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妖魔の事情③


『····早くここから出せ』


「····鍵をかけてあるから簡単には出られない」


『····足掻いたところで時間の問題だ。さっさと出せ』


「········」


 幻夜は山の中に生えている大木の枝に体を預け、うなされていた。


 はっと目を覚ますと、小鳥が一斉にバサバサッと枝から飛び立つ。肩で息をしているのを落ち着かせ、額に手をやる。珍しく汗をかいている。


 幻夜はふぅと息を吐くと、上を見上げる。木の葉の隙間から薄暗くなった空が見える。


「····時間がない」


 静寂な山の中で一人、幻夜は呟いた。




 結羅は校門前で詩織の後ろ姿を見つける。


「詩織ちゃん! おはよう!」


 元気よく声をかけるが、詩織は何だか元気がない様子で「あ。おはよう」と言った。


(まだ体調が悪いのかな?)


と思い、結羅は詩織の横を歩くが、詩織は何だか落ち着かない様子だった。詩織の教室の前で別れたが、様子のおかしい詩織を結羅は心配していた。


 放課後、沙苗と一緒に詩織の教室へ向かう。ちょうど詩織が教室から出てきたので声をかけると、


「ご、ごめん! 今日は用事があるから、先に帰るね!」


とぎこちなく言って足早に帰ってしまった。


「ケンカでもしたの?」


と沙苗に言われ「やっぱりそう思う?」と結羅は言う。


(もしかしたら太悟兄ちゃんが、詩織ちゃんに何か言ったのかもしれない)


 結羅は詩織と距離を取った方がいいと太悟に言われたのを思い出す。


 もしそうなら、太悟は結羅のためにそうしたのだろうということはよく分かる。それでも結羅の心境は複雑だった。


(でもそうかどうかも分からないし、改めてちゃんと詩織ちゃんと話そう)


と結羅は思った。


 沙苗と別れて、結羅は一人、最初に送り狼に会った公園を目指していた。


 公園に着くと中に入る。広場に小さな遊具といくつかのベンチあり、公園の周囲は木々に覆われている。見渡す限り誰もいなかった。


「送り狼!! いるっ!?」


 結羅は出来る限り大きな声を出す。


 その後耳をすますが、歩道を挟んですぐ横の道路を走る車の音が聞こえるだけだ。


「今日はいないのか」


 結羅は少しベンチに座って待ってみることにした。ここにいなければ昨日の場所に行ってみるつもりだ。幻夜が脅していたから、現れるかどうかは分からないなと思っていると、後ろからガサッという音がする。


 結羅はビクッとして座ったまま振り向く。二メートルほど後ろの木の向こうに黒い影が見える。


「········送り狼?」


 結羅は目を凝らして木の後ろを見る。そこから光る目が二つ、ギロリと結羅の方を見ていた。ぞくりとして、結羅は身構える。


「送り狼····なの? ちょっと聞きたいことがあるんだけど、出てきてくれない?」


 しばらく睨み合っていて、なかなか動きがないので結羅がやはり無理かと思っていた時、


「········昨日のヤツはいないのか?」


とようやく木の後ろの影から声がする。


(幻夜を警戒してたのか)


「今日は私一人よ」


 結羅がそう言うと、まだ警戒しているように、のっそりと黒い影は姿を現す。結羅よりも少し年下でまだ反抗期かというような外見の少年は、不機嫌そうな顔をしている。


「····本当だろうな」


(随分用心深い性格ね)


と思うが、昨日コテンパンにされていたから当然か、と思い直す。結羅一人ならまた襲われるかもしれないとは思ったが、もし成功すれば得られるものは大きい。結羅は自分の直感を信じようと思う。


「本当よ。あなた妖魔よね?」


「····当たり前のことを聞くな。そういうお前は何だ?」


「私は結羅よ。何者かは今のところ自分でも分からない」


「なんだそれ。バカか」


 カチーンとなるが、結羅は気を取り直し努めて冷静に話す。


「····妖魔のことを知りたいの。有益な情報を得られたら、代わりに一つあなたの言うことを聞く。人間を差し出せという望み以外なら」


「ああ? 交換条件のつもりか?」


「何か望みはないの? 私に可能なことなら頑張ってやるつもり」


「ふん。お前なんかに頼まなくても間に合ってるっての。バカめ」


 バカバカうるさいやつ。結羅はいい加減失礼な言葉遣いに苛立ってくる。


「有益な情報を持ってないのね。聞いて損した。じゃあ他を当たるわ。じゃあね!」


 わざと素っ気ない言い方をして、立ち去る素振りを見せる。


「なんだとっ!? お前俺をナメるな!! 妖魔の情報くらい何でも知ってら!!」


「····本当でしょうね。くだらない情報なら交換条件は無しよ」


 結羅はしめたと心の中で思っていたが、疑うような顔をして送り狼を見る。


「········パフェ」


 ポツリと狼が言う。


「駅前のカフェの特大パフェを食わせろ」


 意外な注文に結羅は思わず吹き出しそうになったが、顔に出さないように努めた。


「そんなことでいいならお安い御用よ。ただし、情報が有益だと私が認めたらの話よ」


 主導権を握らせないよう、結羅は慎重に思う方向に話を誘導する。


「何が知りたい?」


 狼がその場にどかっと座り少し低い声で聞く。

 結羅は成功したと思った。


「妖狐族について。河童が妖狐族に住処を追われたことは知ってる?」


「ああ? 妖狐族のことなら昨日の妖狐に聞けよ。河童のことは知らねぇな」


 知らないんかい! と思わず結羅は突っ込みそうになったが堪える。


「ワケがあって聞けないの。デリケートな問題だから。妖狐族について何か知らないの?」


「許嫁とか言ってて信用してねーのかよ。まーどうでもいいけど。妖狐族が最近いろんな種族にケンカ売ってるのは知ってる。厳雪山を襲撃して失敗したってのは有名な話だ」


(厳雪山!)


「その話! 詳しく聞かせて!」


 結羅が前のめりになったので、狼は一瞬目を丸くしたが、得意気になって話し出す。


「妖狐族が派手に動き出してわりとすぐに厳雪山を襲撃したらしい。でも厳雪山のぬしは強力だからな。さすがに勢いに乗った妖狐族でも攻めきれずにスゴスゴ帰ったらしいぜ」


「厳雪山の主はどんなヤツなの?」


「さぁな。表舞台に姿を現さないから全く知らねぇ。ただめちゃくちゃ強いってのは妖魔なら皆知ってる。だからまともな妖魔は厳雪山に手出しはしない」


(厳雪山の主。何者なんだろう)


「妖狐族が急に他の種族を攻め出した理由は····知らないわよね?」


 結羅は念の為聞いてみる。


「そもそも妖魔同士がケンカしようが、俺にとってはどーでもいいからな! 若いヤツらは大体そうだ。そんなん気にするのは年寄りだけだ」


 聞き方が気に障ったのか、狼は急に不機嫌になりぞんざいな言い方をする。


 結羅はしまったと思いながら、フォローするように言う。


「さすがね。有益な情報だったわ。パフェは約束通り奢る」


 それを聞いて狼は少し機嫌を直したのかどうなのか、ふんっと横を向く。


「最後に二つだけ。あなたがめちゃくちゃ強いと言われている厳雪山の主に、もしもケンカを売るとしたらどんな理由?」


 狼は、はぁ? そんなことするわけねぇだろと言う顔をしながらも意外と真面目に答えてくれる。


「先に納得出来ねぇ理由で攻められたか、勝つ見込みが出来たかのどっちかだな。もう一つは?」


「····そうよね。もう一つは、名前を教えて」


 予想していなかったのか、狼は目を丸くしてから、また横を向いて素っ気なく答える。


「····“支狼”《しろう》」


 それから続けて思い出したかのように大きな声で言う。


「お前絶対に約束は守れよ!! 破ったらズタズタにするからな!」


「分かってるわよ。また呼び出すから、その時はちゃんと靴を履いてきちんとした格好で来て。カフェに入るなら人間のフリをしないといけないから」


 そう言うと結羅は「じゃあね」と支狼に背を向けて手を振り立ち去る。


 駅に向かう道を歩きながら結羅は考える。


(案外いいヤツかもしれない。支狼····。幻夜意外の妖魔とこんなに話すことになるなんて)


 結羅は自分の中で、妖魔に対する見方が変わってきていることに気付いていた。


(幻夜のせいかな? だって、人間っぽい時もあるから····)


 結羅は崖の上で話した時のことを思い出す。


(幻夜、今日は美容院にいるのかな)


 テスト勉強をしなければならないし、昨日話したので今日は会いに行くつもりはない。それでも何となく、幻夜の動向は気になった。


 今日支狼から聞いた話を太悟にしなければ、とも考える。


(太悟兄ちゃんは何か情報を得たかな)


 太悟が河童からどんな話を聞いたかも知りたい。明日はテストなので、それが終わったら太悟と話そう、と結羅は思った。


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