人間はいつもこんな格好してて大変だな」
それを隣で聞いていた沙苗が突っ込む。
「自分は人間じゃないみたいな言い方だな。あ、“まともな人間”ってイミか」
わざとか天然か、嫌味を炸裂させる。
「あ! そうそう! 私達も何を食べるか選んどこうよ! お腹すいちゃったぁ!」
結羅は先程の沙苗のセリフをかき消すように大きな声で言う。
「支狼はパフェだけでいいの!?」
作り笑いをして支狼に聞く。沙苗は「そうだなぁ」とショーウィンドウを見ている。
「パフェ以外は全部不味そうだからいらねぇ!」
店の前ででかい声で言うので、周りの人の目を気にする結羅。なかなか神経を使う、と項垂れる。
ようやく店内に入り、壁側の4人席を案内される。メニューを渡され、結羅と沙苗はランチセットのページを見る。
支狼は頬杖をついて、店員を見ている。見つめられていることに気づいた店員は愛想笑いをする。
支狼はそれを見て「ふんっ」とそっぽを向く。結羅はそれを見ていないフリをして慌ててメニューに目を落とした。
ランチセット二つと特大パフェを頼み、店員がメニューを持っていく。
「お前カフェ初めてかよ。落ち着きなさすぎ」
沙苗が少し乱暴な言葉遣いで言う。
「初めてなら悪いか!」
支狼がそう言うと、
「マジで!? どんな生活してきたんだ!?」
と言って沙苗が驚いているのを、まあまあと結羅はなだめる。
「実は私もあんまり来たことないの。言ってなかったけど、私田舎の村出身なんだ。支狼も似たような感じだよ」
支狼に関しては妖魔だからだとは言えず、そう説明した方が受け入れられやすいかと思ったのでそうした。
結羅の言葉を聞いて、沙苗は納得する。
「そうなんだ、ごめん。あたしはずっとここに住んでるから、当たり前と思ってたけどそうじゃないんだね」
沙苗は素直に謝る。沙苗には悪気がなく、いつも本音を言っているだけなんだ、と結羅は理解する。
沙苗がトイレに行っている間に支狼に小声で話す。
「支狼! 沙苗は普通の人間だから、支狼が妖魔ってことに絶対に気づかせないで! もちろん周りの人にも。あなたは頭がいいから出来るでしょ?」
少し持ち上げたが、支狼はふふんと頷く。
「当たり前だろ。任せとけ」
一抹の不安はあったが、支狼は河童とは違い、筋道立てて話すことが出来る。妖魔の中では知能は高い方なのだろう。支狼を信じよう、と結羅は思う。
沙苗が戻ってきて、間もなくランチセットが届く。支狼が腕組みしている前で二人はランチを食べ始める。一応断りを入れた。
一緒に持ってきてもらうよう言っていたが、ランチを食べ終わる頃になっても支狼のパフェは来ない。
さすがに我慢の限界のようで、
「遅い!!!!」
と叫び、厨房へ怒鳴り込みに行きそうな支狼を結羅は必死になだめる。
「もうすぐ来るはずだから! お願い堪えて! 今行ったら二度と食べられなくなるわよ!」
結羅も思わず大声で叫ぶと、他の客が結羅たちのテーブルをジロジロと見る。
結羅は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、支狼が席を離れないように立ち上がって警戒する。支狼は結羅の言葉を聞いて、一先ず席にどかっと座る。だがその表情はこれでもかというほどの仏頂面だ。
店員が察したのか、それからすぐにパフェを持ってきてくれた。スプーンが三つついている。三人で食べると思っていたのだろう。
支狼は念願の特大パフェを見て目を輝かせ、先程の不機嫌はどこへやら、ガツガツとパフェを食い荒らす。
「どんな食べ方だよ……」
沙苗が思わず漏らすくらい、支狼の食べ方は汚かった。
結羅はそのくらいは想定の範囲内、と目を瞑る。周囲の視線も痛いが見ないフリをする。
軽く三人前はありそうなパフェをものの数分で完食した支狼は、満足そうに口の周りにクリームをこれでもかとつけたまま席を立つ。
「さ、行くぞ」
さっさと歩いていこうとしているのを結羅は止める。
「ちょ、ちょっと待って! お会計がまだだから! 今帰ったら泥棒になっちゃうの。それと口の周り拭いて!」
席にあったペーパーを渡す。支狼はそれで乱暴に口を拭き「これでいいか!」と言いながらポイッとテーブルにペーパーを投げる。
「ったく、人間はまどろっこしいなぁ」
支狼は会計をする結羅たちの後ろで、両手を後頭部の後ろで組んで言う。
店を出て沙苗の家に向かって歩く。支狼の服を着替えなければならないからだ。沙苗は服は洗わずそのまま返してくれればいいと言ってくれた。
「結羅には超美形の彼氏がいて欲しいなぁ」
三人で通りを歩いている時、突然沙苗が言う。
「ほら、ちょうどあの人みたいな!」
沙苗が見る方向に目をやると、なんと幻夜がこちらに向かって歩いてきていた。
「あ……」
結羅は思わず立ち尽くす。サキのことを唐突に思い出して、何となく気まずいと思ってしまう。
「結羅?」
急に立ち止まった結羅を見て、沙苗が声をかける。そしていつの間にか支狼がいなくなっていることに気づく。
「あれ? シローは?」
結羅も横を歩いていた支狼の姿が消えているのに驚いたが、幻夜の姿をいち早く見つけて逃げたのかもしれない、と思う。
そのうちに幻夜が目の前に来る。沙苗は驚いて幻夜を見る。
「え? 知り合い?」
結羅を見つめている幻夜と結羅を交互に見て、沙苗は言った。
「あ……うん……」
うまく言葉が出てこない結羅の代わりに、幻夜がいつもの営業スマイルで爽やかに沙苗に挨拶する。
「初めまして。結羅の許嫁の幻夜といいます」
「あ、は、初めまして。結羅のクラスメイトの沙苗です。い……いいなずけって何だっけ?」
挨拶の後、沙苗は結羅に聞く。
「親が決めた結婚相手です」
また幻夜が代わりに答える。それを聞いて沙苗は卒倒しそうになる。
「えーっ!! け、結婚相手!? 結羅! 何で言わないんだよ!」
沙苗は相当びっくりしたらしく、声が裏返っている。
「あー……実は私もよく分かってなくて。ま、また落ち着いたら話すよ」
結羅は曖昧に笑って誤魔化す。幻夜がすかさず結羅の肩に手を置いて言う。
「すみません。結羅に話があるので、今からお借りしてもいいですか?」
幻夜がいつになく丁寧に沙苗に言うのを見て、結羅は本当に幻夜? と目を疑う。
「あ、もちろん。じゃあね、結羅。また月曜」
沙苗は気を遣ったように、手を振ってさっさと行ってしまった。
「…………」
何を話せば良いのか分からず沈黙する結羅。
「…………狼の残り香がする」
幻夜が沈黙を破るように、急に真顔でそう言って、結羅はドキッとする。
「あ……これにはワケがあって……」
どんな言い訳をしよう、と結羅が悩んでいると、
「……結羅が自分の意思ですることなら、誰と何をしようが干渉しない」
結羅はそれを聞いて、支狼が自分に危害を加えていないことなど、全て分かっているように思えた。
「結羅、少し話せるか?」
幻夜に言われ、何の話だろうと考える。昨日の太悟との話のことか、それともサキや美容院の話か……。サキに会うまでは話を聞きたいと思っていたが、今は何となく気乗りしない。
大人の関係がどんなものか結羅は具体的には知らないが、想像すると何となく胸がムカムカする。
しかし突っぱねて良いものか、とも思う。結羅が知りたい話を聞けるかもしれない。
「……うん、どこで話す?」
結羅は話を聞く方を選んだ。
「人がいないところがいい」
と幻夜が言ったので移動することにした。




