多摩川の怪
結羅はクリーム色のカーテンの隙間からこぼれる朝日が眩しくて目を覚ました。
(カーテンをちゃんと閉じてなかった)
幻夜のことがあるので窓は常に閉じるようにしているが、暑がりの結羅は昨夜も少し寝苦しかった。窓を開けると随分快適になる。
村では冬以外はずっと窓を開けっ放していた。
今日から四月。
結羅は毎年冬から春に季節が変わる時、少し億劫になる。夏に変わる時はもっとだ。
雪里村は平地に比べると標高が高く、平均気温の低い場所にあったので過ごしやすかった。それでも真夏の暑さは結羅を弱らせた。
東京は村とは比較にならないほど暑いはずだ。
覚悟はしていたが、四月でこれでは先が思いやられる。
(やっぱり窓を開けようかな)
幻夜に侵入される危険が高まるが、どちらを取るか。
今日は八時に結羅の部屋に太悟が迎えに来ることになっている。
現在六時を少し回っている。
結羅は朝の支度をし、トーストを食べ終わるとスマートフォンをいじる。
(河童····河童····)
結羅は今日遭遇する可能性の高い『河童』について調べる。
河童はイタズラ好きで、頭頂部に皿があることや、体が緑色で甲羅のようなものを背負っていて、嘴があるなど、結羅が大体想像している姿と同じようなことが書いてある。
まさか実在するとは思っていなかったが。
ネットに書いてある内容は、あくまで伝説上のことだと結羅は思っていた。しかし全く情報がないよりは良いと思い一応調べてみたのだ。
(河童を見たっていう人がいるってことは、やっぱりこんな姿をしてるってことだよね)
川崎市の多摩川沿いに目撃情報が集中していると太悟が言っていた。今日はその辺りへ行くらしい。
(何か出来るとは思わないでおこう。とにかく迷惑をかけないように、妖魔について勉強しよう)
それからも結羅は河童について調べ、思い立って妖狐についても調べてみた。
(“妖狐”は狐の化け物で人を騙すのか。千年以上生きるものもいると書いてあるけど····幻夜は何歳なんだろう)
ふと幻夜のことを考える。幻夜について結羅は全くと言っていいほど知らない。
なぜ結羅に会いに来たのか、今までどこに住み、何をしていたのか。どのように生きてきたのか····。
率直に聞いてしまえばいいのだが、何となく妖しい雰囲気がしてそこまで踏み込めない、と思ってしまう。
何も知らないまま太悟の師匠に引き渡してしまえば、また何事もない生活に戻れるかもしれない····。
(でも幻夜がいなくなっても、周りに妖魔がいることには変わりないんだけど)
あれこれ考えているうちに、時計は七時半を指していた。
結羅は髪を高めのポニーテールにし、ショルダーバッグに必要なものを入れる。服装は動きやすいようにジーンズに七分丈のTシャツ、靴もスニーカーを履いていくつもりだ。
八時ピッタリに、ドアをノックする音が。
「結羅。準備出来てるか?」
結羅はすぐにスニーカーを履き、ドアを開ける。
「うん、お待たせ」
「全然待たされてないぞ」
太悟は笑いながら結羅と並んで通路を歩く。
目的の駅までは、最寄り駅から電車で乗り換え含め四十分ほどで着くらしい。そこから徒歩で多摩川まで行く。
二人は最寄り駅から電車に乗る。春休みももうすぐ終わりだからか、休日なのに朝から混んでいる。ドアのすぐ横の場所を確保し向かい合って立つ。太悟は小さな声で、
「混雑は避けたかったから朝にしたんだが。九時に先方と待ちあわせだが、もう少し早く出れば良かった。悪いな、結羅」
と言う。依頼主と待ち合わせて、詳しい話を聞いてから調査する予定らしい。
「ううん、全然。混雑した電車って都会ならではで乗ってみたかったから楽しい!」
結羅はへへっと笑う。太悟はふっと目を細めてそんな結羅を見る。
「ポニーテール懐かしいな。昔はよくしてたよな」
「あー、そうだね。最近はあんまりしてないかも。運動する時にするって感じかな」
「今日は運動するのか?」
太悟はハハッと笑う。
「だ、だって! 何かあった時にすぐに動ける方がいいと思って」
「分かってるよ。何もないように、俺がちゃんと守るよ」
太悟はそう言って結羅の頭をポンポンと軽く撫でる。
前は子供の頃と同じ行動を諌めておいて、太悟の方が自分を子供扱いしているのではないのか、と結羅は少し思った。
北山高校のある駅で電車が停車しドアが開くと、思いがけず詩織が目の前に入ってきた。
「あ! だ、太悟さん! 結羅ちゃん!」
詩織はびっくりしたという顔で、二人を見る。
「詩織ちゃん!」
結羅と詩織は再会を喜び、談笑する。
詩織は川崎市に住んでいる友達に会いに行くのだという。偶然にも結羅たちの目的地から数駅先の場所だった。
妖魔に襲われるようになってからなかなか行けなかったが、太悟の御札のおかげで遠出する勇気が出たそうだ。あれから妖魔に襲われることはなくなったらしい。
「二人のおかげです! 本当にありがとうございます!」
「襲われることがなくなって良かった」
太悟が笑顔でそう言うと、詩織は少し俯き加減で恥ずかしそうに言う。
「あ、あの····この前聞きそびれてしまったので····良かったら二人の連絡先を教えてもらえませんか?」
太悟と結羅は、そういえば前回はしていなかったと思い快く承知し、連絡先を交換する。二人の本日の目的も詩織に話した。
「河童····昔、川で遊んでいて会ったことがあります。その時は襲われなくて、ただ見られているだけでした。でも不気味で、今でも鮮明に覚えています。多摩川だったかどうかは定かじゃないんですが····」
詩織は本当に妖魔に会いやすい体質なのだな、と結羅は思った。幼い頃から日常的に妖魔に出会っていて、それは大変だったろうと同情する。
「もし何か協力出来ることがあれば、遠慮なく言ってください!」
詩織は太悟に向けて言い、太悟は「ありがとう」と返す。
話しているうちに目的の駅に着く。太悟と結羅は詩織に手を振りホームへと降りる。
改札を出ると、太悟に向けて手を降る男の人が見えた。三十代半ばくらいの体格の良い人で、白い半袖Tシャツにベージュの短パンの真夏のような格好をしている。角刈りで、いかにもスポーツマンという感じだ。
「お祓い屋さんですか? よく来てくれました! こっちです」
案内されるまま付いていくと、駅の外に出る。何人かの人が集まっていて一斉に三人を見る。
その人たちの所まで行くと、まずはお互いに自己紹介する。先方は河童の被害に合った人やその親族の集まりで、代表は二人を迎えに来てくれた“石田”という人だった。
話によると被害にあったのは五人で、最後に被害にあった男性は未だに意識不明なのだという。その親族は今日は来ていないらしい。
河童の被害と分かったのはその人と一緒にいた女性の証言があったからで、その人も今日は来ておらず被害者の親族を通して話を聞いているようだ。
石田という人は被害者でもあり河童を目撃した一人で、今後被害が拡大しないためにも河童を捕まえたい、ということだった。
皆元々顔見知りだったわけではなく、別々に師匠のところへメールや電話などで相談したところ、石田の呼びかけで今回初めて集まり、事件の解決に向けて動くことにしたらしい。石田以外の人たちは調査はプロに任せ、話を聞いてもらうことと、周囲との情報交換、結果の報告のみを望んでいるようだった。
(霊感がなくても妖魔が見えることもあるんだ。それとも見えた人は霊感が強いタイプの人なのかな)
と結羅は考える。
太悟は真剣な顔で人々の話を聞いていく。不安に感じている人の相談に乗り、心のケアに努めるのも妖魔払いの役割なのだそうだ。
結羅は下手に口出ししないよう黙っていた。
(やっぱり、ついてこない方が良かったかな····)
一人だけ浮いているような気がして、結羅は少し後悔する。皆の緊迫した様子に、安易に付いてきただけの自分が参加することが申し訳ないような気がしてくる。
「河童が現れるとしたら皆さんが被害に合っている午後五時以降なので、それまでもう少し詳しく話を聞かせてもらえませんか」
近くのファミレスに入ることになり、順番にゆっくりと話を聞いていく。お代は師匠から太悟の口座に振り込まれていて、これらの相談には全て無料で乗っている。
誰も結羅のことには突っ込まない。助手のようなものだと思われているのだろう。
皆の話を整理すると、この近辺の河原に被害が集中していること、午後五時以降に起こっていること、全てここ一週間以内の被害であること、最後の被害者以外は皆軽傷であることが分かる。ほとんどの人は河童を見たことによる精神的な負担の方が大きいようだ。
太悟は被害にあっても相談をしない人もいるだろうし、警察などに言っても相手にされないだろうから、被害者はもっと多くいるはずだと言う。しかしここ最近死亡事故などは起こっていないらしい。
太悟は過去の多摩川での事故なども調べたが、河童の仕業であると考えられるようなものはほぼなかった。なぜここ一週間で突然被害が出るようになったのか。意識不明者が出ている以上、放ってはおけないと気を引き締める。
石田以外はファミレスを出た時点で帰っていった。
その後三人で周囲への聞き込みを行ったが収穫はなし。
日が暮れ始めたので、河原へ向かう。太悟は石田と結羅に川に近づかないよう注意し、神経を研ぎ澄まし河童の気配を探りながら歩く。
しかし午後七時を過ぎても、河童が現れる気配はなかった。
その時、結羅のスマートフォンにメッセージが入る。
(あ、詩織ちゃんだ)
詩織は今から帰るところだが、河童の件はどうなったかと聞いてきた。
『まだ河原にいるけど、今日は現れないかもしれない』と送る。
詩織からさらに返信が来る。
『協力させて』とだけ送られてくる。しばらくすると、詩織から詳しい場所を聞かれる。結羅が答えると、数分後に詩織がやってきた。
「太悟さん! 結羅ちゃん!」
太悟は驚いて詩織を見た。
「ごめんなさい、勝手に来てしまって····。でも協力させて欲しくて。私が御札を外せば、河童は現れると思います」
太悟は眉をひそめて語気を強める。
「駄目だ! 危険すぎる」
「でも、このまま河童を捕まえられなければ、死者が出るかもしれないんですよね? 私のように怖い思いをする人を減らしたいんです! 協力させてください!」
詩織の剣幕に太悟は気圧され、仕方なく了承する。確かに詩織が御札を外せば、河童が現れる可能性は高い。
早速詩織はお守りを結羅に渡すと、暗い水面にゆっくりと近づく。詩織の体は震えている。詩織のすぐ側で太悟が待機する。
結羅は石田と共に川から離れたところにいたが、激しい目眩と吐き気に襲われる。
ふらっと前に倒れそうになり、石田に支えられる。
「結羅っ!?」
太悟が一瞬、結羅の方を見た時、
「きゃあああああっ!!」
詩織が水面から現れた手に足を捕まれ、一瞬で川に引きずりこまれていく。
太悟がすぐに川に入り詩織の手を掴んだが、そのまま一緒に川に吸い込まれていった。
「太悟兄ちゃん!! 詩織ちゃん!!」
脳が揺れているように真っ直ぐ立つことが出来ない。それでも二人が吸い込まれた川に向かって歩こうとするのを、石田に止められる。
代わりに石田が水面に近づいていく。
先程二人が飲み込まれたとは信じられないほど、水面は静かになっていた。
(どうしよう····私のせいで····。太悟兄ちゃん、詩織ちゃん····)
二人は数分経っても帰って来なかった。
「まずいな。皆の話でも、川に引きずり込まれてここまで長い間戻って来なかった人はいない」
「そんな····太悟兄ちゃん····」
少し経って、離れた岸の近くの水面からザバッと大きな音がする。
石田と結羅は反射的にそちらを見ると、太悟が詩織を抱えて川から上がろうとしていた。
「太悟兄ちゃん!! 詩織ちゃん!!」
結羅は這うようにして二人の方へ行こうとする。石田が二人に駆け寄っていく。
「無事だったか!!」
気絶している詩織を石田に託すと、太悟は重力に任せるようにそのままうつ伏せで倒れた。
「太悟兄ちゃん!! 太悟兄ちゃん!!」
結羅がやっと太悟の側まで来ると、太悟は寝そべったまま結羅を見る。
「結羅····無事か」
「太悟兄ちゃんは!? どうなったの!? 詩織ちゃんも無事なの!?」
結羅の顔はいつの間にか涙でぐしょぐしょになっていた。
「ああ····河童がここに現れるようになった理由が分かった····」
太悟はそう言うと、力を振り絞るようにしてゆっくりと起き上がった。片膝を立てて座り、立てた膝に額を当て怠そうに眉をひそめ肩で息をしていた。
詩織は地面に寝かされ、石田が心肺停止していないか確認してから「少し水を飲んだだけのようだ」と言う。
石田は詩織を病院まで連れて行くと言ったが、詩織が目を覚ましたので、河原に座らせ水を買いに行ってくれた。
「詩織ちゃん!! 大丈夫!?」
結羅は頭が痛かったが、詩織を心配して声をかける。
「結羅ちゃん····うん、大丈夫。なんか····河童の声を聞いたような気がする····」
ぼーっとしたまま、詩織はうわ言のようにそう言った。
「そうだ、これ」
と言って、結羅は詩織にお守りを渡す。
「ありがとう」
詩織は首からお守りを下げる。
「これの効果は絶大なんだね。外した途端、妖魔に襲われるなんて」
あははっと詩織は困り顔で弱々しく笑う。
結羅は複雑な思いでいた。薄々感じていたのだが、お守りの近くにいる時結羅は頭痛を起こす。今朝詩織と電車に乗っていた時も、頭が痛いのを我慢していた。そして先程お守りを手にした途端、激しい吐き気と目眩に襲われ、立っていられず、詩織に渡したら症状が少し緩和した。
(どういうことなの? 私の体は御札を拒否している····?)
太悟は水面を見つめて真剣に何かを考えている。
(太悟兄ちゃんに相談する? でも、河童の件が先だよね)
石田が戻ってきて、皆にペットボトルの水を渡してくれた。太悟と詩織はびしょ濡れなので、ひとまず石田の家で着替えさせてもらうことにする。
「河童が現れるようになった理由って····何なの?」
結羅は駅に向かう道を歩きながら太悟に聞く。
太悟は詩織をおぶっている石田をちらりと見て、これは一般人には話せないから後で話す、と言う。そして石田に向かって、
「石田さん。この件は僕が責任を持って解決します。事態は思いの外複雑なようなので、詳しいことは話せませんが、結果は報告させていただきます」
と言うと、石田は頷いて
「どういうことか分かりませんが、俺には何も出来ないことは確かなようだ····。俺としては今後被害が出なければそれでいいので、太悟さんに任せます」
と言う。
駅に着いて、近くに停めていた石田の車に乗り家へ行く。順番にシャワーを浴びさせてもらい、二人は石田の服を借りた。一人暮らしのアパートだが、十分な広さのある部屋だった。風呂もユニットバスではなく、洗い場のついているちゃんとした風呂場だ。
結羅はグレーの大きなソファに座り、二人の準備が出来るのを待つ。
石田は遅いので泊まっていったらどうかと言ったが、詩織が両親に言い訳が出来ないので帰ると言った。
太悟と結羅も帰るつもりだったので、乾燥機にかけていた二人の服が乾いた後、着替えてから石田が車で送ってくれることになった。
先に詩織の家へ行く。石田と太悟が両親に遅くなったことを謝ると言ったが、詩織は「今日は友達の家へ行っただけだから」と断った。
次に結羅たちのアパートの前に車を停めてもらう。
「石田さん、遠いのにありがとうございました」
「いえいえ、このくらいどってことないですよ。少しは役に立たせてください。それじゃあ、また連絡待ってます」
と言って帰っていった。
「石田さん、すごく良い人だね」
「ああ。本当に有り難かった」
二人はそう言ってアパートへ入る。
エレベータで別れ、結羅は一人部屋に帰る。河童の話は明日改めてすることになった。
(結局、御札のこと言いそびれちゃった)
と思いながら、結羅は鍵を開ける。
靴を脱ぎ、廊下を歩いてリビングに入り電気を点けると、何故か幻夜がソファに座って寛いでいる姿が目に入る。手には太悟の部屋にあった単行本を持っている。
「おかえり」
「えっ!? 幻夜!? ど、どうやって入ったの!?」
結羅は真っ暗な中で本を読んでいた幻夜を凝視する。
すると幻夜は青いジーンズのポケットから何かを取り出し、ひらひらと振ってみせた。
「太悟の部屋にあった」
結羅はそれをじっと見る。
(合鍵っ!? 確かにもしもの時のために太悟兄ちゃんに一つ預けてたけど! もしかしてこの前もそれを使ったの!?)
結羅が合鍵を凝視したまま言葉もなく立ち尽くしていると、幻夜が単行本をテーブルに置き、ゆっくりと近づいてくる。
結羅は何故か動くことが出来ない。自分の部屋なのに、部屋の主は幻夜なのではないかと思うほど、幻夜を取り巻く空気が威圧感を纏っていたからだ。
「今まで太悟と一緒にいたのか?」
幻夜が静かな声で言う。怒っている声ではない。
「そ、そうだけど····」
じりじりと追い詰められているような、覚えのある光景と感覚。
無意識に後退していて、ついに壁に背中がついてしまった結羅。幻夜が目の前に迫る。
トラウマを想起させるような状態に、結羅の体は反射的に震えてくる。しかしそれと同時に恐ろしいだけではない、得体の知れない感覚があった。
(や、やばい。どうしよう)
幻夜の顔が近づいてきて、結羅はぎゅっと目を閉じる。
クンクン、と匂いを嗅ぐ音がする。目を開けると、幻夜が結羅の肩の辺りの匂いを嗅いでいた。
「何してるの?」
結羅は怪訝な顔で幻夜を見る。
「太悟と、もう一人男の匂い、それと若い女、妖魔の匂いも少しだがする。この匂いは河童か」
バッチリ今日のメンバーを言い当てられ、結羅は驚愕する。河童には直接触れていないが、太悟や詩織に触れたので匂いが移ったのかと結羅は思うが、それにしても驚異的な嗅覚だ。驚きからか先程の緊張感は幾分か和らいだ。
「妖魔退治は成功したのか?」
幻夜に聞かれ、結羅は正直に答える。
「ううん。逃げられた。太悟兄ちゃんと友達の女の子が溺れかけたから、引き揚げたの」
河童が現れるようになった理由が分かったことについては、幻夜には言ってもいいのか悪いのか分からないので言わないことにした。
「河童の住処は多摩川ではなかったはずだが、変わったのか」
幻夜は独り言のようにそう呟く。
(多摩川に行ったって言ったかな?)
と結羅が首をかしげていると、幻夜が突然とんでもないことを言い出す。
「結羅。今日はこの部屋に泊まる。太悟が来ても開けるなよ」
結羅は面食らい、全力で拒否する。
「えっ!? 絶対ダメ!!!! 今すぐ太悟兄ちゃんに連絡するから!!」
スマートフォンを操作し素早く太悟へメッセージを送ろうとするが、スマートフォンごと取り上げられる。
「結羅と距離を縮める方法を考えたが、やはり一緒に住むのが一番手っ取り早い」
幻夜に赤い瞳で見つめられて、微笑されると何も言い返せなくなってしまう。しかしここで流されては駄目だと結羅は拳を握り締め質問攻めにする。
「何で私と距離を縮めたいの!? 幻夜にとって私は何なの!? なぜ私と一緒にいることにこだわるの!?」
結羅にそう言われ、幻夜は少し考えてから答えた。
「結羅は俺を解放してくれるからだ」
「····解放? 何から?」
「運命から」
その時、結羅のスマートフォンから着信音が鳴る。
「太悟だ」
幻夜は迷わず電話に出る。
「もしもし?」
幻夜が声を発した途端、結羅にも聞こえる大きな怒声がスマートフォンから聞こえた。
幻夜は耳から離し電話を切る。
「今から来るそうだ」
スマートフォンを結羅に返すと、幻夜は窓に向かう。
「気が変わった。今日はサキのところに泊まる」
と言って、窓からさっさと出て行ってしまった。
その後太悟が怒鳴り込んできたことは言うまでもない。結羅は太悟をなだめ、幻夜はすでに出て行ったと言うと、しばらく疑っていたがやがて「戸締まりをしっかりして寝ろよ」と言って出て行った。
今日は大変な一日だったと結羅は溜め息をつき、ようやく訪れた静寂を満喫しにソファへ向かった。