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相次ぐ失踪事件①


「支狼というヤツに会わせろ」


 太悟は娘に『彼氏を家に連れて来い』と言う父親のように、座布団にどっかりと座って腕を組み不機嫌そうに言う。


「黙って支狼に話を聞きに行ったことは謝る。ごめん。でも何かしたくて! 妖魔の世界の話も聞けたよ!」


「結羅! 気持ちは分かるがお前は妖魔の怖さを分かってない! 支狼というヤツがお前に危害を加えようとした時、抵抗出来るのか!? 出来ないだろ!?」


 珍しく声を荒げて真剣に怒る太悟を見て、結羅はしゅんとなる。


 幻夜のことは伏せて話したので、そのリスクが低いことを太悟は知らない。それならそう思うのも当然だし、正論だと結羅は思う。


 河童の話どころじゃないな、と結羅は甘んじて説教を受けようという気になっていた。


 今日は帰った後太悟と話す約束をしていたので、支狼には会わなかった。明日は土曜なのでカフェはまた来週になる。


「月曜は学校まで迎えに行く。その時にソイツに会わせろ。どんなヤツか俺が見極める」


 太悟にそう言われ、了承するしかない結羅。支狼は話が違うと言うだろうか。怒る支狼の姿が容易に想像出来て、結羅は溜め息をつく。


 そんな結羅の顔を見て、太悟はハァと息を吐くと、


「この話はここまでだ。お互い昨日の収穫について話そう」


と言う。


 それを聞いた結羅がいつになく畏まっているのを見て、太悟はふっと笑う。それを見て結羅もほっとした。


「まずは俺から。昨日はまず石田さんに会ったんだが、なんと石田さんは現役の警察官だった。調査に必要なものがあったら言ってくれと言われたんだが、公的に頼めるものはないしお願いはしなかった。ただ警察内にも不可解な事件に対する不審感はあるそうで、原因を突きとめたい動きはあるそうだ。河童の件もその一つらしい」


 結羅は石田が警察官だったと聞いて、だからあんなに体格が良かったのかと納得した。


「石田さん自身、河童を見ているから原因は分かっているんだが、なんせそのまま言っても信じてもらえない。どうしたものかと頭を抱えているそうだ」


「だから河童を捕まえたいって言ってたんだね」


「そうだろうな。俺としては人間の前に妖魔の姿を晒すことは混乱の元だから、それをさせるつもりはない。昨日はその後、日が暮れてから一人で河川敷の目立たない場所で河童を呼び出した」


「呼び出すことなんて出来るんだね」


「合図を送っただけだ。向こうにその気がなければ無理だが、応じる気があれば現れる」


「それで、話は聞けた?」


「····聞けたんだが、イマイチ要領を得なかった。理論的に話すという頭がやつらにはないらしい。河童は妖魔の中でも下等な部類だからな。辛うじて理解出来たキーワードは三つ。『妖狐の親玉』、『封印』、『神獣』だ」


(妖狐の親玉!? 封印····)


 結羅は何かが引っかかった。それを思い出そうとしていると、太悟に聞かれる。


「結羅は? 例のヤツからどんな話を聞いた?」


 結羅は先程引っかかったことを一先ず飲み込んで、昨日支狼から聞いた話を太悟にする。


「厳雪山の主····。妖狐族を返り討ちにした? そもそも妖狐族は何でいろんな種族に攻撃をしかけているんだ?」


「私もそこが分からなくて。支狼も知らないみたい」


 太悟は考えてから言う。


「河童の話の『妖狐の親玉』というのが気になる。封印されていた親玉が妖狐たちの元に戻ったことで攻撃的になっている、という仮説を立てることは出来る」


 なるほど、と結羅は思う。支狼も言っていたように、勝つ見込みが出来たから攻撃を仕掛けた、と考えるのは自然だ。先に攻め込まれていた場合、そのことも噂になっている可能性が高いし、それ以外の種族に手を出すことの説明はつかない。


「面白い話をしてるな」


 太悟と結羅が沈黙して考えていると、聞き覚えのある声がする。


「!!」


 二人がハッとして顔を上げると、いつの間にか壁に背をつけ腕を組んだ幻夜が、二人を見て微笑している。


「いつの間に!!」


 太悟が叫ぶと、幻夜はくっくっくっと可笑しそうに笑い「さっきからいたぞ」と言う。


 気配を断っていたのか、全く気づかなかったと結羅は驚く。


「二人だけでコソコソと何の相談だ? 俺も混ぜろ」


 幻夜は二人が座っている食卓に近づく。


「くっ。聞いてたのなら仕方ない。この際ハッキリ聞く! お前は何者だ!?」


 太悟は敵意を隠さずに言う。幻夜は受け立つように不敵な笑みを浮かべながら答える。


「俺が妖狐の親玉だ、と言って欲しいのか? そのとおりだが一つ違うことがある。返り討ちにあったのではなく、自ら引き揚げた。収穫があったからな」


 チラリと結羅を見て幻夜は言った。太悟は何かに気づいたように、ハッとして結羅を見た後、幻夜を睨みつけた。結羅の前で言うなというように。


「そう睨むな。分かっている」


 太悟に微笑しながらそう言って、幻夜は太悟と結羅の間に腰を下ろす。


「結羅。悪いが部屋に戻ってくれ。コイツと話さないといけないことがある」


 太悟の様子が心配だったが、太悟にそう言われたのを断ることは出来ず結羅は部屋を出る。




(私が関係する話····なのよね)


 結羅は話の内容が気になってモヤモヤする。自室でうろうろと歩き回りながら考える。


(幻夜は自分が妖狐の親玉って言ってたのよね? 前に言ってた『長い間眠っていた』····っていうのは封印されていたってこと? もしそうなら、太悟兄ちゃんの仮説は正しかったってことよね)


 結羅は一つずつ考えながら頭を整理していく。


(厳雪山の主に返り討ちにされたのではなく、収穫があったから引き揚げた····というのはどういう意味なんだろう。交換条件ってこと? 引き揚げるのと引き換えに、何かをもらった?)


 分からない、と結羅は思う。太悟はちゃんと話してくれるだろうか。自分を巻き込まないよう気を遣ってくれているのは分かるが、結羅もここまで来ると全てを知りたい気持ちが膨らんできている。


 結羅は「もー!!」とソファにうつ伏せで突っ伏した。




 太悟は食卓を間に挟み、対峙する幻夜をずっと睨んでいた。

 幻夜は逆に余裕をかますように、太悟を見据えて常に微笑している。


 やがて太悟が口火を切る。


「お前が妖狐の親玉と言ったな。正直に答えろ。いろいろな種族を襲撃しているのは何故だ?」


 幻夜はふっと笑い、答える。


「さぁな。いろんな種族を襲っているのは俺の意思じゃない。最初にちょっと付き合っただけだ」


「厳雪山から引き揚げたのは収穫があったからだと言ったが、収穫とは結羅のことか?」


「そうだ。厳雪山の主、つまり結羅の母親は俺の目的を見抜いていた。だから結羅を俺に紹介した。思わぬ収穫だった。その後に妖狐族がどこで何をしていたかは知らん」


「お前の目的とは何だ?」


 幻夜は質問する太悟を挑発するような目つきで返答する。


「何故お前にそこまで話さなければならない? 話すなら結羅に話す」


「結羅には話すな! 結羅をお前の都合に巻き込むな!」


「結羅は自身のことについて薄々気付いている。賢い娘だからな。隠そうとしても自ら答えに辿り着くだろう」


「黙れ!! お前には分からない!! 結羅の育ての親がどんな思いで結羅を育てたか! たとえ何者だったとしても、赤子の時に捨てた母親などの出る幕はない!!」


 太悟は心から叫んでいるようだった。幻夜は真顔になると、思い出すように言う。


「確かに優れた母親だったようだ。結羅があのように成長したのもその母親のおかげだろう」


 そしてまたふっと笑みを浮かべる。先程の挑発的なものとは違い、爽やかな笑みだった。


「俺には結羅がどうしても必要だ。悪いがお前には諦めてもらうしかない」


「お前なんかに結羅はやれない!!」


「ただの幼なじみのお前にそんなことを言う資格はない」


 太悟は怒りを抑えるように、下を向いて両拳を強く握りしめている。今にも血が流れそうにギリギリと固く握っている拳は震えている。


「········神獣」


 太悟は低い声で呟く。


「····とはお前にとって何だ?」


 鋭い目つきで幻夜を睨む。幻夜は少し黙った後、口を開く。


「知らない方がいい。人間が口を出す領域じゃない」


「お前を封印したのは神獣なのか?」


 幻夜は無言で太悟を見る。


「········それこそ結羅に関わることだ。黙っている方が身のためだ」


「!」


 太悟が目を見開いている間に、幻夜は窓を開ける。


「どのみちお前と結羅は相容れない」

 

 そう言い残して、幻夜は窓から出ていった。




 結羅は朝起きて、メッセージを確認する。太悟からの返信は来ていない。


(昨日は結局どうなったんだろう)


 あの後太悟にメッセージを送ったが、全く返って来ない。既読にはなっているから見てはいるのだろう。

 結羅は知りたいことが多く、ヤキモキする。


(太悟兄ちゃんの部屋へ行こう)


 朝食も取らずに手早く支度すると、結羅は部屋を出た。


 インターホンを鳴らすが物音一つしない。二回目を鳴らして、ようやく人のいる気配を感じられる。


 ガチャリとドアが開くまでに随分時間が

かかったが、結羅は粘り強く待っていた。


「太悟兄ちゃん! 来ちゃった」


 へへっと笑う結羅を、寝起きなのか太悟は真顔でボーッと見ている。


 いつも早起きの太悟のこんな姿を見るのは珍しい。


「は、入っていい?」


 結羅がそんな太悟の様子を伺いながら言うと、太悟は「ああ」と力なく言った。


 結羅はすぐさま昨日のことを聞きたかったが、何となく太悟の元気がないようなので聞けずにいた。


(寝てないのかな)


と、太悟を見て思う。

 太悟はコーヒーを入れて、結羅にもオレンジジュースを持ってくる。


「朝食は食べたか?」


「まだだけど、食欲ないからいいんだ」


「俺も。昨日はあれから石田さんから連絡があったんだ」


「え? 石田さんから?」


(幻夜との話は?)


 結羅は何だか誤魔化されているような気がして、余計に話の内容が気になる。石田ではなく、幻夜との話が聞きたい。しかし結羅が外されたということは、太悟は結羅に言う気はないのだろう。


「俺の大学を覚えていて連絡をくれた。知り合いの警察官から、ここ数日西陵大学の生徒の失踪が相次いでいると聞いたらしい。まだ日数が経っていないから家出などの可能性もあるが、それにしては人数が多くて気になるし、まだその中の誰も見つかっていない。失踪した生徒同士の接点も見つからない。どうも足がつかない不可解な事件で、妖魔の仕業ではないかと言われた」


「失踪事件····もし妖魔なら、凶悪なヤツかもしれないってこと?」


「可能性はある。これ以上失踪者を出さないためにも、調査が必要だから俺はこれから大学へ行く」


 結羅は太悟が昨日の話をするつもりはないらしいのと、新たな事件が起こったことから疑問を解消することは仕方なく断念する。


「私も付いていっちゃ駄目だよね?」


 ダメ元で聞いてみて、案の定「駄目だ」と一蹴される。


 太悟と共に部屋を出て、結羅は三階へ、太悟は一階へ向かう。結羅は三階の通路を歩いていて、ふと足を止める。


(幻夜に会いに行こう)


 思い立って踵を返す。何も持たないまま幻夜の勤める美容院へ向かった。

 上手くいけば幻夜から昨日の話を聞けるかもしれないと考えた。


 美容院の前では、ピンク色の髪の女の人が掃き掃除をしていた。


「あ、あのー」


 結羅が声をかけると、女の人は顔を上げて、


「ごめんなさい、まだ開店前なんです。ご予約の方ですか?」


と言われる。


「あ、いえ、私“ゲンヤ”の····妹なんですけど、兄は出勤していますか?」


 嘘をつくのは心が痛むが、この際仕方ないと開き直る。


「ゲンヤさんの····! ちょっとお待ちください」


 女の人は店の中に入り、少しして別の女の人と共に戻ってきた。


 先程の女の人の前を歩いて扉から出てきた金髪ショートカットの女の人は、結羅を見て言う。


「あなたがゲンヤの妹さん?」


 結羅は「はい」と言ってコクッと頷く。


「聞いてないの? ゲンヤは昨日店を辞めたのよ」


「えっ!?」


 結羅は驚く。


「理由は分からないんだけど、突然····。私とも別れる気みたい····。本当に何も聞いてない!?」


 逆に問い詰められて、結羅は混乱する。


「もしかして、“サキ”さん!?」


 ハッとして女の人は結羅を見る。


「そうよ! 私たち一緒に住んでたの! 上手くいってたのに。それなのに突然出ていって店も辞めるって! どうしてなのか私分からないの!」


 取り乱すサキを見て、結羅は衝撃を受ける。


(泊まるって言ってたけど、付き合ってて一緒に住んでたの?)


 考えてみたらそういうことだったのだろうと思うが、何故か結羅はそこまで深く考えていなかった。サキの言葉を聞いて、唐突に理解した。結羅の知らない大人の関係であったことを。


 結羅は少し重苦しい感情が頭をもたげた感覚に陥って、その場を離れたいと強く思う。


 気づくと美容院の前から走り去っていた。


(今は幻夜に会いたくない)


 幻夜がどこにいるのかも分からないが、結羅は強くそう思った。何とも言えない嫌悪感が胸の中に渦巻いていた。



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